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ガウル  作者: キヌミタロ
第7章 白蛇山温泉
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第47話 三光の道標

 温泉に浸かり上がった僕はまったりしている。そしてまた綺麗に心が現れた気がする。気を取り直してドロップの杖を探そう。ゆったりした浴衣に着替えながら、籠の中に握りつぶした紙玉と果てた星空のガウル。括っていた紐が虚しく緩み伸びている。その紙玉を手に取り、少しの憎しみ噛み締めるも理性が勝る。僕は両腕を考えやや上を見上げる。僕は大丈夫なのだろうか? とりあえず、休憩出来たし一度ドロップの様子でも見に行こう。念の為に脱衣所をもういちど探そう。流石に籠の中にある訳ないか。籠を引いては戻すしを何も考えずに行う。すると一枚の紙を見つけた。確かこの籠は……ニャーが浴衣を入れていた籠だったと思う。僕は紙を手にする。表面には堂々と「果たし状」と書かれていた。

 でも、何も書かれていない。紙を裏表しても何も書いていない。よく見ると、裏が開くようになっている。開いていくと中にまた紙がある。折り畳まれている紙を横に広げる。


「逸脱した器よ、原初の光を吸いし杖、返して欲しくば、取りに来い」


 書いてあることが難しくて、よく分からない。でも、原初の光を吸った杖。これはドロップの杖だろう。どこに取りに行けばいいのか。紙をクルっと回すと地図が書かれていた。かなり詳細に書かれている地図だ。上部中央に「白蛇山温泉街観光地図」と書かれている。僕は……地図を裏表なんども反転させる。たぶん、観光地図の裏に書いたんだと思う。返してもらえるならドロップの杖を取りに行こう。僕は自分の着ている浴衣を引っ張る。それと着替えよう。




 部屋に戻ると、布団に寝かされたドロップが、仰向けになり天井を眺めている。その横でダンネのママとパパが様子を見ている。ドロップに近づくと、虚ろな眼で僕を見る。

「僕の杖……あった?」

「無いよ」

「そっか……はあ……」

 ドロップはゆっくり眼を閉じた。

「ドロップ?」

「実はさっきからこの調子なんだ。医者に診てもらったけど、のぼせたんじゃないかって」

 お風呂にのぼせたのか、杖が無くなったからなのか。地図の場所へ行くため、僕は浴衣を脱いで元の服に着替える。灰色の服を上に着て、黒いズボンをしっかりと履く。そしてポッケに紙玉となった星空のガウルをポッケに入れる。

「僕、外探して来る」

「気をつけて行ってくるんだよ。ハスタ」

 ダンネのママが立ちあがりどこかへ部屋を出ていく。僕も後を追うように部屋を出る。ダンネのママの尻尾がもう廊下の奥に見える。僕とは別の用事だろうか、僕は宿の正面入り口に向かう。受付にいる、白いキツネの子が知らない人を笑顔で案内している。僕は気にされていないのに、気づかれない内にと思い、下駄箱から自分の靴を取り出す。靴を履いて外に出て何故かため息が漏れる。詳細な地図を見ながら僕は歩きはじめる。焼き漫遊屋さんの横、小さなあぜ道が奥へ続き、冷え切った川の流れに架けられた橋を渡る。

 すると、急激に雪の寒さを感じて驚く。同時に辺りに複数の気配を感じる。僕は近くの幹に寄り掛かりながら地図を見る。その木陰からシウェルが片手に、棒に刺さった焼きまんじゅうを食べながら現れる。

