第7話 北を目指して
黄金のりんご飴を食べ終えた俺たちはあまりの美味しさにまったりしている。本当においしかった。俺は幸せそうに立っているダンネとドロップをいちど見る。バカラスは北へ行けと言っていたな。どのみちこのふたりは北から来たのだろうか。
「バカラスが北へ行けって」
ダンネが黄金のりんご飴に刺さっていた木の棒を地面に捨てる。
「バカラスは?」
「消えた」
「いつの間に」
「ダンネたちがりんご飴を食べていたときだよ」
「何か言ってた?」
「とりあえず、ふたりのこともあるし北へ向かえって」
「まず船に乗らないと行けないんだけど、まず村に戻って皆目覚めたか確認しよう」
「それもそうだ」
俺たち三人は村に戻る。村人たちは目を覚ましいつも通り暮らしていた。運動をしているお爺ちゃん。籠を背負って山へ入っていくお婆ちゃん。
「ようガウル」
鍬を持ったお爺ちゃんがすれ違いざまに挨拶した。
「私思ったんだけど、この村は老人ばかりね」
「若い人は俺と母さんだけらしい。ここじゃ仕事が無いから皆山向こうの村へ行くんだって」
前に村長がそんなことを言っていた気がする。そうだ、北へ向かう前に村長の家に寄って行こう。遠くに見える煙突がある家、レンガ造りの壁が村長の家だ。扉を叩くと酒臭い村長が顔を出す。
「おーガウルか。一体どうしたんだい、こんな夜更けに」
「もう昼」
言いかけて空を見る。太陽は真上にある。
「もう昼だよ」
「そうかそうかもうそんな時間か」
「村長、ちょっと北へ行ってくる」
「気をつけて行くんだよ」
「うん」
村長は扉を閉め、ダンネが扉を指さす。
「たぶん通じてないと思う」
「気にしなくていい、村長はお酒をずっと飲んでいてる。じゃあ行くか」
「行くか。じゃないわよ! 食料とか水とかどうするのよ!」
「行きながらどうにかすればいいだろ」
「行きながらどうにか……してきた私」
俺とダンネとドロップは北へ続く道を歩いていく。
山道をひたすらに歩き続ける。道はそれなりに整えられてはいるがそこまでじゃない。木の根が剥き出しになっていたり、岩が突き出していたり。俺とダンネは楽々山道を歩いていくが、かなり遅れているドロップに顔を向ける。少し離れた後ろで杖を付きながら歩いている。遅い。
「大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと待って」
日が暮れる前に山向こうの村へ行こうと思ったけど、ドロップの足じゃ無理だな。
「もうちょっと早く歩けるか?」
「頑張るよ」
ダンネが俺を睨んでくる。
「まだドロップは足を痛めてるかもしれないじゃない」
「足?」
「そうよ! あなたが突き飛ばしたんでしょ!」
俺はダンネの顔を眺めつつ思い出す。そういえばそんなことがあったような。
「そうだな、足まだ痛むか?」
「ちょ、ちょっとだけ」
ドロップは杖を突きながら山道を進んでいく。
「背負ってあげたら」
「また俺が背負うのか? ダンネが背負えばいいじゃないか。どうせ泣き叫ぶことしか出来ないんだから」
ひとりは泣き叫び、ひとりは震え続けているだけ。とてもじゃないが話にならない。
「あんなデカい化け物にあったら誰だって泣くわよ!」
「何がお嬢様で成績優秀だ。泣き虫のお嬢様じゃないか」
「私を馬鹿にしたわね!」
ダンネが俺を睨み辺りを見まわす。
「ちょっとこっち来なさい! 懲らしめてやる!」
ダンネが道を外れて森の中に入っていく。木々を少し歩くと開けた草原に出る。
「私がただの泣き虫じゃないことを教えてあげる! うりゃあ!」
ダンネが急に飛び掛かってくる。俺のベルトに両手をかけると体が浮いて横に投げ飛ばされる。立ち上がりながらダンネに振り返る。思ったより力が強いぞ。
「ふん! 狐を馬鹿にするからよ!」
「もう一回だ」
「かかって来い狼め!」
俺はダンネに近づき押し倒そうとする。ところがダンネは足を引っかけて俺を転ばす。まったく勝てる気配がしない。ちょっと楽しくなってきた。
「もう一回だ!」
