第71話 連れさらわれるガウル
ハチが刀の鞘を使い、割れ残った窓ガラス壊して行く。そして床に顔を向ける。ガラスの破片が散らばっていて危ない。
「これじゃあゆっくり休めねえな」
「ハチのせいだよ」
ハチが鞘を俺に向ける。
「お前、血の臭いが分かるガウルだろ?」
俺は顔を背ける。
「なんのこと?」
「おうおう、僕ちゃんは嘘をつくのが下手なんでちゅか?」
初めて強烈に馬鹿にされた気がする、俺はハチを睨みつける。そんな俺を、ハチはにやけながら見下ろして来る。
「おんやあ、可愛い子供が睨んでるぞお! おー怖い怖い!」
「俺は可愛くなんかない!」
「なーるほど。てめえ逆になったな?」
「逆? なんのこと?」
「さっきの言い回しは世間知らずのガキから出る言葉じゃねえよ。そのときてめえ、僕。そう言ったな? 俺が皇帝を斬った血の香りを刀から嗅ぎやがった。気にならねえ野郎はいねえよな? 俺とお前が最初あったときは馬鹿なガキが僕とほざいてたぞ。それがどういう訳だ? いまの口調からすると、てめえ逆になったな。僕が俺で俺が僕になってる。どうだ?」
「そ……そんなこと言われても分からないよ」
俺は少し考えた。そして、先ほどハルに言ったことを思い出す。
いま口にしたのは俺なのか?
いや、口にしたのは俺だ間違いない……久々に頭が痛くなってきた。頭を掻く振りして頭を抑える。
「まあどっちでもいいや! 助けられたのは事実だし! ありがとよ」
ハチはベッドに座り込む。
「ところで、さっきのハルって男誰だ?」
「俺、頭痛いから横になる」
俺は空いているベッドへ前のめりで倒れ込む。
「大丈夫?」
ドロップなのか、ガラスを踏み鳴らしながら足音が俺に近づいて来る。たぶん、杖で白い光をピカピカしていると思う。
「それで、さっきの男は誰だ?」
「ダンネえ」
説明をダンネに丸投げする。
「門番の人」
「名前はハル」
「長と皇帝両名の勅命において任じられた、門番の人だって」
「あーあ。ついに山が降りて来たか」
俺は首を横に動かす。少し輝きの光が視界に入るも、刀を肩に掛け、片足を膝に乗せているハチの姿が気になる。ちょっとカッコイイ。
「山ってなに?」
俺はゆっくりと起き上がり、ドロップが杖を下げる。
「皇帝を斬って来いと言われて、まあ言われるがまま斬ったんだよ。ただし殺すなと言われててな。ほんで、皇帝斬ったあとは追われる羽目になった訳よ、まあウルガ帝国は大して強くねえな。なんと言うか、出来立てホヤホヤの軍隊みてえな。将軍は別だぜ、あれは強い。それぐらい、さっきの門番が強いってこと。山にいる連中は気配からして違う、さっきのハルとかいう門番は、臭いで俺の立ち位置まで把握しやがった。焦ったよお! こんな狭い部屋で一刀降られたら誰か怪我しちまうかもしれねえ! よく追い払ったな」
ハチが笑顔で俺を褒める。ちょっと嬉しい。
「俺が王国へ逃げたのも山が関係している。流石に目障りになったか、気持ちの悪い気配の連中があちらこちらに出て来てな。こいつはヤベーと言うことで、とんずらかました訳よ」
「気持ちの悪い気配ってなに?」
「そうだなあ……人を無感情に斬れる連中。まあ俺がいけないんだけど! 己の間合いを完全に網羅して相手との距離を測る。あとは粛々と斬るだけ。みたいな連中だ」
俺は起き上がる。さっきのハチもかなり凄かった。
「屋根の上で走ってたハチも凄かった! カッコよかった!」
俺の言葉を耳にしたハチが、嬉しそうに笑顔を見せる。
