第54話 フォクシネル共和国筆頭
ハリスが串に刺さった何かを食べている。緑色をした丸い食べ物だ。それに興味を真っ先に向けたのはニャーだ。
「それ何食べてるニャ?」
「草団子だよ。良かったら食べるかい?」
「食べるニャ!」
ハリスはニャーに笑顔を見せる。
「良い返事だね。ちょっと待っててね頼んで来るから」
ハリスは腰を上げ、背後に隠れていたカーリーがどこに隠れようかと慌てている。そんなカーリーを、ニャーがしっかり眺めている。カーリーは反対に逃げようという素振りを見せる。ちょっと面白そうなので、俺はその反対方向へ移動しカーリーを眺める。
「えっと……あの……」
カーリーがどこへ逃げていいのか分からず、怯えた表情で右往左往している。
「カーリーをいじめないで!」
ダンネがカーリーの傍に立ち、俺とニャーを交互に睨む。
「二番」
二番が一番を守っていると口にしようとして咄嗟に止める。ダンネが俺を真っす具無表情で眺めている。
「ん? 二番ってなに?」
俺はダンネに恐怖して眼を逸らす。
「いや……なんでもないよ」
ダンネがゆっくりと俺に近づいて来る。
「なにが二番なの? いま私のこと二番って言ったよね!」
「言ってない! 言ってないよ!」
俺はダンネに詰められ後ずさりする。なんかフォクシイみたいな怖いキツネになりそうだ! それだけはやめてくれ!
「草団子を買って来たよお。とりあえずニ十本」
大きな黒いお盆、綺麗な画が書かれた長方形の皿ふたつ。ひと皿十本ずつの草団子。ニャーがすでに背伸びをして覗こうとしている。
「とりあえず量が多いから、ここに置くね」
ハリスが椅子の上にお盆を置く。
「頂きニャ!」
ニャーは草団子を一本取り、口へ運ぶ。
「どうだい味は?」
「美味しいニャ」
「それは良かった。さあ皆も食べなよ」
ダンネが俺をいちど睨みつけ、振り返って草団子へ歩いて行く。
「悪かったよ」
今日から二番は言わないようにしよう。
皆で草団子を手にして食べ始める。怯えていたカーリーは、この隙にハリスの影に隠れる。俺は草団子の串を掴み、食べながらも隠れているカーリーを眺めてしまう。流石に怯え過ぎじゃないのか? そこへ草団子の草っぽく、ほろ苦さが口に広がる。
「これ美味しい」
ドロップも嬉しそうに食べている。
「ね! 美味しいよね!」
「じゃあ大人たちはここで解散だ。カーリー、皆をおばあちゃんのところへ案内しなさい」
ハリスがおばあちゃんと言ったところで、明らかにタリヌとハスタが、手に持つ草団子を急いで食べ終える。
「ダンネ、僕はここで仕事に戻るよ」
「私は王国まで皆について行くから、ただ今は失礼するわね」
「またねパパ」
ダンネが寂しそうに声を掛けると、タリヌは笑顔で手を振りながら去っていく。ハスタは近くの森へと姿を消す。俺はそっとハリスに顔を向ける。ハリスは無表情で俺を見下ろしていた。正確には静かなる凝視、そこに敵意は見えず、あるのは大きな疑問のみ。
「おばあちゃんはそんなに怖いのか?」
ハリスが少し困った顔を見せる。
「そうだねえ。僕は怖いというより嫌いが勝るね。息子であり孫の前で言うことじゃないけど。それでも安心するんだカーリー。おばあちゃんは、カーリーをちゃんと愛してくれてるから。お婆ちゃんのところに案内してあげなさい」
「ぼ! 僕が案内するの!」
「そうだよカーリー。いつまでも人を恐れてはいけないよ。ダンネちゃんは君の同級生なんだ。同級生、そして友達を、おばあちゃんの元へ案内するんだ」
カーリーは、眼を閉じた状態で、ハリスを見上げながら震えている。そんなに人が恐いのか? 臆病と言えば臆病に見えるが、そこまで恐がる必要ないのに。それと、ハリスに尋ねて起きたいことがある。
「ハリス、怖い白キツネに会ったか?」
「会ったよ。シウェルが珍しく喜び叫んでいたから、話は先に聞いていたけど。ガウル、君はダンネちゃんをフォクシイと見間違えたね。そうなると、ガウルがいま持つ記憶は建国以前……ここの学者が喉から手が出る程に欲しがっている未開の歴史となる可能性がある。そこに繋がる答えはひとつ。ガウルに関する手掛かりはどこにもないぞ?」
「俺のことは一度忘れていい」
「どうしてだい?」
「何か指示を出したらしい、ガウルをこの世から消し去れと。だから、俺のこの記憶に関する手掛かりは無いんだ。そして、そのときその場所で何かあったのかを覚えていない。だから先にドロップを助けたほうが近道かもしれない」
ハリスはドロップに顔を向ける。ドロップの手掛かりはハッキリしている。シルケだ、シルケをもし見つけられれば、ドロップの記憶喪失も解決するかもしれない。俺の記憶は言ってしまえば存在していない。断片的、ほんの微かな記憶はあるが、もはや存在していないのに等しい。無い物を探しても意味がない、あるべきものを探すべきだ。
「なるほど……なるほどなるほど。よし、僕も今から王国に先回りしよう。護衛はハスタに任そう、では失礼」
ハリスは歩いて行く。震えるカーリーをその場に残して……なんて言うのか。明らかに政は引退の親子だ。堂々とした父親に臆病な息子。母親に似た? いやそれも無いな。つい考えてしまう。
「ね、ねえ」
ドロップが言葉を漏らす。
「なんだ?」
「これ……どうしよう?」
大人たちが先に去り、長椅子に残された草団子の山。
「食べれば?」
その言葉にドロップが嬉しそうな笑顔を見せる。
「いいのかな?」
「食べろよ」
ニャーは相変わらず静かに草団子を食べている。ドロップは嬉しそうに草団子に手を伸ばす。ダンネを確認すると、俺を見ながら草団子を食べている。カーリーはやや上を見上げながら震え続けている。なんだこの一団?
