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ガウル  作者: キヌミタロ
第12章 強者集いし北東
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第78話 医長ニヤメ

 ハチの戦っている場所から少し北。通りの先は開けた広場になっていた。そこには呻き声をあげるオオカミたちが横たわっていた。白い服を着ているオオカミの人が、倒れている人を診ている。

「いた」

 ガルデがとある人物に近づいていく。

「ニヤメ。この子が風邪なんだ、診て欲しい」

 茶髪に茶色い眼をしたオオカミ、胸になにか入っている様な膨らみがある。

「風邪、ですか。分かりました、薬はこちらにあるので連れてきてください」

 ガルデはドロップを抱えたまま連れて行く。ドロップが困ったように俺たちに視線を送っている。とりあえずついていこう。

「うわ! なに!」

 急にダンネの悲鳴が聞こえ、振り返れば、ダンネがオオカミの少女に抱き着かれていた。

「なんか捕まえた!」

「誰!」

 ダンネはそっと、オオカミの少女の腕を掴む。

「離して!」

「離さないもん!」

 しかし、ダンネのほうが力が強く、自ら脱出し俺の背後に隠れる。オオカミの少女がニャーに狙いを定めた。

「この黒いのなに?」

「ニャーはニャーだな!」

「へえ……でも私、こっちのモフモフ尻尾がいい!」

 オオカミの少女が、再びダンネに狙いを定める。少女とダンネが俺を中心に回り始める。俺たちと同じぐらいの少女だ。

「ねえなんで尻尾がモフモフしてるの?」

「キツネだから」

「キツネってなあに?」

「王国の東にキツネが住んでるんだよ」

「ねえ尻尾頂戴!」

 すごいこと言い出した。

「だ、駄目よ! 私の大事な尻尾だもん!」

 いつも強気なダンネが、謎の少女に翻弄されている。

「君だれ?」

「私? よく分からない」

 謎の少女は本当に謎の少女だった。

「名前は?」

「ニヤメ」

「ニヤメって言うんだ」

「うん。お母さんの名前」

 お母さんの名前だった。少女は周囲を確認している。

「さっきまでここにいた」

「もしかして、胸の大きい綺麗な人」

「うんそう」

「ガウルのお父さんを案内してくれた人だ」

 さっきの胸の大きい綺麗な人が、この症状のお母さんなのか。症状はまたダンネの尻尾を狙い始め。俺を中心にふたりは回り始める。鬱陶しい。

「尻尾ちょうだい!」

「あげない!」

「私はキツネになるんだ!」

 凄いこと言い始めた。

「キツネになりたいの?」

「だってモフモフ尻尾可愛いもん」

 俺は両眼を瞑り、震えているカーリーを指さす。

「あっちにも尻尾あるよ」

 症状はカーリーを確認する。

「あっちの尻尾いいや。なんか怖い?」

「怖い?」

「だって、凄い震えているもん」

 確かにカーリーは震え続けている。人の眼が怖いから臆病なのを知っているが、知らない人から見れば怖いのか。

「カーリーは人の眼が怖いから、怯えているんだ」

「なんで?」

「知らない」

「パパが臆病者の男はいらないって」

 カーリの両耳がゆっくりと下がっていく。今にも泣きそうだ。

「そ! そんなことないよ! 皆頑張ってるんだから!」

 ダンネの言葉にカーリーの両耳起き上がっていく。ちょっと嬉しそうに見えた。ニャーは倒れているオオカミたちの合間を、軽やかに歩き続けている。

「負がいっぱいニャ! 敗者から出る悔しさ憎しみの負が吸い放題ニャ!」

 あれは放っておこう。ひとまず、眼の前の症状をどうにかしないと。ダンネがずっと俺の影に隠れている。

「お母さんはあっち」

「そうなんだ」

 少女は返事するが動かない。

「行きなよ」

「どうして?」

 数回瞬きをする。確か、お母さんを探していたはずじゃ?

