第42話 光を当てすぎ
僕はどうやら眠っていたらしい。起きると頭がすごい空っぽなんだ。とてもグッスリ眠れた気がする。同時に何かおかしいことに気づく。自分の体が浮いているみたいに全身の力が抜けている。僕はゆっくりと上体を起こす。
「あれ? もう起きるの?」
僕は眼を開けずにドロップの声するほうへ顔を向ける。
「うん。あれからどれぐらい経ったの?」
「あれから?」
「僕がドロップの体調を尋ねたときだよ。あれからどれぐらい経ったの?」
「それは今話したことだよ」
「そっか。今話したことか」
僕はほのぼのと話す。
「ガウル……大丈夫?」
僕は両眼を開けずにドロップに笑顔を見せる。
「ちょっと駄目かもしれない。光当てるのやめて」
「あ、うん」
瞼の向こうに感じた光が小さくなり消えていく。僕の頭はぽっかり穴が開いたようにスッキリしている。そして思うんだ、開きすぎじゃないかって。
「ドロップ」
「なに?」
「頭の中が空っぽになり過ぎている気がする。一体何をしたの?」
「僕はその……杖の光をガウルに当てれば良くなるかなって」
「そうか。そうだよね。うふ」
僕は無意味に笑顔を見せてしまう。
「ちょ、ちょっとダンネとニャーを呼んでくるね」
「うん。お願い」
僕はベッドに寝転がる。駄目だ、本当に何も考えられなくなっている。僕は無意味に笑顔になる。皆の足音が聞こえてくる。誰かが容赦なく僕が被っている布を剥ぎとる。眼を開けるとニャーが僕を眺めていた。ニャーは右手で僕の頬を押し潰して来る。
「やめてよ」
「重傷ニャ。頭空っぽニャ」
「ぼ、僕が何かしちゃったのかな?」
「落ち着いてドロップ。確か初めてあったときはこのぐらい空っぽだったと思う」
ダンネが酷いこと言っている。
「僕はそこまで空っぽじゃないもん」
僕は大きな欠伸をする。
「念のため聞いておこう。ねえガウル、共和国には何しに来たの?」
「知らない。僕はグッスリ眠れればそれでいいんだ」
「大変よ重症ね」
「や、やっぱり僕が何か間違えたのかな!」
「これはショック療法をするしかないニャ」
「ショック療法」
「そうニャ! ガウルが腹の立つことをして思考を覚醒させるニャ! そんなことをニャットが言っていた気がするニャ!」
「それ大丈夫なの?」
「難しいことは知らないニャ! やってみるしかないニャ!」
「で、でも……ガウルって何で腹立てるの?」
「言われてみると……そうね」
「つねってみるニャ」
ニャーが僕の頬をつねってくる。
「痛いよ」
ニャーが手を離して僕の顔を覗いて来る。
「これはちゃんと元に戻るニャ?」
「ど、どうしよう」
僕は眼を瞑ったままドロップの声がするほうへ顔を向ける。
「大丈夫だよ、すごい痛い頭痛も治ったよ」
「頭痛?」
「うん。すごい痛かった」
誰かが僕の頭に手を触れる。
「ひとつ聞いていい?」
声からして僕の頭に触れているのはダンネだ。
「なに?」
「外で何をしてたの?」
「お散歩してた」
「散歩?」
「うん。ひとりで散歩してた」
「僕が?」
「僕が」
僕はいまたぶん嘘をついたんだと思う。でも心地よい状況だから気にしないことにした。誰も僕の嘘を見破れない。ちょっと便利かもしれない。
「うふ」
僕は無意識にほほ笑んでしまう。とても心地が良い。
何かが軋む音が小さく聞こえる。きっと部屋の扉が開かれた音だ。
「カーリーがガウルに謝りたいって」
ダンネのママの声が聞こえる。
「僕に?」
「そうよ。それでカーリーは人見知りだから皆下に行きなさい。カーリーは人が多すぎると喋れないから」
「私も?」
「あなたも。じゃあカーリー終わったら教えてね」
「は、はい」
皆の足音が遠くなっていく。僕はまだ心地が良いので両眼を瞑っている。誰かが深呼吸するような音が聞こえる。きっと残っているカーリーだろう。
「そ……その……僕はその、人が苦手で。ごめんなさい」
「僕はカーリーを食べないよ」
「それと……その……うん。伝えようと思って」
