第55話 雪かきのポチ!
手紙を受けとったまま、カーリーを置き去りにして外に出る。手紙を大事にポッケに……入らないのでふたつに折る。赤い封蝋が折れてしまった。
「あ」
隠すように慌ててポッケに突っ込む。
「お、もう行くのか?」
スコップを両手にしたポチが、雪かきを力強くしている。
「手紙も貰ったし、そろそろ」
俺はポチを見る。
「そろそろ……なんだどうした?」
ポチは俺の気配に気づいた、そしてポチは義理の子供たちを育てている。
「いたあ!」
俺はつい大声を出してしまう。
「大声出すニャ!」
「いきなり何!」
「ど、どうしたのいきなり」
「俺が……なんだどうした?」
ポチは手を止めて俺に瞬きをしている。それなりの実力者であり子供を育てている、ダンネを上手く教えることのできる大人! こいつだ!
「ポチ! ダンネに教えてあげて欲しい!」
「な、何をだよ!」
「ようしまずはこっちに来るんだポチ!」
人の家の庭を、喜びのあまり気にせず進む。これぐらい広いなら大丈夫だろう。ちょうど影にダンネのママ、ハスタもいるし声を掛けておこう。
「ハスタも来て!」
建物の影からハスタが姿を現す。
「何かしら?」
「俺たちはこれから西に向かう! その為には王国を通らなくちゃいけない! でも王国にはなんか怖い奴が俺を狙っている! そしてダンネはフォクシイの言っていることを勘違いして俺を下手に守ろうとしている!」
「誰が下手よ!」
「黙れ!」
俺が大声を上げ、ダンネの両耳がペタンとなる。
「ポチやハスタなら分かるだろう! 護衛こそ一番難しいところ! ダンネはまだ子供なんだ! だからアレに気づいていない! 俺はそれをダンネにシャシャ! と、してみたが! ダンネはそれに気づいてないんだ! それを上手く教えて欲しい!」
ポチが首を傾げる。
「何をシャシャっとしたんだよ?」
ポチなら分かるだろう、俺は堂々とポチを睨みつけ、攻撃の意思を向ける
「あーはいはい。なるほどね」
俺はポチを指さす。
「ダンネ! ポチから学ぶんだ!」
「私が何を」
「俺を守る術だ!」
「ちょうどここにお前のお母さんがいるが、いいのかハスタ?」
「まあポチなら上手く出来るでしょう。確かに覚えるなら今ね、王国に何かがいるのは確かよ。私は見てないけど」
俺は眼を輝かせながらポチを見上げる。こんなところに逸材がいた。なんて頼もしい。
「じゃあダンネ! 俺を守ってくれ!」
俺はダンネに笑顔を見せる。ダンネも決心がついたのか、俺そ真っすぐな眼差しで見る。もうこの時点でダンネは間違えている。
「分かった! ちゃんと守る!」
そんな俺の笑顔に、ポチは容赦なく前蹴りをかましてくる。咄嗟に両腕で防ぐも俺は子供。容赦なく吹き飛ばされて雪の上に落ちる。もちろん、ポチはそれなりに手加減している。手加減しても痛みは残る。
「ガウルが吹き飛んだニャ!」
「大丈夫!」
「なんとか大丈夫う!」
「急に何するの先生!」
「あれ? もしかして合図したほうが良かったか?」
「当たり前じゃない! いきなり蹴るなんて怪我したらどうするの!」
「悪かったよ、でもダンネはそのとき何をしていた?」
「ガウルをちゃんと見てたもん!」
それが間違いだと気づかない。無理もないか、俺は音もなく素早く起き上がり、ダンネに攻撃の意思を向ける。ダンネはそれに気づかない、ポチとずっと口喧嘩をしている。逆にハスタは既に気づいている。音もなく近づく俺をしっかり眼で捉えている。ポチも気づいているだろう、俺の味方をしてくれているのか。ダンネと他愛もない口喧嘩を続けている。そして俺は静かにダンネに忍び寄る。ニャーが「シャー!」とバラしたので、俺はダンネの背後から怪我しないように飛びつく。
