第69話 厳格なる入国審査
「おい起きろ」
頬を叩かれて眼を覚ます。痛い。サジルが俺を見下ろしている。無意識にサジルを睨む。
「なに?」
「帝国は他に五将いる、俺がお前に先に会ったとなると抜けがげしたと思われる。面倒くせえのは好きじゃねえ。だから、五人宛ての手紙を書いた。これを帝国に入るとき、ドラスの手紙と一緒に渡せ」
サジルが五枚の紙を僕の体の上に置き、部屋の外へ歩いて行く。
「じゃあ俺は先に帰るぞ! 皇帝斬りを狩らなくちゃいけねえ! 全軍帰るぞ! 皇帝斬りの首で将になりたい奴は声をあげろ!」
雄たけびの大合唱が部屋を揺らす。皆が慌てて起き上がる。
「なんの声ニャ!」
「なに! なんなの!」
「今の怖い声なに!」
カーリーゆっくり起き上がり、震え始めている。俺は体の上に置かれた、手紙を纏めてていく。
「サジルが帰って行った」
全員が俺を見る。袖で眼を擦る。
「サジルが帰った!」
大声で伝えて初めて耳に届いたのか。皆が落ち着きを取り戻して行く。
「じゃあ私たちも西に行きましょう」
皆で寝ぼけながら部屋を出て、建物の外に出る。
人の気配がまったくない! 誰ひとりいない! あれだけ大勢のオオカミがいたのに!
「もしかして残ってるの私たちだけ?」
「大変ニャ! 食糧の香りが全部西へ向かってるニャ! ニャーの朝ごはんを返すニャア!」
ニャーがとてつもない速さで、砦を出て西を目指す。
「ちょっと待ってよ!」
ダンネが追いかけ、俺とドロップとカーリーも追いかけ始める。
どれだけ駆けてもニャーに追いつかない。途中でドロップの体力が尽きて、俺がドロップを背負いニャーを追いかける。ダンネとカーリーの背を見ながら、両脚動かし地面を蹴り続ける。俺はカーリーの背を眺める。
「カーリー走れるんだな」
「え!」
カーリーが躓き転んでしまう。ダンネは足を止め、俺も足を止める。
「走ってるカーリーに声かけないで!」
「なんで?」
「転ぶから!」
カーリーは震えながら、ゆっくりと立ちあがる。
「ぼ……僕がいけないんだ」
「俺は悪くないぞ」
カーリーが急に駆けて行く。ダンネが追いかけ、俺も追いかける。
「カーリーすごい走れるな」
「人に会うたび逃げてたから、逃げ足だけは速いのよ」
「へえ」
「でもすごいよ、僕なんかガウルに背負って貰ってるもん」
「ドロップはもう少し走れたほうがいいかも」
「どうすればいいかな?」
「走る! まずは毎日しっかり歩いて、慣れてきたらゆっくり走って、徐々に慣らさないと体に悪いから」
「僕頑張るよ!」
俺は視線を上に向ける。
「降ろす?」
「あ……いまはいいや」
「ところでニャーはどこまで行ったの! 本当に軍隊に追いついてないでしょうね!」
俺は少しだけ考える。
「ニャーなら、軍隊に追いついて食糧を奪い、捕まって離せニャとか言いながら……捕まりそう」
「まさか」
まさかそんなことは無いと思う……そんなこと無いと思うんだ。
自然と俺とダンネの走る速度が上がっていく。
共和国とは違い、気候はとても穏やか。サジルの言う通り、風が涼しく北に深緑の山脈が見える。平原と言うには少し草が足りない土の土地、急いでニャーを追いかけ続けた。駆けに駆け、流石に全員の息も絶え絶えになっている。それでもニャーが見つからない。
遠くに見える街がウルガ帝国なのか。北に山脈、南に未開の森。緑の草より茶色い土が目立つこの土地、この景色……見覚えがある。
ここに住もう。
声が聞こえ、ドロップを忘れて咄嗟に振り返る。落ちそうになったドロップが、落ちそうになり俺にしがみつく。
「あ、危ないよガウル!」
「悪い、ちょっと降りてくれ」
「うん」
