第63話 教えて、白まんじゅう先生
俺はカーリーを睨む。白い布を被り、ふっくらした丸みを帯びた白まんじゅうを睨む。どうして布を被ってからじゃないと話せないのか。
「その中はどうなってるんだ?」
「僕が丸まってるだけだよ。こうすると落ち着くんだ」
まあ喋れるならそれでいいか。
「少し聞きたいことがある」
「その前にひとつ」
「なんだ?」
「君は気を失ったことを覚えているかい?」
「……いや」
俺は思い出そうと視線をカーリーから逸らす。
「待てガウル! ガウルは考えちゃいけないよ!」
視線をカーリー、白まんじゅうに戻す。
「なんで?」
「話はパパから聞いたよ。いいかい? 君は弱い何もできない子供なんだ。決して立派な大人じゃない。記憶が混同してしまっているせいで、自分が子供だと言うことを忘れている、錯覚を起こしているから。難しいことを考えようとしても体と頭が追いついて来ないんだよ」
「だから考えるなと?」
「ガウルの悩みは人の比じゃない。将来の不安とか、自分の価値観とか。人が皆で悩んでいることとは大きさが違いすぎる。考えても無駄、でわなく。考えれば考えるほど誰に見つけられない答えに頭と体が崩壊してしまうんだ」
「体」
動かなくなった右脚を無意識にさする。
「ガウルは思考を重ねることが出来る人だ。問題は思考を重ねたところで答えを出せる人が、ほんの僅かにしかいないということだ。殆どの人は思考を重ねても答えを見つけられず、路頭に迷ってしまうんだ。ガウルのいまは後者だよ。ひとつの物事から派生する物事を推測する。それは、ひとりにひとつの記憶を元に組まれていく推測。ガウルはいまふたつの記憶が混在している。つまり、ふたつの記憶が同時に思考を重ねてしまうんだ。気を失って当然さ、焼き切れて当然さ」
俺はまたカーリーから視線を逸らして、ちょっとだけ思い出す。
「でも、赤点の道標は俺の器を直したとか……」
「赤点……三光の道標が器を直してしまった弊害もある。ひとつの体にふたつの器、ひとつしか入らない場所に、もうひとつの器が強引に詰め込まれようとしていた。これが崩壊の原因なんだ。僕がパパから聞いた話だと、このときの崩壊を止めてくれたのがシルケさんだよ」
降り注ぐ雨、落ちる水滴が全て止まり、シルケが俺を治してくれた。
「シルケさんがしたことは完治じゃない。応急措置だと思う。器がひとつしか入らない場所、先に入っている器を取り出し、強引に割り込もうとした器を収めたんだ。つまり、ふたつの器が交代で収納されるようにした。その状態でガウルはフォクシネル共和国に来たんだ」
俺はベッドに倒れ込む。たぶん、カーリーはかなり難しい話をしている気がする。
「寝るかい?」
「いや、続けてくれ。考えないで聞いておく」
「そうそれでいいよ。ガウルがフォクシネル共和国に来て、ニャーとガウルが喧嘩したんだ。そこを三光の道標、ポテト三兄弟がガウルに器がふたつあることに気づいた。器のふたつが交互に収納されていく。だから、ポテト三兄弟は器を直し、器をひとつにした。器はひとつになったから綺麗に収納された。ただし、器のひとつで、ふたつの皿の意味となる。思考の回転がひとつではなく、ふたつ同時になるから弾け飛ぶんだ」
ふたつ割れた器、というか皿を想像してみる。
「じゃあ、ふたつのうち、ひとつを取り除けばいいんじゃないか?」
「それは駄目だよ。ガウルの器はふたつ。これがそもそもの間違いなんだ、器はひとりにひとつ。でわなく、器がひとつだからこそ人がひとりなんだ。器がふたつ重なった状態で人がひとり。というのはこの世で起こってはいけない。後からガウルに届けられてしまった器は、すでにガウルとして定着している。どちらかひとつでも取り除いてしまうと、ガウルの身に危険が及ぶかもしれない」
「それは大変だ」