「えい」
上手いこと両膝を曲げさせ、ダンネが前のめりに倒れる。ふわふわした雪の上なので怪我はない。ただしダンネの怒りは頂点だろう。
「なにするの!」
ダンネが俺を睨みつけ、ポチがしゃがみ軽くダンネの頭にチョップする。
「ダンネ、全てが駄目だ。話にならない」
ダンネはポチに顔を向ける。
「え?」
「ガウルを守るとして、何から守る?」
「それは……」
「そこが分かっていない時点で駄目だ。ガウルを守るなら、ガウルに降りかかる脅威から守らなくちゃいけない。つまり護衛の対象がガウルだから、ガウルを見続けて言い訳じゃない。視点の位置が全て違う。まあ、これはのちのち教える予定だったけどな」
ダンネはまだ怒りの表情を見せながらゆっくり立ち上がる。
「ダンネはいま立っているな? 見える視界を全て把握しろ。地理的状況、建造物、視覚、人の距離息遣い足音体温、全てを網羅しろ。背後見えない部分も全てだ」
ニャーは雪玉を作り始め遊んでいるが、ドロップは真面目に耳を貸している。
「お前は頭がいい、さて脅威とは何を示す?」
「えっと」
ダンネは少し顔を下げて考え始める。さて、ダンネは答えを出せるかな。
「人?」
「違う」
俺はつい口を出してしまった。
「悪い、口を挟んだ」
「いや、ガウル。そのまま説明してやれ、俺が話すよりも納得するだろう」
俺は説明が嫌だからポチに頼んだんだよ! そしてダンネが俺を真っすぐに見る。
俺は大きくため息を吐く。
「脅威というのは人ではない。人が見せる攻撃的な意思表示で初めて敵とみなす。人が脅威なら全部が敵になってしまう。人の中にいる脅威を探せ、敵を探して先手を打つべし。相手が攻めの姿勢を見せたなら、こちらも攻めの姿勢を見せるべし。それでダンネはずっと俺を見ていた、俺を見ても意味がない。俺という立ち位置を把握し、その周囲に神経を尖らせろ。まあいきなりやれと言うのは無理な話だ。ダンネはまだ子供なんだから」
「私は!」
「子供だよ。いやまあ、俺も子供なんだけど……とにかく! ダンネは頭がいいから頭で理解できることは分かっている。ただし、ダンネはまだ理解出来ていない。身をもって学ぶべし。文武の両立は良くも理解は別にあり、文は静かに武は荒々しく……合ってる?」
ポチが俺に首を傾げる。
「本当にワサビでヒーヒー言ってたガウルとは思えないな」
俺はそれを思い出して恥ずかしくなる。
「あれは俺が悪いんじゃない! ワサビがいけないんだ!」
ふと気配を感じて振り返る。ニャーがいつの間にか忍び寄っていたのか、俺にいきなり飛びついてきた。
「隙ありニャ!」
ニャーの突撃を軽々かわして、ちょっと背中を押してあげる。ニャーは雪の上に倒れる。
「ニャフ」
ドロップも俺にゆっくり近づこうとしているが、俺が睨んで足を止める。
「ドロップはやらなくていいぞ」
「う、うん」
ちょっと照れくさそうにドロップが顔を逸らす。ダンネが俺に平手打ちをしてきたので咄嗟に腕を上げて受ける。
「なんで分かるの?」
「なんでかなあ……今の俺に聞かないで。何も覚えてないんだ」
どうして俺は偉そうに文武を語ってしまったのか。俺は過去に何をしていたんだか。
「ポチ!」と、声を出して俺はその思考から逃げた。
「気配の察知は聞いて学べることじゃない、厳しい訓練や実践を経て習得できるものだ。そうしないと、一瞬で……」
ポチはハスタに顔を向ける。その先は子供が知るには早すぎる。
「死に繋がるからよ」
どうやらハスタはダンネに伝えるようだ。
