第64話 夢半ばに倒れ
眠っていたのは分かる。いつベッドの上で眠ったのだろう? そんなこと思いながら、ゆっくりと起き上がる。部屋の扉が開きっぱなしになっている。誰か閉め忘れたのだろう。皆あちらこちらに眠っている。ドロップがまだ床に眠っているので、ベッドから降りてドロップを抱えベッドに落とす……右脚が動いている。軽く跳ねて見ると、しっかりと右脚が動く。治って良かった。ひとり胸中喜びながら、部屋の窓が開きっぱなしになっている。扉はまだしも、窓が開いたままは珍しい。
「開いたまま……」
まさかと思い、窓から少し身を乗り出す。見える家々の窓、扉が全部開かれている。やられた。ここは夢の世界だ。見える範囲に人の気配を感じない。石畳の道、白い壁に茶色の柱が剥き出しの家、屋根は平らで近くの屋上には洗濯が干されている。俺の右脚は治っていないのだろう、夢だから動く。そして、こんなハッキリとした夢が存在していいのか?「皆大変だ! 俺たちは夢の中だ!」
大声を出すと皆一斉に起き上がってくれた。
「何事ニャ!」
「なに! どうしたの!」
ドロップは涎を袖で吹き、カーリーは白まんじゅうから姿を現す。前と違うところは皆いる。そして会話が出来ている。夢じゃないのか?
「大変だ、皆で夢の中にいる」
寝起きのせいか、皆俺を見て何も口にしない。とりあえず、確認したいことだけ聞いておこう。
「俺をベッドまで運んでくれたの誰? いつ眠ったのか覚えてないんだ」
ドロップが「あー」と口を開く。
「フォクシイさんだよ。疲れて眠っているから、そっとして上げてって。でもニャーが負を感じて騒いで、僕はガウルに杖を向け」
ドロップは大きな欠伸をする。思い出した。広間で知らない男を見たあとに、自分のことについて考えていたんだ。それで自分が何者なのか、勝手に混乱して勝手に眠ってしまったのか。難しく考えないでおこう。ふと、両目を必死に瞑り、全身を振るわせているカーリーが気になった。相変わらず震えている。
「おはよう」
カーリーの体がいちど跳ね、ちょっとだけ両眼が開いていく。俺をすごい嫌そうに睨んでいる眼つきなっている。
「お、おはよう」
「うん……おはよう」
俺なんか悪いことしたかな? そんなことすら思わせて来る眼つきだ。
ダンネが自分の両頬を勢いよく叩く。
「これのどこが夢なの? ガウルが皆を起こしただけじゃない?」
「外に出れば分かる」
俺は部屋の外へ歩きはじめる。
「右脚動いてるニャ」
「たぶん、夢だからだと思う」
部屋の外に出れば、他の部屋の扉は開かれていない。前は確か開かれたいたはず。
「あ、そうだ」
俺の後をついてきた皆を掻きわけて、カーリーが被っていた白い布を手にする。それをカーリーに被せる。勝手に被せられたのに、カーリーは立ったまま白い布を両手に身を包む。
「前見た夢は、全部の扉と窓が開かれていたんだ。でも今は閉まっている。俺の勘違いかな?」
「そ、そうじゃないと思う。きっとその……ニャードロップの結界が生きたんだよ」
「ニャーの勝利ニャ!」
「僕、本当に杖を振ってただけだよ」
「手応えは無かったかもしれないけど。それなりに意味はあったんだと……思うよ」
ダンネがカーリーを見つめている。
「ねえ、布越しなら話せるの?」
「え? あ、うん。まあ……うん」
ダンネはため息を吐く。
「言ってくれればいいのに」
「ご……ごめん」
「とりあえず、外に行くか」
俺たちは廊下を歩き階段を降りていく。ドロップが両手にしっかり杖を持ち、俺の背後に近づいて来る。
「ほ、他の人はいないのかな?」
「気配はないんだけど……どうかな白まんじゅう」
カーリーは何も答えない。
「ごめん。どうかなカーリー」
