↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガウル  作者: キヌミタロ
第14章 山上山下(さんじょうさんげ)
PR
88/95

第87話 死臭

 山下の街は本当に大きい、通りは長い石畳、瓦屋根の建物が立ち並び、賑わいこそないものの……白蛇山温泉街を大きくしたような大きな街。

 ダンネが近くの建物を見上げている。

「なんか、白蛇山温泉街みたい」

 ガルデも同じ建物を見上げる。

「そっくりなのかい?」

 ダンネが屋根を指さす。

「瓦」

「そうだね瓦……白蛇山温泉街も?」

「うん」

「へえ、行ってみたいなあ。僕は王国までしか行ったことがないんだ」

 ガルデが道の先を行く。ウルガ帝国に来て、初めて道に行きかうオオカミたちを見かける。世間話をしている人や、どこかへ歩いて行く人たち。新しい家を建てている大工の人もいる。

「すごい人」

「そらそうさ。山下はウルガ帝国で、事実上一番栄えている街になる。川沿いに作られた街は灌漑しやすく、他の場所に比べて食糧も豊富で、山下に越して来る人も多いんだ。逆に山上は変人ばかり越して来る」

「変人?」

「戦の申し子みたいな人ばかり山上に集まって来る。まあ皆礼儀正しいんだけどね。皆穏やかに暮らしたいからね。山下に越して来る人が多いのさ」

 立ち止まり、建てられている家を眺める。あれも誰か越して来る家なのか。ドロップが俺に近づいて来る。

「ねえ、灌漑ってなに?」

「川の水を田畑に流すのさ。雨水だけだと限界があるから、ときおり川の水も利用するのさ」

「へえ」

 ダンネがじっと俺を見ている。

「なんだ?」

「珍しく詳しいなと思って」

「ちょうど、中庭の書斎小屋でそんな本があった」

 右手で頬を掻く。

「なるほど」

 ダンネは納得した。俺は頬を掻き続ける。なんだろう、急に痒くなってきた。

「お茶屋さんはこの先だよ、そこで食べられるかどうかは分からない」

 皆が通りを進む中、俺は右手で頬を掻き続ける。痒さが消えない。爪を立て始め痛くなってきた。先を進んでいたニャーが、突如として振り返る。もの凄い速さで駆けてきて、俺の右手をはたき落とす。

「いった! 何するんだ!」

「隙ありニャ!」

 はたき落とされた手を振る。頬の痒さは消え、逆にニャーに腹を立てる。俺はニャーと睨み合う。ニャーは両耳を横にし、いつも通り睨んでくる。

「シャアアアアアアア!」

「何がシャーだ!」

「ほらふたりとも、行くよ」

 ガルデに呼ばれ、睨みながら追っていく。

 大きな街へ進んでいく。たまに、ガルデを知っている人が声をかけ、俺を息子と喜んで紹介していく。紹介された俺は何していいか分からず、とりあえず瞬きをしている。

 ダンネがじっと俺を見ている。

「なに?」

「ガウルって笑わないよね」

「そう?」

 ガルデが笑い声をあげる。

「そこはパルム、母親に似たんだろうね! パルムは本当に笑わないから」

「私合ったことないんです。ちょうど入れ違いになって」

「しかし、パルムはどこで何してるんだ? とても気分屋だからね。気になったらどこでも行っちゃうんだよ」

 本当に母さんはどこへ行ったのだろう? 思えば。国はこの三カ国だけのはず。ダンネに聞こう。

「ねえダンネ。国って、三つだけ」

「そうよ。ドギルス王国、フォクシネル共和国、ウルガ帝国」

「お母さんはどこ行ったんだろう?」

「それは私にも分からないわよ。でも、どこかですれ違ったかも。特にドギルス王国は本当に大きい国だから」

 すれ違った可能性は大いにあるか。会いたいな。母さんにひとつだけ尋ねたいことがある。どうして俺の名前を「ガウル」にしたのかと。恐らく偶然ではないと思う。ガウルにガウルの記憶がある。ガルデに尋ねようと背を見るが、口を開いてそっと閉じる。ガルデは知らないだろう。

