第43話 雪のポテト
誰かに頬を叩かれた。痛い。そしてもういちど叩かれる。痛い! 僕は慌てて眼を覚ます。ニャーの赤い眼が僕を見下ろしている。かなり強く叩かれた気がする。頬をさすると痛い。
「朝だニャ」
僕は起き上がりニャーに仕返ししようと身構える。するとニャーが両手を前に出し、僕とニャーはゆっくりと両手を動かして間合いを計る。そこに杖を持ったドロップがやってくる。
「何してるの?」
「ニャーが僕の頬を叩いた」
「それが起こしてあげたニャーにする構えニャ!」
「ご飯だって」
「ご飯ニャ!」
ニャーは先に食卓に向かう。僕はゆっくり両手を下げて僕も向かおうとする。
「ねえガウル」
ドロップに呼び止められて足を止める。
「なに?」
「きのうはありがとう」
僕はきのうのことを思い出そうとする。
「なんのこと?」
「ほら、僕が……ううん。なんでもないよ。ご飯にしよう」
明るい表情を見せるドロップにとても小さくため息を吐く。ドロップの悩みは子供が考える悩みじゃない……そして僕も子供のはずなんだ。とにかく朝ごはんを食べに行こう。朝ごはんが見えて僕は足を止めてしまう。山盛りの蒸したじゃがいも、皆がそれをフォークに刺して食べている。ダンネがジャガイモを食べながら僕を見る。
「どうしたの?」
「ジャガイモ」
「そうよ、この国の主食は三兄弟ポテトなの。大体みんな朝はポテトよ」
ダンネはまたフォークでジャガイモを刺す。僕も食卓に近づいて置いてあるフォークを手にしてジャガイモを刺す。やわらかい。そして口に含もうとして思い出す。
「カーリーが星空のガウルは白蛇山温泉にあるって」
僕はジャガイモを口に入れる。
「それだ! そうだ白蛇山温泉街の本棚だ! 僕はどうして思い出せなかった! 子供のとき遊びに行って……薄い冊子だ! 紐で雑に結ばれた紙だ! そこに子供が書いたような字で星空のガウルと書いてあった! 僕がそうとう幼いときだ!」
「つまり私たちは白蛇山温泉街に行けばいいの?」
「そうだよダンネ! そして話が繋がった! 建国の母はそこの温泉を気にいっていた! ガウルが口にしたフォクシイという名の手掛かりは白蛇山温泉にある! ようし皆今から行くぞ! お金の心配はしなくていい! ハリスが喜んで経費で落とすだろう!」
僕はじゃがいもを飲み込む。美味しかった。そしてもうひとつジャガイモを食べようとする。しかしダンネが僕を引きずっていく。
「僕まだじゃがいも」
「起きるのが遅いのが悪いの。行くわよ」
山盛りのジャガイモが遠のいていく。手に持ったフォークをジャガイモに真っすぐ投げ、フォークはジャガイモに突き刺さる。
ダンネの家を出てフォクシネル共和国を北へ進む。遠くに真っ白な山々が見える。そして見渡す限りの真っ白な大地。その真ん中でキツネの人々がスコップを持って雪を道の両脇に投げている。尻尾が皆モフモフしている。その内のひとりが僕たちに気づいた。
「おや、領主一家温泉に?」
「ああ、ハリスが休暇をくれてね」
「へえ! そりゃすごいや! あの金庫様が休暇くれるなんて! 折角の休み、ゆっくりしてきて下さいよ」
「すぐ戻るよ」
キツネの人がまた雪かきを始める。僕は少し変わった臭いを感じて宙を嗅ぐ。
「なんか臭い」
ダンネが両腕を広げる。
「この辺り一帯がジャガイモ農場なの。いま一生懸命雪かきしている人たちはポテト三兄弟が雇用している農家さんたち!」
「へえ」
僕たちは真っ白な大地を見渡す。
「どこにもジャガイモないニャ」
「ジャガイモは雪の下にあるのよ。三兄弟ポテトはいつも豊作なの。環境を無視した発育が可能だから、国の研究対象にもなってるの」
僕たちはダンネに顔を向ける。ドロップが杖を持ちかえる。
「すごいじゃがいもなんだね」
「あの赤点三兄弟にしか知らないコツがあるらしいの。慈愛の光を舐めるな! みたいな訳の分からないこと言ってたわ。だから光が関係しているんじゃないかと、研究者は三兄弟ポテトを日々頑張って研究してるの!」
「へえ」
「じゃがいも美味しいニャ」
「そうだよね美味しいよね」
「フッフッフ! よくぞジャガイモの美味しさに気づいた!」
どこからともなく声がする。ダンネが大きくため息を吐く。
「またか」
「とう!」
雪の積もった場所から三人のキツネが飛び出してきた。
「黒キツネのポルテ!」
「白キツネのテルト!」
「茶キツネのトルポ!」
「三人合わせて! ポテト三兄弟だ!」
「だあ!」「だあ!」
なんか飛び出して来た。三人は眼をギラギラさせている。そんな三人にダンネのパパがが微笑む。
「本当に三兄弟ポテトには助けられてるよ。ありがとう」
三人が深々と頭を下げる。
「農地を下さりありがとうございます!」
三人は顔を上げる。
「やいそこのネコ!」
「なんニャ!」
「ジャガイモは美味しかったか?」
「美味しかったニャ!」
「それは良かった! さあ僕たちと戦え!」
「シャー!」
どういう訳かポテト三兄弟は身構えニャーはゆっくりと両手を前に出す。喧嘩なのだろうか? ふと雪玉が三つポテト三兄弟の顔にそれぞれ命中する。三人は雪の上に倒れる。
