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ガウル  作者: キヌミタロ
第13章 力の道
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第84話 影からの刺客ニャ

 誰かに頭を撫でられた気がして目を覚ます。軽く寝返りを打つと、布団じゃない固さに気づく。眼を開ければ本棚が眼に入る。寝ている間に、中庭の離れで眠っていた? 周囲を確認しようと首を動かすと、赤い眼をしたニャーが床に座っており驚く。息を飲み込んで飛び上がる。

「驚かすな!」

「なんでこんなところで寝てるニャ?」

「知らないよ……本当にどうしてだろう?」

 寝ている間に誰かに運ばれた、いやそんなことはありえない。じゃあ、自分からここに来たとでも言うのか? つい癖で……髪の毛を掻いてしまう。こんな癖、あったか?

「ニャーはどうしてここにいるの?」

「ガウルがフラフラしてたから追ってみたニャ」

「フラフラ?」

「おしっこかと思ったら外出たニャ。だから黙って追いかけて見たニャ」

 じゃあやっぱり、俺が勝手に中庭の離れまで移動したということなのか? この書斎小屋は何なのだろうか? 吹き抜けの本棚に一杯の本。いくつか手を伸ばすと、少し古い髪の感触が手に伝わる。殆どが紐が纏められているが、中には色付きの表紙まである。開いて見れば、学問の書だろうか。農業のなんたるかが書かれていた。本を閉じて棚に戻す。

 そうだ、誰かに頭を撫でられた気がした。

「俺の頭撫でたか?」

「撫でてないニャ」

「そうか」

 自分の頭をそっと撫でる。確かに頭を撫でられた気がした……誰に? 自分の頭を撫でながら、赤い眼のニャーと目を合わせる。思えばニャーも訳が分からない。

「ニャーってさ、俺の体で何かしようとしてる?」

「ニャ?」

「いやほら、ここに来る前に、体を寄越せとか言ってたよね?」

 ニャーは何も言わずに瞬きをする。ゆっくりと赤い眼が横へ逸らして行く。

「なんのことニャ?」

 誰が見ても分かるほどの嘘をつくニャー。しかしそうなると、ニャーが色々とおかしいことになる。

「ニャーってさ、確か……テレポーニャの事故で王国に来ちゃったんだよね?」

「そうニャ」

「それでどうして、俺の体が欲しいんだ」

「なんのことニャ?」

 ニャーは何かを隠していることは見れば分かる。問題は、いまの僕の頭だ。なんだ? 自分でも怖いほどに頭が冴えて来る。

「ニャーは別の世界から、テレポーニャの事故で王国に来た。そのとき、眼の前にいたのは俺だ。そうだ、それからニャーは俺の傍で良く眠ってたよね? ベッドの下とか、悪夢を見ているとかで叩いて来たり……ニャーは何か知ってるの?」

 ニャーは眼をそらしたまま、俺を見ようともしない。

「ニャーは何も知らないニャ」

「じゃあなんで俺の体が欲しいんだよ?」

 ニャーがゆっくりと立ちあがり……外へ駆けだす! すかさず俺はニャーを追いかけ飛びつき、ふたりして地面に転ぶ。ニャーが必死に両手足を動かして逃げようとする。俺は必死にニャーを抑えつける。

「何か知ってるな! 言えよ!」

「ニャーは何も知らないニャ! 知らないものは知らないニャ!」

「言えっての!」

 ニャーを仰向けにし、両手を掴み合って押し合う。俺は唸り声を上げながら、ニャーはシャーシャー言いながら続ける。


 強烈な血の臭いを感じた。


 思考も動作も全てが止まる。無意識に顔を上げれば、中庭に面した廊下にひとり立っていた。地味な寝間着を着ている。銀色の長髪に蒼の眼……そして誰よりも感じたことのない、吐き気を催すほどの血の臭い。全身が震え鳥肌が立つ。

「そこで何してるの?」

 ニャーが隙をついて、全速力で逃げ出す。俺はそれどころじゃない。

「その」

「何か臭う?」

「血の臭いが……」

「そう」

 女の人が欠伸をする。銀の長髪を揺らしながら、廊下を歩いて行く横向きですら恐怖を感じる。骨の髄まで血の臭いが染みている、ハリスも少なからず臭いはあったが、その比ではない。間違いない、あの人が長だ。じゃあ、あの人が俺のお婆ちゃんになるのかな? なんだか難しいことを考えていたせいで、何も分からなくなってきた。部屋に戻って寝よう。中庭から廊下へ上がり……俺は靴すら履いていない。靴下についた土をはらい落とし、廊下を歩いて布団の間まで迷わず戻る。皆グッスリ眠っていた。部屋の隅に、白いおまんじゅうがふたつ落ちている。布団を被ったカーリーと、恐らくニャーだろう。二人で何をしているんだ? ふたつのふっくら白まんじゅうに近づくと。ひとつがそそくさと別の隅へ逃げて行く。あれがニャーだな。ちょうどいいから、カーリーに尋ねよう。

