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ガウル  作者: キヌミタロ
第14章 山上山下(さんじょうさんげ)
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第85話 礼に従い首垂れ

「えっと」

 俺が話そうとした瞬間、背後から「失礼します」と男の声がした。振り向けば、オオカミがひとり、廊下で跪いていた。

「どうした?」

 お婆ちゃんが尋ねる。

「フォクシネル共和国から、領主とその御夫人。それに加えハリス、三名が面会を所望しておりますが」

「後にしろ、柱に縄で巻き付けておけ」

 お婆ちゃんの言葉に、流石のダンネが驚いた表情を見せる。

「えっと、ダンネのお父さんとお母さんで。ハリスはカーリーのお父さんなんだ」

 なぜかお婆ちゃんは首を傾げる「それがどうした?」と言わんばかりに、純粋な眼差しをこちらに向けている。

「あーそうか。そうだな、通して」

 跪いていたオオカミが、いちど頭を下げ姿を消す。思った以上、いや見ため通りの怖さというか。ちょっと婆ちゃんは抜けてるところがある。ダンネもカーリーも、俺の友達だ。流石に友達の家族を柱で縄に巻きつけるのはよろしくない。少し待っていると、共和国領主の……ダンネのパパとママ、それとカーリーのお父さんんが……帝国に来てから大勢にあったせいで名前を忘れてしまった。俺はダンネに少し近づいて袖を引っ張る。

「なに?」

「名前なんだっけ?」

「名前?」

「ダンネのパパとママと、カーリーのお父さん」

「わす!」

 ダンネがいつものように声をあげようとして、慌てて口を閉ざす。

「忘れないでよ!」

「だって、帝国に来てから色々な人が」

「あーそれは確かに」

「そこのふたり、今は静かに」

 お婆ちゃんは伸ばした両足を下げ、注意された俺たちは口を閉ざす。少し前に出た……キツネの三人が腰を降ろし正座となり、三人同時に深々と頭を下げる。

「キツネが三人なんて珍しい」

 三人は頭を上げない。

「お久しぶりでございます。フォクシネル共和国領主、タリヌ。分けあって参上致しました」

「用は?」

「まずは配下の兵が国境を越えたことを正式に謝罪致しくたく。それと、我が娘でございます。何か粗相があっては失礼と思い。帝国での挨拶を終えご挨拶を」

 お婆ちゃんがすっごい不機嫌な顔をしている。そういえば、固い挨拶が苦手とか言ってたな。

「お婆ちゃんは固い挨拶が苦手なんだって」

「ガウル……まあいいか。三人とも顔をあげて。折角孫と会えたのによくもまあ邪魔をしに来たことで」

 タリヌが両手を前に出す。そうだ、ダンネのパパはタリヌだ。

「申し訳ない。どうしても急を要する話があるもので」

「急とは?」

「白薔薇協会の最高位、白の薔薇のソエスタ様が容態がよろしくないと」

「あら。体調悪いとは聞いていたけど、ご高齢だものね」

「それとお孫様、ガウル様の話でございます」

「手紙で詳細は知ったけど……」

「はい。とても難しい話でございます。話から我々フォクシネル共和国は、現在シルケという人物を探しております。しかし手掛かりがございません」

「キツネが調べて見つからないなら、誰が探しても見つからないんじゃない?」

「お許し頂ければ、ウルガ帝国も捜索させて頂きたく」

「今さら私の許可がいるの?」

「妹ぎみであられます、ユリ様と出会い相談したところ。長に聞けと」

「ユリめ。まあ、ちょうどガウルに、私は何をしたらいいかと尋ねたところ。ちょうどいい、私がガウルの一件を知ったのはつい数日前。あえて問う、私は何をしたらいい?」

「失礼ながら、ウルガ帝国。またウルガという名は長自身の名前になります。ガウル、というお名前に何か心当たりはございますか?」

「古くから伝わる、ちょっとした縁起物とでも言うのかしらね。いまは亡き母から教わった。ガウルという名を胸に抱けば、おのずと道が開かれると。母から授かった名はレイなのだが、我ながらこの名は大事にしたいと思い、母から聞いたガウルを並べ替えた……だけね。詳しいことは分からないわ」

 俺はフォクシイとトルピーのことを思い出す。確か、ガウルをこの世から消し去れと。過去のガウルはそう告げた。なのに、ウルガ帝国にもガウルの名が残っている。我ながら、ガウルは一体何をしたのか?


