第6話 黄金の守護者
カラスは光っている白い花に近づく。
「おー! これこそが探していた原初の花!」
カラスは両手でそっと触ろうとする。いつの間にカラスは僕たちについて来たのだろう? 反対方向へ行ったはずなのに。
「どうして」
「どうして僕が今ここにいるかって? どうやら僕はここでは部外者のようだ。同じところをグルグル歩いていて気づいた。通常ではありえない状況、それに巻きこまれていない四人。そして僕だ。僕はどうやら歓迎されていないようだ。だから反対側の暗闇へ歩いた。すると入口、最初の木の根の部屋に戻された。君たち三人だけでようやく正しい場所へと導かれた、場所が分かれば僕は君たちのもとへ来るだけでいい」
カラスは両手でそっと白い花を掴もうとする。しかし、カラスの両手は白い花を掴むことが出来ない。
「やっぱり僕じゃ原初の花を掴むことができないか。よしイヌ君、この花を取ってごらん」
カラスはドロップを指さす。ドロップは僕の背に乗っているから、僕が白い花に近づいていく。
「わわ、杖が」
ドロップが声をあげる。僕は首を動かすが見えない。
「どうしたの?」
ダンネが僕の上を指さす。
「杖が震えてる!」
急に眩しい光が辺りを照らす。光はすぐに小さくなると白い花から僕の上へ一直線に光る線を伸ばす。僕は光の先を追ってくるくる回り始める。
「動かないでガウル!」
ダンネに大声を出されて驚いたけど、その場でじっと我慢する。僕はいま怒られたのだろうか? ダンネにそっと目を向ける、また僕の上を指さしている。
「ドロップの持っている杖に白い花の光が伸びてるの。だからガウルは動かないで」
僕はダンネの言う通りその場で待つことにした。白い花から伸びていた光が消え始める。すると白い花は光を失い始める。カラスが白い花をそっと触る。
「ふむ。こうなるとただの白い花だな」
ダンネが白い花に近づく。
「これって薔薇じゃない?」
「バラ?」
「薔薇と言う花なんだけど。白い薔薇は図鑑でしか見たことない」
僕は光を失った白い花……薔薇を見る。
「僕は見たことある」
ダンネとカラスが僕に顔を向ける。
「どこで見たの?」
僕は急に気持ちが悪くなってきた。白い薔薇を見たことがある。それを何故か思い出せない。白い服を着て……髪に白い薔薇をつけて。誰かが振り返って笑顔を見せているんだ。見せているはずなのに顔が思い出せない。母さん? 違う、違う誰かだ。
「ガウル?」
ダンネの声が聞こえる。けれど返事する余裕はない。顔が浮かばない。思い出そうとする度に体が拒絶するのを感じる。とてもじゃないが立っていられない。俺はゆっくりとドロップを降ろしてしゃがみ込む。そのまま頭を地面に置く。
「ちょっと大丈夫?」
ダンネが俺の顔を覗き込む。
「すごい気持ち悪い」
吐きそうな気分なのに吐く物がない。体の奥底から何かが出ようとしているが出ない。それが気持ち悪さに拍車をかけている。
「ふむ、取り込み中のところ悪いけど、イヌ君。その杖を僕にちょうだい」
カラスはドロップの杖を握る。
「だ、駄目だよ」
「原初の花を吸ったのはその杖だ。つまり僕が探している力の源はこの杖に隠されているに違いない」
俺は顔を上げてカラスを見上げる。
「本当にその杖が必要なのか?」
「あー必要だとも。この杖で村人たちを皆目覚めさせ」
「そいつに杖を渡すな、嘘をついている」
カラスが俺に顔を向ける。仮面がしっかりと俺を見ている。
「そうだね僕は嘘をついている。世界の傾きがどうなろうと知ったこっちゃない、僕は僕のためにこの力が必要なのさ。さあ杖を僕に渡すんだ」
ドロップは必死に杖を渡さないようにしていたが、カラスの力に負けて杖を取られてしまう。カラスは杖をじっくり眺めている。
「心配しないでくれ。ここまで案内してくれたお礼はそれなりにするさ」
ダンネがカラスを指さす。
「ドロップの杖を返せ! やっぱり大人は皆卑怯だ!」
カラスの動きが止まった。
