第77話 父のガルデ
槍のファルテがいなくなったと思えば、物陰から笑顔のヘイズが姿を見せる。屋根の上にオオカミが姿を見せ、大勢が弓矢を構えハチを狙う。地上ではオオカミたちが鞘から刀を引き抜き構える。ハチは自らの刀をゆっくりと鞘から引き抜いて行く。
「へえ、槍女と最中に手を出して来ると思ったが。意外とそこは律儀なんだな」
「あそこでもし邪魔をすれば、それこそ僕らの首が飛ぶ」
「まあそれもそうか」
「はじめ」
ヘイズのひと言で、屋根の上にいた全員が矢を放つ。宙を飛ぶ矢にハチは慌てることなく、ゆっくりと後ろへ下がる。数本の矢がハチの足下に落ちて行き、命中しそうな矢だけを刃を傾け受け流した。
槍を持つ男が三人、ハチへ目掛け駆け始める。
「槍ばっかじゃねえか」
ひとりの男が槍を突くも、ハチが槍先かわし深く前へ。その槍を片手で掴む。続けて他のふたりも槍をハチへ放つも、ハチが手に持つ槍を一気に引き男を盾代わりにする。寸でのところでとまった槍ふたつ。そこへハチは槍ごと男を押し出す。ひとりの男にぶつけ、別の男の槍を素早く斬り裂く。
「流石に斬れるな」
刀を逆に持ち、峰打ちで男を容赦なく叩く。叩かれた男は地面に倒れ、体勢を立て直した残りのふたりも槍を放つも、ハチは地面すれすれを滑り男たちの足下へ。そのふたりの足首を峰打ちで叩き、上半身も叩いて行く。こうして槍の三人は地面に倒れた。
ふと、ニャーが宙を嗅いだ。
「パンの香りがするニャ!」
「パン?」
俺も嗅いでみるが、どこにもパンの香りはしない。扉が誰かにノックされた。
「入っていい? パン持って来たよ」
「パンニャ!」
ニャーが扉へ駆け、勝手に扉を開けてしまう。銀の髪に蒼い眼をした男。間違いない、王国の共和国大使館であった男だ。両腕にパンを五個持っている。
「はい」
男はニャーにパンを差し出し、ニャーはパンを手に取り貪り始める。その男が部屋に入って来るので、俺は両手をあげ構える。
「どうして構える?」
「お前は誰だ!」
「あー、そのことか。パンどうぞ」
男は大きい丸いパンをダンネに差し出す。
「ありがとうございます……」
ダンネが少し嫌そうにパンを受け取る。
「そのパン不味いでしょ?」
男が笑顔で尋ね、ダンネが顔を上げる。
「ごめん。少し意地悪だったかも。でも、王国のパンを食べると、帝国のパンはとてもじゃないが味が酷い。貴重な食糧だけど」
ダンネは男を見上げながらパンを口にする。
「それで、ガウルはパンいる?」
「いる!」
差し出されたパンを奪い取る。そして、男を睨みながらパンを食べる。美味しい。
「本来はもうちょっと後で自己紹介をするはずだった。ところが、サジルが全将に手紙を書いてしまったらしく、少々予定より早いが会いに来た」
「王国でいちど会ったじゃないか。どうして言わなかった?」
「理由はいくつかある。報告を受けたガウルの環境が異常な状態であること、ガウルが本当に僕の息子どうか分からなかった。まあ、見て分かるけど。君はパルムにそっくりだ」
「パルム?」
男はため息を吐く。
「まさか自分の名前すら言ってないとは思いたくないが。ガウルのお母さんはパルムと言うんだ。パルムに眼がそっくり」
ダンネが俺の眼を覗き込んでくる。
「ところで、そのパルムはどこで何をしている?」
「旅に出た」
「旅?」
ダンネが噛み終えたパンを飲み込む。
「ガウルの家に書き置きが」
「旅ねえ。皇帝斬りを探しに旅に出ますと……僕の机の上にも書き置きがあったな。ガウルが産まれる前の話だけど」
ふとダンネが一歩前に出る。
「じ……自己紹介させて貰っていいですか?」
男は笑顔を見せる。
「どうぞ、そう言えば僕もまだだったし」
「フォクシネル共和国領主の娘、ダンネと申します。この度は」
