第51話 束の間の休み
美味しいご飯を食べながら、近くのポルテの笑顔を見る。
「どうだ美味いか?」
「うん。美味いよ」
「丹精込めて作ったぞ、味わって食え」
「うん。美味しいよ?」
何故かポルテがずっと笑顔で俺に顔を向けいてる。
「えっと……何か用か?」
「いや、お口に合うかなと思って」
「兄さーん。次の仕事ー」
「仕事だぞー」
弟たちに呼ばれ、ポルテが「はーい」と返事する。立ち上がり外へ歩く。部屋の戸でくるりと回り、無音でしなやかな正座をする。両手を前の畳に添え、笑顔で見せて頭を下げる。
「でわ皆さん、お楽しみください」
「どうも」
タリヌが笑顔を返し、ポルテが戸を素早く動かす、閉まる直前で戸が止まる。そして静かにゆっくり戸が閉まる。俺は赤身の魚を見つけて箸先で突く。身がほぐれて小さな湯気が舞う。
「これなんだ?」
「鮭よ!」
「鮭?」
答えてくれたダンネが、明らかに俺を真っすぐ見ながら食事をしている。
「そうか鮭か」
俺もついダンネを見ながら、箸で捉えた鮭の身を口に入れる。美味しい……美味しいのだが、なぜ皆俺を見る?
「俺に何かあるのか?」
ダンネは黄色い何かを箸で掴み、俺を見ながら口に入れ歯ごたえを感じさせる音を出す。
「そ、それは」
「たくあんよ!」
「そうか……たくあんか」
俺も自分の膳のひとつに、黄色いたくあんを見つける。本当に黄色い、こんなの食べられるのか? 少し不安を抱きつつ、酸味を感じるたくあんを口に入れる。歯で潰し、それが大根だとすぐに分かる。一気に甘さと歯ごたえが口に幸せを満たす。
「うん! 美味いなこれ!」
口にあるたくあんを食べながら、すぐ次のたくあんを口にする。
「そこで米を食べるのよ」
ダンネの意のままに、艶やかさのある白米を口に入れる。恐ろしい程に甘い白米に、たくあんが合いすぎる。甘さと酸味の合作が、俺の食欲を爆発させた。白米を置いて、緑の葉にに白いつぶつぶの小鉢を掴む。
「これなんだ?」
「ホウレン草の胡麻和え」
ここまで来て不味い物があるものか。流し込むように口へ運ぶ。胡麻の甘さにホウレン草のちょっとした苦み。自然と笑みが零れてしまう。
「美味しい?」
「美味しい!」
「そこでお味噌汁を飲むのよ」
お味噌汁……汁だからこれか? 中に白い四角いのが三つ浮いている。湯気からして少し厚そうなので、息を吹きかけ熱を冷ます。どんな味がするかと好奇心を口につける。なんて温かみのある深い味だろう。
「はあ」
そんな声が自然と漏れる。元より暖かい宿なのに、体の芯からあったまってくる。箸で白い四角を取ろうとしてうまく行かない。あまり大きくないので汁ごと白い四角を口に入れる。これは少し変わった味だ。味が薄いながらも微かにある。そしてすぐに崩れた。
「この白いのなんだ?」
「お豆腐」
「へえ……この国は皆、こんな美味しい物を食べてるのか」
タリヌもみそ汁を啜る。
「実はフォクシネル共和国が三カ国で一番国土が小さいし人口も低い。逆にそれが功を奏しているのかいないのか。教育が皆に行き届いている、いくつかの野菜は室内栽培していてね。日の光と適切な温度に気を配れば、こうやって美味しい料理になるのさ」
「へえ、すごいな」
俺は鮭の身を箸でほぐして口に運ぶ。ドロップを見れば、同じように少し笑顔で楽しんでいる。ダンネはずっと俺を見ているので眼を反らす。ニャーは既に自分の食事を終え、俺の膳をじっと眺めている。
「絶対に上げないからな」
ニャーは何も言わずにじっと俺の料理を狙っている。早く食べよう、俺は速度を上げて料理を食べる。
夕食を食べて追えて、飽きもせず温泉に浸かる。
すでに夜になり、暗がりの空に光る星空。散りばめられた白の宝石。それを目当てにしてか、明るいうちに入ったときよりも人が多い。皆が空を見上げて数人は星を指さしている。誰もが無表情で見入るか笑顔だ。ドロップは一体どこから来たのか、隣で湯に浸かり眼を閉じている。ドロップは空を見ない。ついドロップの顔に軽く湯をかける。
「何するの」
「星が綺麗だぞ」
「そうだけど」
ドロップは星を見上げる。そしてすぐ顔を降ろす。あまり嬉しくなさそうだ