白蛇山温泉街を離れ、坂道を降りて道を進む。先頭はカーリーなのだが、かなり足早に歩いている。そのせいで両手に杖を持つドロップが少し息を切らしている。
「カーリー、もう少しゆっくり歩けないか?」
カーリーが体をいちど大きく震わせ足を止める。
「ご、ごめん」
俺たちはカーリーが歩くのを待ち続ける。しかし、カーリーは一向に歩こうとしない。
「歩けよ」
「そ、そうだよね! 僕が歩かないと駄目だよね!」
カーリーは歩きはじめる。
「ビクビクしすぎニャ」
流石にニャーに同意する。
「ご、ごめんねカーリー。僕の足が遅いから」
ドロップの言葉にカーリーは返事をせず、前をただひたすら歩いている。そんなカーリーの背に俺は指をさす。ダンネを見ると、飽きもせず俺をしっかり眺めている。もはやそれは監視だ。面倒だから放っておこう。
「カーリーはいつもああなのか?」
「そうよ、カーリーはいつも怯えているの」
「怯えすぎじゃないか? 学校とかどうしてるんだ?」
「怯えながら過ごしてるわ。秀才すぎて飛び級して、自分の研究室にいつも閉じこもってるの」
頭が良いなら、何か答えてくれるかもしれない。俺はカーリーにいくつか尋ねようと、歩みを速くする。どういう訳かカーリーも足を速めていく。
「カーリー、聞きたいことが」
カーリーが全力で逃げ出すので俺も全力で追いかける。
かなりの距離を駆け、やっとカーリーに追いつき飛び掛かる。怪我しないように雪の上に倒れ込む。
「僕食べられるんだ!」
「食べないよ! どうして逃げたんだ!」
「ガウルが追いかけて来るから、怖くなって逃げたんだ!」
「ちょっと尋ねようとしただけじゃないか!」
そこへダンネが「とう!」と、俺に飛び掛かって来る。俺とダンネは雪の上に倒れ込む。
「何するんだ!」
「カーリーをいじめるな!」
俺とダンネは両手を掴み合い、雪の上に倒された俺がダンネを横に払いのける。倒されたダンネがすぐに立ち上がり、俺に狙いを定める。
「人ん家の前で何してるんだ?」
声がして見れば、ポチが立っていた。ダンネが俺を指さす。
「ガウルがカーリーをイジメてた!」
「イジメてないよ! ただ尋ねようとしたらカーリーが逃げたんだ!」
「なんだ、そこで倒れてるのはカーリーか。じゃあ問題ねえや、ここはカーリーの婆ちゃんの家だ」
俺は眼の前にある家を見る。かなり広い敷地、建物がふたつあり他と違う。丸太を組んだ建物ではなく、ドギルス王国の建物に似ている。壁が白く塗られ柱のいくつかが見える。屋根は斜めの形状に雪が積もり、つららが数本たれ下がっている。大きな庭が眼に止まる。もうひとつ家を建てられるぐらいに広い。
突然、カーリーが何故か雪を掘り始め、それをダンネが抱き着いて雪から引き離す。
「雪の中に隠れないの!」
「隠れないと食べられちゃう!」
「ガウルはカーリーを食べないの! ほら! お婆ちゃんのところへ案内して!」
カーリーは逃げるように家の中へ歩いて行く。そこへ後からきたニャーとドロップが追いつく。
「や……やっと追いついた。みんな足が速すぎるよ」
ドロップは杖を立て、両膝を雪の上に落としてしまう。必死に足りない酸素を吸っている。そんなドロップをニャーがしっかりと見下ろしている。
「体力無さすぎるニャ」
「そ……そうだね」
「おいお前たち。雪の上じゃなんだし、カーリーの後を追えよ。俺の家は離れにある家だ。俺は雪かきするから先行くぞお」
ポチは離れと称した、自分の家に歩いて行く。遠くの建物を見る、あそこがポチの家なのか。
「とりあえずカーリーを追いましょう」
ダンネを先頭に、俺はドロップを引き上げ建物を目指す。扉が少し大きい両開きの扉。
「でかい扉だな」
「この家は昔、集積所として使わてたの。そのうち、皆が家を建て始め各々が物資を保管できるようになったから。今はカーリーのおばあちゃんの家になってるらしい」
「らしい?」
「私もカーリーのおばあちゃんは詳しくないの。商業を営んでるとかしか聞いてないわ」
「へえ」