「まあダンネは領主でパパの娘で私の娘だし、頭も良いし可愛いから、ちゃんと教えてあげる。フォクシネル共和国は影にあり、忍び刃を首に添え、己が意のまま操るべし。と、言っても。世は平和だから物騒なことを考えなくてはいいわ。いま三カ国仲良しだから。問題は、王国に出るというガウルを狙う謎の何か。見えない敵ほど恐ろしいものはない、それからガウルを守るなんて無理な話よ。ダンネがいま出来ることと言ったら、気配の察知を学ぶべきこと」
「気配の察知?」
「そうよ。視覚嗅覚聴覚を用いて、自分の周囲を全て把握しなさい。感覚を研ぎ済ませて誰が何を離し、誰が何を手に持ち、誰がどこで足を進めているのかを全て把握しなさい。まずはそこからね。数百、数千の中に潜む敵に気づけるかどうか。ここから学びなさい」
「はい!」
と、言っても。難しい話を押し付けているだけのこと。何かないかと無意味に周囲を探す。黒い服を来たニャーがまた雪玉を遊び、話だけはちゃんと聞いているドロップと眼が合う。そして、ドロップとずっと眼を合わせる。ドロップは首を傾げる。
「なに?」
「これだ」
「え? 僕?」
「ニャー」
「ニャ?」
「ドロップに抱き着いて」
「なんでニャ?」
「ダンネにドロップを守らせる。ニャーはダンネに気づかれないようにドロップに抱き着く役」
「面白そうニャ!」
ニャーはドロップに駆けしっかりと抱き着く。ドロップは嫌そうにニャーを離そうとする。
「離れてよ!」
「嫌だニャ、まったりしてるニャ」
じゃれているふたりに俺は指をさす。
「ダンネはニャーがドロップに抱き着かないように、ニャーからドロップを守る。まあ細かいことはハスタに聞けばいい。お母さんだし」
「分かった! 私頑張る!」
「そうだ頑張れ」
よし! これでダンネにずっと見られなくて済むぞ!
ダンネはドロップからニャーを引き剥す。そこへ、ひとりのキツネのお兄さんがやってくる。ポチに用事があるようだ。
「ねえ父さん」
「おうどうした?」
「なんか変な花が咲いてる」
「花?」
「うん。白くて光っている花」
子供の俺たち全員が、キツネのお兄さんに顔を向ける。
「それってアレか」
「絶対アレニャ」
「アレよね」
「そうだねアレだね」
どうして原初の花がここにあるのか。とりあえず案内してもらおう。
「案内して」
「あ、うん。こっちだよ」
キツネのお兄さんに連れられて、建物の裏へ回る
敷地の隅にある花壇にひとつ、場違いな白い光を放つ原初の花。ニャーがいち早く近づいて匂いを嗅いでいる。
「これが原初の花ニャ。すごいニャ、これはすごいニャ」
「何か分かるのか?」
「すごい力を秘めてるニャ。とりあえずデカい力ニャ」
あまり良く分かっていなさそうだな。
「とりあえず吸ってよ」
「うん、そうだね」
ドロップが近づいて杖の先を向ける。邪魔なのでニャーをどかす。原初の花から光伸び、全ての光が杖へと消える。原初の花は輝かず、白い花として残っている。
「へえ、そんな感じなのかあ。あの花は抜いたほうがいいのか?」
「これはもうただの白い花ニャ。普通に育てていいニャ」
「だってよ」
ポチがキツネのお兄さんの頭を撫でる。
俺は白い花を見続ける。どうしてここに原初の花があるのか。
「原初の花ってなんなんだ?」
「原初の花は世の始まりを知らせる花。白き花輝きをもて開けば世の幕開けとなりし花」
皆でダンネに顔を向ける。
「そう……トゥビラが言ってた」
ダンネは頭が良すぎる、記憶力が良すぎる。
「よく覚えてるなあ」
俺がぼそりと呟くと、ダンネは少し嬉しそうに照れる。




