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ガウル  作者: キヌミタロ
第7章 白蛇山温泉
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第48話 双剣のフォクシイ

 背中に冷たさを感じる。そして、それが雪の冷たさと知る。眼を覚ました俺は必死に俺の体をまさぐる。「なに」かが……「なに」かが抜け落ちた気がする。慌てて立ち上がり「落とし物」を必死に探す。「それ」はどこにも落ちてなく、そして「それ」が何なのか理解できず。


「ガウル?」


 それは「俺」の名前だ。「俺」の名前の響きが、俺に眼から一筋の涙を流す。訳も分からず涙を拭く。明らかに「俺」から「なに」かが抜け落ちた。思考から答えが導き出されず、頭の髪を右手で必死に掻く。周囲を見ても誰もいない。寒い雪景色の森の中、ふとした風も嫌になるほどの寒さだ。皆のところに戻ろう。見ると、雪の森に小さなあぜ道がある。このあぜ道を進めば、川に架かった橋がある。そこまでいけば暖かいはず。軽い小走りで駆けて、すぐに足を止めて振り返る。嫌な寒さが体を切る。なのに、それなのに何か見落としが無いかと探してしまう。ふと、真っ白な雪に場違いな紐、その先端が見える。その先端を凝視しながらしゃがみ手を伸ばす。握りつぶされた紙の玉。ゆっくり広げていくと小さな冊子の本になった。

「星空のガウル」

 中身を覗くと汚い字で、物語が進んでいく。

 それをもういちど見て、もういちど握り潰そうとしたが……堪えることが出来た。星空のガウル持つ両手が震え、込み上げる怒りを両眼を瞑り耐える。吸う息吐く息を整えて、そっと両眼を開ける。少々の腹立たしさはある。なのに何故嫌なほど清々しい気分を味わっている。俺は自分の胸に右手を置き、軽く指を食いこませていく。

 明らかに何かが欠けている……何が欠けた?




 考えながら歩いていると、白蛇山温泉街まで戻る。焼きまんじゅう屋の前まで戻る。道の真ん中に立つ灯篭の灯が、痛いほどの温もりを与えてくる。

「ガウル。焼きまんじゅう上げるニャ」

 ニャーの声がして振り返る。黒い両耳がペタンとなっている。そして、両手に持った串に刺さった焼きまんじゅう。その一本を俺に渡して来る。焦し甘い香りに食欲をそそられ、俺は何も言わずに焼きまんじゅうを手にする。ニャーの両耳を見つめながら、焼きまんじゅうを口にする。

「うん! 美味いなこれ!」

 口の中に広がる香りと甘みを味わいつつ、一緒に焼きまんじゅうを食べ続けるニャーが、とてつもなく落ち込んでいることは分かる。

「何かあったのか?」

「ニャ!」

 ニャーは赤い眼を俺から逸らす。

「な、何も無かったニャ」

「そうか。まあいいや、ドロップの杖を取り戻しに行くぞ」

「どこにあるのか知ってるニャ?」

「受付の白キツネが何か知っている。ほら行くぞ」

「つ、付いて行くニャア!」

 焼きまんじゅうを食べながら歩く。五階建ての綺麗な白い壁、丸い窓が見える温泉宿、正面口に入る前に残りの焼きまんじゅうを全て口に葬り。味わいながら正面口を越える。ちょうど受付に白キツネが立っていた。