 ふと無意識に、顔が中庭の書斎小屋に動く。


「ねえお婆ちゃん。あの書斎小屋はなに?」

 お婆ちゃんも書斎小屋に顔を向ける。

「あれは元々母の書斎部屋だったの。古い本もあるし、今はたまに掃除をする程度ね」

「そうか」

 ただじっと、書斎小屋を眺め続ける……誰かに見られている気がする。頭痛が起きて、右手で頭を支える。あの書斎小屋は……考える程気持ち悪くなってくる。右手で顔を撫で、そのまま口元を抑える。視野の広いダンネに、その仕草を見られてしまう。

「大丈夫?」

 小声のダンネに、小さく「うん」と返事をする。これは嘘だ。ただ逃げ出したいほどでもない。そっと口元から手を離す。書斎小屋は見ず、そして考えないようにしよう。何かに押し潰されそうだ。ふと、お婆ちゃんと眼が合う。ダンネ同様に察したのだろう、俺は逃げるように眼を逸らす。そして、俺のお婆ちゃんは凄いんだ、中庭の書斎小屋に顔を向けた。よく見ている。俺が書斎小屋を見て気分を害したことを瞬時に理解した、ダンネはそこまで気づかなかった。眼を見て人を見るか、実によく見ている。


 少々……気をつけなければいけない。


 俺は両眼をそっと閉じる。一体何に気をつけろと言うのか。明らかに何かに蝕られている。咄嗟にドロップに手を伸ばす。

「どうしたの?」

「杖」

 ドロップが慌てて、杖を俺に向ける。杖の先が光り始め、俺は徐々に落ち着きを取り戻して行く。

「ガウル、大丈夫?」

 お婆ちゃんが心配してくれた。

「お婆ちゃん。あの書斎小屋で、ガウルについて調べて欲しい。俺は……あそこに近づきたくない」

「それは」

「わからない……わからないんだ」

 本来であるなら、俺が率先して書斎小屋を調べるべきなんだ。本棚に並ぶ本に、何か手掛かりがあるのだろうか? 駄目だ! 書斎小屋を考えるな! 吸い込まれていく!

 ドロップの杖を力強く掴み、杖の先を頭に当てる。まさかと思うが……効いてない? 癒しの力が効いていないのか? 徐々に意識が薄れて行く。睡魔に負けそうな感覚が押し寄せて来る。ニャーが俺の背に乗る様に、飛びついて来る。全身が脱力していくほどの睡魔が薄れて行く。誰かが、俺の背にそっと手を置いた。すると、俺の意識は完全に目覚めた。背から手が離れ、ニャーが離れ、俺はドロップの杖から手を離す。

 お婆ちゃんが真っすぐに俺を見ている。

「かなりおかしい状況ね」

「お婆ちゃん、もっと話したいけど。ここは駄目だ、この集落は駄目なんだ」

「それを尋ねても?」

「あの書斎小屋だ、あれが俺を引っ張る」

 両手で服を鷲掴みにされ、力強く引きずられる感覚で、意識が容赦なく連れさられていく。俺はガウルだ……本当にガウルなのか?

「ガウル」

 少し大きめな、お婆ちゃんの声が俺を支えた。

「なに?」

「あなたは私の孫よ。今できうる最善を取れ」

 最善を取れ、か。ここは逃げの一手だな。

「この場を離れる」

「全員立て」

 長の言葉で全員が立つ。




 集落から来た道を戻った山道。風そよぎ葉先揺れ動く音色穏やかなりて、陽の温もり忘れることなく世を照らす……か。つい静かに笑みを零してしまう。絶対に俺が考えたそれではない。