「来てたんだ」

「勿論よ、私とハリスもカーリー連れて休暇中。折角だしね」

「この先、ちょっと危ないかもしれない」

「あら怖い」

「皆も休ませてあげてよ」

「それはどういう」

 僕はシウェルを見上げる。彼女は笑顔で焼きまんじゅうを食べている。

「下がれと言っている」

 シウェルは僕を見下ろしながら笑顔で焼きまんじゅうを食べている。

「いいでしょう。ただし」

 シウェルは口にした焼きまんじゅうを飲み込み。僕を睨む。

「終わったことだけを教えて頂戴。それぐらい出来るでしょ?」

「うん。分かった」

 シウェル、カーリーのママは笑顔になる。

「良い子ね。何するか分からないけど、気をつけてね」

 カーリーのママが焼きまんじゅうの串を軽く左右に振る、周囲から気配が消えて行った。

「あ、そうだ」

「ドロップの杖は探してるわ。安心して行ってらっしゃい」

 カーリーのママは橋を渡り帰っていく。僕はそんなカーリーのママの背後を睨んでしまう。カーリーが臆病なのはママのせいじゃないのか? これで地図の示した場所へ行っても大丈夫だろう。僕はあぜ道の森を進んでいく。白蛇山温泉街で見かけなかった雪景色を森に見る。そして地図を見て不安になる……合っているの? 地図の終着点は山のような画が書かれている。でも、山なんてどこにもない。あるのは森だけ。気づけばあぜ道を無くなり。ちょっと高い雪山が眼の前にある。

「フッフッフ! よくぞここまで来たな!」

 どこからともなく声がする。

「とう!」

 そこから三匹のキツネが飛び出して来た。華麗に着地する。

「黒キツネの……あれ?」

「兄さん、彼はオオカミだ。ネコじゃない」

「兄さん、籠を間違えたんじゃ」

 僕はただ瞬きをする。ポテト三兄弟だ。そして、手に持っている地図を眺め裏返す。そう言えば、ニャーの籠の中に入っていたな。

「ニャーッハッハ! ついに決戦のときは来たニャ!」

 どこからともなく声が聞こえる。ニャーなのは分かる……でも、どこにも姿がない。僕たち皆あちらこちらを見て探す。

「ここニャ!」

「うわ!」

 背後の声に驚いて、僕は体を一瞬震わす。ニャーが背後に立っていた。

「現れたな逸脱した器め!」

「誰が逸脱した器ニャ!」

「たとえ責を剥奪されようとも!」

「慈愛の光は輪廻を照らす!」

 僕はニャーとポテト三兄弟を交互に見る。たぶん、僕は呼ばれてないと思う。ちょっと怖かったけど僕は関係なさそうなので、その場から下がり始める。そんな僕をニャーが睨んで来た。

「なぜ下がるニャ!」

 僕は足を止める。

「だって僕、関係ないかなと思って」

「関係ないニャ? どこが関係ないニャ!」

 ニャーの周囲に黒い稲妻が舞い上がる。ニャーが歯を食いしばり僕に牙を見せる。

「ガウルはガウルニャ! 闘争の火をどこに置いて来たニャ!」

「闘争の火? 僕そんなの持って」

「ニャアアアアアアア! 気に入らないニャ! どいつもこいつも気にいらないニャ!」

 ……なんだ?




 俺は咄嗟に、右手に存在している黒い剣をしっかり握る。ニャーからおびただしい憎しみを感じる。小さな体に不釣り合いな量の憎しみ。そんなニャーの周囲に、ポテト三兄弟が急に現れる。素早く動いた機敏の動いたの話ではない。明らかに人の速度を凌駕していた。