「お母さん探してたんじゃないの?」

「探してない。それより、どうなったらキツネになれるの?」

 どうやらこの少女はキツネになりたいようだ。なんで?

「キツネになってどうするの?」

「だって可愛いんだもん。私もモフモフ尻尾になりたい」

 俺は自分の尻尾を確かめる。あまり変わらないように見えるが……少女の尻尾はそれなりにモフモフしている。

「今のままで可愛いと思う」

「ほんと?」

「うんほんと」

 少女はダンネの尻尾を眺める。

「じゃあキツネの尻尾は諦める」

 やっと諦めてくれた。少女がいきなり俺を指さす。

「なに?」

「おっきな杖!」

 ダンネと一緒に振り返ると、明らかに元気になっているドロップがいた。両手に杖をもち、何故か嬉しそうな顔を見せている。

「なんか……すごい元気だね」

「うん! お薬ひとつ貰って飲んだら元気になった!」

 爽やかな笑顔を見せるドロップ、その背後へガルデとニヤメが戻って来た。

「ママ、キツネの尻尾とって」

 少女がまた物騒なことを口にして、ダンネが俺の影に隠れる。

「とれる訳ないでしょ。怖がらせたのだから謝りなさい」

 少女は両耳を下げ、ダンネに頭を下げる。

「ごめんなさい」

 ダンネはずっと俺の背後に隠れ続けている。

「ニヤメ、この子がガウルだよ」

 ガルデに紹介され、ニヤメを見上げる。俺はニヤメの大きな胸を指さす。

「どうしてこんなに胸大きいの?」

「間違いないわ、この子はパルムの子ね」

 ダンネが俺の袖を引っ張る。

「そんなこと聞いちゃ駄目!」

「駄目なの?」

「駄目!」

 ニヤメが俺を覗き込む。ちょっと怖くて数歩下がる。

「どう見てもお母さん似ね。それで、ひとりの中にふたりとか。訳の分からない話を聞いたけど」

 ニヤメが俺にそっと両手を伸ばす。逃げようとした俺に「動かないで」と言葉で動きを封じられる。隣にいるガルデが笑っている。

「大丈夫だよ、ニヤメは怖いけどお医者さんなんだ」

「ガウルも見てもらいなよ! 僕元気になった!」

 ドロップが元気になって良かったけど。元気すぎる気がする。

 ニヤメが俺の顔を両手で掴む。

「ふむ」

 少女がニヤメに近づく。

「ママなにしてるの?」

「お顔を見てるのよ」

「顔?」

「ええ、顔を見れば大抵のことは分かるわ」

 ダンネが俺の顔を覗き込む。

「そうなの?」

「まあ一番良いのは、患者さんから正確に説明してもらうことだけど」

 ニヤメの眼が怖くて、俺は後ろに下がろうとする。けれど、ニヤメの両手がそれを許さない。澄んだ茶色い眼がじっと俺を捉えている。

「皆で何してるニャ?」

 ニャーが戻って来た。同時にニヤメが両手を離す。

「流石に病気の類じゃないわね、最近、どっか悪いとかある?」

 俺は少し考える。以前に比べれば体調は良いほうだと思う。

「大丈夫」

「そう。それなら良かった」

 ニヤメが無表情で、ガルデに顔を向ける。

「皇帝斬りの首はいつと届きます」

「いまヘイズと戦ってるよ。ヘイズは負けるだろうね」

「誰でも良いので、早く皇帝斬りの首を落としてください。打撲、骨折の患者が増え続ける一方です」

 俺はガルデを指さす。

「ガルデは戦わないんだ」

「でしょうね、素行の悪さが災いして。戦闘行為全般を長に禁止にされているのだから」

 ガルデが咳ばらいをする。

「ニヤメ」

「素行の悪さ?」

「殴る蹴る」

「ニヤメ!」

「あなたのお父さんは強すぎるの」

「ニヤメえ!」

 ガルデがニヤメに困った顔を向けている。ガルデは強いのか。

「じゃあ、ガルデがハチと戦ったらどっちが勝つ?」

「ハチ?」

「うん! 皇帝斬りのハチ! ガルデとハチが戦ったらどっちが勝つ?」

 周囲から呻き声が全て消えた。

 俺は楽しく尻尾を振る。ハチはすんごい強い! ガルデも強いなら、戦って勝つのはどっちだろう? そんなこと考えていると、ニャーがニヤメに登り始めていた。ニヤメは何も気にしていない。