カーリーの家族は、ちょっと変な家族構成をしているな。誰が何をしているのかが分からない。まあ人には人の事情がある、考えてもしょうがない。それにこの家だ、ダンネに続いて入ってみれば、広い部屋で天井高く。大きすぎる机に椅子は一番奥のただひとつ。ひとりの黒キツネが腰降ろし、震えるカーリーの頭を撫でている。黒キツネの背後にはひとりのキツネが両手を後ろに真っすぐ立っている。両眼を完全に瞑って。異様な雰囲気というのはこのことだろうな。
黒キツネが黄色い眼を俺たちに向ける。鋭い眼光が少しフォクシイを思い出させる。そして、笑顔を見せて来る。
「どうぞこちらへ」
黒キツネが手を広げ、俺はふと警戒してしまう。
「お邪魔します!」
ダンネが元気に挨拶して、黒キツネに近づいていく。
「話は聞きました。手紙を書いたので、もし帝国に行く際はこれを見せてあげて。オオカミのガウル……あなたで正しいわね」
「うん」
俺は警戒しながら返事をする。笑顔の裏に企み陰謀の気配か……気のせいかもしれない。黒キツネは机の下から一枚の手紙、封がされている白い手紙を取り出す。
「申し訳ないけど、こちらまで取りに来てくれるかしら。歳を取ったせいか、左足が悪くて。直接渡したいのよ」
この黒キツネは嘘を三つもついた。それほど歳は取っていない、左足は悪くない、直接渡せないことはあまり気にしていない。やはり警戒しながら黒キツネに近づいていく。黒キツネの背後でカーリーが震えている。椅子の傍らには確かに杖がひとつ掛かっている。けれど、黒キツネが歩けることは事実だ。
「はいこれ、大事には運んでね」
俺は白い手紙を掴む。
「中を読んでもいい?」
「それは駄目よ、蝋で固めた封蝋は出来るだけ壊さないでね」
「見られて困ることでも書いてあるの?」
「怖い人が来てね、ガウルに中身を見せるなって。それと、説得力を高めるために一筆書けと脅されたわ」
フォクシイめ、やることなすこと強引だ。
「ところで私、気になることがあるのだけど。尋ねていいかしら?」
「俺に?」
「ええ、ガウルの意味は何かあるのかしら?」
「意味? いや……産まれたときにガウルと、母さんが名付けたから」
殆ど皆そうだと思う。自分の名前なんて気にしたことが無かったな。
「あなたの話は大方聞いたわ。興味深くもあり理解出来ない。ただひとつ、ガウルという名の響きが気になったの。西のウルガ帝国は三カ国中で一番建国が遅かった。長年の戦を経て、ウルガ帝国として建国に至った。今は皇帝が斬られ、その息子が後を継いでいるのだけど。実際の統治者は長たるウルガ、という女性が頂点にいるわ。本当の名はレイよ、そしてウルガを並べ替えるとガウルになる。単純にして分かりやすく、子供が文字を並べ替えて遊ぶようにも見えるけど。このウルガという女性は頭が良いのよ」
黒キツネの笑顔の向こうに、静かな怒りを感じる。
「つまり、この手紙は俺を助けながらも帝国を牽制しようという手紙な訳か」
黒キツネの傍らに立つキツネの男が、初めてそっと眼を開けた。ただし俺を見ずして意識だけを向けている。
「騒ぐシウェルに言われたわ、あなたもきっとガウルを気に入るでしょうって」
だんだんとキツネの国、フォクシネル共和国が恐くなってきた。それは当たり前か、建国の母がフォクシイなんだもんな。
「攻めの姿勢を見せたなら?」
「攻めの姿勢を見せるべし」
馬鹿みたいにふたりで静かに笑顔を見せる。
「お手紙ありがとうございます。しっかり……誰に届ければいいの?」
純粋な疑問を投げかける。
「王国にいる帝国大使のドラスに見せればいいわ。あの子も頭がいいから、あなたに別の手紙を託すでしょう。あーそれと、私の鏡を探して頂戴」
「鏡?」
「きっとあなたの役に立つわ。私はね、左足が悪いの」
黒キツネが杖を突いて立ったとする。鏡に映されたその姿は正反対となる。右足の悪い男を探せと言うことか。
「その男に何か言うことは?」
「そうねえ……いつまでもメソメソしないのと伝えて頂戴」
「分かった。お手紙ありがとう」
黒キツネから離れながら、正反対の男を想像する。
子供? 男の子かな?




