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ガウル  作者: キヌミタロ
第9章 繋がれし白蛇
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第59話 背負われた高さ

 ちょっと良い香りが鼻につく。香ばしく甘い香りだ。眼を開けると、ドロップが杖を向け白い輝きで俺を照らしている。丸いパンを食べながら。

「調子はどう?」

「元々そんなに問題はないんだ」

 部屋は明るく、ゆっくり上体を起こす。右足を動かそうとして動かない。自分で叩いてみるが、その感触はしっかりある。

「あれからどれぐらい経った?」

「え?」

「俺が眠ってから」

 ドロップはふと宙を見上げる。

「凍ったパンを暖炉で焼いてた……ぐらうには寝てたよ」

 あんまり寝てなかったのか。結構グッスリ眠れた気がする。勢いよく両腕を伸ばし背伸びする。しながら、ドロップのパンに狙いを定める。

「俺のパンは?」

「もちろんあるよ。取って来てあげる」

 ドロップが杖を下げ部屋を後にする。部屋には誰もいなくなった。少し肩の力が抜ける。静かだ。右脚も動かないし、どうやって移動しよかと考えていると。ベッドの横から何か突き出してきて。黒い両耳がゆっくりと現れ、黒い髪に黒い眉が見えて。俺は先にニャーの頭へ手を伸ばす。頭を鷲掴み、ニャーが俺の手を両手で掴む。

「離せニャ!」

「ベッドの下で何をしている?」

「ガウルを警戒してたニャ」

「なんで俺はお前に警戒されなくちゃいけないんだ?」

「負ッ負ッ負ニャ」

「やめろ、その言い方」

 ニャーが立ち上がり、両手を握り前に出したと思えば。いきなり容赦なく俺の右脚を殴り始める。

「痛い痛いよ! なにするんだ!」

 ニャーの拳を手ではらう。

「シャー!」

「何がシャーだ!」

 ニャーは黒い両耳を横に向け、鋭い眼つきでずっと俺の右脚を見ている。もしかして、ニャーは何か分かるのか?

「なあ、俺の足はどうなってるんだ?」

「分からないニャ」

「じゃあ、なんで殴ったんだよ?」

「とりあえず叩いてみたニャ!」

 初めてニャーに腹が立ったかもしれない。ニャーが睨むのをやめて。俺に驚きの表情を向ける。

「隙ありニャ!」

 いきなり俺に抱き着いて来るニャー。俺はニャーを強引に引き剥がす。

「今のはお前に対してだぞ! 自分で俺を腹立たせて負を吸収したら、お前やりたい放題じゃんか!」

「ガウルに言われる筋合いはないニャ! ニャーはこうやって今日も頑張って生きてるニャ!」

「人に腹を立てさせることは迷惑って言うんだよ!」

「それが一番強い力ニャ! これぞまさに1番美味しいところニャ!」

「何が美味しいところだ! ニャーニャー言ってるだけの役立たずが!」

 ニャーが俺から離れて無表情で俺を見る。しまった、つい言いすぎたか。

「悪いちょっと」

「シャー!」

 ニャーの両手が容赦なく俺を叩いていく。一撃一撃が重い! ダンネよりも重い!

「痛い! 悪かった悪かったよ!」

「よくもその口で役立たずと言ったニャ! ニャーの怒りを受けるがいいニャ! 闘争の炎を見せてやるニャ!」

 そこへちょうど、パンを手にしたドロップが現れる。

「何してるのふたりとも!」

「ニャーを離せ、早く!」

 ドロップは杖とパンをベッドに置き、ニャーを俺から離していく。美味しそうなパンの香り、無意識に手に取り口に含む。美味しい。

「落ち着いてよニャー!」

「シャー!」

「ニャーニャーシャーシャーうるさいネコが」

「もう我慢の限界ニャ! 今日こそ……ニャ!」

 ニャーが急に両眼を閉じた。そしてゆっくりと、顔を逸らして行く。俺はパンを食べながら気にせずニャーを眺めている。

「どうしたクロネコ?」

 俺はニャーを冗談交じりに煽りながらパンを食べる。途中から、本当にニャーが何かに怯えている気がした。ニャーが顔を逸らす反対、部屋の扉へ顔を向ける。扉は開きっぱなしになっている。

