第82話 殺意の尾行
そろそろ薄暗くなってきた。このまま真っ暗になれば幽霊も出てきそうだ。怖いので、急ぎドロップに抱きつく。
「ちょっと! 僕に抱き着かないで進んでよ!」
ドロップが俺を引き剥がそうとし、ダンネも必死に引きが剥そうとしてくる。
「早く歩いてよ!」
「痛い痛い痛い! ダンネちょっとやめてよ!」
力強く抱き着く俺を、ダンネが力強く引っ張るので、ドロップに負担がかかる。
「じゃあドロップが前歩いて!」
「どうして僕が!」
「このままじゃ本当に真っ暗になる!」
ニャーがドロップの杖を指さす。
「ピカピカすればいいニャ」
皆してニャーを見る。
「ピカピカ?」
「ピカピカってなに?」
「だから、ピカピカすればいいニャ」
ドロップが両手に持つ杖を眺める。
「どうやるの?」
「振れば光るニャ?」
言われるままにドロップが、何度か杖を振ってみる。
「光らないよ」
ダンネが俺を指さす。
「癒しの力って光るよね? それでいいんじゃない」
「あ……」
声がした。両眼を必死に瞑り、全身を震わせているカーリーだ。待てども何も話さない。
「どうした?」
「そ、その……癒しの力と……闇を照らす光は……違うかなって」
「そうなの?」
「うん」
よく分からない。ニャーに聞こう。
「そうなの?」
「ピカピカさせればいいニャ。ちょっと貸すニャ」
ニャーが強引に、ドロップの杖を奪う。両手に持った杖を、スープをかき混ぜる様に回す。
「こうしてこうニャ」
杖の先から光が溢れ、薄暗い山道を照らして行く。
ドロップが嬉しそうに杖を見ている。
「すごい! これなら怖くないよガウル!」
ふと光が消え、ニャーがドロップに杖を返す。
「返すニャ」
ニャーがドロップに杖を差し出し、ドロップが両手でしっかり受け取る。
「ピカピカするニャ」
「うん! やってみる!」
……ニャーがそのまま照らせばいいんじゃないか? 言おうとしてやめた。ドロップがゆっくり、杖を回し始めた。杖の先端から光がチカチカしている。点滅が鬱陶しくて、俺とダンネは顔を逸らす。
「もうちょっとピカーっとするニャ、ピカピカピカーニャ!」
「難しいね」
頑張るドロップを横目に、暗がりの森が光の点滅で照らされる。明暗を繰り返す闇の中、奥の一点に強烈な敵意、これはもはや殺意と言っても過言ではない。誰かが俺を狙っている。周囲の森には大勢が潜んでいる。その合間をぬい、ただ一点の殺意。
「誰だ?」
俺のひと言で、場が鎮まりかえる。光はいまだ安定せず、暗がりの森を点滅で照らす。こちらから仕掛けるか。一歩前に踏み出す……やっぱり暗いのが怖いのでやめよう。幽霊が出てきたらどうしよう。改めて暗がりの一点を見る。いまの一歩で悟られたか、殺意が闇から消えていた。ダンネが俺の顔を覗いてくる。少し震えている。
「だ、誰かいるの?」
「いた……と言うか、やっぱりさっきから、そこにいるよ」
すぐ傍の木を指さす。その物陰に人の気配があった。気のせいかなと思ったけど。やっぱり、この森は人が潜んでいる。ダンネが慌てて俺の背後に隠れる。
「どこ! どこにいるの!」
「そこだよ。ドロップ、ちょっとこち来て」
強引にドロップを引きずっていく。杖の光はまだ安定しない。
「やだよ! 怖いよ!」
木陰に潜む人影、暗くて良く見えない。
「ほら、ここにいる」
「だ! 誰もいないじゃない!」
ドロップの杖を手に、少し上に掲げる。点滅する光が、木陰から覗く人の顔を照らす。
「ほら」
ドロップが杖から手を離し、光の点滅が消えてしまう。ダンネと一緒に悲鳴を上げなら道へ戻っていく。
「もうやだあ! おうち帰るう!」
ダンネは大声で泣き始めてしまい、ドロップは腰をぬかし道に座り込んでいる。ニャーが両手で火の玉を作っており、徐々に大きくなっていく。火の明かりが周囲を照らして行く。
「森ごと焼き払ってやるニャ!」
この馬鹿は本当にやりかねない。慌ててニャーの元へ行く。
「森ごと焼くな」
「攻撃される前に攻撃あるのみ! 闘争の火」
「火は聞き飽きたから森を焼くな」
「黙れニャ! ニャーに二言は無いニャ!」
最悪なネコだな。聞く耳を持たないので、軽く頬をペチっと平手打ちする。ニャーの両手から火の玉が消え、真顔のニャーがゆっくりと俺に顔向ける。
「叩いたニャ」
「叩いたよ」
「叩いたニャ!」
「叩いたよ」
ニャーが突然、俺に両手を伸ばして俺を突き飛ばす。地面に倒れた俺の上に乗り、両手で作った握り拳でで殴りかかって来る。その拳を両腕で防いでいく。
「よくもニャーを叩いたニャ!」
「ニャーが人の話を聞かないからだ!」
「もう我慢の限界ニャ! 今日こそその体を頂くニャ!」
隙を見てニャーの体を地面に押し倒し、ニャーの上に跨る。暴れるニャーを抑えようとするが、意外に力が強い!
