第65話 お酒は大人になってから
眼を覚まして、飛び起きる。同じベッドでニャーが寝て、ダンネがベッドで眠り、ドロップが杖を手に壁に背を掛け眠り、カーリーが白まんじゅうになっている。そして、同時に全員が飛び起きた。
「黒蛇はどこニャ!」
「私はどうすればいいの!」
「あれ? 僕寝てた?」
「これがガウルの見た夢?」
カーリーが白い布を脱ぎ、真っすぐに俺と眼を合わせる。
「そうだ、これが俺の見た夢……なのかな?」
カーリーの顔が崩れていく。
「そ、そうなのかな?」
慌ててカーリーは白い布を被りなおす。極度の人見知りは大変だな。一瞬だけど、カーリーと眼を合わせてちゃんと喋れた気がする。ちょっと嬉しかった、カーリーは人の眼を見て話せないから。なに考えているか分からいずらい。真っすぐな眼をしていた。
部屋の扉が開かれてフォクシイが姿を見せる。
「大丈夫だった?」
「なにが?」
「地震よ。ちょっと大きかった。気づかなかった?」
「気づかなかった。いまの内に先に伝えておきたい」
「なに?」
俺たちが見た夢。それを白い布を被ったカーリーが殆ど説明する。
「ちょっと整理させて」
フォクシイは壁に寄り掛かり、両腕を組んでやや下に視線を送る。
「黒蛇が大使館に巻きついて窓ガラス……大使館の窓ガラスは殆どヒビが入ったわ地震のせいで。本当に気持ち悪い話ね、捜索しているシルケが夢に現れて……起きる直前に地震を感じた。大使館の窓ガラスを、黒蛇が夢で割ったとするなら。夢で起きたことが現実になるってこと?」
「そ、それは……間違いないと思います」
白い布を被ったカーリーが答える。
「既に……ガウルの右脚は……夢で掴まれて」
「その話し方どうにかならないの?」
「フォクシイ、カーリーは大丈夫だ」
フォクシイが俺を強烈に睨む。なんだその眼は? と思いつつ俺も睨み返す。
「続けろカーリー」
「夢の中でガウルが体験がしたこと……それが現実に残っている。そうなれば、さっき皆で体験した夢のような場所も、現実ということになる」
ダンネが自分の髪の毛を掻きまくる。
「つまり! 現実と現実ってこと! もう駄目! 私の頭じゃ理解できない!」
「落ち着きなさいダンネ、叫んだところで状況は何も変わらない」
フォクシイの言葉に、ダンネがした行動はベッドへうつ伏せに倒れることだった。
「ところで黒蛇はどうなったニャ?」
「姿を消しただけだと思う。ニャーが勝手に突っ走るから罠にかかったんだぞ!」
俺はニャーを睨み、ニャーも俺を睨む。
「罠なんか力づくで突破すればいいニャ!」
「出来なかっただろ! もうちょっと考えて動けよ!」
「ならあのときの正しい行動を言ってみるニャ! どうせ出てこないニャ!」
ニャーの言葉に腹を立てる、俺はつい唸り声をあげる。
「唸ればニャーが大人しくなると思ったら大間違いニャ!」
ニャーが両手を前に出し、俺も両手を前に出す。隙を見て取り抑えてくれる!
