第72話 東のザンガ
ハチが作戦会議を道端で開いた。
「まずはこの東を抜けて北東回って北に抜ける」
ダンネが手を上げる。
「なんだ?」
「国の外から北の山に入っちゃ駄目なの?」
「それは」
ハチが先を言わずに別へ顔を向ける。俺はその先を見れば、明らかに大きなオオカミ、体格が大きすぎるオオカミが優しい笑顔でこちらを見ている。
「気にせず続けて。不意打ちとかする気はないよ」
ハチが何事も無かったように、ダンネに顔を戻す。
「山には危ない連中が潜んでるから、ちゃんとした道を通らないと怒られる」
「また怒られるニャ!」
やはり、ニャーは怒られるのが嫌らしい。俺も嫌だけど。
「ニャーは怒られるの嫌なんだ」
「ニャーは魔力の塊ニャ、怒られると魔力がグラグラするニャ」
「まあクロネコの話はいいや。とにかく、山へ登るには北から国を出て山道を辿ったほうがいい。だよな?」
ハチは大男に確認をとる。
「そうだね。話は終わった?」
「終わったさ」
ハチが腰に提げている刀の柄に手を伸ばす。
「あー待って違う違う」
大男は両手をヒラヒラさせている。
「なんだよ、やらねえのか?」
「サジルからの手紙を受け取ってね。先に挨拶をさせて欲しい」
「挨拶? あーそうか。それじゃ先に済ませてくれ」
大男が俺に近づいてきて跪く。それでも背は御男のほうが大きい。
「でっかいニャ」
「東の守護をしております、名をザンガと申します。参上遅れましたことお許しください。また、御身ご滞在の部屋と知らず部下が粗相をしましたこと、重ねてお許しください」
「許すな許すなー」
ハチが茶化し、なぜかニャーが大男ザンガに登り始めている。
ダンネとドロップがそわそわしている。
「降りなさい!」
「駄目だよ、降りなよ!」
「僕が言うのもあれだけど、あまり気にする必要ないよ」
ハチがニャーに指をさす。
「おいクロネコ、挨拶の邪魔すると場合によってはなんだ……大変なことになるぞ」
「ニャ! 怒られるニャ!」
ザンガはゆっくりと立ちあがる。本当に大きい、背が高くそれでいて体がスラっとしている。ポチより大きい気がする。
「お前相変わらずデカいなあ、一番大きいんじゃないか?」
「まあ……そうなんだけど。僕はもっと小さくても良いんじゃないかと」
「もう高いニャ!」
「登るなら登っていいよ、よく登られるから……」
「頑張って登るニャ!」
ニャーはまたザンガを登り始める。ハチの知り合いなのだろうか?
「ハチの知り合いなの?」
「前に俺を殺そうとした将軍のひとりだ。いやあ、前勝ったのは運が良かったよ、殴る蹴るの重みがちげえ」
物騒なことを言うハチに対し、ザンガが穏やかに笑う。
「今日もそのつもりで出向いたのだけどね、サジルの手紙が届いてね。ところでハチというのかい? 前は皇帝斬りで通してたからね」
「あー、名前が無いからハチにされた」
そういえば、ハチも記憶喪失だったはず。
「ハチは記憶喪失なんだ」
ハチが刀の柄に手を伸ばし、俺をしっかりと睨みつける。巨体のザンガが間に入ってくれた。
「君はそこまで馬鹿じゃないだろ?」
「まあいいか、ガキの言うことだ。ガウル、誰から聞いたよ?」
「ポチが言ってた」
「あのお喋り野郎が」
「なるほど。皇帝斬りの出生を調べても出て来ない訳か」
「俺を調べても家族はいねえぞ」
「まあいたらいたで」
「おう、ちょちょい」
ハチとザンガが俺たちを見る。
「それで、挨拶終わったところでやるのかい?」
「いや、仕切りなおしと行こうか。この先どう行くんだい?」
「まあ、北東地区にあがって北でサジルの食糧をかっさらって山?」
「サジルの食糧? あーそれならもうばら撒かれたよ」
「登ったニャ!」
ニャーがザンガの肩まで登る。
「登ったねえ。そうだ、僕の名前でご飯食べなよ。配給所すぐそこだし」
