第5話 原初の洞窟
僕たちは白い花を見上げていた。足元が動いた気がして咄嗟にダンネとドロップの服を掴む。地面が崩れて僕たちは落ち始める。何が起こったかも分からないまま、僕は必死にダンネとドロップの服を掴み続ける。
「よっと」
急に落ちる速度が遅くなって崩れた地面だけが先に落ちていく。地面が落ちると粉々になった。自分がいる高さに驚きながら上を見る。カラスが僕の服を引っ張っている。そして背中にトンボの羽根が見える。急にダンネが暴れ始める。
「降ろして! 早く降ろして!」
ダンネが暴れるせいで手が滑りそうになる。
「いま降ろすからちょっと待っててね。スイー」
カラスはトンボのように飛び僕たちを下に降ろしてくれた。僕がダンネとドロップから手を離すと、ふたりとも地面に倒れて震えている。
「いやあ流石に焦ったよ。ところで上を見てごらん」
カラスが上を指さす。僕たちが立っていた場所に穴が空いている。それもかなり上だ。高さもすごいけど、上から伸びる木の根の大きさもすごい。僕たちがさっきいた場所から今僕たちが立っている場所まで垂れさがったり壁を伝ったり。地面の下にこんな場所があるなんて知らなかった。
「あそこから落ちて助かったのは奇跡だね。僕がいなかったら死んでたよ」
カラスがいなかったら僕たちは死んでいた。危なかった。カラスは壁を両手で触りながら移動する。
「いいねえ、誰からも知られずに隠された場所。隠されているからにはお宝が、もしかして原初の花があるかもしれない!」
地面に震えながら倒れていたダンネがゆっくりと起き上がる。ダンネが上を見上げて何も言わない。僕も見上げる。ドロップは倒れたまま泣き始めていた。
「ドロップが泣いてる」
「流石に泣きたくもなるわよ」
ダンネがすごいため息を吐く。
「死ぬかと思った」
よく見るとダンネの足はまだ震えていた。
「足が震えてる」
「震えるわよ! あそこから落ちたのよ!」
ダンネの大声に僕は驚く! けどダンネはゆっくりと地面に座り込む。どうやら怒られた訳じゃないらしい。僕は見上げる。確かに高い。
「ほらドロップ。いい加減立って」
ダンネがドロップに手を貸す。杖はしっかり握っているけど泣き続けている。
「まだ泣いてる」
僕がそう言うとドロップが涙を流しながら上を指さす。
「あんな高い所から落ちて平気なガウルがおかしいんだ!」
「そーだそーだ!」
僕は何故かダンネとドロップのふたりに睨まれる。僕が悪いのか?
「ところで君たち、ちょっと手伝ってくれないか?」
カラスが両手で壁を触りながらちょっと離れたところを進んでいる。
「この空間には道が無いんだ。もしかしてここで終わりかもしれない」
僕たちは周囲を見渡す。広い場所だけ奥へ続く道なんてない。カラスの言う通り行き止まりかもしれない。ダンネが上を指さす。
「じゃあ私たちを上に運んでよ!」
「それは辞めたほうがいいね。矛盾を解く鍵はここで間違いないんだ。問題はこの空間しかないということだ。君たちも頑張って探してくれ」
僕はとりあえず壁に近づく。壁に触ると石の壁だと分かる手触り。スベスベしているようでザラザラしている。何故か僕の後ろをダンネとドロップがついてくる。ついふたりと目が合う。
「どうして僕の後をついてくるの?」
ふたりは何も答えないし、目を逸らす。何も答えないので僕はカラスの真似をする。壁に手をあてて壁伝いに歩く。
「何か見つけたら教えてねえ!」
カラスが離れたところから声をかける。でも本当に何もない。僕はただずっと壁を触りながら歩いているだけだ。僕はダンネの顔を見る。
「なに?」
「何もない」
「そうね、何もないわね。私思うんだけど本当に奥へ続く道はあるの? ここで本当に行き止まりなんじゃ」
「これは困ったねえ」
僕は足元を見る。そこには小さな蟻が列を作って進んでいた。僕はしゃがんで蟻を眺める。その蟻たちを、上を見ているドロップが踏みそうになる。僕は咄嗟にドロップを突き飛ばす。ドロップは床に倒れ杖が転がる。
「痛い! なんで突き飛ばすのさ!」
「蟻を踏みそうだったから」
「蟻?」
僕は蟻の行列を指さす。ダンネが蟻を覗き込む。
「それだけでドロップを突き飛ばしたの?」
「それだけ?」
ダンネが蟻の行列を指さす。
「こんな小さな蟻気づかないじゃない」
「でも僕は気づいた」
ダンネはドロップを指さす
「だからって、あそこまで突き飛ばすことないじゃない!」
「喧嘩はやめてよ。僕が気づかなったのが悪いんだから」
ドロップが立ち上がろうとして「いた」と口にしてまた転ぶ。ダンネが急いでドロップに駆け寄る。
「どうしたの?」
「足がすごく痛いんだ」
ダンネがドロップの足を軽く触る。
「痛い!」
「きっと挫いたのね、ガウルが突き飛ばすから」
僕が突き飛ばしたせいでドロップが足を挫いたらしい。
「僕が怪我させたの?」
ダンネが僕を睨む。
「そうよ! ここまで突き飛ばすことないじゃない!」
僕はダンネに怒られドロップを怪我させてしまった! 大変だ!