ドロップが、俺とニャーの間に割って入る。
「やめなよふたり共……あれ? ガウル立ててるよ?」
「え?」
俺はいつの間にか二本足で立っている。右脚が動かないことを忘れ、無意識に動いた結果だ。その場で屈伸をしてみる。
「治ってる、右脚治った!」
ドロップが嬉しそうに笑顔を見せ、ニャーは睨んだままで両手を前に出し続け。ダンネはゆっくりと起き上がる。
「私何も出来なかった」
フォクシイが少し首を傾げながら、ダンネを見ながら呆れている。
「あなたみたいな子供に期待してないわ。学びなさい」
「そういうのはしっかり教えてから言うべきことだ。馬鹿めが……あ」
フォクシイが俺を睨んでいる。怖いのでベッドの影に隠れる。
白い布が部屋を彷徨う。カーリーだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ皆……その……何も出来なくて当然なんだよ。相手はその……化け物なんだし」
フォクシイが咳払いする。
「私から言わせれば、敵が誰か分かっていないのが駄目よ。謎の存在、夢の中で……これじゃあ対抗策も何も出せない。あえて尋ねるけど、相手が誰か分かっている人いるの?」
隠れたベッドからそっと顔を出す。フォクシイの言うことは的を得すぎている。得体の知れない化け物。それじゃあ、俺たちが何も出来ないのは当然だろう。
ニャーがドロップを指さす。
「ドロップの癒しの力で対抗できるニャ」
ドロップは怯えながら杖を両手に持つ。俺はドロップにシルケの姿を重ねる。そうだ、シルケから託された言葉がある。
「シルケが言ってた」
皆が俺に顔を向ける。
「ドロップの答えは、俺を支えた先にある。迷わず西へ行くんだ。いま王国に留まってはいけないって。今の俺じゃ……何も出来ないって」
「ならガウル、迷うことはないでしょ。今すぐ西へ行きなさい」
「ちょっと待って」
ダンネが割って入って来る。
「何も分からず西へ行ったって……やっぱり何も出来ないと思う」
「ならどうする?」
「それは……」
「やめろ、フォクシイ」
そっとベッドの上に戻る。フォクシイは曖昧さを嫌う。同時にダンネがまだ子供だって理解しているはずだ。この状況下で思考を蹴り上げたって何も案は出て来ない。答えが出ずに、全員口を閉ざしてしまう。そこへハリスが姿を現す。
「皆無事かい?」
フォクシイがハリスに顔を向ける。
「問題ないわ」
「そうか……ところで申し訳ないけど。話し合いの場として、急遽軽い晩餐会が開かれることになった。小規模なものだが、申し訳ないが皆出席して欲しい」
「理由は?」
「ひとつは……少々くだらない理由だが、前にダンネを紹介したときの貴族が漏らしてね。国王の耳に入ったということで、王国主催の晩餐会に招待されてしまった。国王もまだ若い、あまり口にするこではないが。側近にせがまれての参加だろう」
「なおさら子供が参加する理由が無いんじゃない? くだらない与太話に付き合わせる筋合いはない」
「こちらが主催した際の出席者全員に招待が出ている」
フォクシイはハリスから視線を外す。嫌でも出るべきである、ただし俺たちの状況がよろしくない。考えても無駄なことは幾らでもある、答えが出ぬのなら。少々休んでも問題ないだろう。
大きく両手を広げて二回手を叩く。
「ん?」
自分で叩いて不思議に思ってしまう。俺はすぐ正気に戻る。
「考えても仕方がない、晩餐会に出席して。ちょっと美味しい料理を食べながら考えよう」
「ご飯ニャ!」
「そういうことだ」
フォクシイが「私は」と予想した言葉を出すので、俺が割って入る。
「お前はハリスの下につけ、そこで探れ」
「何を?」
「全部だよ。下手な動きをしている奴がいないか全てを探れ」
ベッドでゆっくりと仰向けになり、両足を上げ宙で回転させる。いまの状況は劣勢だが、右脚が動いただけでも俺には嬉しいことだ。視界にフォクシイが入って来る。
「確認していいかしら?」
「何をだよ?」
「あなたには、ふたりいるのよね?」
「そうらしいね、そこは俺にとっても難しい話だ」
「いま、あなたの感覚は相当冴えてる?」
