第66話 謎の男を追って
すごい頭がグラグラする。気づけばベッドの上。それが多すぎて、ちょっと薄気味悪い。ベッドの横でフォクシイが両腕を組み、完全に俺を睨んでいる。
「子供の体で、酒を、飲むな」
「ごめんなさい」
ゆっくりと上体を起こすと、やっぱり頭がフラフラするう。
「きのう何があった?」
「最悪よ。間違えて酒を飲んだガウルが、国王の前で吐き! 国王の前で酔い潰れ! 国王がガウルを抱いて医者まで運んでくれたのよ!」
「大声出さないで」
フォクシイの大声が頭に響く。
「料理に夢中になった私も悪かったけど、何か話してたの?」
「うーん……」
思い出せない。間違えてお酒を飲んで、ドロップに料理を運んで……そこから先を完全に覚えていない。フォクシイにだけは伝えておこうかな。
「ねえフォクシイ」
「なに?」
「最近……気づいたらベッドの上なんだ」
「それがなに?」
「その……断片的に記憶が飛んでる……かもしれない」
「それって中のふたりが……確か記憶と体験は共有しているはずよね?」
「そうだと思うけど。まあ昨日は間違えてお酒飲んじゃったし、気のせいだと思う」
きっとそうだ。そういうことにしておこう。
「二日酔いで悪いけど、西へ出るわよ。あなたが伝えたシルケの言葉もそうだけど、自身の影響が少なからずあって。いま出たほうが何かと都合がいい」
「影響?」
「そんな大げさなことでもないけど、外壁がちょっと崩れたり道が歪んだり。修復作業で人が大勢動くから。あなたそういうの嫌でしょ」
「最近、気にならなくなってきた。ところで皆は?」
「朝ごはん食べてる。あー、帝国大使館でドラスに会ってから西へ向かう」
ベッドから降りる。頭がちょっとフラフラする。
「どうして?」
「入国手続きの書類がいるんですって。少し調べたけど、ウルガ帝国は何かと厳しそうね。共和国より厳しい気配がする。少し用心したほうがいいかも」
「王国よりはマシだろう」
王国の化け物は共和国まで追ってこなかった。ここから西、ウルガ帝国に行ったとする。そこでも化け物が出なければ、やはりドギルス王国に何かあるな。
「フォクシイはどうする?」
「用が無ければ王国に残るわ。帝国に行って、王国に戻って来るでしょ?」
「そのつもりだけど」
フォクシイが眼を逸らす。
「西に何がある?」
その問いに答えず、ただじっと俺の眼を真っすぐに見ている。
「西に」
「言いたくない」
いい加減にフォクシイの拒絶も見飽きて来た。
「違ってたら違うって言え。俺の最後を知ってるな? これ以上は聞かない」
フォクシイは何も答えない。
「そうか」
記憶に残る友を置き去りに、部屋を出て行く。廊下を歩き階段を降り、広間に行けば皆が楽しく朝ご飯を食べている。
「あ、ガウル。もう大丈夫?」
ドロップが俺を心肺してくる。
「ちょっと頭がフラフラする」
俺は作り笑顔で返事をする。
朝食を食べ終えて、あまりにもフラフラ歩いている俺に嫌気がさしたのか。俺はダンネに手を握られながら道を行く。ダンネの手は震えていない。頭のちょっとした痛さと、定まらない足下で引っ張られながら。ダンネが双剣を構えたときを思い出す。化け物も恐いだろうけど、武器のなんたるかを理解している震えも混ざっていた。握っているダンネの手を見る。この手は守りに徹底させよう。
「ついた! ここが帝国大使館よ!」
ダンネの大声が頭に響く。握っている手を振り払い、両手で頭を抑える。
「大声を出さないで」
「あ、ごめん。ここが帝国大使館」
ゆっくりと顔を見上げると、建物自体は小さくないが、共和国大使館より小さい。横が少し短い二階建てだ。
「ちっちゃいニャ」
「確か、ちょうど空いていた家をそのまま大使館にしたはず」
皆が大使館に進みなか、俺はフラフラしながら歩きはじめる。ダンネが戻ってきた俺の手を握り、強引に引きずられていく。空いていた家というだけあって扉は一枚。ダンネが扉をノックする。
「はーい」
少し聞きなれた声がする。扉が開くと帝国大使のドラスが現れた。
「やあ待ってたよ。はいこれ」
ドラスは既に書類を用意していたのか、ダンネに封蝋の点いた手紙を渡す。
「ありがとうございます」
ダンネが手紙を手にするが、ドラスは笑顔で手を離さない。ダンネは何回か引っ張る。
「あの」
「いいかい子供たち、よく聞いてくれ。この手紙を、絶対に折るな、破くな、開けるな。それぐらい入国にうるさいんだ。王国みたいに、ただ歩いていれば入国できる国じゃない。それと、入国に必要な書類と、とても大事な手紙も入れておいたから。絶対に落とさないでね。これをそうだな……西の道中、要塞がひとつあるんだ。まあ要塞と言っても木の塀で囲った村みたいなもんだけど。そこで一番偉い奴に渡せと、ドラスが言っていたと確実に伝えてくれ」
ドラスは手紙から手を離す。
「質問は?」
ダンネが手を上げる。
「なんだい?」
「一番偉い奴って誰なの?」
「分からない。ちょっとややこしい砦でね。帝国が王国の国境沿いに作った要塞なんだけど。いまの所有権は王国にある。ところが立地の都合上、王国からの食糧支援の引き渡し場。みたいに利用されていて、人の出入りが激しいんだ。だから、要塞にいる帝国で一番偉い奴を出せ。と言えば通じるよ。他にあるかい?」