「いいのか? 俺からすると敵のど真ん中だが?」
「僕の名前上げれば大丈夫だよ! あとで君にぶつけたい将兵連れて行くから、意味は分かるね?」
「いいねえ! 帝国に戻ってきた甲斐があるってもんだ! このガキたちはどうすんだ?」
ザンガはニャーを、大きな両手で掴み降ろす。
「降ろされたニャ」
「正直なところ……どうすればいいと思う?」
「皇帝斬りの俺に聞くんじゃねえよ」
「いや、手紙にもあったけど。あの方のご子息ならば、こちらで保護すべきと思うんだけど。怖いから念のため、確認の兵は送ったけど」
「おい! 将軍が迷うな!」
「それもそうだな。よし! 君がこのまま預かってくれ!」
恐れ知らずのダンネが、ザンガの足下へ行く。
「私たち皇帝斬りと一緒に行動するの? 保護して!」
「うーん!」
ザンガは両腕を組み両眼を瞑る。震えていないカーリーみたいだ。
「サジルの手紙には野放しにしろ、それが野郎の狙いだと書いてあったから……保護しないほうがいいと思うんだあ」
野郎、恐らくあの男。俺の父親だろう。
「俺の父さんはそんなに怖いのか?」
「怖いよ。いえ! 失礼しました! 父君は身分の高さ故、将軍の地位に留まらずご自身で動いております。帝国を陰ながら支えているお方で、基本一歩引かれてのお立場。故にガウル様の教育方針となりますと」
「あれか、我が子を崖に落とすみたいな」
「たぶんねえ」
俺は崖に落とされるのか。なんて父親だ。
「じゃあ俺が預かったほうがいいだろ、皇帝斬りの傍にいながら帝国見たほうが楽しいと思うぞ」
「それもそうだね」
そうなのか? なんか会話がおかしい気がする。
「じゃあ僕は君にぶつけたい将兵を連れて来るよ。弱すぎると無駄に大怪我させちゃうからね、既に峰打ちで何人か叩いたろ?」
「囲まれたからやった。大丈夫だったか?」
「まあ骨折は免れないね、しかし君は面白い。どうして殺さない?」
「俺は戦えればそれでいいのであって、殺しは趣味じゃねえな」
ふと、ハチが嘘をついた。
「なるほど。ではまた後で」
巨体のザンガが去っていく。俺はハチに聞きたいことがある。
「ねえ、記憶喪失のこと聞いたら駄目なの?」
「お前……何も覚えてねえから、聞いてもしょうがねえだろ」
「そうなんだ。俺の記憶も断片的だし、ドロップの記憶喪失も……」
ドロップをじっと眺めてしまう。ドロップは杖を横に動かし両手に持つ。
「な、なに?」
ドロップの記憶にはシルケという手掛かりがある。
「ドロップはシルケという手掛かりがある」
「そ、そうだね」
「でも俺の記憶に手掛かりはない。フォクシイとトルピーのことは思い出した。あと帝国に来る前の景色に見覚えがあって」
誰かに頭を叩かれる。
「アホか、だから思い出せねえのが記憶喪失だって言ってんだろ。ごちゃごちゃ考えてないで飯行くぞ飯!」
「ご飯ニャ!」
「配給所を探すぞ! 続けクロネコ!」
「ニャア!」
意気投合したふたりが先を行く、考えるのをやめてふたりを追う。ハチは道を歩いている集団、腰に刀を提げている集団に声をかけている。
「ザンガの配給所はどこだ!」
「飯はどこニャ!」
「東の配給所はこの道を真っすぐ行って右だ。香りで分かると思う」
「よっしゃあ! 続けえクロネコ!」
「ニャア!」
またふたりは駆けだす。皆でふたりを追いかけていると、ハチが足を止めて振り返る。
「どうしたニャ?」
ハチは返事をせず、震えているカーリーに近づいていく。カーリーは俺の背後に隠れる。
「どうしたの?」
カーリーの代わりに尋ねてみる。ハチはカーリーを眺めている。
「気のせいか? よく見てるなあと思って」
「カーリーが?」
「そうカーリーが」
ハチと一緒にカーリーを見る。相変わらず、両目を瞑り体を震わせている。
「まあいいや、行くぞクロネコ!」