「どうした?」
「その……変なこと言っちゃんだけど……星が怖いんだ。出来れば見たくない」
「そうか。温泉は?」
「それがこっちは前より暖かくて気持ちいいんだ」
「そうか」
俺はまたひとりで星空を見上げて視界で楽しむ。ドロップが見たくないなら見なければいい。ただ、星が怖いというのは珍しいかもしれない。これほどに綺麗な星空、どこに怖がる要素があるのだろうか。顔を降ろして湯に嗜む。夜ということもあり、温泉の暖かさが体に染みる。そこに顔を上半分だけ出したニャーが浮いている。どうやら湯の中を四つん這いで動いているようだ。
「何してる?」
「あっちにビクビクがいたニャ」
「ビクビク?」
「こっちニャ」
ニャーが湯の中を進んでいく。俺はニャーの頭を追いかける。少し奥へと進んでいく。そして、ニャーがとある子供の前に止まる。眼を瞑っていた子供が俺に気づいて怯え震える。
「や、やあ……」
この臆病っぷりはカーリーだ。間違いない。意外と服を着ていないと、誰が誰だか分からない。髪が湿って細くなり、両耳の毛もトゲトゲしている。そして俺は、カーリーの母親であるシウェルを思い出す。しまった、シウェルに終わったら伝えて欲しいと言われていた。なんのことだか……ニャーとの喧嘩のことだろう。あとでしっかり伝えないといけない。いまはもう少し温泉を楽しもう。カーリーの前で湯に浸かる。明らかに怯えているカーリーが、俺に視線を向けては逸らしを繰り返す。
「なんだ?」
俺の発声と同時にカーリーの体がいちど大きく震える。
「そ、その……ニャー君と喧嘩して……怪我は無いかなって」
「あー、大丈夫だ」
俺はニャーとの喧嘩を思い出そうとする……そこにカーリーはいたか?
「なあ、俺とニャーの喧嘩を誰から聞いた?」
「ポ、ポテト三兄弟だよ。ふたりが喧嘩してたって教えてくれた」
「そうか」
あの赤点の道標はベラベラと喋りそうだ。
「わあ見て! 流れ星だ!」
知らない子供が声を上げた。皆が一斉に空を見上げる。
流れ星がひとつ、またひとつと流れていく。ひとつ流れるほどに歓喜の声が湧き上がり、流れ星はひとつずつ丁寧に同じ方角へ流れいく。
「なあ、流れ星が落ちているのはどの方角だ?」
「ニャーは知らないニャ」
「に、西だよ」
「西に流れているのか」
西か、そういえばハチが向かったのは西だったはず。
「オオカミの国か」
ドギルス王国は色々な種族がいた、フォクシネル共和国はキツネばかりだ、オオカミの国。ウルガ帝国はオオカミが大勢いるのだろうか?
「西に行こうと思う」
俺はダンネをフォクシイと言い間違えた。そして、フォクシイはここにいた。ここを出る前に、最後にあいつに謝りたい。しかし、どこで身を隠しているのやら。西へ流れる星に尋ねても、皆は知らんぷりで答えない。
温泉を出て脱衣所で浴衣を着て、廊下へ続く青い暖簾をくぐる。髪が細くなった、浴衣姿のダンネが壁に寄っかかり俺を睨む。
「なんだ?」
「別に」
「不機嫌だな」
ダンネはそっぽを向く。
「早速で悪いが、ひとりでフォクシイの家に向かう」
「なら私も」
「お前はここで出てくるドロップとニャーと好きにしていろ。すぐ戻る」
ダンネをその場に残し、俺はフォクシイの家に向かう。
洞窟の奥にしっかり家は残っている。石の塀が建ち木製の門。中庭の灯篭が周囲の暗闇をしっかり照らしている。縁側にはトルピーが座っている。ゆっくりお茶を啜っていた。承諾も得ず俺は家に入る。
「やあ、待ってたよ」
トルピーの横に急須と湯呑がもうひとつ。それ越しに俺は腰を降ろす。
「俺が来るのを分かってたみたいな言い方だな」
トルピーが笑う。
「どうしてかな、長生きしちゃうと誰が何を考えているのか読めてしまう」
トルピーの姿が、一瞬だけど老人に見えた。やつれ疲れ切っている老人だ。
「なあ」
声を掛け振り返るトルピーは子供の姿に戻っていた。
「なに?」
「フォクシイはどこにいる?」
「あー……どこだろうね。姉さん隠れんぼが好きだから」
「そうだな」
トルピーは恐らく俺より長生きしているはず。こいつは俺の最後を知っているか?