俺は少しフラフラしながら手を上げる。
「はいガウル」
「名乗らずに出てった男は誰だ?」
銀色の髪に蒼い眼の男。名乗りもしない男が頭の片隅に残っていた。
「ふむ……やっぱり気になるよねえ」
「なんで教えられないんだ?」
「本人から教えるな、と言われているのは事実なんだ。その意味も僕は理解している。その男の顔は覚えているかい?」
「うん、覚えてる」
「ならこうしよう。確実に困ったときは、その男が最後の切り札になる。こうすれば分かりやすい。あの男と言おうか、ちょっと癖がある男でね。変わり者なんだよ。悪い男じゃないんだけど、何かと不器用というかなんというか。困ったら存分に頼ってあげて」
「そいつの名前は?」
「名前も教えるなって言われてるんだ。僕は言えよ、と言ったんだけどね。ごめんね。他に質問は? 無ければ僕は仕事に戻るよ。地震の被害状況を纏めて、帝国にお手紙を書かなくちゃいけない」
ダンネが頭を下げる。
「ありがとうございました」
「気をつけてね。帝国すごい面倒くさいから。じゃあね」
ドラスは笑顔で手を振って扉を閉めた。ダンネが手にしている手紙を見ている。
「はいカーリー」
カーリーは相変わらず両眼を瞑って震えている。
「な……なんで僕が……」
「こういうのしっかり持てるの、カーリーだけかなと思って」
俺はポッケに入らないからすぐ折る。ニャーはたぶんどっかで落とす。ドロップも怪しい。ダンネはよく動くので手紙が折れずとも曲がりそう……震えているカーリーが正解だな。カーリーは震える手で手紙を受けとり、そっと自分の服の中へしまう。
「服の下に入れてるニャ?」
「う……内ポッケだよ……」
内ポッケ。つい俺とニャーとドロップで自分の服を探る。
「ニャーはないニャ」
「僕もないよ」
俺の服の下に、内ポッケがある。思ったより大きい。
「俺の服ある」
「そっか。ガウルの服はキツネの福屋さんで買ったから」
「そうなると、ドロップも無いとおかしくないか?」
ダンネは首を横に振る。
「秘密のポッケは私服のみで、ドロップの服は白薔薇協会のための服だから、内ポッケ作ってないのかも」
俺とニャーはドロップの服を眺める。こう眺めると、真っ白なだけあって土汚れが目立つ。俺はドロップの服を両手に持つ。
「真っ白は汚れが目立つな」
「引っ張らないでよ」
ニャーもドロップの服を引っ張る。
「いっそのこと黒にするニャ。ジャージにするニャ」
「それネコの国じゃないと買えない服だよね。二人とも引っ張らないで!」
俺とニャーは手を離す。
「怒られた」
「怒られたニャ」
ダンネが「とにかく!」と、大声を出すので、頭に響いて両手で抑える。
「あーごめん。とにかく。これで西へ行けることになったわね。まずは砦を目指しましょう。木の塀で囲ってある砦に行って……あとのことは行ってから考えましょう」
ダンネに手を掴まれ、俺は引っ張られていく。皆で西へ歩いて行く。
「ちなみに、誰か何か王国でしたいことある? 私はもう無いけど」
「ニャーはないニャ」
「僕も……今は無いよ」
カーリーは両眼を瞑って震えている。ダンネが無言で俺を見ている。
「行こうか」
俺たちは西へ向かう。西門を越えてドギルス王国を……出た直後に、荷車のひとつ。左の車輪が道のデコボコに捕まり動けなくなっていた。
「せーの!」
ふたりの垂れ耳、イヌの男たちが合図と同時に荷車を押そうとするけど動かない。
「これは駄目だな、食糧降ろすか?」
「降ろしたところで上がらないだろこれ」
ダンネに引っ張られながら、荷車の横を通り過ぎようとして。俺だけ足を止める。ダンネが俺に引っ張られ足を止める。
「どうしたの?」
「いや……なんだろう……」
荷車を押す人、西へ続く道。緩やかな平原の真ん中を進んでいく道。
「この道、なんか見覚えある」
「え?」
過去の記憶がちらつく。王国から出て西。俺は西へ行ったのか? いまだに過去がハッキリしない。正確には、俺の知らない過去の記憶。我ながらややこしい体質だ。
「おいお前たち! ちょっと手伝ってくれないか?」
「子供に頼むのかよ」
「しょうがねえだろ、上がらねえもん!」
前も確か……荷車に両手をかけ、そっと上げて前に押す。
「よっこいしょ」
ふたりの男は何も言わずに荷車を眺めている。
「前も確か」
「すげえ! オオカミってすげえ!」
「子供なのに上がったぞ! やっぱりオオカミってすげえな!」
喜ぶふたりの男に、俺は空を見上げる。前も確かこんな感じで、誰かの荷車を持ち上げた記憶がある。あまり深く考えないでおこう。
「なあ、お前たち砦まで行くのか?」
「うん」
「じゃあ一緒に来てくれよ! 金出すからさ、この道ちょっと悪路なんだよなあ」
「俺たちが載せすぎなんじゃねえのか?」
「でも一回で大量に運べたほうがいいだろ?」
「まあなあ」
ニャーが荷車の周りで臭いを嗅ぎ始める。
「野菜の香りがするニャ」
ふたりの男はニャーをじっと見ている。
「これは……どの種族だ?」