「大人?」
「そうよ! 子供だからって大人はいつも偉そうにしている!」
「いま大人と言ったか?」
「言ったわよ! だってどう見たって大人の背丈じゃない!」
「僕をいま大人と言ったか?」
「言ったわよ! 何回も同じこと聞かないでこの馬鹿!」
一瞬、カラスの姿が波打つように見えた。
「この僕をあの俗共と一緒にするなど許さん! この場で根絶やしにしてくれる!」
カラスから異様な、無数の骨が折れるような音が聞こえ始める。両腕が黒い大きな翼となり大きく広がる。体が徐々に変化していき服が破れ帽子が落ちる。巨大な黒い鳥が姿を見せ始め、足が鳥の足になっていく。そして胴体からもう一本の鳥の足。足が三本の黒い巨大な鳥が毛を逆立たせ大きな嘴から辺りを震わすほどの鳴き声が放たれる。赤い眼が恐ろしく輝ている。
俺はただ巨大な鳥、足三本のカラスを睨みつける。睨みつけたところで明らかにどうこうできる訳もなく。どう見たって巨大なカラスのほうがデカいし恐い。ダンネは驚いたのか大声で泣き叫び、ドロップは両手で杖を持ちながらすごい震えている。もう俺たちは食べられるしかない。とても短い人生だった。つい両腕を組んで目を閉じる。そして目を開ける。俺の人生はそんなに短かったか? もっと長かった……ような気がする。最近どうも頭がおかしい。
巨大なカラスが大きな翼を広げ、外壁を強引に崩しながら翼を羽ばたかせる。砂埃が舞い右腕を上げ目をかばう。逸らした視線を前に戻すと大きく鋭い黒い爪が俺を引き裂こうとしていた。同時に爪が何もない宙で弾かれ火花を散らす。巨大なカラスは翼をたたみ首を傾ける。俺も何が起こったか分からない。ゆっくりと右腕を降ろすと手に真っ黒な剣を握っていた。気持ちが悪いほどの黒さだ。剣も柄も全てが黒一色。見た目は剣だがすごい冷たい。ただ分かっていることは、この真っ黒な剣がカラスの爪を弾いたということだ。そして巨大なカラスは首を傾け続けている。俺は剣を振り下ろす。
つまり、この剣ならあの化け物に勝てるということだ。ダンネは大声で泣き続けているから使えないし、ドロップは震えすぎて立っているのがやっとだ。とりあえずひとりで戦えということか。眼前にいるは巨大なカラス、全ての毛を逆立たせ今にも食われそうな勢いだ。何が美味しいジュース屋さんだ。俺は剣を構える。
「立派な化けもんじゃないか」
巨大なカラスが翼を大きく広げ、嘴をゆっくりと開く。直感で来ると分かった俺は後ろのふたりを巻き込まないように足元めがけ回り込む。カラスの分際で強烈な火炎を吐き一か八かで黒い剣を前に突き出す。火炎は剣先で割れ後方へと流れる、流れるが熱い! 火炎が終わると反射的に服を手ではらう。
「馬鹿な! なぜ防げる!」
巨大なカラスはどうやら混乱しているようだ、察するに黒い剣の登場が予測していない状況というところか。あのときその手を取れと言ったのは正解だったな。俺の思考がふと止まる。
俺は誰に言った? 訳の分からない黒い手を握ったのは俺自身だ。
明らかに俺の頭はおかしい。左手を握り頭を二回叩く。その隙を狙ってまた足の一本が黒い爪で俺を引き裂こうとしてくる。それを瞬時に避け間合いを詰め足の一本へ剣を振る。確実に足首を切り落としたが手応えが全くない。切り落とした足は黒い煙となったかと思えば消えていく。そして胴体からまた足が一本生えてくる。そうなると、この巨大なカラスは実物じゃない幻か? そうだとしたらもう俺の手に負えない。まず化け物を見たのが初めてだし化け物と戦うのも今日が始めてだ無理がある! 勝機があるとすればこの剣の使い道だ。俺は視線を黒い剣に向ける。
明らかにあの化け物は困惑していた。想定していない状況だったのだろう、思い切って攻めてみるか。化け物が攻める前にこちらから攻める。全速力で駆け抜け足元を目指す、咄嗟に化け物は足の爪を繰り出して来る。よく見ろ足は三本だ。素早い足の連打を全て避け胸元目掛けて飛び掛かり剣を突きさす。手応えがまったくない、宙を刺しているみたいだ。化け物が身を震わす勢いで俺は剣から手を離してしまう。飛ばされた俺は離れた場所に着地する。
