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ガウル  作者: キヌミタロ
第8章 盾のダンネ
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第49話 空洞の家

 眼を覚ました瞬間、右側の顔が非常に痛い。無意識に顔がちゃんとあるのかどうか、右手を動かす。するりと布、布団の感触を確かめながら右側の顔を触る。顔は流石にある、指先に感じるこれは……恐らく包帯だろう。痛みに耐えつつ上体を起こす、白く柔らかい掛け布団がするりと体から滑り落ちる。

どうやら、布団に寝かされていたようだ。

「が、ガウル」

 左へ顔を向けると、トルピーの姿があった。

白キツネのトルピー、フォクシイの弟で髪は白く両耳も白い、黄色い眼をして尻尾も白い。そして何故か子供の姿に違和感があった。右の人差し指でトルピーを指さす。

「お前はなんで子供なんだ?」

 急にトルピーが俺に抱き着いて来る。白い尻尾をグルグル回し続け、頭を擦りつけてくる。

「会いたかったよガウル!」

 どうも、質問できる状態にない。俺は呆れながらトルピーの頭を撫でる。

「それで」

 半ば強引にトルピーを離し、再びトルピーに指をさす。

「なんで子供なんだ?」

「それは……分からないよ。そもそもガウルも子供になってるし」

「この体は俺の体じゃない」

「ぼ、僕も……あんまり言いたくないんだけど。お爺ちゃんになって老衰で……」

「死んだのか?」

「た、たぶん……姉さんが先に亡くなってから、その後僕はひとりで……」

 トルピーの両耳がペタンとなる。

「皆死んだ?」

 俺は自分の生涯を思い出そうとする。すると、やはり記憶がかき消されていく。記憶の手助けにトルピーの顔をしっかり見る。

「お前……俺におもちゃを渡したよな」

「おもちゃ?」

「何かのおもちゃだ。それを俺に渡して、俺はお前の頭を撫でたんだ」

 トルピーは首を横に振る。

「ごめん、思い出せないよ」

 俺は右手で頭を掻く。

「なぜ思い出せないんだろう?」

 強烈な頭痛は起きず、俺が見せたくなかった記憶……それはなんだ? 頭を何かで殴られたせいか? 記憶の欠落が酷い。

「トルピー、俺は死んだのか?」

「知らないよそんなこと! ガウルは!」

 トルピーが怒鳴り声をあげたと思えば、口を閉ざして顔に影を見せる。何か知ってはいるのだろうが、それを口にしたくないのだろう。前の俺なら言を吐き出させるところ。今は何故か友を案じることができる。

「分かった。ただし、俺がこうなる直前に何があったか教えてくれ」

「それなら……ガウルが、僕が杖を隠していることを知って。怖かった僕はガウルを案内したんだ。そしたらガウルが怒って……それを見た姉さんが蛇の尻尾でこう」

 とルプーは右手を勢いよく横に薙ぎる。

「ぶん殴ったということだな?」

「うん」

 話を聞いて頭が思考が追いつかない。


 老衰で死んだトルピーが子供になって生きている。

 フォクシイは確か、重度の肺炎で死に白い大蛇になっている。

 ついでに言えば、俺が子供の体を乗っ取る形になっている。


「この状況を説明できる奴はいないのか?」

「ここにいるわよ」

 怖い白キツネ……体格がしっかりしているフォクシイが、手に持った黒い塊を俺に投げて来る。三つの丸い塊、まんじゅうみたいな形をした大きい黒い塊が、掛布団の上に落ちる。

「これはなんだ?」

「ポテト三兄弟よ」

「は?」

 いちどフォクシイを見上げ、黒い塊に顔を戻す。見えないところから、縦長に丸い黄色の眼がふたつ。全ての黒い塊に現れる。俺は咄嗟に布団から逃げだす。

「なんだこれ!」

「だから、ポテト三兄弟」

「ポルテです」

「テルトです」

「トルポです」

「さ……三人合わせて」

「黙れ」

 フォクシイがポテト三兄弟? を睨みつける。相変わらず眼つきが悪い。鋭いと言い変えておくか、後が怖い。

「はい。黙ります」

「話せ」

「はい。話します。えっと」

「ちょっと待て! 説明しろなんだこれは!」

「だからポテト」

「はいそうですか、で通る訳がないだろ!」

「黙って聞け」

 相変わらず説明が下手な奴だな。

「ぼ……僕たちは輪廻を照らす三光の道標」

「廻る器を照らして」

「器を光に導く道標」

 俺は右手で必死に頭を掻く。意味が分からん!

