第44話 白蛇山温泉街
ジャガイモ見えないポテト農場を抜けて山道入る。周囲はかなりの積雪なのに、道はしっかり土が剥き出しになっている。ほぼ真っすぐな山道を歩いて行く。道に沿った緩やかな川が心地よい水音を出している。ダンネが川を指さす。
「間違えても川に落ちないで、寒さで凍え死んじゃうから」
「うん分かった」
「危ないニャ」
「怖いね」
心地よい川の音が一瞬で死の淵に変わった。
その道を進んでいくと、思ったよりキツネの人たちとすれ違う。皆ダンネのパパに気づいて挨拶していく。そして横に広く真っすぐに長い階段が現れる。真ん中には木製の手すりがついている。
ダンネのパパが階段の上を指さす。
「この上が白蛇山温泉街だよ」
「ニャーが一番だニャ!」
ニャーが一足先に駆けあがっていく。
「待って!」
それをダンネが追いかける。僕とドロップも階段を駆け上がって追いかける。階段を昇り終えると街がひとつ姿を現した。土の道、中央に灯篭に火が灯りそれが等間隔に並んでいる。道の両脇に見慣れない屋根の建物、ほぼ全ての建物が正面を大きく開いている。久々の暖かさを感じると共に雪がどこにも積もっていない。そんな街並みをキツネたちが楽しそうに歩いている。皆が知らない服を着て、ひとりで街を回っているキツネや家族で回っているキツネなどなど賑わいがある。
「美味しそうな匂いがするニャ!」
ニャーがひとりでに歩くので僕たちは追いかける。すれ違う人々がニャーに気づいて顔を向ける。やっぱりネコが珍しいんだ。
「ママ見てえ」
「こら! 指をさしちゃいけません!」
知らない子供がお母さんに怒られていた。
「ここニャ!」
確かにすごい良い匂いがするちょっと焦げ臭い気もするけど。キツネの人が平べったいもので何かを仰いでいる。
「買って行くかい?」
「これなんニャ?」
「こりゃあ……変わったお客さんだな」
「これはなんニャ!」
「ああ悪い! 焼きトウモロコシだよ。醤油を塗ってトウモロコシを焼いてるだけさ」
背後からダンネのパパとママがやってくる。
「じゃあ四本頂戴」
「おや! 誰かと思えば領主様で! 四本ですね、子供に渡しても」
「お願い」
お店の人が僕たちに焼きトウモロコシを渡して来る。ちょっと重い。ニャーは早速噛りつこうとして、熱さに気づいたのか両耳を横にして睨みつけながら息を吹きかけ冷まし始める。僕はそこまで気にならないので焼きトウモロコシを口にする。すごい美味しい!
「いくらだい?」
「領主様からお金取っちゃいけないよ」
「それがハリスにバレたらどうなると思う?」
「そいつは大変だ! でもまけさせてくれよ。五百フォック貰おうか」
「はい」
「毎度」
「最近どうだいここは?」
「変わりないですね。特に困ったこともないですよ平和なもんで」
「それが一番だね」
「今日は泊っていくんで?」
「ああ。なんせハリスが休みをくれたのだから!」
「そりゃあ大変だ! どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとう」
「あ、ガウル。行くよ」
ダンネが僕に手を伸ばすので、僕は焼きトウモロコシを咥えながらダンネの手を睨む。唸り声をあげて焼きトウモロコシを取られないようにする。ダンネは気にすることなく。僕の腕を掴んで少し引っ張る。
「いい? 歩いて。歩くの」
僕はダンネを睨みながら焼きトウモロコシを食べ続ける。そして歩く。
「歩いたニャ」
「すごい、ダンネの言うことはちゃんと聞くんだ」
「なんかお人形みたい」
「こらこら、友達をお人形にしてはいけないよ」
「ごめんなさい」
「あれなんニャ!」
「あれは焼きまんじゅうだよ」
「ここは美味しい物が多すぎるニャ!」
「そうだね、雪解け水もあってお酒も美味しいんだ。君たちはまだ飲めないけどね」
「飲めないのニャ?」
「子供はお酒を飲んじゃいけません」
「残念ニャ」
僕は焼きとうもろこしの身の部分を食べ終える。なので残った固い部分を食べようとしたら、ダンネのママに取り上げられてしまい唸り声をあげる。
「いい? これは食べちゃ駄目なの。食べられないの」
あの固い部分は食べられないのか。僕は唸り声を止める。
「食べれないんだ」
「そう、食べちゃ駄目なの」
ダンネのママは近くに置いてあった木箱にトウモロコシを捨てる。
「それなに?」
「ゴミ箱よ。皆が道にゴミを捨てないようにね」
「ありがとうニャ!」
ニャーが焼きまんじゅうを受け取り、またそれを強烈に睨んで息を吹きかける。それにしてもここは暖かい。少し寒さは感じるけども、暖かさが勝っている。
「どうしてこんなに暖かいの?」
僕はダンネのママを見上げる。ダンネのママが道の真ん中にある灯篭を指さす。
「あの灯篭の火がその……慈愛の光で」
「また慈愛の光ニャ! なんでもアリニャ!」
「そうね確かになんでもアリね。灯篭の火が白蛇山温泉街に暖かさを提供しているの。まあその……どういう原理化知らないけどポテト三兄弟が点けて行ったのよ」
流石に僕は考える。ポテト三兄弟ってなんだろう? 考えても分からなかった。雪から飛び出してきたことしか思い出せない。