回転させていた両足を止め、フォクシイに視線を送る。そこから天井に視線を送る。
「どうだろうなあ……難しい話は分からない」
俺はまた両脚を回転させる。
陽が沈み夜になる。ドギルス王国城内の一室、本当に小規模な晩餐会……お食事会と言ったほうが正しいだろう。人は数えるほどしかない。暖炉に灯された火と机上の蝋燭が部屋を照らす。茜に染まった部屋、俺たちは丸い机の上で提供された食事を取っている。ハリス、ダマル、ドラスが若い垂れ耳の男を囲い、何かを笑顔で話している。よぼよぼの垂れ耳の爺さんが、数人の大人たちと談笑している。明らかに嫌そうな顔をしているドラスが壁際に立っている。背の高いフォクシイは出された料理を眺めている。
「ガウル」
ダンネに呼ばれて振り返る。
「ちゃんと聞いてる」
「ごめん」
ニャーとドロップは無言で皿の料理を食べている。ダンネも少しずつ手をつけている。カーリーは相変わらず、両目を瞑り震えている。カーリーの知識こそ必要じゃないのか? まあ話せる状況じゃないのは見て分かる。なのでダンネが音頭を取っている。
「つまり、ドロップの癒しの力でしか対抗できないの。ガウルが狙われているけど、対抗出来るのはドロップの癒しの力。ガウルが言ったシルケの言葉。ガウルを支えた先にドロップの答えがあるなら。ドロップがガウルを守り、私がドロップを守る」
武器を構えて両手を震わせているなら話にならない。俺がダンネを守るか。こうして綺麗な三すくみが出来る訳か。
三柱を建て壁とせよ。
恐らく過去の記憶の断片が蘇る。一体なんのことやら。俺は肉にソースがかかった料理を口にする。美味しい。
「ニャーは料理取って来るニャ」
空いたお皿を手にしてニャーが席を立つ。ドロップが無言でその背に視線を送る。ドロップもまだ食べ足りないのだろう。ダンネが話を続けているので、席を立つのが悪いと思っている。俺はドロップの開いた皿を勝手に取り席を立つ。
「それ僕のお皿」
「何が食べたい?」
「え?
「何が、食べたい?」
「あ、うん。なんでもいいよ。どれも美味しいから」
ドロップは真面目さが裏目に出る。ニャーは感覚で動き過ぎている、ダンネは頭が固い。欠点だらけだな。まあ、子供なんてそんなもんか。料理を取りに席を離れる。
「もう! 皆ちゃんと話聞いてよ!」
「聞いてる聞いてる」
堂々と嘘を吐きながら、長机の料理を見る。パン肉野菜とどれも美味しそうだ。それと良い香りの酒が鼻につく。手当たり次第に皿に盛って行く。手を動かしながら出席者を見る。明らかに料理に興味がない、これだけ美味しい料理にも関わらず。談笑に更けている。本来の狙いは情報交換だろう。ハリスたちが囲っている若い男、よく見れば服装の装飾がかなり凝っている。白の上下に、左胸に大きな宝石、ベルトも綺麗で靴も綺麗。そして談笑している作り笑顔に影が見えすぎてる。
お飾りの服、まさかあれが国王じゃないだろうな? 見ているだけで反吐が出る。若い男を見ながら酒の入ったコップを手にして酒を飲む。すると味覚嗅覚が拒絶する。
「うえ! なにこれ!」
いま俺は何を飲んだ? 視線を向けるとそこには酒が置いてある……飲んじゃった。しまった! 俺は子供なんだ! 子供でお酒を飲んではいけない! とにかく水を飲んでおこう。綺麗なコップに入っているお酒はそこまでの量じゃない。きっと大丈夫だ、早くドロップに料理を持って行こう。フォークやスプーンを使い料理を皿に盛っていく。
どうしよう、ちょっと体がふわふわしてきた。途中まで丁寧に盛った料理が山盛りになっていく。料理を落とさないよう足元に気をつけながらドロップに叩きつける。
「持ってきた!」
「こ、こんなに?」
「うん! いっぱい食べて大きくなるんだぞ!」
皆が無表情で俺を見る。
「ガウル、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 僕ちょっと風に涼んでくるよ」
明らかに駄目だ。
部屋を出て甲冑で槍を構えている衛兵に庭まで案内してもらう。造形美のある手すりに腰を降ろす。整えられた庭。誰が世話しているのか知らないが、数種の花が月明りに照らされている。木があり花があるも広々とした庭。夜風に当たっていれば良いも醒めるだろう。そんな俺の背後から、かなり足早の足音が聞こえてくる。相当機嫌が悪いと見た。