 急に黒い塊たち、ポテト三兄弟が涙を川のように流し始める。

「僕たち何も悪いことしてないのに追放された」

「器をしかと廻そうとしたのに追放された」

「彷徨っていて店長に拾われた」

「店長?」

 ポテト三兄弟の黄色い縦丸の眼が、フォクシイを見上げる。

「店長……お前が店長!」

 フォクシイが俺を睨みつける。

「私が店を経営して何が悪い?」

「人を殴るか蹴るしか能のないお前が?」

 フォクシイが俺に近づいてくると同時に、トルピーがフォクシイの片膝に抱きつく。

「駄目だよ姉さん」

 フォクシイの足は止まる。弟の言うことだけ聞く。ふと、フォクシイの面影にダンネを思い出す。

「そうだ。ダンネはどうした?」

「事情を全部吐き出させて」

「お前!」

「何もしてないわよ! 事情を聞いて杖を先に届けに行って貰ったの! ここのことは一切口外しないことを条件にね」

「そうか……それで。ポテト三兄弟がなんだって?」

「そ、その……逸脱した器を見つけた」

「そいつは黒いネコだった」

「だから器を元の場所に戻そうとした」

 黒いネコ、ニャーのことか。

「そ! そしたら! 黒いネコとオオカミが喧嘩を始めた!」

「オオカミには器がふたつあった!」

「だから確認しようとした!」

 俺は眉間に皺を寄せる。それを覚えていないからだ。

「器のひとつが」

「待て!」

「はい。待ちます」

 俺はドロップの杖を探そうと脱衣所を探し、果たし状を見つけ観光地図に書かれている案内に従って……そうだ。川に架かる橋を渡り、木陰でシウェルと話し、雪の山からポテト三兄弟が飛び出して……何かをして、あぜ道を戻り、ニャーに出会い、焼きまんじゅうを貰い、トルピーに杖の在りかを尋ねた。

 俺の記憶はこれで合っているはず。なのに、自分の記憶に違和感がある。俺は「何かをした」はずだ。何をした?

「続けろ」

「器のひとつにヒビが入ってた! だから治した!」

「クロネコとオオカミが喧嘩を始めた!」

「だから僕らは必死に止めた!」

 思い出した。そうだ、俺とニャーは、ふとしたことで喧嘩になったんだ。ニャーの奴、得体の知れない魔力なんか使って俺を攻撃し始めた。それでなんで俺はひとり、雪の上で取り残されていたんだ?

「俺をなんで皆置いて行ったんだ?」

「あまり動かしたくなかった」

「ふたつの器がひとつになった」

「もうひとりのガウルは消えてないよ」

 そうか「ガウル」は消えていないのか。思えば母さんのことも、ドロップとダンネと出会ったこともしっかり覚えている。俺は「ガウル」だ。そうだ「ガウル」だ。それでなお強い違和感がある。外へ繋がる障子戸のように、紙一重で思い出せない。

「俺は」

 急にフォクシイの手が俺の右肩を掴む。

「今は休んで。殴って悪かったわね」

 その言葉に俺は顔の痛みを思い出す。とりあえず、暖かい布団へ戻ろうと畳の上を四つん這いで進む。布団に入ると温もりがまだ残っている。ゆっくり仰向けになりトルピーが掛布団を動かしてくれる。

「お前、重度の肺炎で死んだんだってな」

「そうね」

「俺の最後を覚えているか?」

 トルピーの記憶もフォクシイの記憶も思い出せる。その記憶は焼き消えない。記憶を焼き尽くす火は起こらず、ただただ何も思い出せない。多少の混乱もあり睡魔がそっとやってきた。