「尋ねていいか?」
「いいよ」
「俺の最後は……何かあったか? 覚えていないんだ」
トルピーは答えずに、両手で湯呑を左右交互に回し続ける。
「それは姉さんから強く口止めされているんだ。もし尋ねられても答えるなって」
「そうか」
「でも僕はガウルに伝えるべきだと思う。皆頭がおかしいんだ狂ってる」
俺は初めてトルピーの怒りを感じた。
「落ち着けトルピー」
「今から言うことは僕のひとり言だと思ってくれ。ガウルは……ガウルの最後は悲惨そのものだった。誰もガウルを助けられず、最悪の結末を迎えてしまった。それなのに、それなのに皆がガウルの指示に従ったんだ。ガウルをこの世から消し去れと。皆それに素直に従った、誰も疑いもせず。僕はそれが許せなかった、なぜ皆素直に言うことを聞けるのかと。だから僕はガウルの言うことを聞かなかった。星空のガウルと称してガウルの名を遺した。姉さんが先に死に、僕はただひとり残された。孤独の僕に残されたのは何も出来ない怒りだけだった。死後の世界があるなら、ガウルの胸倉を掴んでぶっ飛ばしてやろうとすら思ったさ……僕は死んだはずなんだ。なのに子供の姿で戻ってきてしまった。そこに姉さんもいた。嬉しかったよ。この家は姉さんが作ったんだよ……ガウルがいずれ帰ってくると思って」
俺は両腕を後ろに支えにして家を見上げる。
「あいつはあいつで不器用だな」
トルピーが初めて俺を睨んだ。
「ふざけるな! 一番不器用なのは誰だよ! どうして」
トルピーは両眼を瞑り頭を下げていく。
「悪いなトルピー。話を聞いても思い出せない」
俺の最後は非参か。せめてゆっくり死なせて欲しかった。
「何故こうして僕たちがまた顔を合わせられたのか。理由なんかどうだっていい、最早これは奇跡だよ。一緒に暮らそうよガウル、ここなら何も怖くないよ」
「悪いが俺は」
「一度でもいいから僕の言うことを聞いてくれよ! 僕はガウルより長く生きたんだ! 老いて長寿を全うしたんだ! 姉さんを支え! 国を支えてなお! どうしてもガウルの足元にも及ばない! いまいちど問うぞガウル! 本当に何も覚えていないのか!」
「悪いな。覚えていないんだ」
「なら今すぐ出て行け! きっと君は僕たちの知るガウルじゃないんだろ!」
俺はため息を吐く。その可能性は一理ある。トルピーをそこに残して俺は立ち上がる。トルピーはまだ頭を下げていた。泣き虫のこいつがフォクシイを支え、国を支えたのか。ついトルピーの頭に手を添える。そしてゆっくり撫でてやる。
「上手にできたじゃないか、トルピー」
「今度……今度もしひとりで消えたら。僕は本当にガウルを許さない」
「そう怒るなって」
トルピーは俺の手を振り払い、顔を上げる。情けなく涙を流すその顔に、俺の心が痛みだす。
「必ず戻って来い! 僕の命令だ! 必ずだぞ!」
「分かったよ、また来るよ」
俺は馬鹿みたいに笑顔で返す。トルピーは袖で涙を拭く。
「それと、絶対に姉さんに会って」
「俺はそうしたいんだが」
「この宿は姉さんがガウルのために作ったんだ」
「変な化け物雇って?」
「あれは……三光の道標が来たときは意味が分からなかった。どうやら宿に魅かれて来たらしい」
「赤点の道標はどうでもいい、よくわからん」
トルピーが噴き出す。
「相変わらず、難しい話は駄目なんだね」
「いや、あれはよく分からないだろう」
「そうだね」
俺とトルピーは笑い合う。ついトルピーの頭を力強く撫でてしまう。