「ガルデは、俺が生まれたことをいつ知ったの?」

 ガルデが無言で俺を見る。蒼い瞳の視線は少し不安を感じさせる。

「ドラスからの手紙かな。パルムは手紙もくれなかった」

「仲が悪いの?」

「いや、そんなことはない。その……パルムが妊娠してることすら知らなかった。ガウルにあえて本当に嬉しいよ」

 嘘だ。ガルデは本当は嬉しくない。のだが、原因はどうも俺じゃなさそうだ。ガルデ自身の問題か。

「お腹空いた」

 話を遮るように、空腹を知らせる。

「そうだね、こっちだよ」

 案内された店は……本当に白蛇山温泉街と同じ作りだ。軒先に赤い布が敷かれた長椅子がひとつ。外から見える店内は、数名がお茶を啜っている。奥からおばさんがひとり、足早に現れる。笑顔でガルデを見上げると、ガルデだと気づいてか。とても驚いた表情をしている。

「若! 若様じゃありませんか! よくぞおいで下さいました!」

 おばさんが深々と頭を下げると、店内でお茶を啜っていた人たちの動きが完全に止まる。声すら出さず、ガルデを真っすぐに見ている。

「突然ごめんね、実は僕に子供が出来た」

 ガルデが嬉しそうに、俺を紹介する。おばさんは俺を見て、とても嬉しそうに笑顔を見せる。

「立派な男の子じゃありませんか! パルム様との子で?」

「そうだよ」

「それはそれは! こちらはお友達で? この子は……変わった尻尾されてますね」

 ニャーは黒く細い尻尾を動かしている。

「ニャーはニャーだニャ!」

「珍しいところから来たネコさん。ガウルの友達だよ」

「世の中は広いことで、ささどうぞお座りください! こんなお茶しか出せないお店においでくださいまして」

 案内された机、その椅子に腰を降ろして行く。

「実は、焼き魚とか置いてある?」

「鮎で宜しければ、塩焼きに出来ますが」

「じゃあ、それを人数分頂戴」

「お待ちを」

 どうやら焼き魚を食べられるそうだ。店内に眼を凝らす。とても落ち着いた店だ、ちょっと好きかもしれない。別の机にいる、初老のオオカミと眼が合う。お爺さんが俺に会釈をした。俺はただじっと眺めている。代わりにガルデが手を振った。

「ごめんね。これから挨拶を教えようと思って」

「いえ……同席できるだけでも光栄です」

「僕は何もしていないよ」

 笑顔で発したガルデの言葉が、少し気になる。気づかれない程度に、ガルデにそっと眼を向ける。

「なんだいガウル?」

 気づかれてしまった。こんな些細な動作も見抜いてくるのか。

「何もしてないの?」

「そう。僕は本当に何もしていない。山上の長、山下の長……まあいいか。その間の子に産まれたのが僕さ。大変だ」

「大変なんだ」

「そう、大変なんだ」

 奥から先ほどのおばさんが、お盆に湯呑を人数分載せ戻って来る。

「お茶どうぞ」

 手際よく机の上に湯呑を置かれ、俺は早速お茶に手をつける。緑茶の渋みを味わいながら、外の通りを確認する。人通りは王国よりも多くない、誰もいない訳じゃないが、とても静かな良い街だ。

「良い街だ」

「そうだね」

 ガルデもゆっくりとお茶を飲む。そのうち、奥から焼き魚の香りがしてくる。

 先ほど会釈をした、お爺さんが席を立つ。

「若、お会いできて光栄でした。お先、失礼致します」

 お爺さんは深々と頭を下げる。

「こちらこそお邪魔を」

 お爺さんはどこか嬉しそうに、店を後にしていく。

「知り合い?」

「知らない人だよ。だけど、山下にはよく勉強に来たんだ。山上よりも、山下のほうが書が多いのが理由だけど」

 ガルデはまたお茶を飲む。皆お茶を飲んでまったりしている。猫舌のニャーだけは、全力で緑茶を睨んでいた。冷めるまで睨んでいる気なのか。穏やかな空間でまったりしていると。鮎の塩焼きが皿に乗せられ運ばれてきた。焼かれた鮎に串が刺さっている。その串を手に取り、鮎の塩焼きを頬張る。美味しい。ドロップは嬉しそうに食べている。