「諸君!」
いつの間にかカラスが近くまで来ていた。その足元には杖が落ちている。
「申し訳ないが僕は突き飛ばしたオオカミ君を称賛させてもらうよ」
ダンネがカラスを見上げる。
「どういうこと?」
カラスは壁を指さす。
「道だ」
僕たちはカラスが指さす方向を覗き込む。奥へ続く道が確かにある。奥は真っ暗だ。そこは僕たち三人がさっき通った壁だ。
カラスが落ちている杖を拾う。すると道が突然消える。そこにあるのは壁だ。
「まさに偶然の産物。そしてどうしてここに君が落とされたのかも分かる」
カラスがドロップを指さす。ダンネが「どういうこと?」と尋ねる。
「この場所を君に見つけて欲しかったんだろう。それが何を意図してるかまでは分からない。とりあえず杖はイヌ君に返すよ」
「ありがとう」
ドロップが杖を受け取る。あったはずの壁が消え奥へ続く暗い道が見える。
「君が杖を持って進めば道が開ける。ただ歩けないよね? オオカミ君、背負ってあげなよ」
「僕?」
「蟻さんを助けるためとはいえ、オオカミ君がイヌ君を怪我させたんだ。背負ってあげる責任はあるさ」
確かに僕がドロップを怪我させた。僕がドロップを背負うべきだ。僕はドロップの前でしゃがむ。ドロップはゆっくりと僕の背に乗る。なんかちょっと。
「あったかい」
「あったかい」
僕とドロップは同時に同じことを言った。ダンネが片腕を前に出して宙で振る。
「地中だからちょっと寒いかも」
ドロップが僕の服を引っ張る。
「あそこに誰かいるよ」
皆で道の先を見る。誰もいない。
「誰もいない」
「いるよ! ほら!」
ドロップが道の先を指さす。それでも誰も見つからない。
カラスが少し先を進む。
「見えないねえ、どんな人だい?」
「白い服を着ていた」
「それはもしかして君と同じ服かい?」
ドロップは自分の服を見て「うん」と頷く。
「なら目指すはこの先で間違いない。それじゃあオオカミ君、君が先に行くんだ」
「僕?」
「そうだよ。イヌ君が持っている杖をオオカミ君が背負っている。だから先に行くのはオオカミ君だ」
「嫌だ」
「どうしてだい?」
「だって幽霊が」
この先にドロップにしか見えない幽霊がいる。そんな怖いところに行きたくない。ダンネはニヤニヤしながら僕を見ている。
「幽霊が怖いんだあ」
「怖いよ、だって幽霊だもん。幽霊に近づきすぎると連れて行かれちゃうんだ」
「幽霊なんてこの世にいる訳ないでしょ」
カラスが「ふむ」と言った。
「幽霊はいないけど似たようなのはいるから気をつけてね」
ダンネがカラスを見てから僕の後ろに回る。僕はダンネを見る。
「ガウルが先頭」
ダンネは道の先を指さす。
「嫌だ」
「しかしオオカミ君、この先に謎を解く鍵があるなら進むべきだ。そうじゃないと村人の皆が危ない」
そうだ、いま村人の皆は眠り続けている。でも暗闇の先へ行くのが怖い。ドロップがまた前を指さす。
「あの人、左に曲がったよ」
僕はおそるおそる足を震わせながら前に進む。どうして僕が先頭なんだ? ドロップの杖が少し光っているが暗いことに変わりはない。道は真っすぐ歩くと左右に分かれていた。
「あっち」
ドロップが指さす方向はまた暗闇だ。逆の方向を見るとさらに暗い。僕は逃げるようにドロップの指さした方向へ歩きはじめる。咄嗟に視線を感じて後ろを振り返る。ダンネとカラスが僕を見ている。
「な、なに?」
ダンネが慌てて振り返る。どうやら誰もいないようだ。暗いところは大嫌いだ。僕はドロップが指さした方向を歩きはじめる。
「ねえなんなの!」
暗闇の道はどこに続くのか分からない。僕は背負ったドロップが指さす方向をただ歩いていくだけ。ドロップには白い服を着た誰かが見えているらしい。僕はたまに後ろを振り返る。ダンネが僕を睨む。
「いちいち振り向かないで!」
怒られた。僕はまたドロップの指さす方向をひたすらに歩きはじめる。ずっと真っすぐ歩いたり、途中で右や左に曲がったり。いつまで歩き続けばいいのだろう?
ダンネが「ねえ」と言う声に驚いて咄嗟に振り返る。ドロップが振り落とされそうになるけど僕にしがみつく。
「かなり歩いたと思うけど、このまま進んで大丈夫なの?」
ダンネはカラスを見上げる。カラスは暗闇の先を見る。
「ふむ、確かにかなり歩いたね。ところでイヌ君、まだ白い服の人は見えるのかい?」
ドロップが暗闇の先を指さす。
「あそこに立ってるよ」
僕が暗闇の先を見ても誰もいない。ドロップだけに見えているらしい。
「ただ歩いているだけじゃたどり着かないのか?」
カラスは顎に手を添える。カラスの仮面を付けているからどんな顔してるか分からない。
「よし、少年たちは引き続きイヌ君の見える誰かを追ってくれ。僕は分かれ道を反対に進んでみよう」
僕たちは歩き続け、ドロップが指さす方向へ僕とダンネは進む。反対方向へカラスが歩いていく。カラスの行く先は明かりひとつない。
「僕のことは心配しないでくれ、いざとなったらひとりで逃げ」
カラスは暗闇の道へ消えていった。僕は怖いので足早にドロップの指さすほうへ歩く。すると行き止まりにたどり着く。少し広い部屋。奥に小さな白い花がひとつ咲いている。
僕が近づいていくとドロップの杖が徐々に光を強くしていく。急に誰かが僕の肩を掴んで僕は驚く。振り向くと別方向へいたはずのカラスが僕を見下ろしていた。