「あ、僕のことか。そうだね……ガウルの近くにいた僕たち。ということは、ガウルの夢と言う場所に、傍にいた僕たちも巻き込まれた可能性がある」
外へ続く両開きの扉は、しっかりと開いている。そのまま大使館の外へ出て、鉄柵の門を越え通りに出る。やはり、誰の気配も感じず、見える範囲の扉と窓が全て開いている。皆で周囲を確認する。
「ニャー」
「本当に窓と扉が全部開いてる。ちょっと気持ち悪い」
「僕はどうしたらいいの?」
「落ち着いてドロップ、その……いま何も起きてないと思う」
「ニャー」
ニャーがニャーニャーうるさい。
「ニャーニャーニャーニャーどうしたんだよ?」
ニャーは誰もいない道を見つめている。
「ガウルは赤黒い眼に追われたニャ?」
「あーそうだ。共和国には現れなかった。たぶん、王国のどこかで襲って来ると思うんだ」
「この人ニャ?」
「この人?」
ニャーの周囲を見ても誰もいない。
「誰のことを言ってるんだ?」
ニャーが誰もいない道を指さす。
「この人影は赤黒い眼をしてるニャ。真っ黒ニャ、これは影ニャ」
皆が俺の背後に隠れる。ダンネはフォクシイから授かった、白い双剣を鞘から抜こうとして手を滑らせる。一本が地面に落ち慌てて拾う。ダンネの両手は震えている。俺はダンネの両手をしっかりと睨み、ニャーへ視線を戻す。
「どこにいるんだよ?」
「ここニャ! 真っすぐガウルを見てるニャ!」
ニャーは誰もいない場所を指さしている。俺はただただ怖くなってきた。試しにニャーをぶつけて見るか。
「ニャー、そいつをやっつけられるか?」
「この人影ニャ?」
「そうだその……ニャーにしか見えないんだ。お前が頼りだ!」
ニャーが凄い嬉しそうな顔を見せる。
「任せるニャ! ニャーにかかればいちころニャ!」
ニャーはそっと両手を前にする。その立ち姿を俺たちは見守る。両耳は横になる、恐らく見えない人物を睨んでいるのだろう。すると、ニャーが両手を下げ、両耳は元の状態に戻る。そして真っすぐ俺のところに戻って来る。
「無理ニャ。ニャーがどうこうできる話じゃないニャ」
「そうか駄目か」
俺はその場で項垂れる。ダンネが震える手で双剣を構えながら、ニャーが指さした場所へ近づこうとする。不安しかないので、ダンネの腕を掴んで力強く引き戻す。
「ま、まだいるの?」
「いるニャ。ガウルのこと真っすぐに見てるニャ」
「よし。皆大使館に逃げよう。駄目だ怖すぎる」
俺たち全員足早に大使館の中に戻り、両開きの扉をしっかり締める。窓から外を皆で眺める。
「まだいるか?」
「いないニャ、消えたニャ」
俺には見えないだろう人影を必死に探す。見つかる訳がない。
「俺たちは……どうしようか?」
ダンネを見ると不自然に身構えている。
「ダンネ!」
「なに! 急に大声出さないでよ!」
「武器をしまえ、あぶないから」
ダンネはぎこちない手つきで双剣を鞘に入れていく。俺はいまいちど外を確認する。赤黒い眼は大使館の中に入って来ない、のか? 見えないから分からないな。
「大使館から出ないほうがいいのか?」
突如、窓カラスにヒビが入る。
「窓にヒビが入ったニャ!」
「こっちもだよ!」
全部の窓にヒビが入ったのか。無意識に皆一ヶ所に固まる。
「ダンネごめん。武器を抜いといて」
ダンネが急いで双剣を引き抜く。
「ど、どうすればいいの!」
「なんとなく構えて」
震える両手でダンネは双剣を構える。
「ぼ、僕は杖を構えてればいいのかな?」
「それだ!」と、カーリーが大声を出す。
「いきなり大声を出すな!」
「あ、ごめん。その……赤黒い眼は中に入れないんだ。ニャードロップが……結界を張ったからだと思う」
大使館の建物が大きく揺れる。至る所から、何かが落ちる音が聞こえて来た。
「でも! そ、それにも限界があるんじゃないかと思って!」
