第68話 夜の焼き芋
何故か砦の外で焼き芋をすることになった。石で円を作り備蓄されていた薪を持ち出して、大きな紫芋を人数分枝にさし、焚火で芋を焼いて行く。ニャーが真っすぐに焼かれている芋を、赤い眼で微動だにせず見ている。ちょっと怖い。相変わらず星空が綺麗だ。
サジルが芋に刺さっている枝を手にする。紫芋の皮が黒く焦げている。
「ほい」
サジルが枝をニャーに渡す。ニャーは枝を手にしても、赤い眼で真っすぐ紫芋を眺めている。
「このネコは食べないのか?」
「ネコ舌で熱いのが駄目なんだって」
「そうか。こんなところで悪いな。手紙の中身を読んでどうしても確認したいことが。書いている内容がさっぱり分からない」
俺とダンネとドロップは首を縦に振る。
「えっとお……空からドロップが落ちてきて、黒い腕をガウルが掴んで。遭難したダンネと出会い。理とかいう化け物が……もう意味我が分からない。手紙の内容からして嘘じゃないのは分かっている」
ダンネが焼き芋の枝を一本手にする。
「あちち。どうして嘘じゃないと分かるの?」
「手紙にドラスの名前だろ。それと他複数人の名前があって。帝国でこの名前を勝手に利用した奴はその場で……処刑される」
少し言葉を濁したようで、濁せていない気がする。ダンネが芋の刺さった枝をカーリーに手渡す。カーリーは震える手でそれを受け取る。芋が震えている。
「カーリー、落ちるぞ」
「う、うん……気をつけるよ」
カーリーはなんとか手の震えを抑える。ダンネはまた別の、芋が刺さっている枝を手にする。それをドロップに手渡す。ドロップは嬉しそうに枝を掴む。
「それって、長一族?」
俺は首を傾げる。
「長一族?」
「まあ勉強すりゃあ、この程度のことは分かるから別にいいか。元々、ウルガ帝国の前身は六狼族という種族に別れていたんだよ。いまウルガ帝国がある北の山岳地帯で長年小競合いをしていた訳。ひとつひとつ潰されて行って、最後に勝利したのが今の長一族。その長の名がウルガという女になる。それで六狼族を全て統一し、他の国に劣らないようにウルガ帝国を遅れて建国した訳。長が話し合いで皇帝を任命したのだが、これがまあ後々バッサリ斬られてな。斬った野郎を皆で追いかけたが逃げられちまった。その隙をついて野心家たちが良からぬ企みを考えたのを、長に見破られ前の六将のうち五人は死罪。ひとりは病死だ。ウルガ帝国は全部総とっかえになった。皇帝は息子のハイザが継いで、六将は単純に国を六分割した地区をそれぞれ担当している。みたいな国だな」
「その皇帝を斬ったのはハチだよ」
焼き芋が良い焦げ目になったので。俺は枝を手にする。
「そいつの身なり、どんなんだった?」
「酒に酔っていて、ひとりだけ斬った血の臭いがした」
「どこで見た?」
「帝国に行った、もうついていると思う」
「こりゃあ砦を迂回されたな」
サジルが両腕を後ろに下げ、星空を見上げる。少し残念そうだ。
「会いたかったの?」
「なんだかんだで野郎が一番やり甲斐があった。あまりにも強くてな、帝国相手に大立ち回り、山が降りて来るかってところで。気配を察して逃げた。というところだな」
「山?」
「長一族、もうここに眼を付けられたら終わりだ。オオカミの頂点だからな」
「へえ。強いの?」
サジルがとても嬉しそうに笑顔を見せる。
「強いよ、見てのお楽しみだ」
ちょっと楽しみかもしれない。ダンネが手を上げる。
「なんだ?」
「長一族に私たち会えるの?」
「まあ……会えるんじゃないか? ところで名前があったが、キツネの女の子がダンネで、男がカーリーだろ。領主の娘にハリスの息子。あとは記憶喪失のドロップにニャーだろ? どこをどう考えてもキツネふたりで国賓扱いだろ。それにまあ」
サジルが俺に顔を向ける。
「なんだ?」
「中にふたりってどんな感じなんだ?」