男が片手をあげ、ダンネは口を止める。
「待った。息子の友達にまで、そんな堅苦しい挨拶はしてほしくない。いつも通りでいいよ」
「だ……ダンネです」
「よろしく。僕はガルデ。長の孫ってだけで、これと言って何もしてないんだけどね」
「でも、帝国軍が王国で反乱を鎮圧している際に」
「それは子供がしていい話ではない。大人になったら調べるといいさ。キツネは皆頭がいいからね」
「は、はい!」
パンを食べながら、父であるガルデの顔を睨む。
「一体何したんだ!」
ガルデが手を伸ばし、僕の食べているパンをそっと掴む。ゆっくり引いていくので、俺は全力で唸り声を上げる。
「まったく……父に腹を立てるのまで似なくて良いんだよ。安心しなよ、手は汚してないよ。育つ芽と枯れた芽を、少し整理したまでさ」
ガルデはパンを離し、俺は奪われないよう部屋の隅へ逃げる。そしてパンを急いで食べ始める。
「どうしてガウルは怒ってるの?」
「気配が似てるからさ。そりゃ親子だもん。同じ気配を嫌うんだ。だから僕は父さんも母さんも苦手なんだ。身分も高けりゃ態度もでかい。あ、これ言わないでね」
窓の外から、ヘイズの怒りが聞こえてくる。
「たったひとりに何をしている! それで御身お守りできると思ってるのか!」
「ヘイズは元気だな。ところで、足元のこれはなんだい?」
床に白い布がふっくらしている。カーリーだ。
「カーリー」
「カーリー?」
「初めまして」
「おお驚いた!」
「ハリスの息子のカーリーです」
「人の眼が苦手なんだって」
「へえ、お父さんとお母さんに会ったら、よろしく伝えておいてね」
「わかりました」
俺はパンを飲み込む。美味しかった。そしてカーリーに近づく。
「カーリーは頭が良いんだ」
「そうなんだ」
「なんでも答える」
「僕、なんでも答えられる訳じゃ」
「じゃあカーリー、ガウルの状況を鑑みて。僕を最大限利用できるならどうする?」
俺はガルデを見上げる。ガルデは俺のことを心配している!
「やっぱりガルデ嫌いだ!」
「それが父に対して言うことか!」
急にガルデが俺に抱き着いてきた。ガルデは尻尾を振っているが、俺は逃れようと必死に暴れる。
「離せ!」
「誰が離すか! 僕に子供ができるとは夢にも思わなかったよ! その息子が大変なことになってるんだから! 僕を上手く利用してくれ!」
カーリーが「じゃあ」と割って入る。
「僕たちは白く光った花。原初の花というのを探しています。それと、お婆ちゃんからの助言で。ウルガを並び替えると、ガウルになる。ガウルの中には、別のガウルという人の記憶が混ざってるんです。なので、ガウルについて知っているなら」
ガルデは俺から離れる。
「悪いが母に関しては直接聞いてくれ、僕は母が大嫌いなんだ」
俺は首を傾げる。
「どうして? 気配が一緒だから」
「単純に好かん、見ているだけで腹が立つ」
いつの間にかパンを食べ終えたニャーが、ガルデの足に抱き着く。
「ん? どうしたんだい?」
「強烈な負を吸っているニャ」
「強烈な負?」
「怒りの感情がニャーの糧になるニャ」
「そうか、君が手紙に書かれていた、クロネコのニャーだね」
「そうだニャ! ニャーがニャーニャ!」
「変わった話し方するね」
「方言ニャ」
「方言? へえ、ネコの国にも方言があるのか」
ダンネがドロップを起こし、パンを渡している。
「ウルガ帝国にも方言とあるのですか?」
「山上にあるよ。ほんの些細な方言だけどね。」
「へえ、カーリー知ってた?」
「うん。ただ、使う人……オオカミは珍しいとされているよ」
「僕が産まれた、北の北。いまは亡き部族たちが使っていた言葉だからね。ネコの国に方言があっても大した不思議はないんじゃないか?」
俺はニャーを指さす。