「じゃあどうすりゃいいんだ!」
「ここは打って出るニャ!」
「お前は無理だったろ!」
「そうニャ、ニャーには無理だったニャ」
大使館からの揺れ具合からすると、明らかに結界が壊されそうな気配がある。結界があって入れないなら。
「結界があって入れないなら。もしかして、ドロップの癒しの力に対抗できないんじゃ?」
皆で仲良くドロップに顔を向ける、ドロップは両手で杖を抱きしめる様に持つ。
「ぼ! 僕に戦えって言うの!」
カーリーが珍しく、白い布を被りながらだがドロップに正面向く。
「いや、それが正しいかもしれない。ドロップの……張った結界が効いてるかも」
「僕、本当に言われるがまま振ってただけだよ!」
ダンネが「あ!」と声を出す。
「ニャードロップだ! ニャーしか見えなくて、ドロップの癒しの力で対抗できる!」
「それニャ!」
ニャーがドロップに背を向けるも、ドロップは怯えて下がる。
「それって僕に戦えってことだよね! いやだよ怖いよ!」
「いまこそ闘争の火を燃やすニャ!」
「大丈夫! 私がひゃんと守るから!」
ダンネは明らかに噛んだな。あと両手が震えている。再び大使館が大きく揺れる。とりあえず、ドロップをニャーの背に乗せよう。ドロップを背後から抱き上げ、ニャーの背中に近づける。
「ちょっと待ってよ!」
「安心しろ、ちゃんと守るから」
「それ信じていいんだね!」
カーリーがそっと窓の外を確認する。
「と、とりあえずはそれでいいと思う……大使館崩れちゃうかも」
その言葉を聞いて、ドロップは慌ててニャーの背に乗り杖を構える。ニャーがドロップの足をしっかり掴み、こうしてニャードロップが完成した。
「いまこそ反撃のときニャ!」
ニャーは外へ繋がる両扉の前に行く。
「開けてニャ!」
俺は慌てて両扉へ行き取っ手を掴む。
「いいか開くぞ?」
「開けるニャ!」
扉を開けるとニャードロップが勢いよく飛び出し。
「あいつはどこにゃ! どこ行ったニャ!」
鉄柵越えて、石畳の通りまで出る。ニャーしか見えないのに、つい皆で周囲を探してしまう。建物の影か、遠くの道か、それともすぐ傍か。
「ニャアアアアアアアアアアアア! いたニャアアアアアアアア!」
ニャーの大声に俺は耳が痛くなる。
「大声を出すな! どうした!」
「建物の上にでっかい黒蛇がいるニャアアアアアアア!」
「黒蛇?」
大使館を見上げると、赤黒い眼、ひとつ目の黒蛇が巨体で大使館に巻きついていた、
「でっか」
俺たちを見下ろす黒蛇が、大口を開き鋭い牙を見せる。少し巨体が動いたかと思えば、瞬時に大口が俺たちを食らおうと眼前に迫る。眩しい光が現れて、その大口を弾き飛ばす。黒蛇の咆哮が周囲に轟き大地を揺らす。巨体をするりと這わせ、黒い蛇が去っていく。
「逃げたニャ! 畳みかけるニャ!」
ニャーがひとりで黒蛇を追い始める。
「待て! 追い払えただけでも」
「勝てるときこそ勝つべきなのニャ! 闘争の火を燃やすニャ!」
「待ってよ! 僕のこと忘れてないよね!」
ドロップが連れ去られて行くので、皆でニャーを追いかける。大通りまで出ればニャーは立ち止まり、黒蛇の姿はどこにもない。
「どこ行ったニャ!」
「勝手に走るな!」
「あの感じは勝てそうニャ! いまこそ勝つべきなのニャ!」
「それなんとなくだろ?」
「そうニャ! なんとなく勝てそうニャ!」
話にならない! そんなことだろうと思った! ダンネは震える両手で双剣を構え、両耳はペタンとしている。ついて来たものの、怯えていてしょうがない。カーリーは白い布の影から周囲を確認している。ニャーの背に乗ったドロップは両手をしっかり掴み顔は怯えている。話にならない。ここで黒蛇が現れたらどうする?
