第57話 吹雪舞う星空の影
俺はぽよぽよのおまんじゅう……白い布を被って、出て来なくなったカーリーの布を手でそっと触れている。
「ガウル! カーリーをイジメないで!」
ダンネに怒られて手を下げる。
「怒られた」
「怒られたニャ」
俺は白まんじゅうに指をさす。
「これ寝たのか?」
「たぶん寝たと思う。ずっと震えてたし」
「なあ、いつもこんなに震えているのか?」
「うーん……私の知る限りはいつもこうよ。成績が優秀すぎて、極度の人見知りもあるから。飛び級させて研究室を持たせた。みたいな噂は確かにあったわ」
「へえ。そんなに頭が良いのか」
「テストは基本満点、図書室の本は全て暗記済み、何を食べたかも全部記憶してるし、計算もすごく速い」
「へえ……じゃあカーリーに聞けば分かるんじゃないか?」
「え?」
「いや、だから。俺のその現象というか」
「あー。それは無理よ、意味が分からないもん」
「意味が分からないって」
「意味分からないでしょ! 誰だって分からないわよ! トルピーさんやフォクシイさんだって、本来は死んでいないはずなのよ! ポテト三兄弟だって良く分からない存在だったし!」
「赤点の道標か」
「そう、赤点の道標……いえ、三光の道標よ。輪廻を照らす三光の道標、廻る器を照らして、器を光に導く道標……それで。あと何か言っていた気がする。ニャーが逸脱した器で、ガウルに器がふたつ。そのひとつを治したけど、もうひとりのガウルは消えていない……それがどう影響しているのか分からないわ」
「三光の道標、器に乗る魂が迷わぬように闇を照らす道標だね」
どこからともなく、知らない奴の声が聞こえ身構える。
「誰だ!」
「僕だよ、カーリーだよ」
「は?」
俺は白い布、それにくるまりおまんじゅうの様な形をしている、カーリーを見る。出てくる気配はまったくない。
「僕はポテト三兄弟の慈愛の光を研究していたんだ。意味が分からないからね。それで」
「ちょっと待って!」
俺はついカーリーの言葉を遮る。
「ん? どうしたんだい?」
「普通に喋れるのか」
「うん。人の眼が無ければ、僕は普通に喋れるよ」
ついダンネに顔を向ける。
「知ってたか?」
「私もいま知った」
「それで? ポテト三兄弟がなんだって?」
「ポテト三兄弟から話を聞いたんだよ。そうしたら教えてくれてね。彼らは輪廻の器を照らすお仕事をしていた。でも、創世の世という何か、その何かがお気に入りの器が割れたのに、輪廻の流れに回さなかったんだ。それをポテト三兄弟はいけないことですよ。と、注意したら。理不尽にそのお仕事をクビなってしまった。地上に落とされたポテト三兄弟は自棄になって、慈愛の光を乱用してじゃがいも農場や白蛇山温泉街を温めている。と言う訳」
話が良く分からないので、あまり考えないでおこう。理解が追いつかない。
「私尋ねていい?」
「もちろんだよ」
「結局その……どういうことなの?」
ダンネの質問に俺はつい、首を縦に何度も振る。
「そうだね、ややこしいよね。つまりはこういうこと。三光の道標無きいま、輪廻の器たちは闇に閉ざされた。そうなると、どこへ進んでいいか分からない器たち。闇に向かって無造作に進んでしまう。亡き者となった器ですら、生者となってこの世に戻る。という話さ」
俺はトルピーとフォクシイを思い出す。
「それがトルピーとフォクシイか」
「そういうことだね。空の器は魂を育む、そして魂が尽きるとき、器は次の魂をのせるため、三光の道標の案内に従わなくてはいけない。この世の生が生でなく。生が死となり、死が生となる。という滅茶苦茶な状況になる訳さ」
カーリーの言葉に俺は静かに衝撃を受ける。
「死が生となる……俺か」
俺はフォクシイもトルピーも覚えている。当たり前だ友達なのだから。そいつらは遥か昔に亡くなっていた、それも長生きをして。つまり、俺の……俺の記憶の中にいるガウルも本来は死んでいるはずなんだ。なのに、なぜ俺はこうしてこの体に存在している。
「ガウルはちょっと難しいね。ふたつの器、生と死が混在している」
「ちょっと待って、待ってくれ……」
俺の記憶が芽生えたきっかけは、絶対に黒い腕を掴んでからだ。つまり、それは……。
「俺は……死を与えられたということか?」
「ドロップ、そこにいるかい?」
「う、うん。いるよ」
「急いでガウルに杖を向けて光を当てるんだ。ガウルはきっと混乱するだろうから」
子供として生きていた俺に、過去に死んだガウルが俺に与えられた。これが俺がふたりいるような。器がふたつある状態になる。そしてその内の、ひとつの器を三光が治してくれた。治してくれたということは、いま俺の体に器がふたつ?
「教えてくれカーリー、俺に器がふたつあるなら……俺はいま」
「そこを難しく考えなくていいよ。器がふたつを治された、つまりガウルはガウルさ」
「そうか……そうだな、俺はガウルだ」
一瞬、俺の意識が崩壊しかけた。それをドロップの杖の光が抑えてくれたのか。俺はドロップの杖を握りしめる。
「この光が何か分かるか?」
「それは原初の花の光だよ。原初の花を使えば、なんと世界がひとつ作れるんだ。世界を作れる創造力を、ドロップが無意識に癒しの力に転換しているのさ。言ってしまえば万能薬さ」
「そ! それを僕が使ってていいの?」
「問題ないと思うよ。逆にドロップしか使えないと思う」
「へえ、ちょっと貸して」
「うん」
俺はドロップから杖を借りる。ドロップに向けて杖を向けたり、振ったりするが何も出ない。
「出ないな」
「とにかく、王国にいる脅威にだけは気をつけるんだ。何だったら、急いで西へ抜けてもいいんじゃないか?」
俺はふとカーリーに思うところがある。知りすぎてはいないか?