「えーい! 邪魔ニャ!」

 ニャーが右腕を振るとポテト三兄弟を三方向に吹き飛ばす。三兄弟は無事に着地をする。

「このネコ強いぞ!」

「兄さん! 強すぎるよ!」

「僕たちにどうにかできるの?」

 ポテト三兄弟の言葉を余所に、両耳を横にし赤い眼をしたニャー、黒い稲妻を自らの周囲に巡らせた状態で、僕の眼前に瞬時に現れた。そして僕の両腕を掴む。

「ガウルはガウルニャ! 戦ってこそのガウルニャ!」

「お……俺は別に」

「封じた記憶をこじ開けるニャ! 闘争の火をたぎらせることこそガウルニャ!」

 俺は夢から覚めた様な感覚に襲われる。寝ていたことに気づかず起きたような感覚。

「どうして……どうしてそれをお前が知っている!」

「知っているに決まってるニャ! 誰のせいでこうなったと思ってるニャ!」

「なんだと!」

 急に辺りが明るくなる。ニャーが僕を雪の上に放り投げ。飛んできた光の球体を三つを黒い稲妻が絡めとる。黒い稲妻は三つの球体を握り潰し、小さな光の粒子が消えていく。

「これは大変だ」

「すごいねこの器」

「もうしょうがないと思う」

 ポテト三兄弟が何か話しているかと思えば、ニャーに駆けだして来る。三人のキツネの体が崩れ大きく変形していく。キツネの仮面を被った四つ足の獣……キツネと同じ耳と尻尾をした獣がニャーへ突撃していく。

「人が話してるとき邪魔するニャ!」

 ニャーが両手をパン! と叩く。離した両手には小さな糸状の何かが小さく動いている。ニャーがそれに口を近づけ息を吹きかける。黒く細い糸が太さを増していき、巨大な竜巻へと変貌する。周囲の大木を雪を巻き込みながら。四つ足のポテト三兄弟も飲まれていく。

「ぎゃああああ!」と、三兄弟は竜巻と共に空へと上がっていく。それを見送ったニャーがまた俺に近づいて来る。俺は咄嗟に黒い剣を構えてしまう。

「戦うニャガウル! ガウルは戦ってこそガウルニャ!」

「さっきからお前は何を言ってるんだ!」

 ニャーの力に怯え、ポテト三兄弟の正体も分からず、ニャーが理解できないことを口にする。これで混乱していないほうがおかしい。

「いっそのこと子供のガウルを食い屈せばいいニャ!」

「はあ?」

「そうすれば元の闘争のガウルに戻れるニャ!」

 俺は黒い剣をゆっくりと降ろす。

「お前はなぜ俺の記憶を知っている!」

「ニャーはその体が欲しいのニャ! ガウルの体が欲しいのニャ! その中にいるふたつの器に興味ないニャ!」

「さっきから何を言っている!」

 ニャーが急に喋らなくなった……動かなくなった?

「ひとつの体にふたつの器?」

 気づけば、キツネの仮面をつけた、四つ足の獣が俺を取り囲んでいる。状況が飲み込めない俺は黒い剣だけはしっかり握る。キツネたちの仮面、その額に赤い眼がひとつ現れる。

「答えよ、名前は?」

 一匹が尋ねてくる。

「が、ガウル」

「答えよ、名前は?」

 また一匹が尋ねてくる。

「だからガウルだと言ってるだろ!」

「ふたりに問う、名を示せ」




「だから僕はガウルだって!」

 「僕」は大声で名を叫ぶ。そして辺りが真っ暗になっている。急に夜になった……違う、夜じゃない、本当に真っ暗なんだ。「僕」は不安になって暗闇を見る。急に熱さを感じて振り返る。暗闇なのにしっかりと見える。

 真っ赤に染まった……本当に真っ赤に染まった「誰」かが四つん這いになり、頭を赤黒い地面につけている。赤黒い池は沸騰でもしているのか、泡が静かに浮き出ては破裂していく。強烈な臭いが「僕」の鼻に届く。「僕」はそんな臭い知るはずが無いんだ。なのに、それが血の臭いだと気づいてしまう。「僕」は後ろへ下がりながら。だれ? と口を動かした。なのに声が音として前に放たれなかった。なのに「誰」かはゆっくりと「僕」に顔を上げた。「僕」よりも体が大きく「僕」よりも背の高い大人な人なのに。血に真っ赤に染まった「僕」の顔をしているんだ。まるで鏡に映った「自分」を見ているような、なのにこの鏡は割れてくれない。「僕」はいま「自分」の眼を通して「自分」を見てしまった。