「なにを?」
頭に何かが乗る、カーリーの手だと思う。ちょっと震えている。
「この手なに?」
「その……ね、熱があるかなと思って」
カーリーの手がほんの少しだけ僕の頭を握る。
「星空のガウルはね、白蛇山温泉街にあるよ」
それを聞いて僕は眼を開ける。カーリーが僕の頭から手を離して部屋の奥まで下がる。両眼を力強く瞑って両耳をペタンとして何故か両手を前に握りこぶしを作っている。僕はまだ心地よい感覚を堪能しているけど。
「何してるの?」
「その……どうしようやっぱりガウルが怖いんだオオカミだし牙もあるって聞いたし僕やっぱり食べられちゃうかもしれない!」
カーリーは勝手に泣き始めてしまう。ニャーよりよく分からない子かもしれない。
「食べないよ」
「僕帰る!」
カーリーは足早に部屋を出ていく。階段を駆け下りる音が聞こえる。
「カーリー、もう終わったの?」
「僕帰ります!」
なんかすごい忙しい子に見える。よく分からないのでカーリーのことは放っておこう。とにかく、星空のガウルは白蛇山温泉街にあるのか……それはどこ? 僕は気になったので尋ねようと思ったけど。いまだ心地よい海の上、そっとベッドの船で横になる。
眼を覚ますと薄暗い、階下から賑やかな声が聞こえてくる。それにほのかに甘い匂いもしてくる。体調も戻り僕は香りに釣られてベッドを降りる。部屋を出て階段を降りるとダンネの嬉しそうな声が聞こえてくる。机の上にある燭台、蝋燭の火に照らされた皆が机の上にある豪華な料理を囲んで楽しそうに談笑をしている。ダンネ、ドロップ、ニャーがいて。そこにダンネのママとパパもいる。ダンネが僕に気づいて笑顔を向ける。
「ガウル、もう大丈夫なの?」
「うん。大丈夫になった。ダンネのママとパパがいる」
ふたりも僕に笑顔を見せる。
「ダンネが久しぶり帰ってきたから数日休んでいいと言われたんだ。ハリスに」
「私も折角だし休みなさいと言われたの。シウェルに」
ダンネのママとパパ。ふたりはどうやら休む権利をカーリーのママとパパに握られているようだ。思った以上によく分からない国かもしれない。ニャーは白い何かを一生懸命食べている。
「ニャーは何を食べているの?」
「大福ニャ!」
ニャーが食べているのは大福というのか。ふと僕はいなり寿司があるのを見つけてそちらに移動する。ドロップは温かさのあるじゃがいもを食べている。
「もう大丈夫なの?」
「うん」
僕はいなり寿司を掴んで食べる美味しい。
「ねえねえ! 今日はパパとママは家にいるの?」
「あーいるとも。なんせハリスが休みをくれたから!」
「私もシウェルが休みをくれたからいるわよ!」
「じゃあ今日は皆家で一緒に寝れるの?」
「あー寝れるとも!」
「家族三人で寝ましょ!」
「わーい!」
「この熱いのはなんニャ?」
「それお茶、熱いから冷まして」
「僕、このお茶好きかもしれない」
「こんな熱いの飲めないニャ!」
「冷まして」
僕はいなり寿司を飲み込む。美味しかった。そして傍に五目御飯を見つけてしまう。器をそっと手にとりスプーンで食べ始める。美味しい。
「変な味がするニャ。紅茶より渋いニャ」
「そうね、紅茶にしたほうが良かったかしら?」
「そしたら僕が淹れよう、ハスタは休んでてくれ」
「ドロップはじゃがいもばかり食べてるニャ」
「これ美味しいもん」
「ニャーのジャガイモも取っておいてニャ!」
「あ、ごめん……」
「代わりに大福上げるニャ」
「ありがとう」
「ガウルは五目御飯が気に入ったの?」
「食堂でも無言で食べてたニャ」
「きっと好きなんだよ」
僕は五目御飯を飲み込む。美味しかった。
ダンネのママとパパはお酒の類を飲んでいるのだろう。すでに顔が少々赤く酔っている雰囲気がある。ハチみたいになっている。
美味しいご飯を食べて僕は暖炉の前に座る。左にドロップが座って右にニャーが座る。
「美味しかったニャ」
「美味しかったねえ」
「ダンネは?」
「上だニャ」