「ねえカーリー」

「なんだい?」

「なんか……変なんだ」

「変?」

「うん、なんて言えばいいのか……中庭にある小さな書斎小屋に引き寄せられる」

 それも俺の知らない間に、ここ来てもう二回もそれが起こっている。

「きっと、この集落に僕の手掛かりがあるんじゃないかと思って」

「ガウル」

「なんだい?」

「長の挨拶をしたら、この集落から急いで出よう」

「どうして?」

「ニャーから聞いたけど、知らない間に離れにいたんだって?」

 僕は別の隅にいるニャーに顔を向ける。ニャーは寝ている、ダンネとドロップにゆっくり近づいていく。

「あの書斎小屋はなんだろうね?」

「ガウル」

「なに? さっきから僕の名前を呼んで」

「挨拶したら、この集落を出るよ、いいね?」

「それは残念だ、あそこは僕のお気に入りなのに」

 大きな欠伸をひとつ、白い布団に腰降ろし、全身の力を抜いて横になる。いちどだけ、不快深呼吸をする。懐かしい畳敷きの香りがした……。




 誰かに頬を叩かれて、俺は眼を覚ます。

「いった」

 上体を起こすとニャーと眼が合う。仕返しに引っぱたこうと手を上げるが、ニャーが素早く後ろへ下がる。

「シャアアアアアアアア!」

 と、言うもんだから。俺は唸り声をあげる。

「なに喧嘩してるの? 早く仕度して!」

 ダンネに怒られてしまった。

「怒られた」

「怒られたニャ」

「そうだニャー。きのう……」

 きのうなに話したっけ? きのうのことだっけ?

「きのうなんニャ?」

「あれ? 俺が中庭の書斎で寝てたのは」

「それさっきニャ! そんなに経ってないニャ!」

「そうか、そうだよね」

 あまりにグッスリ眠れたせいで、すでに一日が過ぎたと思ってしまう。

 この集落、いや。中庭の書斎小屋だ、あそこにガウルの手掛かりがある。ただし、俺の記憶が途切れすぎている。カーリーと話した……カーリーと話したはずだ。長に挨拶して、出来るだけ早くこの集落。あの書斎小屋から離れよう。それでいいのか?

「大丈夫だよ」

 カーリーの声? がした。振り返ると、カーリーはいつも通りのカーリーだった。両眼を必死に瞑り、全身を震わせている。カーリーはこう見えて頭が良いんだ。カーリーの言葉を信じよう。

「おはようございます、皆グッスリ眠れた?」

 きのう、この部屋まで案内してくれた、おばさんがやってきた。笑顔だ。

「眠れました!」

「僕も」

「それは良かった、朝早くごめんなさい。長がすぐにでも会いたいって」

 俺は血の香る横顔を思い出す。間違いなくあの人だ。見て分かる、気配で分かる、臭いで分かる……。

「こちらへどうぞ」

 ドロップが杖を持ち、俺たちはおばさんの案内について行く。廊下を歩き、中庭に面した廊下から、書斎小屋を眺めてしまう。ついその場で足を止めてしまう。なんと言うか、すごい好みな建物だ。広い庭に、ポツンと小さな小屋がひとつ。産まれ故郷の村にある家を思い出す。カーリーが両手で、珍しく俺の背を押して来る。そうだ、ついていかないと。急いで皆を追いかける。案内された場所は驚くほどに広い。畳が何枚も敷かれ、奥は一段上がっている。すごい広い。

「こちらでお待ちください」

 おばさんが正座をし、両手をそっと床に添え、深々と頭を下げる。おばさんはその場から立ち去った。奥の廊下、長の気配を感じ取る。

「す、座って……座って」

 カーリーが必死に座れと促して来る。なのでその場で腰を降ろす。奥の廊下から姿を現したのは、やはりこの人だった。桜の花が飾られた桃色の着物、華やかでありながら顔立ちの凛々しさが場を引き締める。一歩一歩が優雅に見えるも、血の臭いが邪魔をする。どれだけ……どれだけ殺せばこのような臭いがするのか。頭から思う存分、血を浴びたような臭い。骨の髄まで血みどろだ。これが、俺のお婆ちゃんになるのか。