「知らない過去の記憶が自分の記憶になっている」
「あーもう駄目だ! そんな難しい話を俺にしないでくれ!」
「カーリーのお婆ちゃんが、俺の名前を並べ替えるとガウルになるって」
「じゃあ長に会いに行けよ。確か改名してウルガにしたから。何か理由があるんじゃないか? 帝国で一番頭良いの長だからな」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。西に行って何するんだ?」
「シルケが西へ行けって」
「白薔薇協会から届け出のあった奴か」
「知ってるの?」
「行方不明というだけだな。まあ帝国でもそれなりに探して見たけど、見つからなかった。どちらかと言うと、帝国は皇帝殺しだ。奴の首で誰でも将に格上げになる。誰も落とせなかったが、そいつが帝国に戻ったとなると。賑わうぞお! 俺も明日には引き上げるかあ!」
サジルは本当に嬉しそうな笑みを見せる。
「嬉しそうだね」
「嬉しくない奴がどこにいる! 一国を相手にできる皇帝斬りが帰って来たとなれば! 挑まない馬鹿はいねえ! 明日の朝にはもぬけの殻になってるぞここは。俺の軍は全力で帰国する! お前ら全員芋持ったな?」
サジルが全員の手元を確認し、焚火を足で消して行く。
「消されたニャ」
「悪いな、そもそも焼き芋が焼けたら火はいらないだろ。ここは暖かいしな」
「帝国は寒いニャ?」
「涼しいかな。気候は良いんだけど、土地がなあ。鉄しか取れねえ鉄ばっかり。そのせいなのか知らんが、作物がちょっと育ち難いんだよ。正確には農地開拓がかなり遅い国、王国の物量と共和国の知恵を借りつつ、いま帝国は農業頑張っている最中」
俺は少し気になることがある。軍隊の必要性だ。
「帝国軍て必要?」
「おいおい、俺の職を否定しないでくれ」
「世の中平和だから、軍隊っているのかなと思って」
「お、流石に鋭い疑問をぶつけて来るな。こればかりは長の命令だ、有事に備えよ。まあ実際、王国の反乱は軍で叩き潰した功績もある。まあ何かあるか分からないから、有事に備えろは利に適っている。そこから先は長にでも聞け」
「長ってどんな人?」
「純粋に恐ろしい、ひと目見れば敵にしたくないと思うぞ」
よく分からない。見れば分かるものなのか?
「さて、俺はボチボチ眠るぞ。部屋は……面倒くせえから俺の部屋でいいや。俺は床で寝てるから勝手に寝てくれ。こういうときの部屋も作ってもらうか」
サジルが先に砦へ帰っていく。
「ニャ」
ニャーが指を弾いて火花を散らす。また焚火に火が灯る。
「点けるな」
「暗いニャ」
それもそうだな。俺たちは焼き芋を頬張る。美味しい。
皆で焼き芋を食べ終えて、焚火を消す。兵士のひとりにサジルの部屋まで案内してもらう。扉を開けると、サジルは部屋の隅の壁際、壁を向いて横になっていた。ベッドがひとつ空いている。
「俺床で寝る」
「じゃあニャーも床ニャ」
「なんでよ」
「僕も床でいいよ」
カーリーはもう部屋の隅で横になり始めている。皆でダンネを見る。
「じゃあ私がベッド?」
「おやすみ」
「寝るニャ」
「おやすみー」
「じゃあお休み」
皆で横になって寝始める。床板の固さを感じながら、壁を向いて横になる。最初は気にせず眠っていた。途中から流石に気になり始めた。気配だ。その気配の正体は誰か分かっている。音もなく起き上がり、サジルの背にそっと近づく。
「起きてるでしょ? 息使いでわかる」
サジルも音もなくゆっくりと起き上がる。床に腰を降ろし、俺を真っすぐに見る。
「ひとりの中にふたりいて、ひとつは子供だな。もうひとりはどんな奴だ?」
「そう言われると実は困る。記憶が全部戻ってないんだ」
「俺の直感が正しければ、そのひとりはかなり戦い慣れている気がする」
「そうなのか?」
「あのなあ、血の臭いと気配を察するなんてこと、普通の奴は出来ないんだよ。お前、帝国に行って大丈夫か?」
