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ガウル  作者: キヌミタロ
第8章 盾のダンネ
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第52話 気配の矛先

 トルピーは俺に笑顔を見せる。

「姉さんはたぶんガウルの前に出て来るよ。姉さんが一番嬉しいんだから。ただ……」

 トルピーの影が曇る。

「どうした?」

「け、怪我だけは気をつけてね。姉さんほら」

「手足が先に出る」

「うん」

 フォクシイは怖い。手足が先に出る。気配に気づいた瞬間、それは手足がどこぞに当たっている。息を殺し足音を殺し、その卓越した隠密にして正面から戦えば強烈な打撃が待っている。そんな奴が、国を建て温泉宿を経営してるとは誰が予想できるのか。

「とりあえず探してみるか」

 俺は洞窟の外へ歩きはじめ、トルピーも俺のあとに続く。

「そうだ。宿帳の名前変えていい?」

「宿帳?」

「名前がシルケになっているから」

「あー」

 トルピーの仕草と気配から、警戒しシルケと書いてしまった。

「シルケという名前に心当たりは?」

「ないよ」

 トルピーは嘘をついていない。こればっかりは俺自身で見抜ける。トルピーは嘘をつく奴じゃない。どうして。

「どうして、この弟にして姉があーなる」

 トルピーは返答に困り眼を逸らす

 洞窟の外まで出ると完全に夜だった。完全に暗闇の森、空に浮かぶ星空は逆に綺麗だ。遠くに白蛇山温泉街の灯が見える。

「じゃあ僕は仕事に戻るから。泊まってくんでしょ?」

「あー」

「ゆっくりして行ってよ。また」

 トルピーは暗闇の森を駆けていく。それを見ながら、俺は近くの木の幹に寄り掛かる。気配はひとつ。

「終わった?」

「終わった」

「それは良かったわ」

 暗闇も相まって、シウェルの顔がかろうじて見える。木陰から体を出した暗がりのシウェル。その首元にナイフを添えている怖い白キツネ。シウェルは気づいていない。

「あなたちょっと気配が変わったわね。もうひとりのほう?」

「もうひとり。あー……よく分からないが。うまいことひとりになったらしい」

「なったらしい」

「まあその」

 シウェルの首に添えられたナイフが眼に入って集中できない。俺は自分の首元を軽く叩く。シウェルにそれとなく気づかせるように。そして何故そうなったかを、自分であまり思い出せないでもいる。ニャーと喧嘩したせいか?

「そんな感じに」

「へえ。ダンネちゃんと戦ったときみたいね」

「そうだな。動くなシウェル、首にナイフだ」

 咄嗟に動こうとしたシウェルはすぐに体の動きを止める。殺気に気づいたか。それ以上体を動かせば、次の一手を利用してフォクシイが確実にシウェルを仕留める。流石に殺しはしないだろう……それはないだろうと思いたい。

「フォクシイ、ナイフを下げろ」

 ナイフを下げたフォクシイが、シウェルの背後から音もなく現れる。俺はフォクシイの足元を見る。雪を押し潰しながら歩いているのに、足音が微かもしない。

「誰この態度だけデカい女?」

 フォクシイはシウェルから距離をとり、視覚で獲物を捕らえ右往左往している。シウェルは笑顔を見せているが、こちらも臨戦態勢だ。差は歴然、どちらが先に手を出してもフォクシイが勝つ。

「紹介するから間合いを取るのをやめろ、手を出すな足を出すな。念のために言っておく頭も出すな」

 フォクシイは立ち止まり、真っすぐにシウェルを見下ろす。やはり背が高い。

「この人はシウェル。俺を集団で護衛してくれたうちのひとりだ」

「集団? それってもしかして七人いた?」

 フォクシイの問いに俺はシウェルを見上げる。

「ええ、確かに七人よ」

「いけない。全員捕まえちゃった。覗きの変態かと思って」

「あらら。ガウル、私にも紹介してよ」

「この背の高い奴が、フォクシイだ。俺はあまり信じたくないが、この国の建国者……で合ってるな?」

「そうよ」

 場が寒く沈黙に染まる。無理もない。

「私は馬鹿にされていると思っていいのかしら?」

 そう考えるのが普通だ。俺がシウェルの立場ならそう考える。建国の母フォクシイは、既に重度の肺炎で亡くなっている。それは本にも記されていた。いきなり建国の母が眼の前に現れて。誰が信じるだろうか。