ちょうどそこへ、空から巨体が降りて来る。言ってる傍から黒蛇だ。赤黒いひとつ眼の目が、俺を堂々と捉えている。俺も無意味に睨み返す。やはり狙いは俺だけのようだ。
家々の開いている窓と扉から、黒の噴煙が一斉に噴き出す。逃げる隙すら与えられず、黒の噴煙に包まれようとした。ドロップの杖が光だし、周囲を照らすも黒の噴煙は消えずに残る。照らされているお陰で周囲だけが黒の噴煙に巻き込まれない。少し離れれば噴煙でなく暗闇だ。もう何も見えない。ダンネがくるくる回っている。混乱しているのだろう。双剣を両手にしているので、両手の動きを眼で捉え。ダンネの両手を掴む。
「なに! どうしたの!」
「落ち着けダンネ」
「あれ? 私いま何してた?」
「クルクル回ってた」
ダンネは自分の行動を把握していない。
「カーリーこれって」
「僕たち……罠にかかったと思う」
「罠ニャ?」
「ニャーが駆けだすのがいけないんだ!」
「ニャーの上で暴れるニャ!」
ドロップの杖から放たれている光が明滅している。
「動くなドロップ!」
ドロップはピタリと止まる。
「ほら見ろニャ! 怒られたニャ!」
「お前も動くな!」
「怒られたニャ」
動かなくなったところで、ドロップの杖の輝きはまだ揺らいでいる。
「カーリー、ドロップの杖が光らなくなったらどうなるんだ?」
「わ、わからない……どうなるんだろう?」
黒い噴煙からひとつの影が現れる。黒蛇の眼だ、俺たちを見下ろし、大口を開けて牙を見せる。そのまま口を降ろし、俺たち全員飲み込もうとでもしていたのか。再びその大口を俺たちにぶつけてくるが、また弾かれてしまい暗闇へと消えてしまう。
「ガウル、僕眠くなってきた」
場違いなドロップの言葉、いまにも眠りそうなドロップが眼を開くのもやっとだ。ドロップの杖から放たれる白い輝きが、大きく点滅して光が小さくなっていく。
「起きろドロップ! 寝ちゃ駄目だ!」
「かあ……」
ドロップがニャーの背に体を託し、手に持っていた杖が地面に落ちると同時に、白い輝きは失われた。黒い噴煙が俺たちを一気に飲み込む。足元の大地が小刻みに揺れ、徐々に大きくなっていく。何かが崩れていく音が聞こえる。何も見えない暗闇に眼を凝らしていると、黒蛇の大口が眼前に現れる。
俺の頭上、背後から誰かが両手にしている、一本の杖が降ろされる。ドロップの杖だ、それが眩しい光を放ち、大口開いた黒蛇を掻き消していく。杖を持つ両手が大きい、振り返り見上げれば。大きくなったドロップ……シルケがいた。
「シルケ?」
「あれ、僕のこと知ってるの?」
「そうかなと思って。ドロップにそっくりなんだ」
「ドロップ? 僕にそっくりなんだね?」
「そうだ、シルケならドロップの記憶喪失を治せると思って探してたんだ」
「なるほど」
シルケは振り返りながら、杖を大きく後ろへ振る。杖の先から巨大な光の球体が、暗闇吸い込みながら進んでいく。開かれた道は暗闇が渦巻いている。
「あの光に向かって駆けるんだ」
「待ってくれ。ドロップの手掛かりはシルケしかないんだ」
「ドロップに伝えてあげてくれ。君の答えはガウルを支える先にある。皆はもう光の先へ行った。さあ早く」
「シルケも一緒に」
「この世の闇はあまりに大きい、迷わず西へ行くんだ。いま王国に留まってはいけない。僕を見つけてはいけない。絶対に僕を探さないでくれ。皆が待っている、さあ行くんだ」
「でも」
「今の君じゃ何も出来ない! 今すぐ逃げてくれ!」
シルケが俺を突き飛ばす、俺の体は光の先へ飛ばされていく。




