第79話 追いつめられるガウル
ハチとガルデが、僕を眼で完全に捉えている。恐らくこれから質問攻めになりそうだ。いまの内に眼を逸らしておこう。ハチが両眼を細くし睨んでくる。
「まずなんで俺たちの刀を落とした?」
「それは……ガルデがハチを斬り殺そうとしたから」
ハチはガルデを睨む。ガルデも眼を逸らす。
「いやだってほら、皇帝斬りだし生死問わないから」
「俺が聞き手ねえのはそこじゃねえ」
ハチがまた僕を睨んでくる。面倒だな。
「ガウル、なんで俺たちの刀を落とした?」
「だから、ガルデがハチを」
「ガルデがいつ俺を斬り殺そうとしたんだよ?」
「峰内で叩いたところを、ガルデが斬り殺そうとしてたから」
またハチがガルデを睨む。
「確かか?」
「うん……その狙いは確かにあったけど……」
ハチがまーた僕を睨む。怖いので目を逸らしておこう。
「傍から見てたお前が、先を見たのか?」
恐らくハチの言っていることは正しい。僕だって自分がどういう状況か良く分かっていない。ハチとガルデの戦いを見て、何故かその先が容易に想像出来てしまった。危ないから、ダンネの双剣を拝借して刀を落としたが……その後、質問攻めにされるのは予想していなかった。ここは皆を見習って、ダンネの背後に隠れよう。その場から動いた瞬間、ハチが俺の肩を掴んだ。
「待てい」
逃げられなかった。
「お前……ややこしいな。いまのガウルは血の香りを嗅げたな」
「血?」
血の香りってなんだ? そんな物嗅いだこともない。ハチが刀の刃を、僕に見せて来る。
「王国で俺に言ったこと覚えてるか?」
「どのこと?
「俺がこの刀を首に添えたときだ」
ガルデから強烈な殺意を感じる。
「俺の息子の首に刀を添えたのか?」
「それは悪かったよ。ただし、お前の息子というより……違う奴……こいつも違う気がするぞ」
ハチが眉間に皺を寄せながら、僕を奇妙な眼で見下ろしている。流石にダンネに助けをうこおう。
「助けてダンネ。たぶん、難しい話をしている」
「私にだって難しいわよ! 結局、ハチは何が言いたいの?」
「俺が皇帝を斬ったことは、まあ皆知ってるところだが。こいつは俺がひとり斬ったことを、刀を見ただけで悟った。俺が首に刀を添えるぐらい強烈な気配だ。サジルやガルデもそれなりだが、格が違う。王国であったお前はまさに強者のそれだ。よく考えてみろ、ふたりして戦っている最中の刀に、剣を投げて当てられると思うか? だからこいつは、ふたりいるうちのひとりだと思ったが……いまのお前は気配が弱すぎる」
流石に僕は首を傾げる。
「つまりどういう」
ハチは片手で頭を必死に掻く。
「あー面倒くせえ奴だなあ! どう言えばいいのか。港で出会ったガウル、王国で俺の刀の血を見抜いたガウル、そして刀を落としたガウル……俺の感覚だと三人いるぞ」
ハチが怖いことを言い始める。僕は全身鳥肌を立て、ダンネの背後に隠れる。
「怖いこと言わないでよ!」
「いやたぶん合ってる。港で会ったガウルは、なんというかそれ相応に子供だった。王国で俺の刀を見たガウルの気配は強烈だ。ガウル、真面目に答えろ。王国で俺の刀を見たときのことを思い出せ」
僕は王国でハチの刀を見たときのことを思い出す……たぶん、あのときだ。
「覚えてるけど……思い出させないで」
「なんでだよ?」
「あのあと僕は壊れたんだ。ふたつの記憶が同時に重なったんだ。知らないことを覚えている。分からないことが理解できる。だから」
「あ! あの!」
突如、カーリーが珍しく大声を上げた。あまりにも珍しかったので、全員カーリーに驚きの顔を向ける。ガルデが「どうしたの?」と、尋ねる。
「そ、その……ガウルに色々と聞くのは……駄目なんだ。シ、シルケが……ガウルを治してくれたと思うから……不安定なんだ……ガウルは不安定なんだ」
「僕って不安定なのか」
「どう見たって普通じゃないニャ」
ニャーの言葉に少し腹が立った。
「黙れ。ニャーニャーニャーニャーやかましい」
「シャアアアアアア!」
ニャーが両耳を横にし、赤い眼で僕を睨む。
ハチは両眼を必死に瞑り、震えているカーリーを見る。
「じゃあお前に聞く。ガウルのなんだ不安定か? これ酷くなるとどうなるんだ?」
「わ……分からないよ。だから……だから怖いんだ……何が起こるか分からない」
ハチが大きなため息を吐く。
「俺は体動かして暴れるのが好きだ、皇帝を斬ったんだ。帝国に来て命狙われるのは当然さ、それで殺されても文句は言わねえ。言わねえが……ガウルを先に見たほうが良くないかこれ?」
ハチがガルデに顔を向ける。
「それはつまり?」
「いやまあ! 何かと縁のあるガキだ、ちょうど目の前にその親父がいる。俺は逃げる気はねえ、何だったら退屈で戻って来たしな。ガキを先に助けたほうがいい気がするぞ」
ガルデはハチを睨み、そのまま僕を睨む。僕は怖くてダンネの背後に隠れる。それを察したのか、ガルデは右手でゆっくりと顔を拭う。
「つまり、皇帝斬りを捕らえず。ガウルを助けろと言うことだな?」
「そういうこと」
ドロップを診てくれた、ニヤメが少女と一緒に近づいて来る。