「お茶でも淹れるわね」

 フォクシイの声が耳に届いて眼を瞑る。




 誰かが俺の額に触れた。俺は反射的に眼を覚まし、誰かの手を掴んでしまう。

「痛い!」

 ダンネの声がして、すぐに手を離す。

「悪い」

 俺を睨むダンネの隣に、ドロップが杖を持って座っている。

「起きたのか」

「うん。ごめんね、僕気分が」

「いいさ。気にするな」

 ドロップが戻ったのならば充分だ。

「ニャ……ニャ……」

 ニャーニャーうるさい鳴き声を聞いて、障子戸に顔を向ける。黒い両耳がペタンとした、赤い眼をしたクロネコが俺を覗いては隠れている。

「お前、よくも魔力で俺を叩いたな」

「ニャ……ニャーが悪かったニャ。ごめんニャ」

 ニャーの謝罪に嘘はない、少し珍しく感じた。そして、俺はなぜニャーと喧嘩したのかを思い出せない。

「俺とお前は何で喧嘩したんだっけか?」

「ニャーがガウルを小馬鹿にしたからガウルが……怒ったニャ! そうニャ! ガウルが怒ったニャ!」

 そんなくだらない喧嘩をしたのか。あんな人里から離れたところで。


 俺は変に真っ黒な剣を持ち。

 ドロップは癒しの力の杖を持ち。

 ニャーは訳の分からない魔力を使う。

 そうなると自然と……。


「ダンネとはここでお別れだな」

「ど、どうしてよ!」

「何が起こるか分からないし危ないだろ。ダンネは不思議な力を何も持っていないからな。この先、頭が良いだけじゃ話にならない」

「わ、私は!」

「何ができる?」

 出来ないことは分かっている。頭の良いダンネも、俺に嫌味を言われたと思いつつ自覚をしているだろう。何がどう出てくるのか分からない。だからダンネは俺から離れるべきなんだ。

