第5話 ドロップ
家に帰るまでの間、ダンネがしゃべり続けている。
「つまり私は大陸から船に乗ってやってきたの。それで船に乗って大陸に戻ろうとしたら台風のせいで帰れなくなった訳! ちょうどいいからこの島を探索しようとしたら遭難したの! でもやっぱり流れ星も流星群も見ていないと思う」
僕はしっかり見たし、流れ星が落ちて犬の子供に当たったことも知っている。それにへんな夢のことも覚えてる。周りが炎に包まれて、枯れた古い木から真っ黒な腕が。思い出しただけでも気持ち悪くなってきた。
「ガウル!」
ダンネに呼ばれてちょっと驚く。
「私の話聞いてる?」
「聞いてなかった」
ダンネがすごい怒った顔を見せる。
「この子に何か仮の名前をつけたほうがいいんじゃないのって話!」
ダンネの声が高くて大きくてうるさい。自然と目を力強く閉じる。
「あ、あんまり大きい声駄目だよ」
「このぐらい普通じゃない?」
「ちょっと大きいかな」
「そう? 分かった気をつける。それでこの子に名前よ」
僕は犬の子供を眺める。確かに犬の子供と思っているのもおかしい気がしてきた。
「イヌ?」
「最低ね」
なぜか怒られてしまった。
「ねえ、自分の名前も思い出せないの?」
「う、うん」
僕は犬の子供に変な気持ち悪さを感じている。自分の名前を思い出せない、嘘はついていない。じゃあ記憶喪失じゃないのが嘘じゃないのはなんなんだろう? よく分からなくなってきた。
「あーでも私この服知ってる」
ダンネは犬の子供の真っ白な服を掴む。
「これきっと白薔薇協会だよ」
「そうなの?」
「なにそれ?」
「手を取り合って助け合いましょう。みたいなことをしている協会。最近うちの国にも出来たんだ」
「うちの国?」
「大陸の東にフォクシネル共和国という狐の国があるの。私はそこから来たの」
やっぱり山向こうの村に引っ越してきたのは嘘だった。
「そこはどんな国なの?」
犬の子供は興味をもったらしい。
「小さい国なんだけど雪が毎日降ってて綺麗なの! あと山奥に温泉もあるの!」
「行ってみたい!」
「でも本当に遠いの。それに嵐のせいで船が出ないの」
「そうなんだ」
「でもあなたの服なら、大陸にある白薔薇協会に行くべきだと思う」
僕はあまり興味がない。ふと、ちょっと離れたところに、お婆さんがリンゴの入った籠を背負って歩いている。今にも転びそうだ。ダンネが急いで駆け寄ってお婆さんの籠に手をかける。そのあとを犬の子供が追いかける。僕は歩いて近づく。
「あーごめんなさい、流石に重かったわね」
運んでいるのは村のお婆さんだ。ダンネが籠を支えて犬の子供も支えようとしたが杖が邪魔だ。
「あら可愛らしい狐さん」
お婆さんはダンネを見て笑顔を見せる。お婆さんは狐を知っているんだ。
「お婆さん、狐を知ってるの?」
「ええ知ってますよ。この島は皆大陸からの移住者だからね」
「いじゅうしゃ?」
お婆さんが籠を降ろして、ダンネが籠からいくつか林檎を取り出す。
「うつり住んだってこと」
そうか大陸から移り住んで来たのか。ところでここはどこなんだろう?
「ここってどこなの?」
ダンネが林檎をひとつ落とす。そしてゆっくりと僕に顔を向ける。
「あなたもしかして、自分がどこに住んでるか分からないの?」
「村に住んでる」
「それは合ってる。とりあえず林檎を持って、はい持って」
ダンネがいっぱい林檎を渡して来る。僕は落とさないように林檎を両手で抱えていく。その上にダンネが林檎を重ねていく。
「あ」
犬の子供が林檎をひとつ落とす。片腕で林檎を抱えて追いかける。やっぱりもう片方の手で持っている杖が邪魔なんだ。両手が塞がってるからしゃがんで林檎を取ろうとすると抱えた腕から林檎がひとつ落ちる。
「大丈夫よ、そんな無理に拾わなくても」
お婆さんが犬の子供に言うが、犬の子供が一生懸命に林檎を拾おうとして全部落とす。たくさんの林檎が道を転がっていく。
「あー林檎が」
それを追いかける犬の子供。ダンネが「ドロップ」と指をさす。
「ドロップ?」
「あの子の名前ドロップにしよう」
犬の子供の名前はドロップになった。ダンネがドロップに駆けていく。
「ドロップー」
ドロップがしゃがんで林檎を拾う。ダンネもいくつか林檎を拾う。
「あなたの名前は今からドロップ」
「僕の名前?」
「そう! 名前がないと不便だしあなたは今からドロップ! 本当の名前を思い出すまでの仮名ね」
ふたりは林檎を持って戻ってくる。お婆さんはゆっくり背中を伸ばしている。かなり重かったんだろう。ダンネとドロップが拾ってきた林檎を籠に入れる。
「ガウル、代わりに背負って」
僕は抱えている林檎を籠に入れると背負う。やっぱり重い。
「悪いわねえ手伝わせちゃって」
「任せてくださいガウルが運びます!」
ダンネが元気に言う。ドロップを見ると嬉しそうな顔をしてる。
「嬉しそうだね」
そう言うとドロップの顔は少し赤くなる。




