第61話 怒りの帝国
ダンネが「それっぽい武器」というのを手にいれ……要はドロップの癒しの力を得た双剣だ。ニャーが異常なほどに曖昧、なんとなくで説明を続けるので、俺の頭は混乱し気づけば眠ってしまった。悪夢を見てしまうという恐怖に駆られ、ひとり眼を覚まし慌てて周囲を見る。相変わらずニャーが同じベッドに眠っている。なんでベッドの下じゃなく、俺の隣に寝ているんだ? いや、それが普通か。ダンネとドロップは同じベッドに寝て、ベッドとベッドの間の床には、白まんじゅう……布を被ったカーリーがいる。
ふと、部屋の外から微かに声が聞こえる。窓の外は既に暗く、月明かりが微かに部屋を照らしている。ベッド、俺の横に棒が一本立てかけられていた。カーリーのお婆ちゃんの横にあった杖と同じ。上の部分が横に広がっている。杖を両手に持ち、右手で上部を握り床に杖をつく。ゆっくりと立ちあがると、杖のお陰で立てた! 少し歩きたくなってきたので、声のするほうへ向かう。皆を起こさないように静かに歩く。部屋を出ると声が微かに聞こえる。暗い二階廊下を歩きながら、動かない右脚に気をつけながら階段を降りる。階段が左右に別れているので、右側の階段を降りる。左手で手すりを握りながらゆっくり階段を降りていく。誰が用意してくれたか分からない杖、これでやっと動けるのだが、不便なことに変わりない。段の途中で立ちどまり、左手に体重をかけ杖で自分の右脚を小突く。その感覚はある。やはり、力だけが入らない。少々の不安を抱きつつ、声のするほうへ向かうことに。段を降り左へ進む。声が徐々に大きくなっていく。
「正直なところ、この現状でこの手紙を本国に持ち帰る気はない。長官の怒りを買うのが眼に見えている。暗殺の件を手紙一通で終わらせられると思うか?」
「我々としては」
「我々としては? この件に共和国の意思は必要としない。この一件は偶発的な衝突でありながら、こちらの恩恵によって保留となっている。何より子を利用して牽制を計ろうという愚かさには反吐が出る。少し恥という字を学んでは如何だろうか?」
誰かと誰かが喧嘩している! 何を話しているのだろう? 俺は少しだけ扉を開けて中を確認する。机を挟んで右側、ハリスがいてシウェル、大使のダマルが三人揃って困った顔をしている。反対左側、確か……帝国の大使ドラスとその横に立つオオカミの男がひとり。
その名も知らぬ男の気配だけが少し、ほんの少しだけ違う。明かりは机の蝋燭しかなく、淡い光に照らされるその姿。銀色の髪にして蒼い眼、濃い色の服を着ており、両腕を後ろで組んでいる。綺麗に真っすぐ直立している。なんてことはない普通の男だ。なのにハッキリとした気配。その男の首が動き、顔がこちらに向く前に、視線が確実に俺を捉えた。俺は扉を閉めて急いで逃げようとする。右脚が動かないのを咄嗟に忘れており、盛大に転んでしまう。杖の倒れる音が人気のない夜ということもあり廊下に響く。終わった。
広間の扉が開かれ、俺を見下ろしているのはシウェルだ。俺だと分かった瞬間に呆れながら両肩を落とす。
「ここで何してるのガウル?」
俺は起き上がりながら杖を手にする。
「えっと……」
面白そうだったからつい……そんなこと口にすれば怒られる決まっている。
「ちょ、ちょっと散歩に」
「ちょうどいい、連れて来てよ」
知らない男の声がした。恐らく、俺にいち早く気づいた男だ。
「まあ、ご所望とあれば。ガウル、ちょっとこっちに来なさい」
「はい」
杖を突きながら立ちあがり、広間の中へ入っていく。蒼い眼をした男が俺を無表情で眺めている。俺はその男に両眼を細める。お前のせいで気づかれたんだぞ。その男が、ドラスの隣の椅子を動かす。そこに座れ、という無言の命令。俺は黙ってそれに従う。ドラスが明らかに俺を真っすぐに見すぎている。
「ガウルがいるなら」
「続けろ」
ドラスが背後の男に顔を向け、すぐに正面へ向きなおす。主導権はドラスじゃない、背後の男だ。俺は男に気をつけながら椅子に座り向きをなおす。正面に座るは、ハリス、ダマル、そしてシウェルだ。ドラスが咳ばらいをする。
「えっと……とにかくだ。この手紙は本国まで運ばない」
ドラスが机に手紙を置く。それは俺がカーリーの婆ちゃんから預かった手紙だ。それはトルピーが言っていた密書にもなる。
「その手紙、俺のだけど」
皆が一斉に俺に顔を向ける。流石に怯えてしまう。話さない方が良かったかもしれない。
「ちょうどいいガウル。君がこの場を治めてみなよ」
背後の男が俺の名を口にした。ゆっくりと振り返ると男は不気味に笑みを見せていた。
隣のドラスが「おい」と声を漏らす。それを男は「黙れ」と制す。俺は男に指をさす。
「この人誰?」
「ガウルは気にする必要ないよ。さあ、この場を治めてくれ」
俺はまた細目で男を眺めてしまう。訳の分からない奴が多い世の中だ。
「ドラスが拒絶している手紙、それはガウルが渡された手紙だ。共和国のどなたかが書いた手紙だろう。内容は知ってるかい?」
「なんとなく」
「ガウルの難しい話は一旦置いておこう。いま帝国と共和国は密室少人数にして争っている。ことはハリスの提案に遡る。直下の部隊、フォクシネル共和国情報執行部が過去帝国に侵入。将軍暗殺を謀ったところ、偶然居合わせた怖い人に迎撃されてしまった。当時はその怖い人がなあなあで終わらせたのだが、フォクシネル共和国情報執行部が情報収集を名目に不法入国していてね。文政長官という、これまた怖い人がお怒りになっている。さて、ハリスはガウルに協力を申し出て、王国の異常な現象から逃げ出すために共和国へ案内した。ドラスにフォクシネル共和国情報執行部の行いを全面的に謝罪させると同時に……本来であるならドラスが率先してガウルを保護すべきだったはず。そうだよな?」
背後の男は相当な怒りを向けている。矛先はドラスだ。ドラスは両眼を瞑り眉間に皺を寄せている。怒られたという自覚があるのだろう。
「そこでガウルに尋ねたい。フォクシネル共和国はどうだった?」
これには即答できる。
「良かった! 温泉も良かったしご飯も美味しかった! あと昔の友達……」
トルピーとフォクシイのことを言うか悩む。俺は「この子」徹するべきなのか?