 長き戦乱を沈めた六狼族の頂点。見るからに普通ではない、存在そのものが強すぎる。これがウルガ帝国の長か。

「よっこいしょ」

 姿に似合わず、長であるウルガは気楽に腰を降ろす。そして、俺たちに笑顔を見せる。

「わざわざ会いに来てくれて嬉しいわ。私がウルガ帝国の長、ウルガです。あなたがガウル?」

「うん」

「そう、息子にそっくりね。でも雰囲気はお母さんに似てる」

 笑顔を見せつつ覗く蒼の眼、視線が容赦なく俺を貫いて来る。見て探られている。

「その眼は怖い」

 お婆ちゃんは静かに笑い、そっと両眼を閉じてくれた。

「孫に会えるなんて嬉しいわ。ただし、かなり難しい状況のようね」

 お婆ちゃんは嘘をついた。俺に会えてさほど嬉しくないのだろう。ただ、少々お婆ちゃんに疲れの色が見える。忙しいときに会いに来ちゃったのかな?

「もしかして忙しかった?」

「いいえ。長の権限を弱めてから、何かと暇なのよ。逆に今まででが忙しすぎたの」

 笑顔でため息を吐くお婆ちゃん。疲れの色なんかではない、完全に疲れ切っている。

「ガウル」

「なに?」

「その眼は怖い」

 咄嗟に眼を逸らしてしまう。見て探っていることを見抜かれた。お婆ちゃんがゆっくり立ち上がり、段差を降りて俺の眼の前まで近づいて来る。着物のせいか圧迫感が……違う。堂々とした本人から感じる圧だ。つい、真っすぐ見つめてしまう。眼を逸らせば狩り殺される。それぐらいの恐怖を抱く。お婆ちゃんが腰を降ろし、笑顔で俺を見つめている。


 これがいまの長となるか。


 お婆ちゃんが右手で俺の顔を鷲掴みにし、俺を自分に引き寄せた。お婆ちゃんに笑顔はない。あまりの力の強さに逃れようと腕を掴むも、どうしようもできない。

「いはい! いはいよ!」

「ちょっと我慢してね」

 血の臭いとは裏腹に、澄んだ蒼い眼が俺を……いや……僕に探りを入れているかもしれない。

「孫の中に別の記憶。ちらちらと気配が変わる。見た瞬間に分かる、感覚が子供のそれではない。先に手紙でことを知ったが、いささか難儀な話か」

 これが婆ちゃんの正体か。いつ食い殺されてもおかしくない。恐怖心が全身を震わせる。

「おっと、ごめんなさい」

 婆ちゃんが急に手を離し、俺は強く握られた頬を両手でさする。本当に痛かった。

「ついね、つい」

「痛かった」

「私を見てどう思う?」

「どう?」

「そう。どう思う?」

 改めて婆ちゃんを、顔の痛さもあって睨んでしまう。凛々しくあるも疲れ切り、笑顔の影に本心を忍ばせ、間合いを詰めて首を取りにくる。

「歪だ」

 婆ちゃんは大声で笑い始める。

「そうか歪か!」

 立ちあがり、元の場所へ戻っていく姿が、もはや別人だ。いや、こちらが本当の婆ちゃんなのか。さきほど違い、かなり乱暴に腰を降ろす。笑顔をなく蒼い眼で俺を眺める。

「パルムはどこへ?」

「旅に出た」

「旅?」

「うん」

「まあパルムのことだ不思議じゃない」

「そうなの?」

「そうなの。ねえ、足崩していい?」

「いいけど」

「ありがとう」

 婆ちゃんは両足を伸ばし、段差の下に降ろす。そして両足を交互に動かす。

「さてガウル。難しい話をする前に、ちゃんとお友達を紹介しなさい」

「うん。ダンネ、ドロップ、ニャー、カーリー」

 ひとりずつ指を指して行く。婆ちゃんは笑顔を見せる。

「初めまして。長のウルガです」

 ダンネが正座になり、背を伸ばす。

「は! 初めまして! フォクシネル共和国領主の娘! ダンネです!」

「初めまして。あんまり緊張しないでね、見ての通り。私固い挨拶というのがどうも苦手で」

 ダンネが小さくため息を吐いた。

「僕はドロップと言います」

「ニャーはニャーだな」

「ぼ……僕は……カーリーです」

「皆よろしく。さて!」

 長ウルガが前のめりになる。

「何をすればいい?」

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