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ガウル  作者: キヌミタロ
第13章 力の道
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第80話 捕らわれのハチ

 ガルデの指示で、北にいるサジルと文政長に会いに行く。なぜなのか。ニャーが俺の肩に乗っている。刀や槍を持ったオオカミたちが、ハチを指さして何か話している。

「あれが皇帝斬りだろ?」

「ヘイズ将軍の指示で攻撃中止だと」

「あの変なの肩車してるオオカミに気をつけろ。あれがご子息だ」

「へえあれが」

 皆が俺を眺めている。ガルデや王国にいる帝国大使のドラスが、どうして僕の素性を明かさないのか分かった気がする。皆がすごい僕を見て来る。人の視線、人の視線、人の視線。ちょっと嫌だ、カーリーほど人の眼に恐怖はないけど。流石に人の視線が多い。

 ハチが歩きながら俺を見る。

「平然と歩いているが、重くないのか?」

「重いよ。ニャー降りてよ」

「ニャーは降りないニャ! ここからの見晴らしが一番ニャ!」

「どうせまた、俺の負を吸っているんだろう?」

「モヤモヤが溜まってるからニャーが吸ってるニャ」

 ニャーは両足を交互に動かす。ドロップが杖を近づけて来る。

「癒しの力使う?」

「いい、そういうのじゃない」

 ダンネが俺に顔を向ける。

「なんでモヤモヤしてるの?」

「人の視線がすごい多い。あっちもこっちも僕を見ている」

「そんなに嫌?」

「嫌だ。ちょっと腹が立つ」

 なぜだろう。見ている人に腹が立っているのではない、見られていることそれ自体に腹が立つ。いまカーリーに尋ねても、どうせ何も話せないから。後で視線に関して尋ねよう。

 ハチが近くの、オオカミの男を見る。

「おい。文政長……ってのはどこだ?」

 オオカミの男が、通りの先を指さす。

「ここ真っすぐ行けば、人の出入りが多い建物につく。嫌でも分かるさ」

「そうか」

 ハチが嫌な笑みを浮かべる。

「おい。隙を見て俺を狙っても良いんだぜ?」

「ふざけやがって皇帝殺しが、こちらが手を出せないことを言いことに」

「そこはほら! 下手な指示なんか破っちまえよ!」


 全身に鳥肌が湧く。なんだ?


 強烈な気配は屋根の上にあり、陽気に話すハチを蒼の眼差しで捉え、長い銀髪がそよ風に揺れ動く。頭上には立派な両耳がふたつ、尻尾はしなやかに。ボロボロの服を身に纏うも、明らかに狩りの体勢だ。

 急いでニャーを降ろし、ハチの足に抱き着く。

「ハチ! ハチ!」

「なんだ、どうした?」

「なんかすごいの来た!」

「すごいの!」

「あそこ!」

 屋根の上を指さし、皆がその人物を見上げる。

 ダンネ、ドロップ、ニャー、カーリーが全員、一瞬だけ一斉に両耳を畳み肩をすぼめる。

 ハチは迷うことなく、鞘から刀を引き抜く。

「おっと。ありゃすごいな」

 屋根の上にいた誰かが空を飛ぶ。二階の高さから音もなく着地をする。澄んだ蒼い眼がハチを捕まえた。

「まずい、ガキ共下がれ」

 ハチが俺たちの前に出る、そこへ誰かは駆け出し、ハチに拳を振る。

「てめ」

 ハチが手にもつ刀、峰内で容赦なく叩こうとするが横にかわされる。

 誰かが眼にも止まらぬ速さで、ハチの顎を殴り腹を殴り膝を蹴る……一瞬だ。ハチは土の地面に倒れ、手から刀が離れ落ちる。ハチはすんごい強い、大勢のオオカミたちを殴り飛ばしたんだ。将軍だって三人は倒した。それを、屋根から降りて来た女の人だろうか、ハチを一瞬で負かして。