「きっとお母さんとお父さんと一緒に寝ていると思う」
「そう」
階段の上をふと眺めてしまう。親とはそんなに良いものなのか? 俺は眼を瞑って母さんのことを思い出す。笑わない、無表情。今なら分かる無感情と言う言葉が合っている。考えれば考えるほど自分の母親がよく分からない。
村から出ないで。
書き置きが読めなかった僕の代わりにダンネが読んでくれた箇所。よくよく考えれば僕は村から出ている出すぎてしまっている。母さんに会えばきっと怒られるかもしれない。どうしよう。そこに「ねえ」とドロップが声を漏らす。
「なんだ?」
「僕にもその……家族がいるのかな?」
「分からないニャ」
ニャーはすぐに答えたが俺はすぐに答えない。とても難しい話ではある。
「まあ……子供なんだからどこかに家族はいるだろ」
「だろ?」
ドロップが俺の語尾を拾い上げた。
「な、なに?」
「もしかしていま違うガウルになってるでしょ」
俺はドロップを睨み眼を反らす。
「どうして分かった? いやどちらにせよ俺自身は変わりはない」
「やっぱりそうだ! ガウルの言葉使いが変わるんだ! なんというか……ちょっと大人っぽくなるというか」
俺は何も言わずに暖炉の火を眺める。説明するのも面倒だ。
「あのさ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「その……ううん。なんでもない」
言いたいことがあるのに言えない。そんなドロップの頭を両手で掴んで髪をグチャグチャにしてやる。
「なにするの!」
「言え! いま言いかけたことを言え!」
「分かったよ言うよ!」
俺はドロップの頭から両手を離す。ドロップは片手で髪を直す。そして待てど待てどもドロップは何も言わない。ニャーは床に寝そべって眼を瞑り黒い尻尾をゆっくり動かしている。
「もし……もし僕に誰もいなかったら……僕はどうしたらいい?」
俺はつい笑ってしまう。
「なんだその程度か」
その言葉にドロップは怒った気配を見せる。
「その程度って……僕は!」
「俺とダンネを頼ればいいさ」
同じようなことをどこかで言った記憶がある。強烈な頭痛が俺を襲う。頭が割れそうなほどの頭痛だ。ドロップにバレないようにできるだけ表情を変えず耐える。
「でも僕何も出来ないし」
「杖?」
「え?」
「杖を俺に向けろ」
「う、うん」
ドロップが俺に杖を向け俺が力強く掴んで自分の頭に先を当てる。白い輝きがそっと放たれ俺の頭痛を治してくれる。
「思考が深くなると、俺の何かが切り替わる。そして何かを思い出そうとして強烈な頭痛を感じる。そしてどういう訳か、この光が俺の頭痛を治してくれる。ニャーが言った、偶然が三回重なればそれは偶然じゃない。ドロップと俺はどこかで繋がっているかもしれない。繋がっていないかもしれないが」
その手を取れ!
俺が俺自身に言った言葉だ。なぜ? あのとき何故俺は叫んだ? ドロップはドロップで悩んでいるが、俺は俺で分からないことだらけだ。美味しいご飯を食べたあと、暖炉の灯心地よく。
「ひとつ、弱音を吐いていいか?」
「え? うん」
「俺は人の嘘が分かってしまう」
「そうだね」
「けど誰も俺の嘘を見破れない」
ドロップは何も答えずに俺をただ眺めている。
「なら嘘をつかなきゃいいニャア」
俺とドロップは寝ているはずのニャーを眺める。
「お前起きてたのか?」
「暖かくてまったりしてるだけニャ」
「でもニャーの言う通りだよ! ガウルは僕たちに嘘を突かなきゃいいんだ!」
「それもそれでなんか嫌だな」
「どうしてよ! 僕もダンネも嘘つかないよ!」
「ダンネは最初嘘だらけだったぞ」
「それは……そうだね」
「ガウルはただの不器用ニャ」
その言葉に腹が立った俺はニャーの腹をくすぐる。
「何をするニャア!」
ニャーが怒って俺に飛び掛かって来る。
「暖炉の前で暴れないで!」
ドロップに怒られてしまった。
「怒られた」
「怒られたニャ」