 暗闇から、巨大なランタンが現れる。それを持つのは巨大で大きな骨の手だ。金色で硝子が張られたその中に、眩しいながら優しい光が周囲を照らす「僕たち」はそのランタンに温もりを感じている。なのにランタンが揺れ始め硝子にヒビが入る。駄目だよ! そう口を動かしても声にならない。巨大なランタンが崩壊し、巨大な骨の手が暗闇へ消えていく。中の光が崩壊し、周囲に強烈な眩しさを放ち、光は暗闇へと消えていく。

 僕は全身を震わせる。間違いなく「僕」が割ってしまったんだ。真っ赤に染まった「僕」の顔が、今度は「僕」を壊そうと眼を向ける。

「僕」は「僕」から逃げるようにして暗闇を駆けていく。全速力で駆けているのに、足音も息遣いも聞こえない。なのに「僕」の背後から、血の足音が聞こえてくる。服にべっとり染み込んだ、靴に染み込んだ血を靴から垂らしながら、沸騰した血を踏みつける音が「僕」に近づいて来る。背後を確認しようと、体を少し捻った瞬間に右足が左足に激突する。両手を前に、体を庇いながら転んでしまう。そんな「僕」の右足を、真っ赤に染まった「僕」痛いほど力強く握る。沸騰した血の池に落とそうと、力強く「僕」が「僕」を引きずっていく。何も出来ず震えていると。


 ポン!


 聞きなれない音が耳に届く。何かが飛んできたのか、真っ赤に染まる「僕」の腕。「僕」の右足を掴む腕が千切れ、暗闇の底に横たわる。真っ赤に染まった「僕」が、音のするほうへ顔を向ける。もの凄い速さで駆けて行き、「僕」は震えながら立ちあがる。どこからともなく温もりを感じて、慌てて振り返る。遠くの光に気づいて「僕」は必死に光へ逃げていく。


 遠くの背後から悲痛で凶悪な叫びが聞こえてくる。


 それは「僕」の声より遥かに低い声。それでもそれが「僕」の声だと気づいてしまう。あまりの恐怖に涙する。狂った「僕」が暴れてる! 憎しみや怒り、度を越えた殺意を無制限に撒き散らし暴れている! 誰か助けて! 大声を叫んだはずなのに「僕」の声だだけ聞こえない! 音に乗って誰の耳にも届かない! 「僕」は必死に逃げ続ける。光の下へたどりつく。巨大な骨の手が、金色のランタンを手にしている。さらに奥へ光を見る。足を止めることなく次の光へ駆けていく。

 通り過ぎたばかりなのに、背後から光が周囲を激しく照らし消えていく。黒い地面に、沸騰した赤黒い血が流れ始める。それに火が点き、周囲を明るく照らしてしまう。沸騰した赤黒く、燃えた血の地面にひとつ、またひとつと人の骨が浮き上がる。数は次第に増していき、浮かび上がった人の骨の下から、また人の骨が浮かび上がってくる。背後からまた、血を弾く足音、骨を蹴散らす音が「僕」を追いかけて来る。

 最後の光にたどり着いたと同時に、巨大なランタンが光と共に弾け飛ぶ。それを見た「僕」は両足をゆっくりと止めてしまう。熱く燃える沸騰した血の池に両膝を着いてしまう。血はすぐに、「僕」の服を染めていく。


服のみならず体も心も血に染めていく無数の叫びが「僕」を真っ赤に染めて行くそれでも止まることなく「僕」は真っ赤に染まっていく。


「僕」の何かが折れた気がした。いや、正確には……「僕」の心は折れていたんだ。

 全身が真っ赤に染まっていく。それが「誰」の血なのかも分からずに。だから「僕」はそっと左手で右手をさすった。気づけば「僕」を追いかけていた「僕」の足音は聞こえない。そんなこと当たり前だ。


 「僕」の足音は「ひとつ」なのだから。


 お前たちは何をした? 「ガウル」に触れるな。


 知らない人の声がした。振り返ると眩しい光に飲み込まれる。

 僕は左手で右手をそっと握りしめた。

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