「カーリーはなぜそこまで知っている?」
「その説明は簡単だよ。僕はポテト三兄弟の研究をしながら本人たちに話を聞いた。ポテト三兄弟はそうとう溜めていたんだろうね、僕に全部話してくれたよ。それとガウルたちのことについては、パパから全部教えられたんだよ。何か分かったら教えてくれって」
パパとはハリスのことか。確かに筋は通るな。
ダンネが白まんじゅうこと、カーリーに近づく。
「ねえ聞いていいカーリー?」
「なんだい?」
「どうしてそんなに人の眼が苦手なの?」
「苦手な物は苦手なんだ! だから僕はこうして、人の眼で見られなければ大丈夫なんだ! 僕は他人の視線が苦手なんだ!」
カーリーはカーリーで苦労しているんだろうな。俺はその場で腰を降ろし、床に仰向けになる。ドロップが俺を見下ろしてくる。
「大丈夫ガウル?」
「難しい話を聞き過ぎて少し疲れた。ちょっと休む」
俺はそっと眼を閉じる。そうか、俺はちゃんとガウルでいいのか。影に潜んでいた不安が少しだけ薄くなった。
「皆、今日はもうここで休むわ。吹雪の気配がする」
ハスタの声が眠る直前の耳に届く。
ゆったりと、全身の力を抜いて眠っている。心地の良い揺れが、眼を覚ましかけた俺を深い眠りに落として行く。
「……」
誰かが俺の名前を呼んでいる気がする。けれど、今は起きる気はない。確か暖炉の前で眠っていたはず。悪いがもう少し寝かせて欲しい。
「ガウル」
何度呼ばれようとも、俺は絶対に眼を覚まさない。いまが本当に、最高に心地良い。
「起きろガウル! その手を振り払え!」
その言葉で眼を覚ます。俺は外にいる、暗闇の吹雪の中、右足を何者かに掴まれ、雪の上を引きずられている。反射的に、右足を掴んでいる手を左足で蹴る。しっかりと手を蹴ったはずだ、なのに手応えがない。それでも俺の右足は解放された。慌てて起き上がろうとし、全身から力が抜け片膝をつく。強烈な睡魔が俺に降りかかっている。かろうじて、顔を上げる。そこに「何か」がいた。
暗闇でも分かってしまう、背の高い黒い人影……人影の形と言ってもいい。真っ黒なそいつの両手が、異様に大きく指は太くも細い。爪がもはや棘の形を成している。俺は気づかぬ内に化け物に引きずられていたのか? 皆はどこへ行った? 周囲を見ても寝泊りしていた宿は見えず、あるのは暗闇の吹雪のみ。
化け物が左手を突き出してくる。俺は右手にある剣を咄嗟に振るうが、全身に力が入らず前のめりに倒れてしまう。その上から化け物の左手が俺を押し潰す。全身に力が入らず抵抗という抵抗ができない。強烈な寒さを感じつつ、自分の体温すら暖かく感じ始める。もはや残された力はなく、抵抗など出来る状態ではない。
これは悪夢なのか? 目覚めれば起きるのか? 助けを呼ぼうと誰かの名を口にする。
「とう……さん……」
俺は眼を閉じる。暗闇の吹雪、強烈な寒さの中、暖かさが徐々に戻って来る。
俺の体温が戻って来る。
俺の力が戻って来る。
俺の意思が戻って来る。
そして俺は目覚めた。
完全に力を取り戻した俺は、慌てて飛び起きる。
暗闇の吹雪はそこになく、赤の業火に包まれて、全ての炎が俺の体へ流れて来る。そこに熱さは感じずも、温もり感じる暖かさ。俺は右手に持つ真っ黒な剣をしかと握りしめ、少しずつ下がる化け物を見上げる。そして眩しいほどの星空に眼を細める。本当に眩しいほどに光っている。光輝く星空が、巨大な渦に巻き込まれ一点に集約していく。渦の中心から星の砂が落ちて来る。煌めく星々が周囲を光に包み込み、人の形を成して俺の前に現れる。
化け物から無数の黒い手が伸びていく。星空の人影はそれを、自ら宿す星から光を放ち砕いて行く。化け物の黒い手が打ち砕かれて行き、星の光が化け物を貫いていく。化け物が光に撃ち抜かれながらも、両腕を空に高らかと上げる。見える全てが赤一色となり、化け物の黒い手、指が太くも長く爪が棘のような手が、当たり一面無数に生えて来る。黒い腕の根に静かに波紋を揺らせ、全ての手が星空の人影へ飛んで行く。
星空の人影が、一瞬俺に顔を向けた気がした。なんだ?
無数の黒の手が星空の人影を一斉に捉える一瞬、俺は両眼を瞑り無我夢中で黒い剣を大きく振った。この世の物とは思えない叫び声が全身を震わせた。
「うわ」
あまりの悪夢に、そんな声が出てしまった。ガタガタという音を耳にして、慌てて上体が跳ね起きる。音の正体は窓だった。外は完全に吹雪。皆ベッドの上で眠っていた。ダンネがいる、ドロップがいる、カーリーがいる……ニャーがいない。
「寒いニャア」
ニャーの言葉に驚いて顔を向ける。何故か、俺と同じベッドの上で寝ていた。俺は寒さよりも悪夢に対する恐怖心で、ニャーが同じベッドにいることに安心して横になる。
仰向けになって自分の右手を上に上げる。右手は震えていた。
あれは本当に悪夢だったのか?




