↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガウル  作者: キヌミタロ
第9章 繋がれし白蛇
PR
59/92

第58話 動かぬ足

 あんな悪夢を見て怖くて眠れるはずがない。吹雪が揺らす窓の音を聞きながら、気づけば朝になっていた。吹雪も去り窓も揺れなくなっていた。ちょっと思い出そうとすれば、泣けるほどに怖かった。なのに平常心を保てているのは、ニャーが俺の負の感情を吸っているからなのか。そもそも、寝ながら吸えるものなのか? 少しだけしか眠れず、大口開いて声を漏らす。大きな欠伸が気づかれて、皆ゆっくり動き出す。

 まずダンネがベッドから起きて、両手を高く上げて背伸びをする。ドロップはいちど起きようとするが、寝ぼけ眼と共にまたベッドへ沈む。ニャーが俺の上に這い上ろうとするので降ろす。カーリーは白い布を全身に被り、布の動きからして背伸びをしているのは分かる。ダンネが窓の外を見る。

「朝」

 俺はゆっくりと起き上がる。

「おはよう」

「おはよう」

 ダンネはベッドから降りて、いち早く部屋を出ていく。

「隙ありニャー」

 ニャーが寝ぼけて抱き着いて来るので、そっとゆっくり引き剥がす。まだ寝ている。ドロップも再び眠り、カーリーは白い布に包まれながらベッドの上を転がり続けている。

「カーリーは何をしてるんだ?」

「邪魔しないでくれ! 僕がどれだけ人前に出るのが苦手で、決意をしてからじゃないと外に出られないんだ! いま僕は決意を固めている!」

「大変だな」

「隙あり」

 ニャーがまた抱き着いてきそうだったので、頬を軽くつねる。

「いい加減に起きろ朝だぞ」

 ニャーの眼がそっと開く。

「闘争の炎をくらうがいいニャー」

 そんなことを言いながら、ニャーが右手の拳を上げた瞬間。ものすごい速さで俺に向かって降ろされる拳。防ぐ暇も避ける暇もなく、肩を強く殴られる。

「いった! 何するんだ!」

 俺の大声にドロップが慌てて起きだす。

「なに! なにがあったの!」

「ニャーが俺の方を殴ったんだ!」

 思ったより痛い! 叩かれた方をそっと撫でる。

「ごめんニャ、間違えたニャ」

「何と間違えたら、こんな強く殴るんだ」

 ニャーも飛び起きて背伸びをする。

「よく寝たニャ。グッスリニャ」

「羨ましいよ」

「ニャ?」

「なんでもない」

「みんなー! ご飯だよお!」

 ダンネの声が聞こえてくる。

「ご飯だニャー!」

 ニャーがベットから飛び降りて部屋を出る。

「よし!」

 決意を固めたカーリーが白い布を取る。全身を震わせながら足早に部屋を出て行った。ドロップは壁に立てかけた杖を持つ。

「行こうガウル」

「ああ」

 俺はベッドから足を降ろそうとする。そして違和感に気づく。

「あれ?」

「どうしたの?」

「右足がおかしいんだ」

「右足? これで治るかな」

 ドロップが杖の先を、俺の右足に向ける。そこから白い輝きが放たれる。俺はそれで治ると思っていた。いつもならそうだ、だけど今回は治らなかった。

「駄目だ、右足が動かない」

 左足は問題ない、とりあえず自分の手で右足を動かし、ベッドの下に降ろす。自分で右膝を突く。その感触はある、どういう訳か力がまったく入らない。

「ぼ、僕カーリーを呼んでくるよ!」

「カーリーをどうして呼ぶ?」

「頭が良いからだよ!」

 それでどうにかなるのか? ドロップがカーリーを引っ張って来た。カーリーは両眼を瞑って全身を震わせている。折角固めた決意がもう崩れかかっている。その後ろにはダンネもニャーもいる。