「そうかカッコよかったか! お前は人を見る目があるな!」
ハチが俺の頭をグシャグシャに撫でて来る。ちょっと嬉しい。
「で? なんでお前らここにいんだ? 知らねえのがひとり増えてるし」
ハチがカーリーに顔を向けると、カーリーはベッドの物影に隠れた。
「なんだあいつ?」
ダンネがハチとカーリーの間に立ちはだかる。
「カーリーをイジメないで!」
「俺何もしてねえぞ」
俺はハチの服を引っ張る。
「見なければいいんだよ」
「なんだそりゃ?」
「あれでカーリーは頭が良いんだよ。国で一番なんだって」
「へえ! 学者様か! 俺には縁がないこった」
「二番がダンネだよ」
「二番」
「あ」
しまった。言ってはいけないことを口にしてしまった。
「すげえじゃん! 国の一番二番の学者様が一緒なら怖いもんねえだろ!」
ハチの言葉にダンネが嬉しそうな顔をする。
「それでこのネコが訳の分からねえネコだろ?」
ニャーがハチを睨む。
「訳分からなくないニャ!」
「ニャーは魔法使えるし、負の感情も吸えるんだよ」
「へえ……なんか凄い奴しかいなくねえか?」
「ドロップは癒しの力を使える」
「化け物集団じゃねえか。それで、刀でも買いに来たのか?」
確かにそれは欲しいかもしれない! けれど本当の目的は手掛かりを探すことだ。
「王国で化け物に襲われて、シルケが西へ行けって。それとウルガを並び替えるとガウルになるから、カーリーのおばあちゃんに聞いて来なさいって言われた」
「ウルガっつったら、長の名前だよな?」
「ハチは長を知ってるの?」
「何人か倒して強い奴誰だと尋ねたら、満場一致でウルガだな。そいつに会いに行くのか?」
「うん。僕のお婆ちゃんなんだって」
「へえそうなのか……は?」
「僕のお婆ちゃんなんだって」
ハチは何も言わず、俺は瞬きをする。
「お前が嘘をつくガキじゃないのは知ってるが……本当なのか?」
ハチがダンネに答えを求める。ダンネは首を縦に振る。そして、ハチはゆっくりと俺に顔を向けてくる。
「お前はあれだ。ちょっと頭が悪い」
「俺は頭悪くないぞ!」
「俺が追われているのは、皇帝様を斬ったからだ。ということは、帝国の敵になってる訳だ。その帝国で一番偉い長の孫が俺の前にいたら、これを利用しない手はないよな?」
そうなのか? 俺はダンネに顔を向ける。ダンネが細い眼で俺を見ている。
「なんだその眼は?」
不意にハチが俺を両手で掴み立ち上がる。
「そうかあ、お前は長の孫かあ。こいつはいいや! お前を持ってりゃ下手な奴は襲ってこねえ!」
俺はハチの脇に抱えられてしまう。
「よっしゃ! 今から全員で長の元へ行こうぜ!」
ダンネがハチに立ちはだかる。
「駄目よ! ハチは皇帝斬りなんだから! 私たちも襲われちゃう!」
「安心しろダンネ! ここにガウルがいる!」
「ガウルを盾にしないで!」
「大丈夫大丈夫! この国の連中は長に逆らえねえ! この部屋も窓が割られてるし」
「ハチが壊したんでしょ!」
「まあ俺と一緒にくれば帝国がどんなところか分かるだろ! ほら行くぞお」
ハチは誰の承諾も得ないまま、部屋の外へ歩き始める。
「ちょっと待って! 止まってハチ!」
「止まらない」
ダンネがハチを必死に止めようとするが、所詮は大人と子供。ハチは俺を脇に抱えたまま、ダンネの必死の抵抗を無視し続け、廊下を歩き階段を降りていく。
「ねえ!」
「止まらない。それにだ、この国は子供だけじゃ何かと危ない。ここは大人の俺と一緒にいたほうが安全だ」