「あっつ! なにこれ!」
化け物が両の翼で胸に刺さった黒い剣をはたいている。根本までしっかりささった剣はそれじゃ抜けない。化け物は地面に転がったりと暴れ回る。
「たかが剣一本如きで倒されてなるものか!」
化け物は再び三本足で立ち毛をこれでもかと逆立たせる。もはや敵意の剥き出しだ。同時に剣から放たれる黒い稲妻が化け物を激しく包む。
「ギャアアアアアアアアアア! いたああああああああああああああい!」
あまりの叫び声の大きさに慌てて両耳を塞ぐ。黒い稲妻が終わると化け物はゆっくりと地面に倒れる。
「舌でろん」と、言いながら大きな嘴から舌が外に垂れる……いま口にしたよな?
警戒しながら倒れた化け物、巨大なカラスに近づいていく。不意をついて足で引っ掻いてくるだろうと思っていたが、本当に生気を感じない。巨大なカラスの頭を勢いよく蹴ってみる。あまりの重さに動くこともなく反応もない。死んだのか? そもそもこれは生物なのか? 化け物の胸に刺さった黒い剣を引き抜くと、今手に握っていた黒い剣が一瞬で消える。とりあえず凌いだか。
あのふたりはどうしかと見れば、ダンネは泣き叫び続け、ドロップは震えてついに地面に伏している。とりあえずこの場を離れよう。俺はふたりの襟を掴ん引きずりながら元来た入り口を目指す。道は何故か一本道で真っ暗だ。
「化け物! 化け物があ!」
ダンネがうるさい。
「そうだな化け物がいたな」
うるさいダンネと震えるドロップを引きずりながらため息を吐く。
道は本当に一本道だった。分かれ道はひとつもなく、今まで歩いていたのは何だったんだとすら思う。元の落ちた場所へ戻ると木の根が明らかに枯れているのが分かる。根をつたって上まではいけないだろう。見上げれば青空が見える。
「君たちに空は飛べんよ」
ふと化け物の声がきこえ咄嗟に振り返る。ついさっき「舌でろん」と倒れた……カラスが立っているがかなり小さくなっている。それでもじゅうぶんにデカいのだが、毛は逆立っていない。ダンネとドロップが俺の背後に隠れる。
「何しに来た?」
「原初の花も手に入らず、訳の分からない力に倒され。もう僕は帰ることにした。そこで僕は思い出した。君たちは帰れないと。だから僕に乗って空に」
「ちょっと待て」
俺はカラスを睨む。
「さっき俺を殺そうとしたよな?」
「別に君たちの生と死はさほど重要じゃない。まあ君たち自身においてはとても重要なことだ。でも僕にとってはそれほど大したことじゃない。これは僕が非道で無慈悲だからという話じゃない。僕から見ればその程度のこと。と言う訳さ」
言っていることが理解できない、そもそもこいつは誰なんだ?
「はっきりさせたい、お前は誰だ?」
カラスは両の黒い翼を広げる。
「僕は黄金の守護者バカラス。黄金を全て取られそうになり黄金を守るため世界を滅ぼした者さ」
「は?」
何言ってんだこいつ? と、思いつつも嘘はついていない。
「どうだい僕は嘘をついたかい?」
心中を読み取られつい身構える。
「ところでキツネちゃん!」
カラスが大声を出しダンネが俺の背後に隠れる。
「いいかい二度と僕を大人と呼ばないでくれ! あいつら僕が大事にしている黄金を根こそぎ取っていくせいで黄金の数が減っていきどれだけ裁きを下しても無尽蔵に湧いてくる大人たちは挙句の果てにこの僕に向かって刃を!」
「ご、ごめんなさい」
ダンネが泣きながら謝った。
俺はカラスを指さす。
「大人どころか人でもないだろ」
「まあそうなんだけどね! でも僕は世界を滅ぼして良かったと思うよ! この世界は本当に良く出来ている。お陰で僕の黄金も増えたし今じゃジュースにして混ぜて皆に飲んでもらってるんだ!」
黄金をジュースに? それは飲んで大丈夫なのか?