「失せろ役立たず」

 誰も俺の嘘を見破れない。だから、ダンネは怒りの眼を俺に向け、涙が落ちる前にこの場所を去っていく。その背を見ながら俺はつい両耳をペタンとしてしまう。

「ひ、酷いよガウル! あんな言い方しなくたっていいじゃないか!」

 ドロップが俺に説教を始める。ドロップもダンネに負けないぐらい怒っている。

「嘘だよ」

「嘘ってどういうこと!」

「今のは全部俺の嘘さ」

 初めて俺の嘘に気づいたドロップが、怒りの表情を下げていく。

「どうしてそんな酷い嘘をついたの?」

「知らない」

 俺は子供みたいな布団の中に隠れる。

「お茶を淹れたけど、女の子を泣かせた奴はどこのどいつだ?」

 怖い白キツネのフォクシイの声がした。面倒だな。

「ガウルだよ!」

「ガウルニャ!」

 掛布団が引き剥がされてしまう。

「何を言ったの?」

「失せろ役立たずと言った」

 それを聞いたフォクシイが、お盆に乗せたお茶を落としながら、踵を返して駆け始める。落ちた湯飲みが熱々のお茶を、ほぼ全て俺に撒き散らす。

「あっちい!」

 お茶の風味と熱に飛び起き、慌てて上着を脱いでいく。

「大丈夫ガウル!」

「大変ニャ!」

 ふたりが無意味に俺の服をはたいてくる。そこへトルピーが戻って来た。

「どうしたの?」

「フォクシイの奴! 俺にお茶を零して行きやがった!」

「大丈夫?」

「大丈夫な訳あるか!」

「ふっふっふ! ここは我々の出番だな!」

 どこからともなく声がした。

「とう!」

 黒い塊が三つ、俺にべったり引っ付いて来る。

「うわ気持ちわりい!」

 ふと熱が引いて行くのが分かる。

「お茶が美味しいございます」

「緑茶でございますな」

「温かいお茶ですな」

 どうやらポテト三兄弟が、俺にかかったお茶を吸い取ってくれたようだ。黒い塊でぷよぷよしていた形が、元のポテト三兄弟、キツネの姿になっていく。

「赤点の道標」

「三光の道標だ! その間違いだけはやめろ!」

「でも兄さん! 僕たちは赤点だよ!」

「勉強は嫌だけど、お仕事は楽しい!」

 ポテト三兄弟が俺を睨む。ちょうど得体の知れない化け物がいるんだ。色々と尋ねてみるか。

「いくつか尋ねたい」

「答えられる範囲で答えるぞ」

「なんで死んでいるはずの……トルピーやフォクシイ、たぶん俺もそうだと思うが。死んだ連中が生きている」

「そんなこと、僕たちが分かる訳ないじゃないか」

「は? 分からないのか?」

「答えられる範囲で答えるぞ」

「知らないことは知らないぞ」

「あまり難しく考えちゃ駄目だぞ」

 ドロップが「じゃ、じゃあ!」と声をあげて尋ねる。

「ぼ、僕の記憶とか」

「それも知らないぞ」

「なんでも知ってると思うな」

「意外と知らないことだらけだぞ」

 役立たずじゃねえか。いや、こいつら何か知っているはずだ。そもそも人じゃない。

 トルピーが落ちているお盆を手に、湯呑をひとつひとつ拾っていく。

「彼らに何か助言をしてあげなよ」

「それぐらいなら出来るぞ。この世は怒りに満ちている」

「怒り?」

「人が計り知れないほどの怒りに満ちている」

「だから僕たちは追放されたんだぞ」

「誰に?」

「創世の世だぞ」

「創世の世があって、初めて理が花開くんだぞ」

「創世の世が怒ってるぞ」

「なんでだ?」

「お気に入りの器が割れちゃった」

「本当は次に廻さなくちゃいけない」

「でも創世の世は器を大事に閉まった」

 俺は理解しようとして無意識に眉間に皺を寄せる。

「その……器というのはなんだ?」

「皆器を持っているぞ」

「器に魂、命という人生が盛られていく」

「それがこの世の仕組みなり」

 俺は少し背伸びをし、両手を重ね後頭部に添える。まったく理解できない。

「えーっとお……他に聞きたい奴いるか?」

 俺はドロップとニャーを眺めてしまう。

「僕らは助言をするぞ。助言だぞ。ドロップはガウルから離れちゃいけないぞ」

「僕?」

「ガウルがドロップを守る道標」

「ガウルから離れちゃいけない」

 ポテト三兄弟が、ニャーに顔を同時に向ける。

「このクロネコは特別だぞ」

「シャー!」

「でもガウルの心強い味方だぞ」

「ガウルはこのクロネコから離れちゃいけない」


 つまり……。

 俺がドロップを守り。

 ニャーが俺の心強い味方。

 ということになるのか。


「俺たちはどうしたらいい?」

「知らないぞ。何がしたい?」

 改めて問われると難しい質問だ。俺は順に思い出そうとして頭が回らない。

「ダンネ」

 俺は本物の馬鹿だ。ダンネに尋ねてもらおうとして、自ら追い払ったダンネの姿はこの場にない。

「俺はどうしたらいい?」

 小声でぼそりと呟いた。

「死の大地に備えるべき」

「死の大地?」

「創世の世が怒ってるぞ」

「生きとし生ける者、全てが死ぬぞ」

 俺はポテト三兄弟を睨みつける。いまさらりと恐ろしいことを口にしたな。

「何をどう備えろって?」

「北の大地は死の大地」

「足を踏み入れることまかりならん」

「三本柱こそ世を守りし柱なり」

「三本柱?」

「央は光の道標」

「東は友を守る盾なりて」

「西は全てを穿つ剣となる」

 王国が光の道標、共和国が友を守る盾なりて、帝国は全てを穿つ剣となる……これで合ってるのか?

「その……まず俺たちはどうすればいい?」

「ガウルは馬鹿なのか?」

「同じこと聞いてきたぞ」

「人の話はしっかり聞きなさい」

 反論できる術がねえ! 話が理解できなくてちょっと恥ずかしくなってきた!

 どうして俺は難しい話も理解出来ないのに、ダンネを突き放してしまったのか。


 失せろ役立たず。


 俺は以前にも同じことを言った記憶がどこかにある。非常に後悔した気がする。

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