「まったく、どいつもこいつも」
ハリスたちが囲っていた若い男だ。眉間に皺を寄せて庭を睨んでいる。さっきの創り笑顔より遥かにマシだ。手すりに座る僕にまだ気づいていない。
「どうしたの?」
声を掛けると若い男は驚いて数歩下がる。
「そこで何を……いや失礼した。許してほしい」
「ちょっと夜風に当たってるの。何がそんなに不満なの?」
若い男が少し驚いた表情を見せ、のちに笑顔を見せ手すりに腰を降ろす。
「不満だらけさ。我ながらお飾りが過ぎるなと思って」
「お飾り?」
「先代国王の父上が急逝し、幼い僕が国王になった。お陰で大人たちのやりたい放題さ。僕はただ生かされているだけに過ぎない」
この男は自我が芽生えようとしている。気晴らしにはちょうど良い相手かもしれない。
「どんな王様になりたいの?」
「もっとこう! 皆に慕われる王様になりたいんだ! 父上がそうだったように……僕は父の影から出られないんだよ」
「ならやることはひとつだよ、人に恩恵を与えればいいのさ」
若い男が僕に顔を向ける。
「恩恵?」
「うん。人が人に感謝するのは恩を受けたからさ。御恩に始まり礼へ続く。平和の王としてすべきことは世のためではなく、人のために動くことさ。誰が何を欲している? 誰が何を企んでいる? 全てを見透かし仇なすのではなく、そっと手を差し伸べてあげればいい。欲しいものを出来るだけ与えてあげるんだ」
「人に恩恵か……僕なんかが与えられるのか?」
「失敗なき王はこの世最弱の存在なり、成功なき王はこの世最悪の王となる。王など所詮たったひとりの存在にすぎない。煌びやかな出生と世界に惑わされてはいけない。いつなんどきも平等の精神を持って人に対するべき。平等とは均衡なり、均衡を崩されたと相手に感じさせては恨みを買う。均衡崩れしとき争いの火種は大きくなり、いずれ大火となる。三本柱をこの世に建てよ、央の優しさを持ち東に理、西に武を構え。古い掛かる火の粉に備えよ」
「三本柱?」
「三カ国の線はただの線にあらず、この世の地獄を生き延びた絶対的な信頼の結びとなる。平和の世が人心を乱す、さすれば王はその心、人を導く光となるべし。ならば何をする?」
若い男は夜空を見上げる。
「人を見ろということ?」
「そうだ。人の世は人なりて心なり。集の価値観は自然と摩擦を産む、故にハリボテの一国ではなく三カ国とした。王は人でありひとりとなる、所詮ただの人である。なぜ王国の実験はエドが握っている?」
「それは……僕より頼もしいから」
「ならば若き王がすべきことは眼前にある。エドから人を学ぶんだ。なぜエドは頼もしい? あの男は嫌々仕事しながらなぜ王国の実験を握った? 国、人の営みを理解しているからさ。人の庭に根を生やし、刈り取られることなく根は力強く伸び続ける。ひとつ問うぞ、力とはなんだ?」
「力……なんだろう?」
「人の生命力こそ世の力。利を持って功を成すか、武をもって功をなすか、また心をもって功をなすか。三本柱を己に建てよ、建てた柱がハリボテならば人から学べ、そして学ぶべき人を見誤るな。王国の実権をエドが握っているなら、エドから堂々と学べ」
「しかし、エドは貴族からの評判が良くない」
「その考えが飾りの王たる所以。安心しろ、エドは信頼できる男だ。エドから学び実権を取り戻せ、敵としてではなく、師として学べ。先代の国王が急逝としたと言ったな。父に一度も会わずして冠を譲り受けたのであれば、磨かぬ冠は錆びて腐り堕ちるぞ」
「君は一体誰なんだ?」
「僕はガウル。ただし、この話は内緒だよ。必要なのは僕の存在じゃない。君が前に進む一歩さ」
僕の右脚はあるとき動かなくなった。どこのどいつか知らんが、前に進む意思を折られたのは事実。それが僕を襲って来た奴の狙いであるならば、進まれることを恐れているのだろう。シルケが足止めをしている間に西へ向かうとしよう……あとなんかすごい気持ち悪くなってきた!
俺は両手で口を抑える。