ドロップを降ろし、俺はその場で回り始める。この道は見覚えがある。
「間違いない! この道だ! 俺が……記憶にある景色だ!」
共和国へ行く途中、こんな感覚は無かった。明らかに俺はこの道を通っている。過去に西へと来ていることは間違いない。ずっと回り続ける俺を、ダンネが両手で抑えつける。
「大丈夫?」
「大丈夫。ただ……」
遠くの国、ウルガ帝国を指さす。
「あの国は無かった」
王国より小さく、共和国よりも大きい。
「ダンネ。ウルガ帝国ってどんな国なんだ?」
「サジル将軍の話の他には……気をつけるのは食糧難だと思う」
「そんなに酷いのか?」
「私も来たのは初めてだけど。長い戦乱の時代で、農地を広げるのが他の国よりだいぶ遅いの。ウルガ帝国の食糧難、そこまで深刻じゃないけど。食事は気をつけたほうがいいかも。あと暴力事件が多い」
「暴力事件?」
「要は喧嘩よ喧嘩。それが多いから……何かと気をつけないといけない国ね」
「食糧不足で喧嘩が多いか……」
俺はニャーになり切ってみる。食事が出来なくて苛立つニャー、大声で叫び誰かに喧嘩を売られて闘争の火をアホみたいに燃やす……相性最悪だな。
「ニャーが危ない」
ドロップが杖を持ちかえる。
「え? なんで?」
「ご飯が食べられないニャーが誰かに喧嘩を……」
ドロップが「あ」と、声を漏らす。ニャーを知る者なら誰でも分かるだろう。
ニャーが危ない! 面倒くさいネコだ。
「急いでニャーを見つけるぞ。ニャーが下手なことする前に!」
俺たちは急いで駆け始める。ドロップの足が遅いので、急いで俺が背負いウルガ帝国を目指す。見覚えのある道を駆けていくと、ちょっとだけ行列が出来ていた。殆どの人の傍らに荷車がある。近くの人の荷物を見ると。食器が多く積まれていた。俺たちは最後尾で止まり、ドロップをそっと降ろす。
「この列なんだ?」
ダンネが列の先を見る。
「たぶん、国に入るのに書類を見せてるんじゃない? 私が渡すから、カーリー書類出して」
カーリーはドラスから預かった手紙を取り出し、俺は五枚の手紙をダンネに差し出す。ダンネはカーリーの手紙は受け取り、俺のは受け取らない。
「なにこれ?」
「手紙」
「なんの手紙?」
「サジルが面倒くさいから、門番にこれを渡せって」
「まあサジル将軍が渡せと言うなら」
ダンネは五枚の手紙を受け取る。
「これなに?」
「俺に先に会ったのが抜け駆けになるから。面倒くさいの嫌だからって」
「抜け駆けってなに?」
「えっと……長の息子が俺の父親で、父親の息子が俺なんだって。前に大使館で見た男が俺の父親なんだって」
俺はダンネと眼を合わせる。ダンネは何も話さない。
「聞いてる?」
「聞き間違えたんじゃない?」
ダンネが手にしている、ドラスの手紙を指さす。
「そこに書いてあるらしい。サジルが面倒くさいから全部教えてくれた。長に会いに行けって」
ダンネはドラスの手紙を開いて読み始める。徐々にダンネの顔に冷や汗が見える。
「カーリーちょっと来て!」
「え! 僕?」
ダンネがカーリーを引っ張り、少し離れたところで立ち止まる。
俺とドロップはそんなキツネふたりを眺めている。手紙を見ながら何か話している。
「僕よく分からないけど。ガウルって偉い人の子供なの?」
「知らん」
俺は眼を細めてドロップを見る。
「これ以上、俺に変なことを植え付けないでくれ」
知らない記憶があるだけでも面倒なのに、離れたダンネとカーリーを眺め嫌な予感がしてきた。
「次は、この荷車か」
腰に刀を提げているオオカミの男、前の荷車を確認し始めた。どうやら、並んでいる内に調べられるらしい。手紙はダンネが持っているので手をあげる。
「おーい、戻ってこーい」
