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ガウル  作者: キヌミタロ
第11章 西へ
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第69話 厳格なる入国審査

「おい起きろ」

 頬を叩かれて眼を覚ます。痛い。サジルが俺を見下ろしている。無意識にサジルを睨む。

「なに?」

「帝国は他に五将いる、俺がお前に先に会ったとなると抜けがげしたと思われる。面倒くせえのは好きじゃねえ。だから、五人宛ての手紙を書いた。これを帝国に入るとき、ドラスの手紙と一緒に渡せ」

 サジルが五枚の紙を僕の体の上に置き、部屋の外へ歩いて行く。

「じゃあ俺は先に帰るぞ! 皇帝斬りを狩らなくちゃいけねえ! 全軍帰るぞ! 皇帝斬りの首で将になりたい奴は声をあげろ!」

 雄たけびの大合唱が部屋を揺らす。皆が慌てて起き上がる。

「なんの声ニャ!」

「なに! なんなの!」

「今の怖い声なに!」

 カーリーゆっくり起き上がり、震え始めている。俺は体の上に置かれた、手紙を纏めてていく。

「サジルが帰って行った」

 全員が俺を見る。袖で眼を擦る。

「サジルが帰った!」

 大声で伝えて初めて耳に届いたのか。皆が落ち着きを取り戻して行く。

「じゃあ私たちも西に行きましょう」

 皆で寝ぼけながら部屋を出て、建物の外に出る。

人の気配がまったくない! 誰ひとりいない! あれだけ大勢のオオカミがいたのに!

「もしかして残ってるの私たちだけ?」

「大変ニャ! 食糧の香りが全部西へ向かってるニャ! ニャーの朝ごはんを返すニャア!」

 ニャーがとてつもない速さで、砦を出て西を目指す。

「ちょっと待ってよ!」

 ダンネが追いかけ、俺とドロップとカーリーも追いかけ始める。




 どれだけ駆けてもニャーに追いつかない。途中でドロップの体力が尽きて、俺がドロップを背負いニャーを追いかける。ダンネとカーリーの背を見ながら、両脚動かし地面を蹴り続ける。俺はカーリーの背を眺める。

「カーリー走れるんだな」

「え!」

 カーリーが躓き転んでしまう。ダンネは足を止め、俺も足を止める。

「走ってるカーリーに声かけないで!」

「なんで?」

「転ぶから!」

 カーリーは震えながら、ゆっくりと立ちあがる。

「ぼ……僕がいけないんだ」

「俺は悪くないぞ」

 カーリーが急に駆けて行く。ダンネが追いかけ、俺も追いかける。

「カーリーすごい走れるな」

「人に会うたび逃げてたから、逃げ足だけは速いのよ」

「へえ」

「でもすごいよ、僕なんかガウルに背負って貰ってるもん」

「ドロップはもう少し走れたほうがいいかも」

「どうすればいいかな?」

「走る! まずは毎日しっかり歩いて、慣れてきたらゆっくり走って、徐々に慣らさないと体に悪いから」

「僕頑張るよ!」

 俺は視線を上に向ける。

「降ろす?」

「あ……いまはいいや」

「ところでニャーはどこまで行ったの! 本当に軍隊に追いついてないでしょうね!」

 俺は少しだけ考える。

「ニャーなら、軍隊に追いついて食糧を奪い、捕まって離せニャとか言いながら……捕まりそう」

「まさか」

 まさかそんなことは無いと思う……そんなこと無いと思うんだ。

 自然と俺とダンネの走る速度が上がっていく。




 共和国とは違い、気候はとても穏やか。サジルの言う通り、風が涼しく北に深緑の山脈が見える。平原と言うには少し草が足りない土の土地、急いでニャーを追いかけ続けた。駆けに駆け、流石に全員の息も絶え絶えになっている。それでもニャーが見つからない。