何度挑戦してもダンネに勝てなかった。倒され転ばされとダンネに触れることさえできない。ダンネは何度も身構え俺は何度も挑戦する。
「ねえ喧嘩はやめてよ!」
ドロップを無視して俺とダンネは何度も戦い続けた。
そして日が暮れてしまった。非常にまずい。いつの間にか夕日が沈み夜になろうとしていた。
「このままだと迷子になる」
「大変! 幽霊が出ちゃう!」
俺はダンネを睨む、憎たらしい笑顔を見せている。
「でも本当に日が暮れると道が見えなくなる。しょうがないから私がドロップを背負う」
ダンネはドロップを軽々背負うと道へ駆けていく。俺も後を追う。
そしてダンネの後ろ姿を睨み続ける。一回も勝てなかったのがちょっと悔しい。
完全に日が落ちる前になんとか山向こうの村、トリスに着いた。村と言っても道の両脇に店や家が数件立っているだけの小さな村。家の灯が窓から見え、中央にあるちょっと大きな建物が宿屋だ。俺はそこを指さす。
「あそこが宿屋だ」
ダンネはドロップを背負ったまま宿屋へ歩いていく。俺はその背後を付いていく。
扉を開けると若い狼のおじさんふたりがカウンターで話をしている。
「それでもうカンカンで」
ふたりのおじさんは大声で笑い合い、カウンターのひとりが俺たちに気づくともうひとりも気づく。
「あれ? もしかしてガウルじゃないか?」
俺は頷く。
「泊まっていくかい? ところでふたりは見ない顔どころか種族
だなあ」
俺がダンネとドロップを指さす。
「狐と犬」
「へえ、俺ら島出たことないから狼しか見たことないよ」
ひとりが「商売の邪魔しちゃ悪いし帰るよ」と手を挙げて帰る。
「今日はお母さんは一緒じゃないのか?」
「母さんは旅に出た」
「旅に? まあ忙しいんだな。部屋は開いてるよ。ところでなんで背負ってるんだ?」
店主がドロップに顔を向け、ダンネが俺にゆっくりと顔を向ける。
「足を挫いたの、誰かさんのせいで」
俺はダンネと睨み合う。
「そりゃ痛いだろう。後で飯と一緒に薬も部屋にもって行くよ」
ダンネが店主の顔を見上げる。
「いくらです?」
店主は笑顔で笑う。
「この宿屋は島に住んでる人はタダさ」
「お金取らないの?」
「完全に、という訳でわないさ。この島はまだ何かと物資が大陸頼りだからね。島で宿屋も港街とここしかないし。ここから南はガウルの村、農村だけさ。この宿でお金なんか取ったら誰も泊まれないし、その礼として食糧や薬は分けて貰っている。要はもちつもたれつさ」
「へえ」と、ダンネが声を漏らす。
店主が鍵をカウンターに置く。
「まあ誰も泊まってないし、すぐそこの部屋でいいだろう」
店主はカウンター横の扉を指さす。
ダンネが「鍵」と言いながら俺を睨んでいる。
「取りなさいよ、私いま手塞がってるもん」
俺はダンネを睨み返しながら鍵を受け取る。そして憎たらしい笑みを浮かべダンネは部屋へ向かう。こいつさては俺がダンネに勝てないことを馬鹿にしてるな。悔しい、いずれこの恨み晴らしてくれる。鍵で部屋の扉を開け中に入る。ベッドがふたつに窓ひとつ……ちょっと嫌な臭いがする。なんと言うのか部屋の臭いというのか。
ダンネはドロップをベッドに降ろす。
「ありがとう」
「ちょっと靴脱がせて」
ダンネがドロップの靴をそっと脱がす。ドロップの足は腫れていた。
「うわ、これじゃ痛いはずよ。誰かさんが突き飛ばすから」
俺はダンネと睨み合う。
「やめてよ喧嘩わ、それにガウルは蟻さんを守ろうと僕を突き飛ばしたんだ。僕が蟻に気づかなかったのが悪いよ」
「ほら、ドロップが悪いんだ」
ダンネが俺を睨んでくる。
「いやドロップが」
「まずドロップに謝りなさい!」
「嫌だ、俺は悪くないもん」
「私に一度も勝てなかった狼が私の指示に従えないの?」
こいつまた俺を馬鹿にして、つい唸り声を出す。
「唸るな! ドロップに謝って!」
「もういいよ喧嘩しないでよ!」
ドロップが立とうとしてバランスを崩してベッドに座り込む。俺とダンネは顔を逸らす。見ていろいつか勝ってやる。
ダンネがもうひとつのベッドへ飛ぶ。そして動かなくなる。ダンネから寝息が聞こえてくる。この一瞬で寝たのか?