「これが皇帝斬り?」

 女の人が、動かないハチに右足を乗せ、数回ゆっくり揺する。急に無邪気に大声で笑い始め、俺は驚いた少し下がる。

「これが皇帝斬り! こんな弱いのに帝国全軍で倒せないの! 冗談でしょ! 折角楽しみに来たのにこの程度なの! おもんな!」

 女の人が、俺に狙いを定める。近づいて来る一歩一歩が恐怖でしかない。とりあえず、両拳を構えておく。

「その手を下げろ」

 俺はすぐに両手を下げる。

「ガウルってあなた?」

 尋ねられると同時に、強烈な異臭を感じて顔を背ける。

「あーごめんなさい。ずっと飲んでたからお酒臭いかも」

 女の人が、自分の口元で手を振る。

「それで、ガウルってあなた?」

「そうだよ」

「元気?」

「うん、元気?」

「風邪だけは気をつけてね」

「風邪?」

「そ、死んじゃうから。あとあなた、誰よりも先に私に気づいたわね」

 女の人が手を差し伸べて来る。

「この手を見て、どう思う?」

 肌色の細い指、綺麗な手だ。

「綺麗な手」

「そのままこの手を見て、どう思う?」

 なんかすごい難しいことを聞いて来る人だ。俺は改めて女の人の手を見る。


 その手が俺の首を掴みにくる。そう感じ取った。


 女の人を睨みながら大きく後退する。女の人は不気味な笑みを浮かべている。

「良い子ね」

 子供の俺でも分かる、格が違いすぎる。ウルガ帝国で見て来た中で、誰よりも強い。

「あれ……ユリ様だ」

「そうだ間違いない」

「ユリ様だぞ、全員姿勢を正せ」

 方々から「ユリ」と言う名が耳に入る。

「ユリ?」

「ウルガ帝国、長の妹ユリ。だからガウルは……まあ家族よ家族。それよりも、折角皇帝斬りを狩りに来たのに、これじゃ暇つぶしにもならない」

 ハチを倒した、ユリがハチへ近づいていく。

「弱いわねえ、これがザバラを斬った男か。こんな弱い男をどうやったら逃がすのか?」

 服の下から縄を取り出し、ハチの両手足を縛っていく。

「皇帝斬りは私が貰ってくんだあ」

 ユリはとても嬉しそうな笑顔を見せている。俺は急いでユリに近づく。

「ハチを離せ!」

 ユリが真っすぐに、蒼い眼で俺を見る。

「どうして? 皇帝斬りの大罪人よ?」

 そう言われればそうだ。でも、ガルデが戦わないようにヘイズを通じて伝えたはず。

「その……ハチと戦っちゃ駄目だって」

「誰が?」

「ガルデが」

「あのガキが! 偉そうにほざきおって!」

 歯を食いしばるユリに牙が見える。

「なんか、素行が悪いから、父さんと母さんに戦いを禁止されてた」

「馬鹿があいつは、禁止されているのは人殺しだ。よっこいしょ」

 ユリがハチを肩に担ぐ。ハチのほうが体が大きいのに、軽々と肩に担いでいる。

「どこ連れて行くの?」

「とりあえず、文政長のあいつに見せびらかしに行こう」

 嬉しそうにユリがハチを運んで行く。俺たちはそれを眺めている。

「どうしよう?」

「ユリは……皇后よね?」

「そ、……そうだね」

「偉い人なのニャ?」

「ねえどうするの! ハチが連れて行かれちゃうよ!」

 ドロップが歩いて行くユリを指さす。

「行き先は同じだし、付いて行きましょ」

 ダンネが先に駆け、俺たちも続く。

「ところで、子供たちはこれからどうするの?」

 俺はダンネを見る。

「どうすんだっけ?」

「サジル将軍に会って、一緒に文政長に会い、そのあと山に登る予定だったけど」

 ダンネが動かないハチを見上げる。

「それもガルデの指示?」

「はい……そうです」

「ま、そこは正解と言ったところか」

 何が正解なのだろうか。ユリの背後に首を傾げる。

「おーい!」

 腰の両脇に刀を一本ずつ提げたサジルが、運ばれているハチを見て叫んだ。

「弱ったところを俺が美味しく頂こうという、俺の計画を台無しにしないでくださいよ!」

「相変わらず考えることが姑息ね、サジル」

「今日こそ俺が皇帝斬りの首を斬り落とそうと思ったのに、そりゃユリ様出て来ちゃ話にならんて」

 サジルは落胆しながらも嬉しそうだ。