「大丈夫か何も行けって言われたから」
「帝国は言わば気配の塊みたいな国だ、特に皇帝斬りが国内にいるとなれば。皆何かと苛立つだろう。俺が面白半分でついて行ってもいいんだが、俺も俺で仕事があるしなあ」
「サジルってどんな仕事してるの?」
サジルが指で座れと促すので、俺もその場で腰を降ろす。
「北勢地区が俺の管轄だ。治安維持、軍の訓練と備蓄の管理。あと六将交代でこっちまで来て食糧を受け取って運ぶ」
「他の将軍ってどんな人?」
「他は……山下の爺さん、槍使いの怖い女、でけえ男、いつも笑顔の間抜け、無口な男。だな」
「山下の爺さんってなに?」
「さっき話した六狼族の話あったろ。戦乱の末残ったのが、山の下に住む長と、山の上に住んでいる長。ちょっと古い呼称で山上山下という、まあ地名みたいなもんだ。山下の爺さんは元から山下の将だったから。山下の爺さん」
「槍使いの怖い女って?」
「お前さては全部聞く気だな。まあいいや、槍使いの女はまあそのままだな。女主体の軍で、性格もきっつい」
「でけえ男は?」
「これもまあ言葉のままだな。性格は穏やかなんだが、体の鍛え方が異常なんだよ。まあこいつも見れば分かる。ついでだ、他の奴は笑顔の間抜けと無口か。笑顔の間抜けはまあ間抜けだ。いつも笑顔でいる。無口の奴は少し話が違う。他と違ってちょっと隠密部隊で動いている。後方で活躍する頭のキレる男みたいな奴だ」
「その中に、銀髪で蒼い眼をした人っている?」
「いない。そいつを探してるのか?」
「共和国の大使館にいた。名乗らないまま、いなくなった」
「どんな奴だった?」
「気配が他の人と違う」
「他には?」
「他には……」
俺はその男のことを思い出す。
「笑顔なのに、すごい怒ってた」
サジルが舌打ちをする。
「あの野郎、ここを通らずに動いたな」
「知ってるの?」
「ああ知ってる。気に入らねえ野郎だ」
「その人誰?」
サジルの黄色い眼が俺を睨みつける。
「お前、鏡って見たことあるか?」
「鏡見れないんだ」
「なんで?」
「割れちゃうから」
「それも書いてあったな……面倒くせえガキだな」
流石の俺も少し落ち込む。両耳がゆっくりペタンとしていく。
「あー悪い、手紙の指示が何かと面倒でなあ。まあその意味も分かる。お前が気になっている銀髪に蒼い眼の男は、帝国で一番面倒な男だ。機会を伺ってお前に会いに来るだろう。まあそれが良いのかもしれん」
「どうして皆教えてくれないんだ?」
「なんて言えばいいのか……難しいな」
誰か分からないのは、あまりよろしくない。敵か味方かだけでも明確にしておきたい。
「その男は、俺の敵なのか味方なのか」
「いや、お前の親父だ」
俺は両耳を起き上がらせる。
「え?」
「銀髪で蒼い眼で気配が違う男だろ? お前の親父だ。俺あいつのこと好きじゃないんだよ、面倒くさいんだよ何かと。お前にも名乗らずに何がしたいんだか」
あれが俺の……父さんなのか。
「どうして教えてくれるの?」
「面倒くせえから。隠し事も好きじゃねえし、事実を伝えて何が悪い。まあ分かりやすく言っちまうとだな! 長の息子がお前の親父で、その親父の息子がお前なの! だからな、お前の身分を明かして入国しちまうと。お前が帝国を自由に歩けなくなる。身分が高いから自然と護衛がついちまう。まあ、お前の親父が通った道だ。親父なりの優しだろうな。問題はだな! その長の孫がなんかこう……訳の分からねえ状況というのが非常にまずい! 悪いが俺はお前に指示を出す。まず真っ先に長に会いに行け! 理由は面倒くせえから! 分かったか!」
「う、うん」
「ようし寝ろ! 俺に難しい話をしないでくれ」
サジルは壁を向いて横になる。俺は元の場所に戻りながら、銀髪に蒼い眼の男を思い出す。あれが俺の父さんか……僕の知らない父さんか。