「杖は」

「杖のありかを知ってるな?」

 俺は白キツネを睨む。

「なんのこ」

「とぼけるな。いまかなり腹が立っている。あと、このゴミどこに捨てたらいい?」

 俺は串を見せる。

「あーそれは……こちらのゴミ箱にどうぞ」

 受付の後ろから小さな籠を出され、俺とニャーは串をゴミ箱に捨てる。

「じゃあその……ついてきて」

 白キツネがゴミ箱を手にしたまま、受付から歩きはじめる。俺は振り返りニャーに指をさす。

「お前の様子がおかしいのも後で話を聞く。部屋に戻って黙って待て」

「わ、分かったニャ!」

 ニャーは廊下を駆けていく。白キツネが待っていたので、顎を動かして「行け」とせかす。白キツネは歩いて行く。

「どうしてドロップの杖を盗んだ?」

「ぬ、盗んでないよ。ただその……この杖は危ないから隠しておいてと頼まれて」

「誰に?」

「そ、それは……」

「おい」

 俺は白キツネの肩を掴んで、こちらを向かせる。白キツネは怯えていた。

「答えろ、ドロップが変になってんだ」

「ポ……ポテトの兄弟が、杖を隠しておいてって」

 白キツネを突き放し、俺はまた顎を動かす。宿の外に出て、壁伝いに歩く。宿の裏に回るとそこは森。道なき道を進めば、岩肌にぽっかりと空いた大穴にたどり着く。

「ガウル!」

 ダンネの声が聞こえて森の茂みを見る。浴衣から私服に戻っているダンネが姿を現した。こんなときに。

「この穴の中、なんか怪しいかもしれない。ところでなんで受付の人と一緒なの?」

「こいつがドロップの杖を隠した張本人だ」

「え?」

 ダンネが白キツネに顔を向ける。

「あなたが?」

「うん、ごめんね」

 白キツネはゴミ箱を外に置く。

「杖はこの中だよ、ついてきて」

 白キツネが暗闇の洞窟を進んでいく。俺も続こうとしてダンネが俺の腕を掴む。

「罠じゃないの?」

「罠じゃないよ。ついてきて、洞窟の中に家があるんだ。そのほうがいいって」

 俺はダンネの手を振り払い、白キツネを睨む。

「誰が?」

「姉さんが……そのほうがいいって」

 白キツネが暗闇の先を行き、俺とダンネは後に続く。流石に暗すぎて壁に手を突く。冷たい岩が少し滑り、苔の感触が少し気持ち悪い。陽の光も当たらず、灯篭の灯もない洞窟、外から吹いて来る風が強烈に寒い。後ろを歩くダンネが気になり、歩きながら背後を見る。

「大丈夫か?」

「え? うん、大丈夫」

 ダンネの返事を聞いて、また正面に向き直る。歩き続けていると奥に明かりが見える。

「あそこだよ。暗いから気をつけてね」

 白キツネをの後を追い、奥の異様な空間にたどり着く。洞窟の中に家がある。石の塀が立てられ、しっかり作られた木製の門。二機建ての家に瓦屋根。白蛇山温泉にあった灯篭がひとつ、温もりの光と明るさを提供している。洞窟の中にいて充分に明るい。

「ここが僕の家だよ。杖は家の中にあるんだ」

「持ってこい」

「うん」

 白キツネが家へと歩いて行く。俺は両腕を組んで白キツネを睨み続ける。これでドロップが元に戻れば、ひとまずは安心だろう。ダンネが俺の前に姿を現し、後ろ歩きで少し距離を取りながら俺を見ている。

「なんだ?」

「もうひとりのガウルのほうかなって」

「もうひとり?」


 その言葉に俺は思い出す。そうだ「ガウル」が消えている。


 仕組みは分からない。ふたりでひとつの体、意識も記憶も体験も、全て同一人物として共有されていた。俺の清々しく、ぽっかりと空いた穴に「ガウル」はいた。俺はおそるおそろる封じた記憶「片方」に共有したくない記憶をそっと開ける……強烈な頭痛は起きず、凄惨な記憶が画となって思い出せてしまう。俺は両手で頭を抱える。

「大丈夫ガウル?」

「見られた」

「え?」

 封じたいた、強引に俺自身が閉ざしていた記憶を「片方」に見られてしまった。それは子供に見せて耐えらえれる記憶ではない。俺に何があった? なぜ俺が残っている? 


 ひとりでひとつの体になっている。


 そんなことは当たり前だ。当たり前なのに「ガウル」が消えている。本来の体の持ち主である「ガウル」が消えている。

「消えた」

「何が消えたの?」

「ガウルが消えた」

 ダンネが眉間に皺を寄せる。

「その……どっちかのガウルが?」

「この体の持ち主が……消えている」

「それはだから」

「いや実際には全て覚えている。覚えているが……「僕」が確実に消えている」

「それって……子供の」

「そうだ! 元いたガウルが消えている!」

 落としたとか、見落としたとか、何か忘れているという話ではない! 子供の「ガウル」が消えいてる! この体の持ち主であるガウルが消えている! なぜだ!