「と、ところでさ。ガウルは蟻が好きなの?」
「いや、ただ母さんが蟻になれと」
「蟻?」
俺もダンネとずっと押し合い投げ合いをしたせいか、徐々に瞼が下がってくる。
「母さんが蟻のようになれって。先人前を見、後人はその背を見よという古い」
俺は大きな欠伸をして床にゆっくり寝そべる。もう開いているベッドは無い。扉がノックされた音が聞こえて「あれ? 寝ちゃった?」という店主の声が聞こえた。
いきなり揺すられて驚いて起きる。ダンネが僕の隣にいる。
「おしっこ。こっち来て」
僕は目を開けられずダンネに引っ張られていく。廊下の奥まで連れていかれるとダンネがそっと扉を開ける。中を確認すると入っていく。僕は眠いのでその場で横になる。いつもの臭いじゃないのがちょっと嫌だ。目を瞑っていると夢を見る。知らない人が笑っている。体を揺すられてすぐに目を覚ます。
「ここで寝ないで」
「ねる?」
「ここで寝ないでよ、怖いんだから!」
ダンネが僕の手を引っ張りながら部屋へ戻る。またドロップの杖が光を放っている。
「ガウル、床で寝てるの?」
「床で寝る」
僕は眠くて床で横になる。
「ねえベッドで寝たら。もしかして寝た?」
僕は眠りについた。
朝になって起きたけど。すごい体が疲れている。床で眠ったのがいけないのか。僕は床で寝転がってまた眠ろうとする。
「ぬあー!」とダンネの声が聞こえる。
「ん? もう朝」とドロップの声も聞こえる。
僕はまだ眠いので寝続けている。扉がノックされて開く音が聞こえる。なんか美味しそうな香りがするので目を開けて寝転がって目を開ける。店主がお皿を三枚持っている。
「朝ご飯もってきたぞお」
僕は背伸びをして起き上がる。店主が僕たちに一枚ずつお皿を渡す。皿の上にはパンの間にキャベツやトマト、溶けたチーズが入っている。僕はすぐにパンを口にする。すごい美味しい。
「ところで君たち港街へ行くのかい?」
「そう、それで船に乗るの」
「その船なんだが、どうも雲行きが怪しいらしい」
「どういうこと?」
「波が思った以上に高くて船が出せなくなるかもって、貿易商の人が言ってたよ。駄目だったらまたここに戻っておいで。ガウルの友達なら部屋はいつでも開いてるから」
「ありがとう」
「あとこれあげる」
「これは?」
「水筒だよ、初めて合ったときに水筒がどこにも見えなくて、船の上だと水は貴重だからね。ちなみにこの村の特徴で三つの山のロゴが入っているから、まあ宿屋の宣伝もしておいてくれるとありがたい。もう水は入れといたよ」
パンを食べ終えると店主が水筒を渡してくる。僕は水筒の蓋を開けて飲もうとする。ちょっと冷たくておいしい。
「この村を出る前に川の水を入れなおすといい。この先は港町まで緩い下り坂だから、この先気をつけてね。じゃあ俺は畑仕事に行くから鍵はカウンターに置いといてくれ」
店主は軽く手を振って部屋を出ていく。僕は水筒の蓋を閉める、ダンネがドロップの足を見ている。ドロップの足は包帯が巻かれている。
「歩ける?」
ドロップは足を回す。
「うん大丈夫そう」
「よし、じゃあ港街に行きましょう」
僕は欠伸をして床に寝転がる。まだ眠い。
「ガウル起きて、ガウル!」
ダンネの声が大きい。ダンネが俺を揺すって来るので、つい手をはたく。
「いた」
ダンネが僕の頬を何度も叩いてくる。
「起きなさい! ほら行くよ!」
僕は唸り声をあげるがダンネが僕を引きずっていく。
「ほら起きて!」
ダンネが僕の両脇を持って軽々と持ち上げる。立たされた僕は大きな欠伸をする。ダンネがカウンターに鍵を置いて僕たち三人は宿屋を出る。青空に雲がいくつか浮かんで、鳥が鳴いている。人の気配がまったくない。きっと皆仕事に行ったのだろう。ダンネが歩きはじめ僕はダンネを追っていく。ドロップが僕の後ろをついてくる。ダンネの尻尾が揺れている。毛並みは茶色いのに毛先が白い。
「なんで尻尾の先が白いの?」
「こういう色なの」
「そうなんだ」
僕はダンネの尻尾を掴む。手をはたかれて振り返ったダンネに睨まれる。
「尻尾を掴まないで」
尻尾は掴んじゃ駄目なのか。ダンネが立ち止まったままずっと僕を睨んでいる。僕はただダンネを眺める。
「もしかして寝ボケてる?」
「まだ眠いよ」
僕は大きな欠伸をする。ダンネは「そう」と言って前を歩きはじめる。
村を少し歩くとすぐ小川にたどり着く。僕は飲んだ分の水を水筒に入れる。
「あの山でっかいね」
ドロップが遠くを指さしている。山が三つ横に並んでいる。ダンネが水筒のロゴを見る。
「なんて覚えやすい村」
水筒に水を入れ終えた僕は蓋をする。そして僕は地面に横になって大きな欠伸をする。
「もう! こんなところで寝始めないで!」
ダンネが僕の体を揺する。僕は眠いのでダンネを無視する。
「本当に寝始めた! 仕方ないからガウルは宿屋に置いていく!」
「置いていくの?」
「港街で船の確認だけしてくる。港に行って船が出ませんじゃここに戻ってくるだけだし。私はちょっと走りたいしガウルを宿屋まで運んだらひとりで確認してくる。ドロップはこの寝ぼすけと宿屋で待ってて!」




