第60話 それっぽい武器
暖かなそよ風、緑の平原、青空を泳ぐ白い雲、鮮やかな土の道。道の先には高い外壁が見えるドギルス王国。俺たちはドギルス王国に戻って来た。そして、俺は非常に気持ち悪くなっている。
「おえ」
あまりの気持ち悪さに地面に降ろしてもらう。何度も何度も嗚咽を漏らす。ちょっと前までは、俺の記憶に混乱し勝手に気持ち悪くなってきた。ところが、ドギルス王国に近づくにつれ、徐々に気持ち悪さが増して来た。近づけば近づくほど気持ち悪くなってくる。頭痛、眩暈、吐き気、腹痛、全身の痺れ。これはまさに異常だ。
ダンネが心配そうに俺を見下ろす。
「ねえ、大丈夫」
俺は笑顔で首を横に振る。それだけでも辛い。
「駄目、もう駄目」
ドロップが杖を向け、白い輝きを俺に放つ。
「あ、ちょっとだけ楽になったかも」
そんな気がしているだけで、恐らく何も変わっていないのだろう。
ニャーが周囲をかなり警戒し歩き回っている。
「ニャーは何してんだ?」
「さっきからもの凄いビンビンニャ! ヒシヒシとビンビンニャ!」
相変わらずよく分からない。
「何が? おえ」
「ガウルにグワっと流れているニャ! それが何かよく分からないニャ!」
あまり考えたくないことだが。もうこの時点で赤黒い眼の奴が俺に襲いかかって来ているのだろう。とてもじゃないが辛い、俺はいまドギルス王国の入国を拒まれている。
「これは流石に困ったわね。一旦、王国から離れましょうか?」
ハスタの言葉に俺は首を振る。
「こ……ここで……俺は駄目かもしれない」
この気持ち悪さは挫けてしまう。とてもじゃないが耐えられるものじゃない。
両眼を瞑り全身を震わせたカーリーが、俺の下へなんとか近づいて来る。
「ニャ……ニャーが、ガウルの前に立てば……その流れを……」
ダンネが「なるほど!」と、声をあげカーリーが体を大きく震わせる。
「ニャーがガウルに流れている何かを止めれば良いのよ!」
「でもニャーもよく分かってないニャ!」
「ド……ドロップと……協力すれば……」
「ぼく? でもガウルが」
俺はドロップにひきつった笑顔を見せる。
「ありがとうドロップ。でも……そんなに良くなってない」
ダンネが必死にニャーを指さす。
「試してみてドロップ!」
「分かったよ! それで何をすればいいの?」
「ニャーがドロップの背に乗るニャア」
ニャーは身軽にドロップの背に乗る。杖を持っていたドロップが、慌ててニャーの足を掴もうとするも杖が邪魔だ。
「急に上がらないでよ! 手が塞がっていて」
「ふたりとも逆じゃない? ニャーがドロップを背負うの」
ダンネの言葉に、ニャーが半ば強引にドロップを背負う。
「急に上げないで怖いよ!」
「出来たニャ! その名もニャードロップニャ!」
「そのまんまね」
「僕はどうしたらいいの?」
「杖を前に構えるニャ。ニャーがよく分からないヒシヒシビンビンとガウルの間に立ってみるニャ」
「わかった!」
ドロップが杖を前に構える。ニャーは王国を見据えながら位置を確認する。
「この辺がビンビンニャ!」
「あれ?」
俺の体調が一気に良くなった。元通りと言っていい。
「すごいぞニャードロップ! ちゃんと効果あるぞ!」
「ニャーの勝ちニャ!」
「勝ってないわよ。見えない何かを防げてるのすごいと思う」
ハスタがそっと俺に両手を伸ばす。慣れた手つきで俺は抱きかかえられてしまう。
「よし、とりあえず共和国の大使館まで走りましょう。ニャー君、悪いけど前にいて頂戴」
「分かったニャ!」
ニャードロップが駆けだして、皆がその後ろを駆けていく。
ドギルス王国東門を越え、フォクシネル共和国大使館まで戻ってこれた。出迎えてくれたのはフォクシイだ。
「ガウルはどうしたの?」
「右脚が動かなくなったのよ」
「へえ」
「へえって……ありがとう。降ろして欲しい」
ハスタがそっと俺を降ろしてくれる。立てないことを理解したフォクシイが片手で力強く俺の右腕を引き上げてくれた。ただし持ち方がかなり雑だ。
「ちょっと握り方どうにかならないか?」
「それもそうね」
フォクシイは両手で俺を軽々持ち上げ、右肩に俺を提げ手で抑える。
「おい」
「なに?」
「なんでもない」
肩に提げられながらダンネが視界に入る。ハスタを黙って見上げている。
「ハスタ! ダンネが抱っこだって!」
俺の声にダンネが俺を睨む。
「ちが……私そんなこと言ってないもん!」
ハスタは黙ってダンネを抱えあげる。ダンネの尻尾が振り振りしている。
「私抱っこって言ってないもん」