「すぐ倒せたわよ、弱かったし。これに負けた馬鹿はどこのどいつだ?」

「ザンガ、ファルテ、サジル……それと少々、お耳を拝借しまして」

 サジルは本当に嬉しそうに、ユリへ近づいていく。

「皇帝陛下自ら挑もうと」

「なに?」

 サジルが慌てて距離をとる。

「そこはガルデが止めました」

「敗軍の将を私の部屋に呼べ、シルヴァも呼べ」

「早速部下に」

「お前がいけ」

「はーい。行ってきまーす」

 サジルは全速力で駆けていく。

 明らかに腹を立てている、ユリが俺を睨みおろす。

「ガウル、この国どう思う?」

「どう?」

「思ったことを口にして」

 思ったことか……。

「ハチがすんごい強い」

「それだけウルガ帝国が弱いということ。大罪人ひとり捕らえられず、何が国か! まあ、あなたにする話じゃないわね。あなたたち、ちょうどいいからついて来なさい。紹介したい男がいるから」

 ユリが先を行き、俺たちは後を追う。ハチは大丈夫だろうか、身動きひとつ取らない。




「わあ大きい」

 そんな言葉がつい漏れる。文政長のいる、文政局までやってきた。ダンネたちの学校ぐらい、大きい気がする。オオカミたちが入れ分かり出たり入ったりしている。数人はユリに気づき、立ったまま動かなくなる。ユリが前を通ると同時に頭を下げる。次第にその数が増えて行く。両脇に並んだ人たちに、怯えながらユリを追う。中に入ると、とても広々としている。

「ザアアアアアアアアスロオオオオオオオオオ!」

 ユリの大声が建物を揺らす。あまりの大声に、俺は両を塞ぐ。

「うるさい!」

 ふと声を漏らしてしまった。ユリが驚いた顔で振り返る。

「あーごめんなさい! そうか、ガルデの子供だったな。ごめんごめん」

 ユリは顔を引きつらせながら、自らの頬を指で掻く。建物奥から、大きな男がこちらへやってくる。ザンガよりは大きくないけど。とても大きいオオカミの男だ。

「御用でしょうか?」

 ユリがハチへ足元に投げつける。その衝撃で、ハチが眼を覚ました。

「あれ? 俺何してた?」

 ハチは何が起こったか分からず、辺りを見渡している。

「皇帝斬りを捕らえた、あとはお前に任せる。手続きを済ませて首を斬り落とせ」

 奥から来た男がハチを見下ろす。

「分かりました」

「なんで俺縛られてるんだ? おいガウル! 何があった!」

「ハチすぐに倒されたよ」

「倒されただあ! こんな酔っ払いにか!」

「誰が酔っ払いだ! とっとと牢にぶち込んでおけ!」

 近くにいたオオカミの男たちが、ハチを素早く引きずっていく。

「おのれえ!」

 ハチは連れていかれてしまった。

「ザスロ。ガルデの子」

「ほう、あのガルデが親になったと」

「ね、すごいでしょ。しかもこの子、気配が分かる」

「それはまた」

 ザスロは表情を変えず、俺を見下ろす。体格だけでなく、何か他の要素が大きく見える。それが何なのかはよく分からない。

「それでこっちがザスロ。文政長官のザスロ」

 初めてザスロが笑顔を見せる。

「初めまして、ザスロと申します」

「と、言っても。他と違ってガルデの教育係をしていた。ガルデが上から物言えない数少ない男だ。上手く使え」

 僕は瞬きをする。上手く使え?

「御用があればなんなりと」

「ザスロは文政長官なの?」

「はい。ここで法律の作成をしています。皇帝と長の承認があり、初めて法が施行されます」

 文政長官……どっかで聞いた気がする。ダンネに尋ねよう。

「文政長官って誰だっけ?」

「私知らない」

「そうなの?」

「うん、私は何も知らない」

 ダンネは嘘をついている。

「嘘だ、ダンネは」

 ダンネが必死に俺の口を手で塞いで来る。俺とダンネは掴み合いの喧嘩になる。

「喧嘩ニャ!」

「この黒い子は誰ですか?」

「知らん」

「ニャーはニャーだニャ!」

「やめてよふたりとも!」

 ドロップが、俺とダンネに割って入る。

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