「ちょっと待って」

 シウェルがフォクシイを頭の上から下まで見る。この暗闇で見えているのか。

「言われると……確かにそっくりね。背の高さといい、髪の色に眼の色と。尋ねてもいいかしら?」

「断る」

「言えよ」

 フォクシイが俺を睨みつけ、俺はフォクシイを睨みながらシウェルに顎を動かす。

「いいわ、尋ねて」

「建国の母には弟がいたわね。名前は?」

「トルピー」

「建国時に作った法律は?」

「資源均等案、発展途上だったし」

「少し小高い丘の上に建国した理由は?」

「集積所を丘の上に立て、ソリに乗って荷物運搬が楽だから」

「それで生じた弊害は?」

「下からの運搬が困難になった」

「その対策案は?」

「集積所を別に設け、元の場所を領主の館にした」

「まあ、この辺りは本を読んでいれば誰でも分かるわね……よし。狡猾なキツネが台頭し始め、国の成り行きが傾き始めた。そのとき、建国の母が作った組織は?」

「雪の九尾。頭が九の尾を動かし、平和を乱す者、九の尾により葬られん」

「そ、その雪の九尾しか知らない印は?」

「白蛇の牙」

「ほ、本物だ……間違いなく本物だ!」

 シウェルの眼が輝き始める。どこでフォクシイが本物と信じた?

 シウェルが無警戒にフォクシイに近づき、勝手にフォクシイの両手を取り握手をし始め上下に激しく振り続ける。

「嘘でしょ! こんなところで会えるなんて! シウェルと申します! 九尾がひとり一尾のシウェル! フォクシネル共和国情報執行部と名称が変更されましたが、古の時代より伝わる雪の九尾はいまだに呼称しております! 私はあなたの本を擦り切れるまで読み破けたらすぐ買いに行くほどあなたを崇拝しております! 才知に長けなお武を持って国を正す! 相手が攻めの姿勢を見せたなら、攻めの姿勢を見せるべし! あなたの言葉に感銘を受け今もこうして一尾の勤めを果たしております!」

 どうやら、ふたりとも怖いキツネのようだ。

「そうなると、さっき戦った七人はかなり弱かったわね。精進しなさい」

「はい! 初心に返り戦闘力増強を計ります!」

「お前、その七人に大怪我させてないよな?」

「流石にしてないわ、弱かったし」

「ご安心ください! 不慮の事故があっても世は常に平和です!」

 聞かなかったことにしておこう。恐らく俺の捉え方は間違っていないだろう。そうなるとシウェルは俺の護衛をしていて大丈夫なのだろうか?

「その割に俺の護衛をしてくれているのは何故だ?」

「それは、フォクシネル共和国情報執行部。世が平和になったから、私たちの主な任務は情報収集。商業方面の情報を集めて頭に提出するのが日課になってるわね」

「今の頭は?」

「建国の母よ、お許しください。いつの世も頭はそこにあれど無いのです」

「よし」

 何が「よし」だ。俺の出る幕はないな。俺はシウェルを改めて見上げる。護衛をして貰った身でありながら、頼みごとをするのは不躾だろうか?