「ドロップ」

「うん」

 ドロップがまた、俺に杖の先を向ける。白く光る輝きが、先ほどよりも俺をしっかり照らしてくれる。

「へえ、これが癒しの力」

 お婆ちゃんが物珍しそうに、ドロップの杖を眺めている。

 カーリーのパパ、ハリスが近づいて来る。

「ガウル、僕らに出来ることはあるかい?」

「ない」

 俺は意思をしっかりと伝える。そうだ、難しい話はカーリーに投げよう。

「カーリーに聞いて欲しい。俺はいまなんか……感覚がすごい冴えている」

「感覚?」

 近くの木に指をさす。

「そこにガルデが隠れている」

 全員が木に顔を向ける。ガルデの気配がする。むしろ、明らかに隠れている。俺に指摘されてか、ガルデがゆっくりと木陰から顔を出す。

 婆ちゃんから怒りの気配を感じる。

「お前はそこで何をしている?」

 それは皆が思っていることだろう。俺の父さんは木陰に隠れている。

「ユリにこっぴどく怒られた。そうなると、母さんにも怒られると思って」

 ユリ……ハチを捕まえた人か。ガルデは間違いなく俺の父さんだ。こう見ると、すごく情けなく見えてしまう。

「出て来い臆病者」

 婆ちゃんに怒られ、ガルデが姿を現す。

「なんの用だ?」

 ガルデが俺を眺め、ひと言も話さない。正確には何か考えているのだろう。

「ふむ。僕の息子ということは、もしかして薬がいるんじゃないかと」

「薬?」

「ニヤメの薬さ、僕が日頃飲んでいるやつ」

「あーあれか」

 どうやら、お婆ちゃんはその薬を知っているらしい。

「薬ってなに?」

「ガウル、いまこの森に何人潜んでいる?」

「十三人」

 いま俺の周囲に立っている人、ダンネやドロップですら不快に感じている。嫌いだから気に入らないからの類ではない。人としての生命が気持ち悪いほど、俺の感覚がそれを捉えている。手を伸ばせばすぐに手が届く、すぐにでも捕まえられそうな感覚だ。ガルデは静かに頷いた。

「これ飲んでみて」

 ガルデが濃い緑色の、小さな玉を差し出して来る。

「なにこれ?」

「お薬、ニヤメに頼んで調合して貰った。僕が飲んでいるのをガウル向けに、かなり弱くしたものだよ」

「へえ」

 濃い緑色の小さな玉を手にして飲んでみる。

「なにも」

 薬の効果がすぐに現れた。意識と記憶が整えられていく。ドロップの癒しの力が強くなった? ぐらいに、杖先の輝きが全身に潤いを運んでくれる。周囲の人の気配はれど、自ら刺すような感覚ではなくなっていく。

「わー、これすごい」

「ニヤメさんの薬はすごいよね。僕も元気になった」

 杖を向けるドロップが笑顔を見せる。確かに、ドロップもすごい元気になった。

 お婆ちゃんが両腕を組む。

「ニヤメは名医よ、事故で潰れた足を繋いで治したことがある」

 ハリスが驚いて、お婆ちゃんに顔を向ける。

「ほう、それはすごいですな」

「私はニヤメが苦手なのよ。あの子、何かと厳しいから」

 お婆ちゃんがため息を吐く。

「ガウル」

 ガルデに呼ばれ見上げる。

「なに?」

「山下の守護にガウルを紹介したい」

 お婆ちゃんがガルデを睨む。

「なぜ?」

「元より山下は父の故郷、そして僕は山下守護の書から色々と学んだ。母と言えど邪魔だてはするな、ガルデは僕の息子だ」

 ガルデとお婆ちゃんが睨み合う。すっごい仲が悪そうだ。

「ガルデとお婆ちゃんって仲が悪いの?」

 ダンネが無言で俺を引っ張る。

「なんで引っ張るの?」

「なんでもかんでも尋ねちゃ駄目!」

 ガルデが「あ」と声を漏らす。

「ユリが皇帝斬りのハチを捕らえたけど、壁を破壊して脱走した」

「脱走、した?」

 お婆ちゃんから、すごい怒りが溢れ出す。ガルデ以外の全員が、静かに少し距離をとる。

「文政局の檻に入れ、ザスロとサジルの兄弟で見張りをしていたが」

「逃がしたと?」

 流石のガルデも生唾を飲み込んだ。

「はい」

「話にならん! このまま出向いて狩ってくれる」

 長ガルデは殺気を溢れさせ、山道を下っていく。強烈すぎる、血の臭いすら再び香る。

「キツネ三人ついて来い、皇帝斬りを狩りに行くぞ」

 タリヌと……ダンネのママの名前が思い出せない。

「ダンネのママって名前なんだっけ」

「ハスタ」

 タリヌ、ハスタ、ハリスがお婆ちゃんについていく。ダンネがそれを見て、少し寂しそうにしている。

「ねえお婆ちゃん」

 長の足を止め、強烈な蒼い視線が俺を貫いた。

「なんだ?」

「あとで皆でゆっくりしたい。キツネ三人含めて」

 それを耳にした長が驚いた表情を見せる。そして笑い声を上げながら山道を降りて行く。

「ガウル! 父親に似たな!」

 俺はガルデを見上げる、ガルデはまた生唾を飲み込んでいる。

「山下守護の件は」

「好きにしろ!」

 婆ちゃんとキツネ三人は山道を歩いて行った。

ガルデがゆっくりと、俺に顔を向ける。そっと右手を伸ばして、俺の頬を軽くつねりはじめる。

「痛い」

「いいかいガウル。この国に来たばかりで、何がなんだか分からないと思う。ただし! 長の足を止めるのは駄目だ! 母さんだけは気をつけてくれ。なんだったらそこだで覚えておいて欲しい」

 山道を降りていく、長ガルデの背を眺める。堂々として歪だ。歪か……人のこと言える立場にないか。

「お婆ちゃんは何をしたの?」

 ガルデはそっと頬から手を離す。

「今はまだ知るべきときじゃない、自分のことを考えるんだ」

 その言葉は正しく、俺は素直にうなずいた。

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