ダンネはハスタに顔をうずめる。
「これよりニャードロップは結界を張るニャ!」
ニャーが急に決意表明をした。
「け、結界? 僕そんなの知らないよ」
「ニャーも知らないニャ」
「え? じゃあ、どうするの?」
「杖降ってればなんとかなるニャ」
「ええ……」
「結界張り終わるまでガウルは外に出ちゃ駄目ニャ」
「わかったよ」
ニャードロップは大使館を歩き始めた。ニャーが立ち止まる壁に、何も理解していないドロップが杖を振る。
「こ、こう?」
「それでいいニャ、なんとなく出来たるニャ」
ニャードロップは黙々と作業を始めている。カーリーは両眼を瞑り全身を震わせている。それをフォクシイが見つけてしまう。
「なにこの子?」
「極度の人見知りなんだ。ほら、シウェルの息子だよ」
「へえ」
フォクシイはしゃがみ込み、カーリーを見ているのか。肩に提げられている俺は、首を動かすがフォクシイが何しているのか分からない。
「いま何してるんだ?」
「睨みつけてる」
「やめろ、今すぐやめろ」
フォクシイがゆっくりと立ちあがる。フォクシイは背が高いほうだ。視点が一気に高くなって驚く。
「やっぱり背が高いな」
なぜかフォクシイの腕が俺を強く握り潰して来る。
「痛い痛い! 背が高いのは事実だろ!」
フォクシイは力を緩める。
「それで、ママに甘えているダンネはどうだったの?」
ダンネが顔を上げてフォクシイを睨む。
「私甘えてないもん!」
「そうだな。頃合いを見て試してみろよ。いまはちょっと休ませてもらいたい。早速変なのに襲われているところだ」
「そう言うの早く言って頂戴」
フォクシイの肩に提げられたまま、二階へ続く階段を上がっていくフォクシイ。
「シルケの手掛かりは無しね」
「見つからないか?」
「手掛かりが無い。シウェルを焚きつけて大使館全力で動いてるけど、下手すると手掛かりはあなたが見た人物だけかもしれない」
俺は背の高いドロップのような、シルケの姿を思い出す。フォクシイが廊下を歩き続け、俺が以前止まった部屋を通り過ぎようとする。
「あ、この部屋がいい」
扉を開けて俺を近くのベッドに降ろそうとする。
「窓際がいい」
「まったく」
窓際のベッドまで運ばれ、フォクシイがそっと降ろしてくれる。
「ありがとう。ところで聞きたいことがいくつかある」
「断る」
「なんでだよ?」
フォクシイは両腕を組んで黙り込む。
「理由を言え、お前は黙って逃げる奴じゃない」
「出来るだけあなたの記憶について話したくない。私は今のガウルの手助けをするけど、過去のガウルの手助けはしない。分かった?」
「俺が、はい分かりました。そう言うとでも思ったか?」
俺とフォクシイは睨み合い、フォクシイが俺の胸倉を掴んでくる。
「はい、分かりました。体格差を考慮しろ」
「あの女から手紙は受け取った?」
「受け取ったよ」
俺はポッケから折った手紙を取り出す。それをフォクシイに奪われ睨まれる。
「なんで手紙が……封蝋が壊れてるけど?」
「ポッケに入らなくて折ったら」
「まったく」
フォクシイは不機嫌そうな顔をしながら手紙を開く。
「おい、勝手に読んでいいのか」
「気にすることはないわ。このご時世、大したことは書いてないわ」
フォクシイが手紙の文字に眼を走らせる。
「挨拶、本題、ガウルに関して、それと九尾の衝突に関して全面的に謝罪する手紙。くだらない」
「九尾の衝突ってなんだ?」
「雪の九尾。フォクシネル共和国情報執行部がウルガ帝国に侵入したのよ。将軍暗殺の名でね。それを上手いこと迎撃され、なあなあで処理されたけど。その過去をウルガ帝国の文政長官が警戒していて、フォクシネル共和国の謝罪で警戒を解きたいらしいわね。文面から察するに過去の出来事よ、気にしなくていい」
「へえ……いま、暗殺って言ったな?」
「王国と共和国はちょっと前に代替わりしたの。二国が帝国の軍事力を恐れて、牽制しようとしたのが裏目に出たのよ。王国の革命は帝国に叩き潰され、共和国はハリスが内部から崩壊させ建て直した」
金庫番のハリス。だから指揮を執っているのか。
「ハリスは血が濃いな」
「死刑執行人。以前はね、重犯罪者の逃亡犯を何かとね」
「なるほどな」
「良い人よ、警戒しないであげて」
「わかった。ところで俺の」
流れで俺の過去を聞こうとしたが。フォクシイが咳ばらいで先手を打った。
「どうしても駄目か。いまは諦めておこう」
明らかにフォクシイが安堵のため息を吐いた。
「そのため息はなんだ? そこまでして知られたくないのか?」