ドロップがいつの間にか焼きまんじゅうを食べている。
「この街すごい変わってますね。屋根が変な形してる」
「あれは瓦というのよ、皆が着ている服は浴衣。とっても着心地がいいの」
「へえ」
ふとダンネを見ると、ダンネまで焼きまんじゅうを食べている。皆よく食べるな。
ダンネのパパが焼きまんじゅうを指さす。
「ガウルはいるかい? 焼きまんじゅう」
僕は首を横に振る。焼きトウモロコシでお腹がいっぱい。
「それじゃあ宿をとりに行こうか。この先にある高い建物が温泉がある宿屋なんだ」
ダンネのパパが歩き、僕たちは付いていく。
僕たち皆で建物を見上げる。五階建ての建物、綺麗な壁に丸い窓が付いている。いくつかの部屋から笑い声が聞こえてくる。正面の扉は大きく開かれ中も広い。奥に庭らしきものが見える。木が一本立っている。
「ここが白蛇の宿さ。中庭が綺麗でね。皆よく泊まりに来るんだ」
ダンネのパパが中に入り僕たちも中に入る。途中まで土なのに一段上が木、床になっている。その先は広く長い廊下だ。
「ここで靴を脱ぐんだよ」
「へえ」
皆で靴を脱ぎ始める。僕の靴下に穴が開いてる。ダンネがそれに気づいて僕の靴下を見る。
「穴開いてる」
「それならここで買っていくといい。もちろん僕がお金を出すよ。靴はこっちに持ってきてね。下駄箱に入れるんだ」
皆で自分の靴を持って下駄箱という場所に向かう。中に入って左。とても大きな部屋に棚がいっぱい。そして籠がいっぱい置いてある。
「靴はこの籠の中に入れてね」
僕たちは低い籠に、ダンネのママとパパは高い位置の籠にそれぞれ靴を入れる。
「そして受付に行く」
「靴はこのままニャ?」
「そうだね、安心してくれ。ここで盗みを働くとちょっと痛いバチが当たる」
「ちょっと痛いバチ」
「うん、よく分からないけど。白蛇様の祟りとか」
ダンネのパパが歩き始めて僕たちは後に続く。
「白蛇様?」
「この山から土地を見守っている神様だよ。だから白蛇山温泉街と言うんだ」
「へえ」
白い蛇か。僕は蛇を見たことあるけど白い蛇は見たことない。下田箱の間から入口へ戻り反対方向へ進んでいく。そこにひとつのカウンターがある。その後ろで誰かがしゃがんで何かしている。
「部屋は開いてるかい?」
カウンターの向こうから白いキツネの子供がひょっこり顔を出す。
「空いてますよ。あ」
「ん?」
僕と白いキツネは眼を合わせる。どこか見覚えがある気がする。
「あーすみません! 空いてますよ! まず宿帳に皆さん名前を書いてください。届かなかったら木箱の上に乗って書いてね」
皆が順々に宿帳という紙に名前を羽ペンで記して行く。ニャーが届かないので木箱にのり名前を書いて。ダンネが書いてドロップが書いて……そして僕の番になる。
木箱の上に右足を置き、体重を右足にかけ左足も乗せる。右手をそっと開き羽ペンを軽く握って宿帳へ右手を動かす。
そして僕は名前を記す。シルケと。
気づかれないように少しだけ視線を動かしてカウンターの白キツネに意識を集中する。
「そうだよね」
白キツネは安堵の表情を浮かべていた。僕は右手に持っている羽ペンをそっと置き手を離す。乗っている木箱から左足を降ろして右足を降ろす。そして意味もなく中庭を眺める。中庭は木が一本生えており緑覆い茂る下には小さな池がひとつ。
「六名様ですね。こちらの鍵をお使いください」
「ありがとう」
俺は中庭で視界を捉えつつ、意識は完全に聴覚の声に向けている。
聞き覚えのある声、その声が耳にこだまする。ガウルガウルと呼ぶ声が、笑顔と共に現れ焼き消されていく。俺はそれが誰なのか思い出せない。しかしいまこうして現実にその声、その顔が眼の前に存在している。俺はそっと眼を閉じる。
ねえ見てガウル!
小さな白キツネが俺に何かおもちゃを見せてくる。俺は右手を伸ばして白キツネの頭を上から撫でる。白キツネは嬉しそうに無邪気な笑顔を見せる。そして俺は白キツネにこう言った。
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記憶が一気に崩壊した。強烈な頭痛が押し寄せて来る。俺は一旦思考をやめてしまう。ダンネが折角楽しみにしていたんだ。家族の団欒を邪魔するのは良くない。
「じゃあこっちが部屋だよ。ついておいで」
タリヌが歩くので皆が歩く。俺は白キツネをもういちど見ようとして体を少し回転させる。そして自ら恐怖して皆が歩く先へ逃げて行った。
「あの」
白キツネが俺に声をかけた。俺は逃げるようにして皆を追いかける。記憶の崩壊があまりにも酷い。入り乱れた視界が今みている視界とは別に映り込んでしまう。頭を撫でるようにしてそっと頭を抑える。
「ねえ」
声に驚いて咄嗟にドロップに振り向いてしまう。
「大丈夫?」
考えろ、いつもの俺はどう返事する。俺は手を降ろして無表情を貫いた。
「大丈夫だよ」
堂々とした嘘である。そして決意は固まった。星空のガウルを見つけ次第消そう。
この手でしかと握りつぶす。全ての「ガウル」を消し去るため。