 遠くに見える街がウルガ帝国なのか。北に山脈、南に未開の森。緑の草より茶色い土が目立つこの土地、この景色……見覚えがある。


 ここに住もう。


 声が聞こえ、ドロップを忘れて咄嗟に振り返る。落ちそうになったドロップが、落ちそうになり俺にしがみつく。

「あ、危ないよガウル!」

「悪い、ちょっと降りてくれ」

「うん」

 ドロップを降ろし、俺はその場で回り始める。この道は見覚えがある。

「間違いない! この道だ! 俺が……記憶にある景色だ!」

 共和国へ行く途中、こんな感覚は無かった。明らかに俺はこの道を通っている。過去に西へと来ていることは間違いない。ずっと回り続ける俺を、ダンネが両手で抑えつける。

「大丈夫?」

「大丈夫。ただ……」

 遠くの国、ウルガ帝国を指さす。

「あの国は無かった」

 王国より小さく、共和国よりも大きい。

「ダンネ。ウルガ帝国ってどんな国なんだ?」

「サジル将軍の話の他には……気をつけるのは食糧難だと思う」

「そんなに酷いのか?」

「私も来たのは初めてだけど。長い戦乱の時代で、農地を広げるのが他の国よりだいぶ遅いの。ウルガ帝国の食糧難、そこまで深刻じゃないけど。食事は気をつけたほうがいいかも。あと暴力事件が多い」

「暴力事件?」

「要は喧嘩よ喧嘩。それが多いから……何かと気をつけないといけない国ね」

「食糧不足で喧嘩が多いか……」

 俺はニャーになり切ってみる。食事が出来なくて苛立つニャー、大声で叫び誰かに喧嘩を売られて闘争の火をアホみたいに燃やす……相性最悪だな。

「ニャーが危ない」

 ドロップが杖を持ちかえる。

「え? なんで?」

「ご飯が食べられないニャーが誰かに喧嘩を……」

ドロップが「あ」と、声を漏らす。ニャーを知る者なら誰でも分かるだろう。

ニャーが危ない! 面倒くさいネコだ。

「急いでニャーを見つけるぞ。ニャーが下手なことする前に!」

 俺たちは急いで駆け始める。ドロップの足が遅いので、急いで俺が背負いウルガ帝国を目指す。見覚えのある道を駆けていくと、ちょっとだけ行列が出来ていた。殆どの人の傍らに荷車がある。近くの人の荷物を見ると。食器が多く積まれていた。俺たちは最後尾で止まり、ドロップをそっと降ろす。