「了解ニャ!」
またふたりが駆けていく。なので皆で追いかける。ハチの言ったことが気になったので、俺はカーリーの足音に注意する。カーリーは最後尾を駆けている。足音からしてドロップの背後を駆けている。いや、ドロップに合わせて駆けているのか? それがハチの言ったことと、どう繋がるのかが分からない。
「ここだあ! パンの香りがするぞ!」
「パンニャ!」
他と違って大きい建物だ。煙突から煙が上がっている。ハチとニャーが我先に入っていくので、黙って俺たちも続く。中はオオカミでいっぱいだ。深緑色の服を着て、皆腰に刀を提げている。壁際に入る集団は槍を肩に掛け、椅子に座りながらパンを食べているオオカミ、壁に寄り掛かりながらパンを食べているオオカミ。ハチに気づいたオオカミたちがこちらを真っすぐに見ている。
「お前どこのオオカミだ?」
「ザンガがここで飯食えって、ちょっとした待ち合わせだ」
オオカミの男はパンを食べながら奥を指さす。
「ありがとよ」
ハチは軽く手を振って奥へ行く。周囲がざわつき始めた。
「おい見ろよ、キツネとイヌがいるぞ」
「あの黒いのなんだ?」
「キツネじゃねえの?」
「でも尻尾が違うぞ」
明らかにニャーが目立つ。それもそうだ、どこにあるか分からないネコの国。テレポーニャの事故だったか、それでこっちの世界に来たという……なんかよく分からない集団になってきた。考えるのをやめよう。
「パンをくれ!」
「パンくれニャ!」
奥のカウンターでパンを焼いているオオカミがいた。白いエプロンを着ている。そのオオカミが眼を細めてハチを見る。
「あんたどこの隊だ?」
「ザンガの名前を出して、ここで飯食えと言われた。俺とガキの分……合わせて五個くれ」
「将軍が言うなら」
男は奥からちょっと大きい丸いパンを五個、ハチの前に出して来る。ニャーは奪うようにパンをひとつ取り、ハチが残りを俺たちに渡して来る。すごい大きいパンだ、ニャーはすでにかぶりついている。俺もパンを咥える。美味しい。
「なにこれ? すごい味」
ダンネがパンをひと口食べ、険しい表情でパンを眺めている。
パンを渡してくれたオオカミが顔を覗かせる。
「味は悪いが我慢してくれ、何かと薄めているからな。ここは軍の配給所、腹が膨れればそれで良しみたいなところだ」
ハチがパンを食いちぎる。
「へえ、前もそうだったけど、帝国って大変だな」
「あんたどこから来たんだ? 見慣れないな」
「前に皇帝を斬って戻ってきたんだよ」
ダンネがハチに顔を向ける。
「それ言っちゃ駄目だと思う」
「え?」
「てめえ皇帝斬りか!」
配給所にいた全員が立ち上がり武器を手にする。
「おいおい! 長の孫がいるんだぞ、怪我するぞ」
パンをくれたオオカミが包丁を手にしている。
「ふざけんな! 長の孫がこんなところにいる訳ないだろ!」
「いるぞ。ほら」
ハチがパンを口に銜え、俺を両手で掴む。俺はパンを食べ続ける。美味しい。
「よく見ろ、長に似ているだろ?」
「俺が知るか!」
「じゃあ親父は?」
「知らねえよ!」
「その子は長の孫だよ」
男の声がして振り返る。笑顔のオオカミが立っていた。気持ち悪いぐらい姿勢が真っすぐだ。
「ヘイズ将軍……」
ハチが俺を降ろしてヘイズ将軍を睨む。
「ヘイズ……あー、あの狂信者か」
「失礼な! 俺は狂信者ではない! ガウル様、恐れながらご挨拶は後ほど。失礼致します!」
ヘイズ将軍と名乗った男が、駆け足で配給所の外へ出て行く。パンを飲み込んでハチを見上げる。
「狂信者?」
「忠誠心が異常なんだよ。後で分かる」
「へえ」
俺はパンを食べ続ける。ダンネがパンを食いちぎる。
「あの人、何しに来たの?」
「ガウルをつけてるな。面倒なのに眼をつけられたな」
もしかして、いつも笑顔の間抜けか?