「私もそのほうが良いと思います。恐れながら、この子の状況に加え、あなたの息子。そうなると、皇帝斬りに構っている場合でないかと。ここにいますけど」
「なあどっかで食事でも」
「娘の前で下手なこと言ったら、タダじゃおかない」
「それもそうだな」
「ヘイズ!」
ガルデの声に、地面に倒れていたヘイズがゆっくりと起き上がる。
「な……なんでしょうか?」
「全軍に伝令を出せ、皇帝斬りを一時保留にする」
「しかし長が」
「長なぞ知るか! おのれ息子が大変な状況で! 座ってるだけの能無しに用はない!」
「失礼しました。お許しください」
「なあガルデ」
「なんだ!」
「ガウルは長に会いに行く予定だった。俺も山登っていいか?」
「確実に殺されるぞ?」
「そこをガルデがなんとかしてくれよお。ガキの面倒は見るからさあ」
「なぜお前が俺の息子を見る?」
「ひとつは、まあ俺が気になっているから。もうひとつは、下手な帝国軍より俺のほうが強い」
ハチは嘘をついた。なのでダンネの袖を引っ張る。ダンネが少しだけ、僕に首を向ける。
「皇帝斬りのお前が山に登るのは駄目だ。確実に死ぬ」
「山ってそんな強いのか?」
「異常者の集まりと思っていい」
「それを、確かめたい。俺がガウルから感じ取った、気配と同等の奴がいるかどうか。なに、こちとら皇帝斬りだ。殺されてなんぼよ」
ハチはまた嘘をついた。僕はダンネの袖を引っ張りながら、ハチを静かに眺める。ハチは嘘だらけだ。隠し事が多い気がする。
「ハチはどうしてウルガ帝国に来たの?」
ふと尋ねてしまう。ハチは無表情で僕を見る。
「そりゃあ退屈だったからだよ」
僕はそっと、ダンネの袖を引っ張る。
「よし。ならサジルを連れて、文政長のところへ行け」
「文政長?」
「山の警護の管轄は文政長だ。そのまま行けば話にならない。そこで義理の弟であるサジルを連れて行け。俺は先に山へ行く」
「なんだ、一緒に行かないのか?」
ガルデが僕を見る。
「気配がね」
その言葉を残して、ガルデは去って行った。
ニヤメが近づいて来た。少女がダンネの尻尾に手を伸ばそうとするが、ニヤメが少女を掴んで下げた。
「もし気分が悪くなったら、私のところに来てね。お薬あるから」
ダンネがニヤメを見上げる。
「ドロップになに飲ませたの?」
「元気が出るお薬。薬草を調合して飲ませたお薬」
本当に何を飲ませたんだ? 僕とダンネは、ドロップへ顔を向ける。顔色からして、別人のように元気だ。
「なに飲んだの?」
「なんか丸い葉っぱ?」
ドロップは首を傾げる。
「粉末の薬を、薬草で包んで水で飲むの。薬の成分は秘密。分量間違えると大変なことになるから。あと出来ればご飯」
「ご飯ニャ!」
「それがね。ウルガ帝国は食糧難だから、一日三食食べられないのよ」
「ウニャア!」
なんかニャーから変な声が出たな。
「そのせいもあって、体調が崩れたかもしれない。食事が取れないのは厳しいのよねえ。出来れば、今すぐにでも王国に帰ることをお勧めするわ」
「じゃあニャーは王国へ帰るニャ!」
「そう、じゃあね」
「止めろニャ!」
「うるさいなあ、ニャーニャーニャーニャー!」
「シャアアアアアアアアア!」
ニヤメが不意に、ニャーを掴み上げる。
「この子なに?」
「ニャーはネコニャ!」
「へえ」
ニヤメがニャーをゆっくり左右に揺らす。
「なにしてるニャ?」
「珍しいからつい」
「どうして左右に振るニャ」
「なんとなくよ。ありがとう」
ニヤメはニャーを降ろす。ニャーは不思議そうに、ニヤメを見上げている。
「ママ! 私もやって!」
「はいはい」
ニヤメは少女を掲げて、左右にゆっくり降り始める。
「どうして左右に振るニャ?」
「なんとなくよ」
「私おおきくなったらキツネになる!」
「無理よ、諦めなさい」
「嫌だ! 私は絶対に諦めない!」
「可愛い娘、いずれ現実を知るときが来るわ」
「どういうこと?」
「キツネにはなれないってこと」
「私は絶対に諦めない!」
「そう、頑張ってね」
「うん! 私頑張る!」
少女の強い決意は、明らかに叶うことないだろう。
僕はダンネの尻尾を見る。確かにモフモフしている。毛先も白い。
「ダンネの尻尾って、なんで先白いの?」
「産まれたときからこうだった」
「へえ」
両眼を瞑り震えているカーリーにも、もふもふ尻尾がある。
「そう考えると、やっぱりドロップの尻尾は短いよ」
「僕の尻尾のことは言わないで!」
「なんで?」
「だって恥ずかしいんだもん! 皆ちゃんと長いのに、僕だけ短いから」
「別に恥ずかしくないと思う」
「そうかなあ?」
ドロップは自分の尻尾がある箇所を眺める。
「そうだよ」
「尻尾の長さは強さに比例しないニャ!」
「誰も強さの話はしていない!」
僕とニャーは睨み合う。ハチが手を二回叩いた。
なんか一瞬、頭が真っ白になった気がする。
「それじゃあぼちぼち……なんだっけ? 文政長だっけ?」
ニヤメがハチに顔を向ける。
「文政長は北の、文政局にいるわ。気をつけてね、帝国いち厳しいから」
「強いのか?」
「色々な意味でね。じゃあ私は、あなたが増やした仕事を片付けてくるから」
ニヤメは少女を連れ、怪我人のほうへ歩いて行く。
「バイバイ」
少女が手を振った。
「うんまたね」