「君は何も考えず、そのまま聞いてくれて大丈夫。ガウルという名にガウルが後からやってきた。名前を名付けるということは、この世に仮止めをするも同じ。無数に存在する個体、個体差はあれどパッと見は皆同じ。人は子を産むと無意識に名前をつける。それがこの世で無意識に行われる喜びのひとつさ。名は仮止めにして、その人を現わす名として存在しつづける。その名が仮止めから自然と縫われていくのさ。ガウルという名として」
つい閃いて上体を起こしてしまう。
「この世にガウルは存在しない」
フォクシネル共和国で、俺はガウルという自らの名に強烈な負の感情を抱いた。理性抑制の自制なく、自ずとガウルという手掛かりを葬ることに、静かながら奔走した。
「ガウルと縫われた名を、この世からそっと取り外したかったのだろう」
「なんでだ?」
「それは……」
俺は白まんじゅうを睨みつける。どうもその先を、記憶の過去を誰も語ろうとしない。トルピーは俺の最後を悲惨と言った。フォクシイは言いたくない。カーリーは……カーリーは知るはずないよな。俺と同じ子供なんだから。俺はつい首を傾げる。
「ん? カーリーはどこまで知ってるんだ?」
「僕は何も知らないよ。僕の言葉もいち推測にすぎない。ガウルが自分の名を消したがっていたことは、トルピーさんやフォクシイさんから聞いたんだ」
「どうやって聞きただしたんだ?」
「それはほら、いまみたいな感じに」
白まんじゅうになって話したということか。なんか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「つまり、俺は弱い子供なのだから、あまり難しく考えるな。そういうことだね?」
「そういうことだよ」
「じゃあ、カーリーの話してよ」
「ふえ?」
明らかに変な声が漏れたな。
「カーリーの話。こうじゃないと話せないんだろ?」
「うん。そうだけど」
「話してよ」
「うん……僕はカーリー」
「知ってるよ」
「あ、ごめん。僕はフォクシネル共和国の学生をしていて、成績が良すぎるのと人見知りが酷いから。飛び級して自分の研究室を授かり引き籠るようになった」
そこだけ聞くと、頭良いようには聞こえないな。
「基本的な知識は記憶の棚に入れて置いて、僕はポテト三兄弟の研究をするようになったんだ。慈愛の光は便利だけど、どう考えてもこの世のそれじゃない。ポテト三兄弟に勉強を教えてあげる代わりに、まあ冗談半分で話を聞いていたんだ。とてもじゃないけど、誰も信じない話ばかりだから。文献を焦っても、ポテト三兄弟の話は出て来ない。ポテト三兄弟の話に結び付く何かがないかと、研究に没頭していたんだ。他の皆もポテト三兄弟の研究はしてたよ、でも解答なしと諦めて次の研究に移った。残ったのは僕だけ、そこにガウルが共和国にやってきた。ガウルはその……普通の人より違う状況下にいた。そして、ポテト三兄弟が僕に教えてくれたんだ。おいそれっぽい研究材料が来たぞって。だから僕は」
「それとなく俺に近づいてきた。ということか」
「気を悪くしないで欲しいんだ。ポテト三兄弟の言うことだから、どうせ碌でもないことだろうなと思って図書室に先回りしたんだ。学校を紹介するとき必ず図書室を紹介するからね。でもほら、僕は極度の人見知りだし。こうしていないと喋れないから」
「どうしてそんなに人が恐いんだ?」
「ひ、人の眼が恐いんだ。その……何を考えているか分からないし。僕は変だから気持ち悪がられたらどうしようって」
いまのほうが、どう考えても気持ち悪い状況だと思うけど……言わないでおこう。
「人の眼かあ」
俺はあまり気にしたことが無かった。人の眼は人の眼だ。人に眼が付いているのだから、当然それは人の眼だ。その眼から何かを読み取るなんて……トゥビラに言われたことを思い出す。鏡を見てはいけない。俺は鏡を見るどころか、見た瞬間に鏡が割れてしまうのだが。鏡に映るのは自分の姿であり自分の眼だ。まあそこから、自分が何を考えているかなんて考える馬鹿はいない。自分で答えを出せるのだから……なんで鏡を見ちゃいけないんだ? 確か難しいことを言っていて、あまり聞いていなかった。カーリーに聞こう。