「建国の母フォクシイとガウルの……よく分からない状況と言っておこうか。それは僕も耳にしている。こればかりはどうにも信じられない。それをガウルの口から確かめたい。全て事実か?」
「全部本当だ」
「そうか。そして話を今に戻そう。ガウルの右脚が動かなくなったことだ。つまりハリスはガウルの護衛に失敗していることになる」
対面に座るハリスの顔が引きつっていく。流石に助け船を出そう。
「あーこの右脚は違うよ。なんかこう変な奴に掴まれて……力が入らなくなっただけだよ」
「ハリスに責任はないと?」
「うん」
「ならこの場はガウルに託す。その手紙をどうするかい?」
答えは決まっている。むしろ、もう既に終わっていることだ。
「ドラスに渡せと言われた」
「しかし、ドラスは受け取りを拒否した。大事なお手紙はドラスの許可があって初めて帝国本土に流れる。それが大使の勤めだ。さてガウル、この手紙をドラスに握らせるか、ドラスの拒否を承諾するか。ガウルが決めろ」
ドラスに手紙を見せた後のことは、ドラスが考えるべきじゃないのか? そう思いつつも、背後の男から怒りの気配を感じ取る。俺はまた背後の男に振り返る。男は笑みを見せている。
「何をそんなに怒ってるの?」
「怒ってないよ」
顔に映る表情に歪みなし。俺はまた男を細目で眺める。
「嘘だ、かなり怒っている」
「僕、怒ってないよ」
埒があかない。ただ、聞かないと分からないことがある。
「俺の選択で何が変わるの?」
「ドラスが手紙を握れば、その手紙は帝国本土へ向かう。つまりフォクシネル共和国の謝罪を受け入れる。ということになる。ドラスが手紙を拒否した場合、ガウルを保護出来なかったことを問うことになる」
「じゃあドラス。手紙を受け取ってよ」
「即答だね」
「当然だよ。ハリスの案内で俺は一旦王国から逃げれたし、フォクシネル共和国も色々あったけど楽しかった。右脚に力が入らなくなったのは、フォクシネル共和国を出てからだ。それも得体の知れない化け物に足を掴まれて。共和国の皆にはお世話になったし、トルピーは共和国は俺の味方だと言ってくれた。帝国と共和国のいざこざでしょ? いまのところ、帝国は俺に何もしていないよ。人に恥を問うのであれば己の恥を知れ……あ」
どうしよう。ちょっと言い過ぎたかもしれもない。上と下の唇を口内にちょっとしまう。対面の三人を見れば、皆がとても小さく首を横に振り続けている。つまり俺の失言ということは明らかだ。俺は両眼を力強く瞑り、眉間に皺をよせる。まずい! 怒られるかもしれない!
「反論の余地なし。ガウルの言っていることは全て正しい。ガウルを保護してもらって、帝国は何も手を貸していないのであれば。僕もドラスもハリスに恥を問う資格はないな。そうだなドラス」
「はい、そうです」
ドラスの言葉はまるで言わされている様な口ぶりだ。
「その手紙は僕が帝国に持って行くよ。ガウルが持って行くより遥かに効果があるだろう」
今まで小さく首を横に振っていた、対面のキツネ三人。明らかに表情が明るくなっていく。背後の男が手紙に手を伸ばし、指でそっと手紙を掴む。
「ちなみに封蝋が壊れたのは?」
「それは手紙ポッケに入らなくて折ったら」
「ガウル、次はないぞ」
男がそっと右手を俺に伸ばす。何をされるか分からなかった俺は、その右手を睨みつけ警戒する。俺の予想と違い、男の右手はそっと俺の頭を撫でる……ちょっと嫌だ。男の右手を容赦なくはらう。
「頭に触るな」
「そうだね。ごめんね」
男は部屋の外へ歩いて行く。
「ところで誰なんだ?」
「僕はただの帝国の使いさ」
男が手を振り去っていく。俺は触られた頭を自分で撫でる。
ちょっと嫌な感覚だ……ちょっと嬉しくもあった。