フォクシイが初めて俺から目を逸らす。逆に俺はため息を返した。
「わかったよ。聞かないよ」
右脚が動かないので、両腕で這いベッドで横になる。
「そうだ。今ここでダンネを試せよ」
「いま?」
「そういまだ。呼んでこい」
フォクシイは無言で部屋を出ていく。窓の外を見てしまう。青空が綺麗だ。平和だ。体調の悪さから回復したものの、体力はごっそり削られていた。気をつけないとこのまま眠ってしまいそうだ。そっと眼を閉じて音に集中する。
階段を上がって来る音がふたつ。ダンネとフォクシイだろう。元気に歩き回っている足音がニャードロップ。静かな足音をしているのがハスタ。動いている音はこれだけだ。足音がふたつ部屋へやってくる。俺は両眼を瞑ったまま仰向けになっている。
「話って?」
ダンネの声だ。
「ダンネには今後のことを話そうと思って。やっぱり何かと危険がある」
「私はガウルをちゃんと守る」
「言うは易しだ。ダンネが悪いんじゃない、それとダンネに帰れと言っている訳じゃない」
上体起こして眼開く、ダンネの背後でフォクシイがダンネを狙っている。しかしまだだ。フォクシイは見ているだけだ。俺はダンネに真意を悟られぬよう会話を続ける。
「ダンネは頭が良いから、先に布陣を伝えておこうと思う」
「布陣?」
「そ、布陣。俺じゃなくて、ドロップを守ったほうがいいかもしれない。ドロップは癒しの力があるが、戦いどころか喧嘩すら怪しい。だからダンネがドロップを守るんだ」
「ガウルは?」
「何も俺を見捨てろとは言わないし、俺は俺で自分を守るように動くさ。ただ、ダンネが優先すべきは」
フォクシイが動いた。両脚を広げ、腰の双剣に手を掛ける。ほんの一瞬、フォクシイの体重移動でかすかに木の軋む音が聞こえる。咄嗟にダンネが振り返る。
「どうしていま振り返った?」
俺は隙を与えずに尋ねる。ダンネが悩みながら俺に振り返ろうとする。
「振り向くな、そのままフォクシイを見ながら答えろ」
そっとダンネが正面をフォクシイに向けていく。
「お、音が聞こえたから」
「そうか」
ダンネの背に殺意の情をもって眺める。ダンネが俺に振り返り、急いでフォクシイの影に隠れる。フォクシイがダンネを庇うように間に立ち入る。
「今のはやりすぎだと思う」
「分かってる。ただし、俺を襲ってきた何かはこれよりも酷い」
強烈な何かが俺を襲って来る。ただし、俺を殺す気はなさそうだ。王国にいるのを拒んでいるのか? バタバタと部屋の外から足音が聞こえてくる。部屋の扉が開かれてニャードロップ……ニャーがドロップを背負った状態で現れる。
「強烈な負を感じたニャ! よろしくない負を感じたニャ!」
観念して俺は手を上げる。
「悪い俺だ」
「ドロップ降りるニャ!」
「うん」
ドロップがニャーから降りた瞬間に、ニャーが俺に飛び掛かって来る。そして苦しい程に俺の体を締め付けて来る。
「いまの負は許されないニャ! 強烈ニャ!」
「悪かったよ、ちょっとおふざけが過ぎた」
俺はさっさと済ませろ言わんばかりに、ダンネに指をさす。
フォクシイは腰に提げている双剣を鞘ごと外し、ダンネに双剣を渡す。
「これあげる」
「なにこれ?」
「私の武器。護身用にでも使って頂戴」
「あ、ありがとう」
ダンネが鞘から双剣を抜く。しっかりと刃のついた白い短いナイフ。曲線に描かれる白蛇の彫刻。
「白蛇が好きだな」
「そりゃあまあ」
「そんなガラクタ使いものにならないニャ!」
ニャーが俺から離れて、ダンネが手にする白い双剣を床にはたき落とす。
「何するのよ!」
「ドロップが杖でこのガラクタを叩くニャ!」
「僕が?」
「さっさとするニャ!」
ドロップは言われるがままに、杖でコツンと双剣を叩く。
「違うニャ! 大きく振りかぶって降り下ろすニャ!」
「う、うん……」
ドロップは杖を高らかに掲げる。一気に双剣へ降り下ろし。杖の先が双剣に触れる。白い光が強烈に輝き、部屋全体を染めていく。放たれた強烈な輝きが床に落ちた双剣に吸い込まれていく。双剣が白いか輝きを纏い、輝きは静かに消える。
「出来たニャ!」
「な……何をしたんだ?」
「武器に癒しの力を纏わせたニャ! これでよく分からないヒシヒシとビンビンに対抗できるかもしれないニャ! その名も、それっぽい武器ニャ!」
「それっぽい武器?」
「対抗できる、それっぽい武器ニャ!」
ダンネが床に落ちている双剣を手にする。
「それっぽい武器……」
ダンネはそれっぽい武器を手に入れた。