「本当にごめん、杖を持って」

 白キツネがドロップの杖を両手に持ち戻って来る。俺は反射的に白キツネに飛び掛かってしまう。

「ガウル!」

 地面に押し倒し、白キツネの胸倉を掴み引き寄せる。

「どうして杖を隠した! お前のせいでガウルが消えた!」

「ガウル?」

「この体の持ち主であるガウルが消えたぞ! 答えろ!」

 白キツネは震え怯えている。

「ぼ、僕は杖が危ないからって」

 俺はこの白キツネに見覚えがあった、以前は記憶が焼き消され思い出すことが出来なかった。なのに今はしっかりと思い出せてしまう。


 それは過去の出来ことだ。

小さな白キツネが俺に何かおもちゃを見せてくる。俺は右手を伸ばして白キツネの頭を上から撫でる。白キツネは嬉しそうに無邪気な笑顔を見せる。そして俺は白キツネにこう言った。


「答えろトルピー! 返答次第でお前を殴り殺す!」

 俺は立ちあがり……白キツネ。トルピーの胸倉を引き上げ強引に立たせる。トルピーは俺を見ながら涙を流し始める。

「ガウル……ガウルなの?」

「答えろトルピー!」

 俺は握り拳を上げる、それをダンネが両手で抑えに来る。

「落ち着いてガウル!」

「邪魔だ!」

 俺は強引に右腕を振るいダンネを地面に落とす。そして、握り拳をトルピーに放とうとする。

「姉さん駄目だ!」

 トルピーの顔が、俺の右へ動く。咄嗟に顔を向けた瞬間、視界に影が映り顔面に強烈な一撃を貰う。意識が一瞬だけ飛び、強烈な耳鳴りと激痛が俺を襲う。歯が数本折られたか、口の中に何か転がっている。同時に濃い鉄の味が広がって来る。俺の顔はあるのだろうか? そっと右手で顔を触れば、あるにはあるが痺れて感覚がない。

「ガウル!」

 ダンネの声が聞こえ、かろうじて意識を取り戻す。気づけば地面に倒れていた。

「ガウル?」

 どこかで聞いた声が聞こえ、左眼だけを開ける。巨大な白蛇がそこにいた。俺を飲み込もうと思えばひと口で飲み込める顔の大きさに口、鋭い黄色い眼光が俺とダンネを見下し、嫌でも白い鱗の切れ目が無数に見える。トルピーがその白蛇に抱き着こうとした。俺が瞬きをしている間に、巨大な白蛇が背の高い白いキツネへと変貌していた。肩下まで伸びた白い髪、頭上にそびえる白いふたつ耳。尻尾はキツネにして堂々としており。腰の両脇に提げらえている双剣は今も健在か。鍛えられた肉体は、服の上からでも分かる体格が厚みを帯びている。

トルピーが背の高い白キツネに飛びつく。俺はそれを見てつい笑ってしまう。

「懐かしいな」

「駄目だよ姉さん! ガウルだよ!」

「ガウル?」

 怖い白キツネが、倒れている俺の胸倉を掴んで軽々と持ち上げる。

「ひとつだけ答えて。返事次第で殴り殺してあげる」

ダンネが「駄目!」と必死に叫ぶが、怖い白キツネはダンネを見下す。

「お前は黙ってろ」

「少しは子供に優しくしたらどうだ……」

 怖い白キツネが俺を揺する。

「私の弟を殴り殺そうとしたのだから、それ相応に報いは受けて然るべき。あなたがガウルと名乗るなら、ガウルは一度だけ私に何か物をくれたわね。それはなに? 間違えた瞬間に」

「白い蛇の首飾り」

 いまだ朦朧とする意識の中、フォクシイに上げたのは白い蛇の首飾りだ。俺はゆっくりと降ろされていくのを感じる。そして足の感触からして地面に降ろされたのだろう。

「お前も産まれた日を知らないから……俺が勝手に誕生日を決めた。ついでに安いガラクタの白蛇の首飾りをお前に渡した。ここいたのかフォクシイ」

「フォクシイって……この人が?」

「いずれ……いずれあなたも姿を現すとは長年思っていた。私はあなたに会いたくなかった、二度とあなたに会いたくなかった! どうしてまた私の前に現れたの!」

「俺は……俺に関する全てを消せと言ったはずだ」

 ポケットから、いちど握り潰された星空のガウルを取り出す。

「そ、それは僕が書いたんだ」

 これを書いたのはトルピーだったか。どうりで字が汚い訳だ。

「よし、今から俺はお前を殴り殺すぞ」

「あなたどうして」

「僕は悪くないよ! ガウルがおかしいんだ! ガウルは何も悪いことしてないじゃないか! なのにどうしてガウルを消さなくちゃいけないんだ!」

「落ち着きなさいトルピー」

「皆が頭がおかしいんだ! どうして皆ガウルの言うことを聞いたの!」

 俺は息を吸い込んで「やめろ!」と今できうる限りの大声を出す。

「せ、説明はするから……ひとまず俺の心配を……」

 俺は気を失った。

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