「シウェル、頼みごとをしてもいいか?」

 シウェルが笑顔を向けて来る。

「何かしら?」

「王国に行って、シルケの情報と西。帝国の情報が欲しい」

「それは私の独断で決めれることじゃないのよ。ごめんなさい」

「シウェル、いま聞いたことを全て実行しない」

「承知しました! ただちに実行致します!」

 シウェルは眼を輝かせながら全力で駆けていく……少し恐怖すら覚える。

 こうしてフォクシイとふたりきりになった訳か。

「トルピーに俺の最後を聞いた」

 フォクシイが俺の胸倉を掴み、軽々と持ち上げて幹に叩きつける。背中を中心に全身が激痛に襲われる。

「弟に最後を聞いた? どこまで自分勝手なの!」

「フォクシイ……待て」

「自分ひとりで動いて! 自分ひとりでいなくなって! 自分のことすら覚えていない! 自分の最後も知らず弟に聞いた? 人を舐めるのも大概にしろ!」

「フォクシイ……た、体格差だけは……本当に気をつけてくれ」

 俺はいま子供の体で生きている。当たり前だ子供なんだから。そこに「俺」の記憶が割り込み入ってきたようなもの。俺はフォクシイより背が高かったのは事実だが……フォクシイはその感覚で俺を幹に叩きつけた。フォクシイの力は子供の体で耐えられるそれではない。

「それは……ごめんなさい」

 フォクシイは俺をそっと降ろし、俺は地面に寝転がる。

「あなたにとってはちょうど良い痛みでしょう」

 フォクシイはしゃがみ俺を見下ろす。

「トルピーはどこまで話した?」

「上手く濁してくれたよ。悲惨だったそうだな」

「西へ行くの?」

「ああ、こうしてフォクシイとも出会た。西に行けば」

 フォクシイがまた俺の胸倉を掴む。

「おい」

「お願いだから動かないで。ここに……ここにずっといればいいじゃない」

 フォクシイに鋭い眼光は無く、あるのは強烈な不安と言ったところか。

「悪いけど、どうしても行かなくちゃ行けないんだ」

「なら私を説得して! どうして西へ行くの!」

「王国に得体の知れない何かがいる。それが怖くて、ここには逃げて来たんだ。俺があるときダンネをフォクシイと言い間違えた。それもあって共和国に来た。それとドロップ。杖を持ったイヌだ。あいつは記憶喪失なんだ。俺はその……記憶が子供に割って入ったような滅茶苦茶な状況で。俺は母さんを覚えている。でもドロップは何も覚えていないんだ。だから探してやらないといけない」

 フォクシイが俺の顔面を平手打ちする。さほど痛くはないが、別の痛さが強烈だ。

「誰が人のことを聞いた! あなたのことを聞いてるの!」

「だから覚えてないと言っているだろう! 知っているなら教えろ! 俺の全てを教えてくれよ! お前こそ答えろ! なぜ何も話さない!」

 俺とフォクシイは睨み合う。フォクシイが俺の過去を完全に隠しているのは分かっている。そこまで話したくないのか。

「お前こそ俺を説得しろよ! どうしてそこまで隠している!」

 フォクシイがまた涙を流し始める。

「泣いて俺が黙ると思ったら……どうしても言いたくないのか?」

「覚えていないなら。知らないままでいい。思い出さなくていい」

 俺は痛みに耐えながらゆっくりと立ちあがる。俺の過去に何があった? それを知るフォクシイは絶対に口を割らないだろう。

「言いすぎた、許してくれ。もう部屋に帰るよ。会えて良かった」

 俺はフォクシイを置き去りに歩きはじめる。やはり全身が痛いので少し体を捻る。

「待って!」

 声に俺は足を止める。

「私に……私に出来ることはないの?」


 失せろ役立たず。お願いだ、もうひとりにしてくれ。


 確か、こんな状況だったと思う。俺がフォクシイに言った言葉は、このような状況のときだ。俺はなぜフォクシイを突き放した、俺自身にそのとき何があった。俺は息をいちど吐く。そしてフォクシイに振り返る。

「俺を支えてくれ。以前の俺は……それが言えなかった気がする」

 星空を見上げ、星々に視線が逃げた。

「ひとつだけハッキリしたこと伝えるわ」

「なんだ?」

「よく聞いて、この世にあなたの敵はいない」


 じゃあ何故俺はお前を突き放したんだ?

 フォクシイが怖くて聞けなかったのではなく。自分が怖くてそれが聞けなかった。

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