「人の体で何しようってんだ!」
「何もしないニャ! ガウルにその体はもったいないニャ! 潔く体を寄越せニャ!」
「そんなこと出来るか! ニャーニャーニャーニャー鳴いてるだけのネコが!」
「シャアアアアアア! よくも馬鹿にしたニャ!」
ふとニャーが視線を逸らす。
「ニャアアアアアア! 誰かいるニャアアアアアア!」
「そうやって俺を騙そうったって」
顔を向けると本当にいた。
「うわあ!」
ニャーから飛び降り、ニャーも慌てて起き上がる。
背の高いすらっとした……オオカミの男で合っていると思う。ニャーみたいな。一枚布をみたいな服を着ている。かなり土や草の香りがする。男はゆっくりと両手を前に上げるので、俺とニャーは身構えてしまう。よく見ると、男の両手が震えている。カーリーみたいだ。男はダンネに向き直る。ダンネは大声で泣きながら、ドロップを掴み前後に激しく振っていた。ドロップはもう放心状態で反応がない。
「いやああああああ! こっちきたああああああ!」
「いまニャ! 背後を」
飛び掛かろうとするニャーを慌てて抑える。
「ちょっと待って」
「何するニャ!」
どうも、この男から敵対心の類を感じない。明らかに、俺に殺意を向けた誰かとは別人だ。ダンネを襲う気はないが、じゃあ何をしに来たんだろう。
歩いてきて道から、何かの光が近づいて来る。手に明かりを持った……誰だっけ?
「遅かったか! 貴様なにをしている!」
暗闇から出てきた男が、明かりを持つ男に両手を向ける。
「ど、どうしよう……泣かしちゃった」
「ここは僕がなんとかするから! 下がって! はよ下がれ!」
「うん……お願い」
どうやら、ダンネを泣かせてしまったことを悪いと思ったのか。大きいカーリーみたいな男はまた森に潜んでいった。
「もしやと思い追ってきたが、山上までの道は守護者が潜んでいるんだ。誰もそれを伝えなかったのだろう。みんな明かりを持たずに登り降りするから」
「誰?」
俺の言葉に、男が慌てて振り返る。
「ヘイズです! 父君の配下にして、将のヘイズになります!」
あー……風邪を引いて地図を落とした人だ。
「風邪はもう大丈夫?」
「お陰様で元気になりました。明かりをお持ちしました。ガルデ様もその他も皆様も、この山道を明かりなしで登り降りするので。こちらお持ちください」
ヘイズが何かを差し出す。手に持つ棒に、丸いな何かが提げられ、中に明かりが見える。
「これなに?」
「手提げ提灯になります。中に火があるのでご注意ください」
ヘイズから手提げ提灯を預かる。ヘイズがきょろきょろと周囲を確認し、しゃがみ込んだと思えば、俺の両肩をしっかり掴む。
「良いですか、今のうちに全てお伝えしておきます。この道の先は長が住まう集落がございます。長はガウル様の祖母になり、その夫である祖父もおりますが。ふたりともまあ口で語る人ではございません! その気難しさがガルデ様にも継がれており、本当はガウル様を心の底から歓迎したいのですが、どいつもこいつ……失礼、失言でした。長もガルデ様も身分の高さ故に体裁ばかり気にしていられるので! ちょっと変な人たちに見えますが、心からガウル様を歓迎していることお察しください。また不詳ヘイズ! 幼少の頃より間近で長やガルデ様を拝見しておりましたが、まあ気難しい方々で! ことあるごとに私がどこからともなく現れますことお許しください! 御免!」
ヘイズが両肩から手を離し、山道を全速力で駆け降りていく。
話が長いので、よく分からなかった。つい、ニャーに顔を向ける。
「どういうこと?」
「よく分からなかったニャ」
とりあえず、泣いているダンネをどうにかしよう。カーリーが両眼を必死に瞑り、全身を震わせているが。カーリーもカーリーで何がしたいのか分からない。
「ダンネ、もう泣かないで」
「だって! だって森に人がいっぱい潜んでるんだもん!」
「とりあえず泣かないで、大声が耳障りなんだ」
ダンネの大声が両耳に響く……ちょっと耳が良くなった? これも気のせいかもしれない。前はそんなに気にならなかったけど。ダンネが徐々に泣き止んでいく。
「歩ける?」
「うん」
「ぼくもう無理」
ダンネは立ちあがるが、ドロップは完全に腰を抜かしたらしい。ドロップに杖を返し、力無いドロップの脇に腕を通し強引に背負っていく。両脚もって立ちあがると、ドロップの杖が点滅後、しっかりと光で暗闇を照らして行く。
「光った」
「あれ? なんでだろう?」
ドロップが杖を振る。ヘイズが持ってきてくれた、提灯いらなかったかも。
「ダンネ、これ上げる」
ダンネに提灯を渡す。静かになったけど、ダンネは未だに泣き続けている。
とにかく。道の両脇にそれなりの人数が潜んでいる。ヘイズが難しいことを言っていたけど。悪い人たちじゃないのは確かだ。改めて、光に照らされている森の奥を眺める。
少し久しい感情だ、僕は懐かしさすら感じてしまう。なれば僕を知る誰かとなるだろう。フォクシイやトルピーと同様に、過去の僕を知る誰かがこの地にもいるのか。誰が僕に殺意を向けた? なぜ身を隠す? 堂々と姿現せば良いものを。
ニャーが僕の頬を力強く平手打ちした。
「いて!」
俺はニャーを睨む。
「何するんだ!」
「ボーっとしてるから隙をついたニャ!」
「誰もボーっとしてない!」
反撃しようと思ったけど、背負っているドロップに両手が塞がっている。
「ニャーニャーニャーニャー本当にもう」
俺は照らされた山道を歩きはじめる。
「シャアアアアアアア!」
ニャーが強烈に睨んでくる。