「カーリー、とりあえず横になってよ。白い布をかけるから」

 カーリーが震えながらベッドに横になる。

「なんか悪いな」

 その上からドロップが白い布を全身にかける。白い布はが徐々に丸くなっていき、白いおまんじゅうみたいな……たぶん体を丸めているのだろうけど。

「ふう……右足が動かなくなったんだね?」

「あ、うん……」

 カーリーも面倒くさそうだな。

「病気や怪我が原因じゃなければ、他に何かきっかけがあるはず。何か思いつくことはあるかい?」

 俺はきのう見た悪夢を思い出す。それだけでも船酔いに似た気分を味わう。

「きのう……酷い悪夢を見た?」

「それはどんな悪夢だい?」

「言いたくない」

 俺はベッドに倒れる。ダンネが距離を詰めて来た。

「でも言わないと分からないままかも」

「言いたくないのは言いたくない! 怖かったんだぞ! 右足が化け物に掴まれていたのは確かだ!」

 その後は滅茶苦茶だ。夢らしいと言えば夢らしい。

「ふむ。ガウル、足を見せてくれるかい?」

「うん。でもカーリーはそのままじゃ見えないだろ?」

「そうだね。他の人に見てもらおう」

 ちょっと疑問に思いつつも、右足の裾をあげる。以前のように、手の跡でも残っているのかと思ったが……何もない。綺麗な俺の足だ。

「綺麗な足ニャ」

「綺麗ね」

「うん、見た目は普通だね」

「ふむ。誰か触ってごらんよ」

 ニャーが俺の右足をくすぐってくる。俺はくすぐられて少し笑う。

「やめろよ、くすぐったいじゃないか。あれ?」

「くすぐれたニャ」

「感覚があるのに足は動かない。そして悪夢で右足を掴まれた。うーん……右足を持って行かれた?」

 俺は自分の右足を強く叩く。ちょっと痛い。

「ちゃんと右足はあるぞ、動かないけど」

「右足の動きを止められた、と言うほうが正しいかもしれない。悪夢で右足を掴まれたことがきっかけだろう」

「ちょっと待ってくれ、前もそうだったが。どうして夢の中のことが現実に影響するんだ」

「そこは難しい話だね。夢の出来事が現実に残るなら、その夢は現実なのかもしれない」

 俺は両手で頭を抱える。

「難しい話を俺にしないでくれ」

「ガウルが良い夢を見るかい?」

「良い夢?」

「楽しい夢さ、見て良かったという感じの夢さ」

 俺は出来るだけ思い出そうとする。今まで見た夢。覚えている限りいちども無かった。

「無い。楽しい夢も、見て良かったという夢もない」

 ダンネが「ん?」と、声を漏らす。

「夢を見たとき覚えてるの?」

「そりゃ覚えてるだろ」

「覚えてるニャ」

「うん、覚えてるよ」

 俺とニャーとカーリーの三人は、見た夢を覚えているらしい。

「みんな凄いわね」

「僕も覚えてないよ」

 ダンネとドロップは夢を見ても覚えていないらしい。

「問題はガウルの夢さ。ガウルの夢、悪夢は現実と思っていい。明らかにそれはガウルにとって悪夢であり現実になる。ドロップの癒しの力で治らないのは非常にまずい。そうなると、いつ元に戻るか分からないんだ」

 俺はカーリーの言葉を耳にして、眉間に皺を寄せてしまう。

「いつ元に戻るか分からないだと?」

「右脚の感覚があるのに、力がまったく入らない。ドロップ、出来るだけガウルに光を照らすんだ。それで様子を見よう」

「うん、分かった」

 ドロップが俺に杖を向ける。白い輝きが浮かんでも俺の不安が沈んでいく。

「いまニャ!」

 ニャーが俺に抱き着いてきた。

「ということは、いま俺の負を吸ってるな?」

「負っ負っ負っ! よく分かったニャ!」

 ニャーの言い方に少し腹を立てる。なんか腹が立った。

 ダンネが軽くニャーを指さす。

「ニャーが抱き着いて、ガウルの負を吸収しているということは」

「黙れ」

 俺が怒り、不安、悲しみの類に浸っているということだ。ひたひたに浸っているんだ。ひたすらにひたひた……俺の頭が変になったのか? ニャーの変な言い方が移ったか? もう難しい話は無しだ。悪夢のせいで寝不足だ……俺はそっと眼を閉じる。


 とう……さん……。


「父さん?」

 俺は眼を開けて両腕を支えにベッドから起きる。右脚を動かそうとして見たが、動かせる気配はない。

ダンネが「父さん?」と尋ねて来る。

「悪夢の中で、俺が口にしたんだと思う。父さん……父さん?」

 今まであまり気に下ことが無かった、俺に父さんはいるよな? そんなの当たり前じゃないか。でも、俺は自分の父さんを見たことがない。

「なんで、あそこで父さんと言ったんだろう?」

 俺はひとりで考え始める。

「そうなるとガウル、やはり悪夢の詳細が知りたい。どうしても言いたくないような酷い悪夢なら、言わない選択は間違いじゃないよ」

 俺は見た悪夢を鮮明に覚えている。言いたくない思い出したくないのは事実だ。もうひとつ問題があって。

「上手く伝えられるかどうか分からないが」

 俺は悪夢を皆に伝える。

「という悪夢だ……そんな悪夢だ」

 皆を俺を真っすぐに見ている。視線が痛い!

「よく分からないニャ、説明が下手すぎるニャ」

「確かに下手だけど……夢ってこんな感じでグチャグチャよね?」

「僕は怖かった!」

「ガウルの見た夢はこうだね。真っ黒い化け物に右脚を引きずられていた、それに気づいたガウルは抵抗しようとするも捕まってしまう。炎が現れてガウルを化け物から救った、そして星空が渦巻きながら落ちてきて、人の形となって真っ黒な化け物と戦い始めた。無数の黒い手星空を掴もうとしたそのとき、ガウルが黒い剣を振って眼を覚ました。こういうことだね」

「そういうことだ!」

 姿の見えないカーリーが上手く纏めてくれた。なぜかちょっと嬉しくなった。俺は説明が嫌いだから。

「今の話を聞いて思ったのが、ガウルは何かに助けられた。そしてガウルはあることをして夢から目覚めた。それは右手に持つ真っ黒な剣を振ることだ。振った剣は誰かに命中したかい? ここだけしっかり教えて欲しい」

 俺は嫌な、悪夢の最後を思い出す。全てが赤に染まり、真っ黒い不気味な手が無数に現れた悪夢の最後。俺は……。

「慌てて黒い剣を振るったんだ」

「慌てて?」

「そうだ……星空の人影が……俺に顔を向けたように。何か言いたげな」

 駄目だ、考えれば考えるほど頭痛がしてきた。両眼を力強く瞑ってしまう。

「ごめんねガウル。無理に聞いた僕が悪かったよ。ちょっと休んでくれ」

「そうさせてもらう……皆で俺がなんで父さんと口にした考えてくれ」

悪夢のせいで寝不足だ、悪夢のせいで右脚が動かなくなった、思い出すほど気持ちの悪い悪夢だ……そこに場違いな言葉がひとつある。

「父さんか」

 見覚えのない父さんを勝手に想像する。俺は自分の父さんをこの眼で見たことがない。触れたことすらない、そもそも生きているのかという話にすらなる。


 なぜ「父さん」という言葉が漏れたのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。