「トゥビラに鏡を見ちゃいけないと言われたんだ。どういう意味だと思う?」
「鏡を見ると割れちゃう現象のことだね。それはなんでだろうね」
「なんだ。分からないのか?」
「ガウル、僕は天才じゃないよ。考えに考えた時間で、やっと答えが出せるだけの子供だよ」
「カーリーは鏡を見れるのか?」
「もちろん見れるよ。見れるけど……こんなこと言うと怒られるかもだけど。自分に自信が無いから鏡は好きじゃない」
「自分を鏡で見るときも震えているのか?」
「僕はひとりでいるときは震えないよ! こうして布を被ればガウルとだって話せるし」
俺はまた首を傾げる。
「つまり、人の視線が無ければ、普通に皆と話せる。ということだよね?」
「え?」
「え? だって、俺とカーリーはすぐ傍にいて、こうやって話せているじゃないか。だから人の視線が無ければ話せるんだなと思って」
ふっくら白まんじゅうを眺める。無地だからカーリーがどんな表情をしているかも分からない。本人は丸まっているだけと言うけれど。これだと何を考えているのか分からない。そうなると……嘘をついているかどうかも分からない。ちょっと待てよ。
「ねえカーリー、僕のこと。どれぐらい把握してるの?」
「ガウルのことは、耳にしたこと全て把握してるよ。理とかいう色々な存在に出会ったり、道の現象に遭遇したり、色々大変だったりと」
「僕の特徴を上げてみてよ」
「種族がオオカミで、記憶が混在している、鏡が見れない、それと嘘を見破る」
「そうだね。カーリーは嘘をついたことあるかい?」
「僕は嘘をつかないと思う。人と話すの苦手だし」
「どうして苦手なの?」
「皆なに考えているか分からないんだもん」
「でもさ、それって普通のことじゃない?」
「そうなの?」
「そうだよ。皆なに考えているか分からないし、言ってることとやってることが違う。それを分かっててやってる人もいるんだ。カーリーは凄い頭が良いのだから、それは分かると思うんだあ……」
ちょっと意地悪してみたくなった。
「ねえカーリー、僕の眼を見て話せる?」
「そんなこと出来ないよ! だって」
「僕が嘘を見破ってしまうから?」
「いや、単純に僕が人の眼に恐怖心を抱いているからだよ」
「じゃあ、僕とカーリーは友達なのだから。僕の眼に恐怖心は抱く必要ないよね?」
「ごめんよ、ガウル。本当に僕は人の眼が苦手なんだ」
「どうして苦手になったの?」
「ん? それは皆なに考ええているか分からないから」
「そこを詳しく説明して欲しいな」
「なんて言えばいいのかな。人が人として見れなくなったんだよ。たぶん、僕に自信が無くなったんだと思う」
「たぶん? 随分と曖昧な表現を使うね。もしかして嘘をついてるかい?」
「僕は嘘をついてないよ! なんかちょっと意地悪されている気がする!」
「じゃあ僕の眼を見て話してよ」
カーリーは何も答えない。
この子キツネは頭が良い。僕に嘘を見破られまいと、両目を瞑り全身を震わせている。まあそれはカーリーが常日頃やっていることだろう。人の眼が恐い、皆なに考えているか分からないから。それは世の常であり、不安はあれど恐怖することではない。人の思考など恐怖の対象ではない。僕の思考を解析できるのに、なぜ未だに人の思考に恐怖する? これを矛盾と言う。そこは子供というところか。
「そう言えば、ポテト三兄弟の誰かが震えながらに言っていたな。知識の人と。三光の道標はこの世の存在にあらず、それが知識の人と呼ぶのであれば人智の枠を……」
左手で顔を抑えながら、つい静かに笑ってしまう。そう、僕は子供なんだ。難しく考えてはいけない。思考を放棄してベッドに横になる。
「カーリー。僕はしばらく静かに眠るよ。君とは良い友達になれそうだ。いつまでも僕と仲良くしてほしい」
そっと眼を閉じ、深い眠りにつく。安らぎの眠りに。