「とりあえず地上に戻ろうか。僕の背中に乗って」
「爪で引っ掻いたりしないよな?」
「僕の毛並みを見てご覧。ツヤッツヤ」
確かに黒い毛並みは先ほどまでと違い逆立っていない。どの道、カラスに運んで貰わないと。地上に戻れない。恐がるダンネを強引にカラスの背に乗せ、ドロップは震えているだけなので放り投げる。
「じゃあちゃんと捕まってね」
カラスは翼を大きく広げ、すごい必死に翼をばたつかせ螺旋を描きながら地上へ出る。白い花が咲いていたはずの木が完全に枯れていた。逆に山や森の植物が全て元通りに緑の葉をなびかせている。カラスが地上に降りるとダンネが一目散に逃げる。茂みに隠れてカラスを警戒している。ドロップは震え続けているので俺が降ろす。
鳥の姿をしていたカラスがゆっくりと人の形、村でジュースを売っているときのように黒い帽子、カラスの仮面、黒い服黒い手袋黒い靴と。
「真っ黒だな」
「カラスだからね。ところで仲直りの意味も込めて、君たちにこれをあげよう」
黒い服の下からカラスが棒に刺さった黄金に光る巨大な飴を取り出す。黄金の飴は黄金の林檎を包んでいる。子供の俺でも分かる。この黄金に魅了されない者はいない。茂みに隠れていたダンネですらそっと近づいてくる。震え続けていたドロップの震えは止まり黄金の飴を眺めている。
「これは黄金のりんご飴さ。僕が言う黄金というのはお金じゃない。黄金の果実さ。子供たちはこの綺麗さに喜んでくれた。ところが大人たちがひとつまたひとつと持って行く。僕は彼らにお願いした。このままでは黄金の果実が消えてしまうと。なのに大人たちは僕を排除しようとした。だから僕は世界そのものを滅ぼした訳。それぐらいの価値はあるでしょ?」
つい「うん」と言ってしまう。いやそれほどまでに綺麗だ綺麗すぎる。こんな綺麗な輝きがあっていいのかというほどに綺麗だ。
「食べていいよ、黄金の果実は人を魅了しそして人を幸せにする。人は幸せになろうとして争いを始めるんだ。健気で儚い存在さ。確かこの……」
カラスが何か言いかけて口を閉ざす。そんなことより俺たち三人は黄金のりんご飴に夢中になっている。
「うま! なにこれ?」
「私こんな美味しい飴初めて!」
「僕もだよ!」
俺たちは夢中で黄金のりんご飴を食べる。
「ガウル」
カラスに名前を呼ばれ、ふと我に返る。
「なんだ?」
「僕の見立てが正しければ君は難しい立場にいる。身の危険を感じたら友に頼りなさい」
俺はダンネとドロップを見る。ふたりは夢中で黄金のりんご飴を笑顔で食べている……こちらの話が聞こえていない?
「その難しい立場ってのはなんだ?」
「それが僕には分からないんだ、ごめんね」
カラスは嘘をついていない。
「そういま僕は嘘をついていない」
つい鳥肌が立つ。
「俺の」
「心は読めないさ、ガウルは人の嘘を直感で見破る力がある。この先は気をつけるんだ、人の嘘は盾でもあり凶器でもある」
「分かった」
「北へ向かうといい」
「北?」
「まあ単純に、そこのふたりのこともあるしとりあえず北だね」
ダンネとドロップは北から来たのか?
「分かったよ」
「彼の地は近く遠く。もし無理だと思ったら諦めるんだよ」
「北へ行くのを?」
「どこへ向かうにしてもさ」
カラスは軽く手を振るとそよ風に吹かれ霧となって消えた。