「そうね……どう?」

「僕に直接聞かないでよ」

 ガルデはため息を小さく吐いて、俺を見下ろす。

「楽しそうだね?」

「うん! だって、ハチはすごい強いし、ガルデも強いんでしょ! どっちが強いのか気になる!」

「ちょうどニヤメもいるし、確認しておこう。ガウル、無性に暴れたいとき」

 ニヤメがガルデの前に手を上げる。

「聞き方がちょっと違うわね。ねえガウル。無性に興奮するときとかある?」

 俺は共和国での出来事を思い出す。トルピーに対して抱いた情だ。ガウルの手掛かりを残したトルピー。どうしてもそれが説明できないほどの情をもたらした。

「あった。でも怖かった」

 ガルデとニヤメはふたりして、驚いた表情を見せ向き合う。

「そんなとき、パルムはこうしなさいとか教えた?」

「うん。二回手を叩いたら、全てを忘れて追いかけなさいって言われた」

 ダンネが俺の顔を見る。

「そういえば、港でハチを追いかけてた」

 ドロップがダンネに近づく。

「確か……大きな音が駄目で、長い説明が理解できなくて、非常時には手を二回叩いてと言われた」

 俺はドロップに顔を向ける。

「非常時ってなに?」

「わ、分からないよ」

 ガルデが俺の頭を撫でた。咄嗟にその手を振り払う。けれど、ガルデはまた俺の頭を撫で始める。

「頭触るな!」

「まあ、パルムの血が入ったから。この辺りのことは大丈夫だと思いたい」

「私のママに登らないで!」

 少女がニャーを引きずり降ろそうと、服を掴んでいる。

「ニャーは頂きに登るのニャ!」

「そうだ皆で山に登ろうぜ!」

 ハチの声が聞こえてきた。笑顔のハチ、右手に……動かないヘイズ将軍を掴み、ヘイズはぐったりして動かない。そんなハチはニヤメを見てヘイズを離す。

「すっげえ美人がいる!」

 ニヤメがハチを睨む。

「これ以上、患者を増やすのはやめて」

 ハチは両手を広げる。

「しょうがねえじゃん! 襲われてるのは俺だぜ!」

「そりゃあ、皇帝斬りは大罪なんだから」

 俺はガルデとハチを交互に見る。今なら確かめられる!