ドロップも手を振る。ダンネとカーリーは足早に戻って来た。ダンネは俺をじっと真っすぐ見つめている。カーリーは相変わらず、両目を必死に瞑り全身を震わせている。
「荷物は食器か?」
「そうだ、高い食器だから触らないでくれ」
前の荷車、たれ耳のイヌの男が、オオカミの男と会話している。
「触らないと荷物を確認できないのだが?」
「はあ……いいか? これは門番のお前如きが触れる程度の食器じゃないんだ。王国貴族の贈呈の品として」
突然、オオカミの男が、イヌの男の胸倉を掴む。
「荷物の確認はさせない、挙句に門番如きとほざいたか?」
「な、何をする! その手を離せ!」
「帝国の門は、長と皇帝両名の勅命において任じられる責務。それを門番如きと、よくもほざいたな!」
「わ、悪かった! 許してくれ!」
「ならん! 貴様みたいな俗が通れるほど、この門は低俗ではない! この男を牢にぶち込んでおけ! 荷は丁重に扱え! 隅々まで調べて問題なければ解放してやる!」
「そんな馬鹿な! ちゃんと正規の書類を大使館で」
イヌの男が慌てて手紙を取り出す。
「この場においての判断は俺が下す!」
「ふざけるな若造が! 責任者を出せ!」
「俺が責任者だ! 何か御用がありましょうか! とっととこの馬鹿を連れて行け!」
オオカミの男たちが、イヌの男の人を、軽々と連れ去っていく。ただし、食器の積まれた荷車は、そっとゆっくり運ばれていく。そして、怒りの形相のまま、門番の男が俺たちに近づいて来る。流石に怖い。
「ガウル、ちょっとこれ持って」
「なんだよ」
ダンネが手紙を全て俺に押し付けて来る。俺の背後に回ったかと思えば、何故か皆で俺の背を押して前に出す。
「ずるいぞお前ら」
気づけば門番の男が、俺を見下ろしていた。
「子供が四人でイヌひとり、キツネがふたり……書類は?」
「えっと」
俺は手紙を纏めて渡してしまう。若い男が少し険しい顔を見せる。俺は一歩後ろに下がる。ゆっくり背後を見れば、あいつら全員ちょっと離れたところに避難している。卑怯者共が。
「お名前を確認したく」
若い男が手で卑怯者たちを呼ぶ。卑怯者たちはすぐにやって来る。俺は堂々と睨む。
「お返事を願いします。ガウル」
「はい」
「ダンネ」
「はい」
「ドロップ」
「はい」
「カーリー」
「は……はい……」
「それと……失礼ですが、クロネコのニャーと言うのは、語尾がニャで声が大きいですか?」
俺たちは若い男を見上げる。
「どこにいる?」
「軍の食糧を奪おうとして、サジル将軍がとりあえず牢にぶち込んでおけ、後でガウル様が取りに来ると」
「案内して」
「こちらです」
俺たちは若い男について行く。
少し離れた小さい建物に近づくと……もううるさい。
「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「その……将軍の命で牢に失礼したのですが」
「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
うるさ。うるさいな。
「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
とりあえず両耳を塞ぎながら中に入る。中は牢屋になっていた。中にいる全員が両耳を手で塞いでいた。鉄の柵の中、そのひとつにニャーがいた。両手で柵を掴み、怒りの形相で。
「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
と、叫び続けている。
「うるさい!」
俺が大声で叫ぶと「ニャ」と言って俺を睨む。全員がそっと両耳から手を離す。