「ドロップ、ニャーを離して部屋の外を見てきてくれ」

「え?」

「早く」

「うん」

 ドロップがニャーを離し、部屋の外を眺める。ニャーはゆっくりとベッドの影に隠れる。

「何もないけど?」

「そうか」

 ドロップは意味が分からず首を傾げる。ニャーがなんとなく、何かに怯えていた気がする。ベッドに隠れているニャーを見る。カーリーみたいに震えている訳じゃないが、何か警戒をしている気配がある。

「いま何をしている?」

 ニャーが俺の右脚を掴んだかと思えば、顔を近づけて噛んで来た。ニャーは牙があるのか、棘で刺されたような痛さが右脚全体に伝わる。

「いった! 何するんだ!」

 ニャーは素早く部屋を出ていく。

「ニャーを馬鹿にした報いを受けるがいいニャ!」

 俺は噛まれた右脚をさする。ちょっと血が流れている。

「訳の分からないネコが!」

「そんなこと言っちゃ駄目だよ、ずっとガウルの傍から離れなかったんだ。きっと心配だったんだよ」

「前からだ。ニャーは俺のベッドの下で寝る」

「そうなの?」

「そうだ」

 ドロップが杖を手にし、杖の先を俺の傷口に向ける。白い光が輝いて、傷口が塞がり痛みも消えていく。その勢いで右脚が動かそうとするが。駄目だった。つい大きなため息を吐いてしまう。

「ちょっと肩貸して」

 強引にドロップを引き寄せる。

「ちょっと待ってよ」

 ドロップが慌てて俺に肩を貸し、ベッドから立ち上がって見せる。

「ど、どう?」

 立っている感覚はある。ただし、地面を蹴ろうとする力が無い。上げようとして上がらず、進もうとして前に行かず。

「駄目だな」

「そう……」

 俺は倒れる様にベッドへ倒れ込む。ドロップが俺を支えようとして杖を離す。杖が床に落ちてしまう。

「急に倒れないでよ!」

「右脚の力が戻らなかったら、俺はどうしたらいいんだ?」

「だ、大丈夫だよ! そのうち」

「ドロップの癒しの力でも治らなかったんぞ」

「それは」

 王国を越えて西へ行くどころの騒ぎじゃない。この先、どうやって進んだらいいんだ?