「ねえハチ! ガルデは強いんだって! どっちが強い!」

「知るか。なんだ次の相手はこいつか?」

 俺は首を横に振る。

「ハチは戦えないんだ、禁じられてるんだって」

「誰に?」

「お父さんと母さん?」

「なんで?」

「素行が悪くて強すぎるからって」

「ガウル!」

 ガルデに怒られ、俺は両耳を下げる。

「怒られた」

「怒られてるニャ」

 ハチがじっくりと、ガルデを眺める。

「ちょうどいいや、山登る前にいっちょ戦おうぜ」

 やる気満々のハチに対し、ガルデは眼を逸らす。

「僕はいいよ。戦う気はないし」

「まあ見るからに、腰抜けの臆病だからな」

 明らかな挑発にガルデが乗る。ハチを睨んだのち、ガルデは両眼を必死に瞑る。

 ニヤメが自らの体に登っていた、ニャーを掴んで降ろす。

「ニャ」

「ガルデ、落ちついて」

「でもニヤメ、ここには父さんも母さんもいない」

「駄目です。長の怒りに触れますよ」

 止めようとしているニヤメに、ハチが悪い笑顔を見せる。

「なに少しぐらいんらバレないさ」

 その言葉に、ガルデがやりと笑顔を見せる。近くに倒れている人へ足早に近づき、傍らに置いてある刀を見下ろす。

「お借りしても?」

 倒れ苦しんでいる男が、ガルデに驚きの表情を見せる。

「ぜ……ぜひ!」

「ありがとう」

 ガルデが刀を手にし、こちらへ戻って来る。

 ハチが「おやおや」と声漏らす。

 俺の感覚が悲鳴を上げている。強烈な気配とは別、これから戦えるであろうことの喜びが全身から感じ取れる。ハチは今まで多くの人を殴り倒して来た。みんなでハチを殺そうとしてた。それは皇帝斬りという罪人だからだ。

 しかし、ガルデ……俺の父さんは雰囲気からして違う。素行の悪さ、強すぎるが故なぜに遷都行為を禁止された。いまのガルデを見て理解できた。ハチは戦って暴れたい気性の粗さ。ガルデは……眼前の敵を叩き潰したい類のオオカミだ。ハチもそれを感じ取ったに違いない、真剣な顔で刀をゆっくりと鞘から引き抜く。ガルデも同様。

 今まで倒れて呻き声上げてた人たちが、体勢を変え全員こちらを見ている。

「私は止めましたよ」

 ニヤメがニャーの襟と、症状の腕を掴んで離れる。

「ダンネ、ドロップ。こっちに来て」

 ふたりはすぐに俺の背後に隠れる。カーリーは既に離れ、両目を瞑り離れていた。

 ハチとガルデが刀を構えて対峙する。そのふたりが……いや。俺の頭の中で、勝手にふたりが戦い始める。急に浮かぶ映像に、両眼をつぶりそのまま何度もつぶりなおす。両者の刀がぶつかりあう。すれすれを刃が通り、ハチが刀の峰内でガルデを叩く……ガウルではその隙をついてハチを斬り殺す。駄目だ、死人が出る。


 少々、見たい気もするが。これは止めねばならない。子供たちには悪影響だろう、それに血は好まん。さて如何にして止めようか、割って入るは不自然なり、しかして己に武器はなく。既にふたりの戦は幕を開け、刀を振るはどちらが先かのみ。ふたりか。背後に隠れるダンネの腰、両脇にはフォクシイから受け継いだ白蛇の双剣がある。

 僕はダンネの双剣を黙って手にする。

「ちょっと」

「貸して」

 両手に持つ小さな剣を巧みに手で回す。そして、ふたりが手にする刀に狙いを定める。ハチとガルデ一歩前へ踏み出し、最初の一撃をぶつけ合う。ハチは峰内のまま、ガルデは刃を向け。ふたりは想像どうりの動きをする、ハチは純粋に戦いに明け暮れるも、ガルデのそれはよろしくない。先ほど、ガルデは血を気にしていた。それは恐らく勘違いだろう、血の香りはしない。口調からして理性はあり、暴れたい人間など禁止されようと暴れる。あれが僕の父になるのか……弱い。いまだ未成熟と言ったところか。つい、僕は小さな剣を手にしたまま、自らの頭を撫でる。急に撫でられて嫌悪を抱いた。当然だ、全員が頭を撫でられて喜ぶ訳がない。けれど……あれが僕の父になるのか。

 俺はため息を吐き、そっと両眼を瞑り剣を一本ずつ投げる。剣はふたりの刀に命中し、ふたりとも綺麗に刀を落とす。ハチは驚いた表情を俺に向け、ガルデは俺に怒りの感情を向ける。ガルデが俺に詰め寄ろうとした瞬間、ハチがガルデの肩を掴む。ガルデがハチを睨む。

「離せ」

「いや離さん」

 ハチは僕に指をさす。

「あいつは別のガウルだ」

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