「この列なんだ?」

 ダンネが列の先を見る。

「たぶん、国に入るのに書類を見せてるんじゃない? 私が渡すから、カーリー書類出して」

 カーリーはドラスから預かった手紙を取り出し、俺は五枚の手紙をダンネに差し出す。ダンネはカーリーの手紙は受け取り、俺のは受け取らない。

「なにこれ?」

「手紙」

「なんの手紙?」

「サジルが面倒くさいから、門番にこれを渡せって」

「まあサジル将軍が渡せと言うなら」

 ダンネは五枚の手紙を受け取る。

「これなに?」

「俺に先に会ったのが抜け駆けになるから。面倒くさいの嫌だからって」

「抜け駆けってなに?」

「えっと……長の息子が俺の父親で、父親の息子が俺なんだって。前に大使館で見た男が俺の父親なんだって」

 俺はダンネと眼を合わせる。ダンネは何も話さない。

「聞いてる?」

「聞き間違えたんじゃない?」

 ダンネが手にしている、ドラスの手紙を指さす。

「そこに書いてあるらしい。サジルが面倒くさいから全部教えてくれた。長に会いに行けって」

 ダンネはドラスの手紙を開いて読み始める。徐々にダンネの顔に冷や汗が見える。

「カーリーちょっと来て!」

「え! 僕?」

 ダンネがカーリーを引っ張り、少し離れたところで立ち止まる。

 俺とドロップはそんなキツネふたりを眺めている。手紙を見ながら何か話している。

「僕よく分からないけど。ガウルって偉い人の子供なの?」

「知らん」

 俺は眼を細めてドロップを見る。

「これ以上、俺に変なことを植え付けないでくれ」

 知らない記憶があるだけでも面倒なのに、離れたダンネとカーリーを眺め嫌な予感がしてきた。

「次は、この荷車か」

 腰に刀を提げているオオカミの男、前の荷車を確認し始めた。どうやら、並んでいる内に調べられるらしい。手紙はダンネが持っているので手をあげる。

「おーい、戻ってこーい」

 ドロップも手を振る。ダンネとカーリーは足早に戻って来た。ダンネは俺をじっと真っすぐ見つめている。カーリーは相変わらず、両目を必死に瞑り全身を震わせている。

「荷物は食器か?」

「そうだ、高い食器だから触らないでくれ」

 前の荷車、たれ耳のイヌの男が、オオカミの男と会話している。

「触らないと荷物を確認できないのだが?」

「はあ……いいか? これは門番のお前如きが触れる程度の食器じゃないんだ。王国貴族の贈呈の品として」

 突然、オオカミの男が、イヌの男の胸倉を掴む。

「荷物の確認はさせない、挙句に門番如きとほざいたか?」

「な、何をする! その手を離せ!」

「帝国の門は、長と皇帝両名の勅命において任じられる責務。それを門番如きと、よくもほざいたな!」

「わ、悪かった! 許してくれ!」

「ならん! 貴様みたいな俗が通れるほど、この門は低俗ではない! この男を牢にぶち込んでおけ! 荷は丁重に扱え! 隅々まで調べて問題なければ解放してやる!」

「そんな馬鹿な! ちゃんと正規の書類を大使館で」

 イヌの男が慌てて手紙を取り出す。

「この場においての判断は俺が下す!」

「ふざけるな若造が! 責任者を出せ!」

「俺が責任者だ! 何か御用がありましょうか! とっととこの馬鹿を連れて行け!」

 オオカミの男たちが、イヌの男の人を、軽々と連れ去っていく。ただし、食器の積まれた荷車は、そっとゆっくり運ばれていく。そして、怒りの形相のまま、門番の男が俺たちに近づいて来る。流石に怖い。

「ガウル、ちょっとこれ持って」

「なんだよ」

 ダンネが手紙を全て俺に押し付けて来る。俺の背後に回ったかと思えば、何故か皆で俺の背を押して前に出す。

「ずるいぞお前ら」

 気づけば門番の男が、俺を見下ろしていた。

「子供が四人でイヌひとり、キツネがふたり……書類は?」

「えっと」

 俺は手紙を纏めて渡してしまう。若い男が少し険しい顔を見せる。俺は一歩後ろに下がる。ゆっくり背後を見れば、あいつら全員ちょっと離れたところに避難している。卑怯者共が。

「お名前を確認したく」

 若い男が手で卑怯者たちを呼ぶ。卑怯者たちはすぐにやって来る。俺は堂々と睨む。

「お返事を願いします。ガウル」

「はい」

「ダンネ」

「はい」

「ドロップ」

「はい」

「カーリー」

「は……はい……」

「それと……失礼ですが、クロネコのニャーと言うのは、語尾がニャで声が大きいですか?」

 俺たちは若い男を見上げる。

「どこにいる?」

「軍の食糧を奪おうとして、サジル将軍がとりあえず牢にぶち込んでおけ、後でガウル様が取りに来ると」

「案内して」

「こちらです」

 俺たちは若い男について行く。

 少し離れた小さい建物に近づくと……もううるさい。

「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「その……将軍の命で牢に失礼したのですが」

「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 うるさ。うるさいな。

「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 とりあえず両耳を塞ぎながら中に入る。中は牢屋になっていた。中にいる全員が両耳を手で塞いでいた。鉄の柵の中、そのひとつにニャーがいた。両手で柵を掴み、怒りの形相で。

「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 と、叫び続けている。

「うるさい!」

 俺が大声で叫ぶと「ニャ」と言って俺を睨む。全員がそっと両耳から手を離す。

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