「でもニャーは股に何もついてないんだ」
「股って……あれだよね?」
「お尻の穴も無いんだ」
「……ん?」
ガルデは首を傾げ、ニャーを見下ろす。
「ニャーは食べた物全部魔力になるニャ」
「へえ……そうなんだ?」
ガルデは反対へ首を傾げる。ニャーの体を理解できる人は……いた。カーリーがいた。
「ねえカーリー」
「いまニャーについて尋ねようとしてるよね? 僕は全部答えられる訳じゃないんだよ」
ガルデがカーリーに近づく。
「悪いが、念のため姿を見せてくれないか?」
ガルデの気配が濃くなった。ちょっと怖いから、カーリーから白い布を取り上げる。
「ぎゃあ! いきなり白い布を取らないで!」
ガルデが慌てて両手を振る。
「ごめんよ! 念の為に確認しておきたかったんだ! その……流石にずっとそこにいるもんだから」
カーリーが床で丸くなり、全身を震わせている。可愛そうだから、白い布を被せてあげる。
「僕は人が苦手なんです! 人の眼が苦手なんです! お許しください!」
「大丈夫、大丈夫だから」
ドロップが急にくしゃみをする。ダンネがドロップの頭に手を当てる。
「大変、ドロップが風邪を引いたかもしれない」
「風邪引いただと!」
ガルデが急に大声を出す。
「今すぐ医者のところに行くぞ!」
ドロップがガルデを見上げる。
「でも僕そこまで」
「黙れ! 風邪を舐めるな! 風邪は死ぬんだぞ!」
ガルデがドロップを抱きかかえ、部屋の外へ歩いて行く。ドロップが連れていかれる!
急いでガルデを追う。
「ドロップを返せ!」
「返さん! お前もついて来い!」
唸り声を上げても、ドロップが連れていかれる。階段を降り扉を開けて外に出る。ハチはまだ戦い続けていた。
「おらあ! てめえら威勢だけか!」
「ハチイ! ドロップが連れていかれる!」
「なに!」
ハチがガルデを睨みつけ、ガルデはハチを睨む。
「てめえ、ガキをどこに連れて行こうとしてんだ!」
「風邪を引いた子を医者に診せて来るんだ!」
「風邪如きでビビってんじゃねえよ!」
「黙れ皇帝斬りが! ヘイズ! 俺が戻ってくるまでに、そいつの首を斬り落とせ!」
「承知しました!」
ハチとヘイズたちは再び戦い始める。ふと、俺は気になった。
「ガルデは戦わないのか?」
そのひと言で、周囲のときが止まったように静かになった。ハチも異変に気づいて、刀を下げる、
「ん? どうしたお前ら?」
ドロップを抱えているガルデが、ゆっくりと俺に振りかえる。
「僕はその……」
ガルデは何も答えない。俺はまた首を傾げる。
「どうして戦わないんだ?」
「いやほら……僕は僕力とは無縁というか」
「ガルデは弱いの?」
そのひと言で、ガルデを俺を堂々と睨みつける。かなり怖いが俺も負けじと睨み返す。
「お前ら動くなよ!」
ガルデと睨み合っていると、近づいてきたハチが俺の頭を叩く。
「何するんだ!」
「あのなあ! この国で、弱い! なんて言葉使うな! それでこそたたっ斬られるぞ!」
「じゃあガルデは俺を斬るの?」
「ガルデ? こいつか?」
「流石に斬らないよ」
「俺のお父さん」
「へえ、親子だけあって似てるな。まあ単なる親子喧嘩なら構うことねえや」
ハチは刀を鞘から抜き、ときをとめた集団に歩いて行く。
「ガウル! とりあえず謝れ! ようし次倒れたい奴は出て来い!」
ハチはまた戦い始め、俺はガルデを睨む。ガルデも俺を睨んでいたが、先に折れため息を吐く。
「僕は戦うことを禁じられてるんだ」
「なんで?」
「だから母さんも父さんも嫌いなんだよ。医者に行こう。こっちだよおいで」
ガルデがドロップを連れて行くので、怒りを滲ませるガルデの後を追う。
明らかにニャーが、ガルデの負を狙おうと周囲を歩いている。