「今から私たちは白蛇山温泉に行くの! 邪魔しないで! 朝から遊んでばっかりいるから赤点三兄弟なのよ!」
ポテト三兄弟は素早くダンネに近づく。驚くほど機敏に。
「誰が赤点三兄弟だ!」
「でも兄さん! 僕たちは確かに赤点だ!」
「勉強なんかしたくないもん!」
「またカーリーに言うからね! 勉強しないで遊んでたって!」
ポテト三兄弟は体を寄せ合い震え始める。
「カーリーにだけは言わないでくれ!」
「知識の人ぞ!」
「末恐ろしいぞ!」
「分かったらさっさと勉強をしに行きなさい!」
「くそう! 覚えてろよ! この美人が!」
「成績優秀!」
「運動神経抜群!」
ポテト三兄弟はダンネを褒めながら雪道を駆けていく。よく分からない三兄弟だ。ただ僕は気になったことがある。
「あの三人はカーリーが怖いの?」
「そうよ。カーリーに勉強を教えて貰っているの。私は見たこと無いけどね」
「へえ」
僕はビクビク震えているカーリーを思い出す。そのカーリーがあの三人に勉強を教えているのか……震えながら? ふとニャーがまだポテト三兄弟のかけた先を睨んでいる。僕はニャーの前で軽く手を振る。眼にも止まらぬ拳が僕の手を叩く。ちょっと痛い。ニャーが僕を睨んでくる。明らかに僕に対する敵意だ。なので僕は両手をゆっくり前に出してニャーと間合いをとりあう。そこにダンネの雪玉がふたつ、僕とニャーを貫いていく。
「冷たい!」
「何するニャ!」
「今から白蛇山温泉に行くと行ってるでしょ!」
ダンネのママとパパが笑う。
「ダンネは良いお友達を持ったね」
「そうね、友達がいることに感謝しなさい。今まで出来なかったのだから」
「ママ!」
ダンネは自分のママを睨む。僕たちはダンネを眺める。
「友達いなかったの?」
「いたもん!」
「どれぐらいニャ」
「それはその……」
「でも僕たち三人ダンネの友達だよ」
笑顔を見せるドロップにダンネの顔が明るくなる。
「それにガウルは僕たちに嘘をつかないよ」
ドロップの発言に俺は殺意を込めて睨もうとする。瞬間、ニャーが俺に抱き着いて体を大きく捻り俺を雪の上に叩きつける。
僕は驚いて真っ白な空を眺め無心で瞬きをしている。とても一瞬のことだった。
「な、なにしてるの!」
ダンネが驚きながら僕に近づいて来る。
「ニャーが抑えたニャ!」
ドロップがニャーにおそるおそる近づく。
「駄目だよ! 急に投げちゃ!」
「ニャーはドロップを守ったニャ!」
「僕何もされてないよ!」
投げ飛ばされた僕はゆっくりと起き上がる。ダンネが僕の背に手を添える。
「ねえ大丈夫?」
「うん、大丈夫」
そう言った瞬間に僕はニャーに飛び掛かる! 僕とニャーは掴みあいっ子になる!
「不意打ちとは卑怯ニャ!」
「よくも僕を投げたな!」
流石にダンネのママとパパに引き離されていく。
「こらこら急に喧嘩をしないでくれ」
「そうよ、どうしたのかしら?」
僕とニャーは睨み合う。ダンネが「こほん」と声を漏らす。
「いいふたりとも。よく聞いて。私のママとパパは普段本当に忙しいの。ママとパパと白蛇山温泉でゆっくり遊びたいし、ママとパパにゆっくり休んでもらいたいの。そのためには歩いて貰わないと困るの。いい? 歩くだけでいいの。真っすぐ、北へ、歩くだけで、いいの。それが出来ないなら私は本当に怒る」
ダンネから強烈な怒りの気配を感じる。僕は両耳をペタンとしてニャーの両耳もペタンとなる。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいニャ」
ドロップは顔を反らしていた。
「だから皆仲良く歩いて? 仲良く歩くの。できる?」
僕とニャーは同時に頷く。
「じゃあ行きましょう!」
ダンネが先頭を歩いて僕たちは後に続く。
「すごい怒られた」
「怖かったニャ」
僕は隣を歩くニャーを見る。
「何見てるニャ?」
「僕に何したの?」
「何もしてないニャ。胴ががら空きだっただけニャ」
僕はニャーの言っている意味が分からなかった。胴が空いてたから……僕は投げられたの?
「胴ががら空きだからって投げないでよ」
「がら空きだったニャ」
ドロップが僕たちの隣を歩く。
「また揉めないでよ、ダンネが怒るよ」
僕とニャーはドロップを睨む。
「揉めてないよ」
「揉めてないニャ」
「あ、うん。ごめん」
ドロップが少し後ろへ下がる。
「ところでなんで赤点三兄弟と喧嘩してるの?」
「知らないニャ! 向こうが仕掛けて来たニャ!」
「そうなの?」
「そうニャ! 何が慈愛の光ニャ! ニャーはプンプンニャ!」
「プンプンなんだ」
「そうニャ! プンプンニャ!」
ニャーの尻尾を見ると、いつもは黒く細長い尻尾がダンネのようにふっくらしている。その尻尾をドロップが片手で触れている。ついでに僕も触れてみる。流石にニャーの手に振り払われた。
「ニャーの尻尾を触って何か楽しいニャ?」
僕とドロップは顔を反らす。
「逃げたニャ!」
前を歩くダンネが、ダンネのママとパパに腕を掴まれふたりに持ち上げられている。聞こえてくるダンネの声はすごい楽しそうだった。