「あなたが一番危ないの!」
ハチは大声で笑う。
「それもそうだな! だからこそ離れずついてきてくれ!」
「ガウルを離して!」
「離さない」
ハチは宿の外へ出る。大通りには人の気配がない。
「さあガウル、ここで問題だ。敵はどこだ?」
「敵?」
「敵は分かり難いな、俺を狙っているのはどこにいる?」
「屋根の上にいる」
「武器は?」
「武器?」
「まあこれも分からないよな。じゃあ答え合わせだ」
ハチは大通りを背に、上を見上げながらゆっくりと後ずさりする。
「無理して覚えることはねえ。ただし、人数と手に持っている武器はなんとなく把握しろ」
「なんで?」
「俺の勘が正しければ、お前はそれが出来る奴だ」
ハチが屋根の上を指さす。変な物を手にしたオオカミが三人、男たちが何かをこちらに向けている。
「あれなに?」
「弓と矢。弓の弦で矢を引っかけて、びよーんと後ろに下げるとスパーっと矢が飛んでくるんだ」
「へえ」
ハチが俺を高らかに掲げる。
「危ないぞ! 長の孫だぞ!」
三人の男たちは弓を下げる。ハチはそのまま俺を地面に降ろす。
「そら見ろ、お前にビビッて矢一本撃てねえ。それだけ、お前を傷つけることを恐れている。長の孫が本当なら、それこそ俺について来い。ウルガ帝国とかいう物騒な国を肌で感じるいい機会だ」
皆も宿の外へ出てくる。
「吹き飛ばしていいニャ?」
全員でニャーに顔を向ける。こいつが一番危ないんじゃないか?
「あーうん。危ないから戦わなくていいぞ」
「残念ニャ」
「そう言えばクロネコ、この国は飯が無いぞ」
「ニャーのご飯はサジルが持って行ったニャ!」
「二刀のサジルか? なんであいつがお前のご飯を持って行く」
ダンネが「違う!」と割って入る。
「ニャーが勝手に帝国軍が持ち帰った食糧を奪おうと追いかけたの!」
ハチは頭に手を添えて笑う。
「良かったな無事で! あいつかなり強いほうだぞ!」
「そうなのニャ?」
「そうなのニャ。だから気をつけるニャ、この国は物騒だニャ」
何故かハチがニャーの口真似をする。
「ニャーの真似をするニャ!」
「ようし目指すべきは北ニャ! 北に行くニャ!」
ニャーは両耳を横にし、ハチを睨みつける。
「ニャーの方言を真似する奴は絶対に許さないニャ!」
方言? 方言てなんだ?
ドロップがカーリーに歩み寄る。
「ねえカーリー、方言ってなに?」
カーリーは相変わらず震えている。
「とある……ち、地域で使われている……独特な……言葉遣い……」
「へえ」
ハチが高らかに右手を掲げる。
「サジルの食糧を奪いたいか!」
それを聞いたニャーが右手を高らかに掲げる。
「奪いたいニャ!」
流石の俺でも分かる、絶対に駄目だろ。
「腹いっぱい食いたいか!」
「食べたいニャ!」
「ようしならば前進あるのみ! 進め子供だちよ! ここ東地区より北東を抜け北を抜け、長の下までたどり着くぞ!」
「ニャアアアアアアアアアア!」
ニャーの大声がうるさく、ついニャーの頭をハタいてしまう。もちろん睨み返して来る。
「なにするニャ!」
「大声を出すな!」
「お、どうしたどうした。喧嘩か?」
ダンネが俺を指さす。
「ガウル大声が嫌なんだって」
「大声? まあ確かにうるせえな。気をつけろクロネコ、この国は声が大きいと怒られる」
「怒られるニャ?」
「そうだ。怒られる」
ニャーの両耳が立ち、瞳が縦に伸びる。どうもニャーは怒られるのを嫌う。




