第74話 皇帝の地位
パンを食べ終えたハチが、大きく背伸びをする。
「さあて、北東を抜け北へ抜けるぞお!」
床に倒れていたザンガがゆっくりと立ちあがる。
「おーいてて。ヘイズの北東は避けたほうがいいと思うけどなあ」
「お、頑丈が起き上がったぞ」
「ザンガだよ。北東は山上の民で構成された軍。長の下で育ち、そのご子息の護衛を任じられた連中がそのまま、ヘイズを将軍として北東に旗を掲げた」
ハチが俺に顔を向ける。
「要は狂信者だ。長のためガウルの親父のため国のため」
「狂信者と言うのはどうかと思うけど、まあ否定はできない。将軍ヘイズはその責を全うしつつ、自らを飾りの将軍と自称してるからね」
ダンネがゆっくり顔を出す。
「飾りの将軍?」
「北東の将軍はヘイズであり、それを指揮しているのが。長のご子息であられるガルデ様になる。ただしいまあここが厄介で、文政長に言わせればガルデ様に軍を指揮する権限は一切ない。身分の高さはあれど、実権は無しと位置づけされている」
「文政長?」
ダンネが俺の袖を引っ張る。
「法律や行政の長、一番偉い人のことね。国の内政を指揮してる偉い人」
「説明ありがとう。皇帝斬りのハチはいざ知らず、ガウル様は先に文政長のところへ行くべきだと思うけどね。こんなこと口にするのは恐れ多いことなのだが、文政長はガルデ様の教育係だったからね」
「でもサジルは長に会いに行けって」
「サジルは何を考えているのか。皇帝陛下にご挨拶するのが先だろうに」
「そんなことだろうと思って直に来ましたよ」
入口に、若いオオカミが立っている。腰に刀を提げている。その背後に、刀を二本提げているサジルと、もうひとり知らないオオカミが腰に刀を提げている。
「陛下」
ザンガそう口にした。陛下と呼ばれた男は倒れている人たちを眺め、呆れたため息を吐く。
「たったひとりでこれを?」
「楽しかったぜ! 陛下とということはこれが皇帝になるのか? これまたちんけな」
「黙れ! お前が父を斬ったからこうなったんだぞ!」
皇帝がハチに指を指す。
「なんだあ、前の皇帝の息子か。じゃあこいつも弱いのか?」
「貴様!」
皇帝が鞘から刀を引き抜く。怒りを見せつつも……なんと言うのか。明らかにハチより弱いと思う。ハチが殴り倒した人たちのほうが強い気がする。体が細いからかな?
「やめたほうがいいと思う」
俺の言葉に全員が顔を向ける。ハチが瞬きをする。
「なんで?」
「皇帝弱いと思う」
「馬鹿!」
ダンネが俺を引っ張り降ろす。ハチは大声で笑い始める。
「なに?」
「そんなこと言って良い訳がないでしょ!」
「でも」
「でもじゃない!」
サジルが「せや言いましたやん!」と声を上げる。
「皇帝陛下の叶う相手じゃない! ザンガの軍は帝国でも堅固な軍! それをひとりで、将軍含めて殴り倒したとなれば! 父上の仇を取りたいのは分かるが次の皇帝を斬られでもしたら」
皇帝はハチを指さす。
「お前たちはあいつを逃がしたじゃないか!」
サジルが顔を逸らす。
「はい、そうです。申し訳ありません」
「父は隠居! 姉さんは消え! 第二皇妃の息子である僕が皇帝になったのは誰のせいだ!」
「はい、そうです。申し訳ありません」
ハチがカウンターに寄り掛かる。
「お前らなんだ、ガキのお守をお披露目に来たのか?」
皇帝がハチを睨みつける。怖い。なのでダンネに尋ねよう。
「ねえ、皇帝ってどんな人?」
「その……ハチが皇帝を斬った後に、即位した皇帝シルヴァ。若く有望で、皇帝の血を引いている」
「へえ」
サジルが「おいガウル!」と、呼んで来るので顔を出す。
「なに?」
サジルは皇帝を指さす。
「お前の母親の弟だ、野郎あいつ以外付き合ってないからな」
「そうなんだ」
僕は皇帝シルヴァを眺める。言われてみると面影がある。
またダンネが僕を引きずり降ろす。
「なに?」
「意味が分からないんだけど。ウルガ帝国、長の孫で皇帝の姉の息子なの?」
少しだけ考えた。俺は本当に何も知らない。
「知らないよ」
「だから俺は各将に手紙書いたんだよ、身分が身分だから気をつけろと言った手前のこれか。おいザンガ! てめえ素手でやりやがったな!」
ザンガは頭を掻く。
「いやあ面目ない」
「しょうがねえなあ。ここは俺の出番か。二刀のサジル、お相手願おうか」
俺はまた顔を出す。
サジルが刀を一本ずつ抜いていく、右手に左手に持つ刀、鋼の刀身に輝きに乱れなく。ハチに向かって二本の刀を構える。黄色い眼差しがハチをしっかりと捉えている。皇帝と比べ明らかにその気配が違う。
「ハチ! サジルは強いよ!」
「おうよ! 野郎は強いぞ!」
ハチは降ろした刀を手にし、鞘から刀を引き抜く。
ふたりのオオカミが刀を手に笑顔で対峙する。
「皇帝陛下! お手紙です!」
どこからともなく、笑顔のヘイズが現れた。シルヴァがヘイズを睨む。
「誰から?」
「あの方からです。お手紙を渡し次第、戻れと仰せつかりました」
シルヴァが差し出された紙を奪う。
「ふざけやがって、ガルデが皇帝になれば良かったんだ!」