 鮎の塩焼きを食べ終えて、山下屋敷にたどり着く。

「おっきい」

 自然と声が漏れてしまった。高い塀は白壁に、門構えは大きくも、門番の姿はどこにも見えない。カーリー以外、中に興味があるのか覗き込んでいる。

「ここが山下屋敷、ヴォルドが住んでいる屋敷だよ」

 ガルデが勝手に門を開ける。

「勝手に入っていいの?」

「とても広いお屋敷だけど、山下守護のお仕事が無いときは、ひとり静かに暮らしている場所なんだ」

 ダンネが急に手を上げる。

「どうぞ」

「山下守護のお仕事はなんですか?」

「名前の通り、山下を守るのがお仕事。治安を始め、資源や税と言ったことも任されている」

 門を越えれば中すら広い。玄関まで続く岩の足場、両脇の広大な地面は砂利で埋め尽くされていた。眼前の屋敷は……暗い。人の気配がまるでない。それだけでこの暗さは説明できない、景色を楽しみつつ、岩の足場を踏んでいく。

「ハニャア」

 ニャーが足を止め、屋敷を見上げている。

「どうしたの?」

「この屋敷も凄いニャ」

「何が?」

「難しい話は良く分からないニャ」

 嘘だな、ニャーも何か察したのだろう。あえて聞かないでおく。恐らく俺と同じ感覚を味わっている。ガルデが引き戸を開け、中に入っていく。

「ごめんくださーい。ヴォルドいるう?」

 ガルデが靴を脱いでいく。玄関は固く磨かれた岩、その先は少し高めの段差で廊下になっている。左へ続く廊下、正面に続く……この先から強烈な臭いを感じる。何よりも廊下が暗い。日当たりが悪いだけなのか。改めて左の廊下を見れば、外から差し込む日の光がしっかり廊下を照らしている。正面の廊下は奥だけあって日は当たらないが……明らかに暗すぎる。この暗さは、自然の暗さか? 傍のダンネの袖を引っ張る。

「なに?」

 正面廊下を指さす。

「この廊下、暗くない?」

「そう?」

 ダンネは正面廊下を眺める。

「こんなもんじゃない?」

「そうか」

 ちょっと考えすぎたかもしれない。靴を脱いで廊下に上がる。いや、これは考えすぎじゃない。廊下に上がった瞬間に視線を感じる。全身に鳥肌が立ち静かに恐怖する。どこから見られている?

「ヴォルドー」

 ガルデは呑気に廊下を歩いて行く、慌ててニャーを確認する。ニャーの瞳がおかしくなっている。瞳孔が、なんか縦長になっている気がする。

「ニャー」

「なんニャ?」

「もしかして誰かに見られてる」

 ダンネが急に俺の服を掴んでくる。

「怖い話しないで!」

「珍しい声が聞こえるな」

 正面廊下の奥から、変わった音が聞こえてくる。どん……どん、と。変わった足音だ。

 暗い廊下の先から、ひとりのオオカミが姿を現す。右手に杖を持ち、右脚が無い。杖を支えに左足だけで地面を蹴り、こちらに近づいて来る。オオカミ。茶色い髪に頭上の両耳、垂れさがる尻尾が見えるも、両目の茶の瞳は真っすぐだ。

「若じゃないですか。俺は今日休みなのですよ」

 言いながら、右脚の無いオオカミは大きな欠伸をする。

「急にごめんね。どうしても紹介したい子がいて」

 寝ぼけ眼で頭を掻きながら、俺を見下ろして来るオオカミ。

「僕の子供のガウル」

「僕の子……子?」

 明らかに、右脚の無いオオカミがいま目覚め、俺を真っすぐに見ている。かなり驚いている。

「皆、こちらが僕に色々と教えてくれた、山下守護のヴォルド」

 この人がヴォルドか。無い右脚と杖を眺めてしまう……杖か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。