「そろそろ行くわよ」

 ダンネの声が聞こえた。

「で、でもガウルの右脚が」

「背負って行けばいいでしょ」

「背負う?」

「うん。私が背負って行けばいいでしょ」

 起き上がってダンネを見る。そして睨む。ダンネに背負われるのか。

「ちょっと嫌だ」

「何が嫌なのよ! しょうがないでしょ、歩けないんだから!」

「俺のことなんか置いていけばいいんだ」

 俺はベッドに倒れ込む。右脚が動かない。どうしよう。

「さては、右脚が動かないから不安でしょうがないんでしょ?」

 ゆっくりと起き上がりダンネを睨む。言い当てられたことにまた腹を立てる。部屋の入り口からニャーが赤い眼を向けて来る。

「右脚が動かないニャ、だからこそちゃんと仲間を頼ればいいニャア。ほら! ダンネにちゃんと、お願いしますと頼めばいいニャア!」

 つい唸り声をあげてしまう。ダンネが俺の頭を軽く叩く。

「唸らないの」

「怒られた」

「怒られたニャ」

 ダンネが大きいため息を吐く。

「あーもう! 私がガウルを背負っていくから! 何が嫌なのよ!」

 俺はダンネから顔を逸らす。

「だって僕はダンネに酷いこと言ったから、ダンネはもう僕のことなんか嫌いなんだ?」

「僕? 戻ったの?」

「違う、俺は元々僕だったのに、強引に俺に帰られたんだ。そのときのことは覚えていない」

「へえ」

 ダンネが頭を突いて来る。

「何するんだ!」

「右脚動かなくて弱気になるのは分かるけど! 移動するの! 雪がやんだ今こそ移動するときよ! ごちゃごちゃ言ってないで、とりあえず動いて!」

「う、うん」

 ダンネが初めて怖く見えた。




 ちょっと厚手の防寒着とはここでお別れだ。ハスタが全ての服を畳み、奥へ閉まっていく。暖炉の火を消して、皆の手を借りながらダンネの背中に乗る。ダンネは俺を背負ったまま軽々と立ちあがった。

「おお」

「どうしたの?」

「こんなに高いんだと思って」

「そりゃあ、背負われているから?」

「背をわれるの初めてかもしれない」

「そうなんだ」

「うん! ちょっと楽しい!」

 視点が高いとこうも見え方が違うのか。右脚が動かないことも忘れて、俺は周囲を見渡す。ハスタが外への扉を開いたままにしてくれる。皆で外へ出れば、吹雪のせいで積もった雪が足首の高さまである。防寒着が無くなったので、かなり寒さを感じる。

「ちょっと足早に進むわね。滑らないように気をつけて歩いて。暖かい場所まで行ければ大丈夫だから」

 ハスタを先頭に皆が歩いて行く。俺は視点の高さが楽しくて、尻尾を振りながら景色を楽しんでしまう。

「ちょっと、あまり動かないでよ」

「すごいよ! 背が高くなった!」

 ドロップが立ち止まり振り返る。

「すごい楽しそうだね」

「これはすごいぞドロップ! 見える景色が全然違う!」

 少し見る角度が変わっただけで、世界が違うように見えてしまう。白い雪しか無いのに、なぜか心が躍る視点の高さ。皆より背が高くなった。ハスタが俺に笑顔を見せる。

「そのうちガウルは大きくなるわよ。オオカミは平均身長高いから」

「そうなんだ」

「そうよ。三種族で一番平均身長が高いのがオオカミよ。ガウルもいつの間にか背がグングンと伸びるわ」

「へえ、じゃあ早く大人になれば、もっと高い位置から見れるんだ!」

「そうね。色々とね」

 俺の身長はどこまで伸びるんだろう。確か前は……前の記憶はもっと高かった気がする。右腕を空へ上げても足らない。ハスタより背が高かった気がする。大人だった俺は何をしていたんだろう? トルピーとフォクシイがいて……他にも色々な友達がいた気がする。

 ダンネがいて、ドロップがいて、ニャーがいて、カーリーがいて……クロネコ?

「クロネコ?」

「誰がクロネコニャ!」

「悪い、ニャーのことじゃない」

 ダンネの首がちょっとだけ上へ動く。

「ニャーのことじゃないの?」

「何度か、ニャーのことをクロネコって呼んだ気がする。クロネコのニャー……なんか違うな。でもニャーはクロネコだよな」

「難しい話するニャ」

 俺はトルピーの書いた本を思い出す。


 星空のガウル。

 星に導かれた主人公ガウルが皆のために立ちあがる。

 オオカミのガウルはネコとイヌとキツネを連れて、星の導くままに皆を平和な土地へ導いていく。


 そこに確かにネコがいた。クロネコがいた。

 気持ち悪さが押し寄せて来る。キツネはトルピーとフォクシイだ。

 星空のガウルは実話なのか? そのときは怒りに身を任せていたから気にしなかった。トルピーがガウルの名を残すためだけに書いたものだと思っていた。

 じゃあネコとイヌは誰になる? 吐きそうだ。それに似た気持ち悪さだ。

 誰かがそっと俺の右脚に触れている。それが誰なのか分からない。

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