シルヴァが手紙に眼を通し、隣の男にその手紙を着き出す。名前を知らない男も手紙に眼を通す。
「サジル、帰るぞ」
男のひと言でサジルの笑顔が消える。
「てめえ舐めてんのか?」
二本の刀を手にしたまま、サジルは男に詰め寄っていく。
「背を見せたニャ! いま攻めるニャ!」
ニャーの言葉に、俺とダンネは顔を向ける。胴やらパンを食べ終わったらしい。
ハチが呆れた表情を見せ、刀を鞘に納めながらニャーを見る。ドロップとカーリーは隠れ続けている。
「野郎か?」
「口に気をつけろ、北東に進ませろと」
「本当に気に入らねえ、美味しいとこだけかっさらおうとしやがる」
サジルは刀を二本、鞘に納める。そして、こちらへ歩いて来る。
「ちょうどいいや! 俺はパン食って帰るから、てめえら先に帰ってろ!」
「サジル、言動には注意しろ」
「知るか」
シルヴァが反転し、男もそれに続く。サジルはハチの隣までやって来た。
ハチが外を眺めている。
「ありゃ駄目だな」
「駄目に決まってんだろ。元々文政官だったのを、どっかの馬鹿が先代の皇帝を斬ったせいで無理やり皇帝に即位させられたみてえなもんだ。おいパンよこせ」
ザンガが倒れた人たちを運んでいる。
「それ僕の軍の」
「うるせえよ! 手伝ってやるからパンを寄越せ!」
「まったく」
ザンガはまた人を運び始める。パンをニャーと焼いていた男が、慌ててパンをサジルに盛って来る。
「どうぞ」
サジルは無言でパンを食いちぎりながら、外を睨んでいる。
「あんなのが国の頭で成り立つ訳がねえ、その自覚も野郎にはあるだろうよ。忌々しいガルデが皇帝になれば丸く収まったのによ!」
ダンネがひょっこり顔を出す。
「なんでガウルのお父さんは皇帝にならなかったの?」
「すっげえ面倒くせえ話でよ! 元々、皇后に息子がひとりいたんだけど。そいつが病死しちまいやがった。さっきのシルヴァは第ニ皇妃の息子だ。ガルデは長の息子、山上の生まれで、第二皇妃は山下の生まれ。長の息子と皇帝の姉がイチャイチャして、ガウルが知らぬ間に生まれ」
「イチャイチャってなに?」
「知らない!」
「まあ要するにだ! ガルデが皇帝になると、結局は長一族の権限が強くなってしまう。長のウルガは、長の権限を弱め帝国独自で栄える様にしたいんだとさ。それを汲み取った馬鹿が皇帝即位を辞退しやがった! ちなみに、ウルガ帝国建国以前、山下が山上に戦を吹っ掛けた! すっげえ面倒くせえ話だろ?」
「サジルも戦ったの?」
俺の問いに、サジルが噴き出す。
「いつの話だと思ってんだ、長が若いときの話だぞ。俺もお前の親父も産まれてねえよ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
サジルはパンを食いちぎる。パンを掴んでいる指でハチを指す。
「それと、てめえが皇帝を斬ったことで。俺たち将軍は実は恩恵に預かっている」
「俺?」
「俺たち六将のうち、五将は出来たてホヤホヤ。皇帝が斬られた隙を見て、先代の将のうち四人が物資の横領に汚職。山下守護の名の下に四将は打ち首。俺、ザンガ、ファルテ、ハーゼルは将の椅子をかっさらっと言う訳さ」
ザンガは倒れた人を運びながら、サジルに眼を細める。
「サジル、流石に言動には気をつけたほうがいいよ」
「てめえ何いい子ぶってんだよ! 先代の将真っ先に殺しにかかった男がよ!」
「そりゃあ、長が怒って四将を殺せと命じられたらねえ……元から気に入らなかったし」
「そんなこんなで、大声で言えねえが皇帝斬りのお前は少なからず膿を出してくれたのは違いねえ。なんで皇帝を殺さなかった?」
サジルはパンを食いちぎりハチを睨む。倒れている人たちを、運んでいる人全員が動きを止める。
「殺しは趣味じゃねえな」
「まあそんな面してらあ世話ねえや。さあて、これから楽しくなるというところ、邪魔されて不愉快極まる。俺はここでザンガの軍でも運んでから帰るか。ところでガキ共どこ行った? 減ってねえか?」
ドロップとカーリーを指さす。
「ずっとここに隠れてる」
「可哀想に、帝国はまあこんな国だ。余程の用が無い限り来るところじゃねえ。まあ俺は楽しいんだがよ! 北東を抜けて北へ行くんだろ?」
「そうだ」
サジルはパンを飲み込む。
「上等だ、北で待つ」
サジルはカウンターから離れ、倒れた男に近づいていく。
「まったく、数で勝って負けんじゃねえよ! よっこいしょ」
肩を貸したサジルが男を連れて行く。
「ようし、飯も食ったしザンガも倒した。行くぞお前たち」
ハチが配給所の外へ歩き出す。ドロップとカーリーが動かないので、ドロップを僕が引っ張り、カーリーをダンネが引っ張る。外に出ると、ハチが殴り倒した人たちが治療を受けていた。ハチはひとりでこの数を殴り倒したんだ。すんごい強い。
「ねえ、ハチってどうしてそんなに強いの?」
「知らん。まあ育ての親に扱かれたからじゃないのか?」
「育ての親って強いの?」
「不気味だな。お前と……」
ハチが何か言おうとして、ゆっくりと口を閉じる。
「いや、なんでもない」
俺は首を傾げる。




