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ガウル  作者: キヌミタロ
第6章 キツネの学校
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第41話 ダンネの部屋?

 食堂でご飯を食べた僕たちはダンネの家に帰って来る。僕は暖炉の前に座ってカーリーのお母さんに教えて貰った五目御飯を思い出す。本当に美味しかった。この世にあんな美味しいご飯があっていいものなのか。機会があったらまた食べよう。

「私着替えて来る」

 ダンネが階段を上がっていく。

「ダンネの部屋ってどんな部屋?」

 それを尋ねた僕にダンネはすごい笑顔を見せる。

「見たい?」

「別にそこまで」

「じゃあ見せてあげる! こっち来て!」

 ドロップとニャーは二階へ上がっていく。そして階段から僕を見下ろす。

「さっさと来るニャ」

「そうだよ早く来なよ」

「うん」

 僕は仕方なく皆を追いかけて階段を上がっていく。扉の前でダンネが笑顔で立っている。

「ここが私の部屋!」

 ダンネが扉を開いて僕たちは中を覗く。壁いっぱいに額縁に納められた表彰状、あちらこちらに置かれているトロフィー。

「物がいっぱいニャ」

「すごい部屋だね」

「全部私が試験で評価された証!」

 ダンネは嬉しそうに胸を張る。でも僕は何故かダンネの部屋に違和感がある。なんでだろう? つい首を傾げてしまう。そんな僕を見てダンネが睨んでくる。

「なんで首を傾げてるのよ」

「ちょっと変な部屋だなと思って」

「何が変な部屋よ! あっちは論文が評価された表彰状! こっちは数学の試験で良い成績をおさめたトロフィー! 全部私の努力の賜物よ!」

 ダンネは堂々と胸を張る。

「へえ」

 たぶん僕が思っている以上に、ダンネは頭が良いんだと思う。僕は何も分からないから、ダンネが誇っている表彰状やトロフィーを取ろうとして取れないと思う。しかしなぜだろうか。ダンネにじゃない、ダンネの部屋に非常に違和感がある。そもそも初めてダンネの部屋を見たんだ。違和感を覚えるほうがおかしい。僕の家じゃないから違和感を覚えているのか? なんかモヤモヤしてきた。僕は両眼を力強く瞑る。眼の前は真っ暗だ。当たり前だ眼を瞑っているのだから。


 褒めて!


 そうだ。ヒキコウモリがいた深淵だ。ダンネは全教科満点を取って褒めてもらいたがっていた。確か……頭を撫でてて欲しかったはず。僕は馬鹿みたいにダンネの頭に手を伸ばす。その手をダンネが払いのける。

「この手はなに?」

「なんでもない」

 ダンネが僕を睨む。

「ダンネって全教科満点取ったことある?」

「ない! あと一点や二点足らないの! きっと私の勉強が足りないのよ! だから私はもっと勉強しなくちゃいけないし! もっと運動もしなくちゃいけないの!」

「へえ」

 つまりダンネは深淵で見せたことをしていないことになる。そうなるとどうなるんだろう? 難しくてよく分からないや。僕は皆と同じ様にダンネの部屋を眺めて行く。歪だ。結果を堂々と誇っているが、ダンネが欲しているのはその先だ。そして僕はダンネの部屋をぐるりと回って眺める。そうだ僕はダンネの部屋を見たことがある。トゥビラの宿だ。間違いない、ダンネが寝ていたと同じ部屋だ。そのときみた部屋はこんな歪な部屋じゃなかった。壁に表彰状はひとつも無かった、部屋にトロフィーはひとつも置いてなかった。ダンネはふたつのキツネの人形に挟まれて寝ていた。

 そういうことか。ダンネは全教科満点を取って親に褒められたいんだ。それで三人仲良く同じベッドで寝たいという訳か。ダンネは素直じゃない、口で言っていることと嘘から出る真が違う。どれだけ頭が良くても子供は子供だ、親の愛を受けたいのか。




 俺は自分の顎に手を添えて考えてしまう。親と言うのはそれほどに良いものなのか? 俺はその存在を知らない。少しひとりで考えたくなった。

「ちょっと俺、外歩いて来る」

「え? あ、うん。気をつけてね」

「あ、折れたニャ」

「ちょっと! 壊さないでよ!」

 騒がしい部屋を後にして俺は家の外に出る。雪の寒さに頭痛が重なる。人の気配が少ない場所を探しながら足を進める。ちょうど適した路地を見つける。少し奥へ進んで壁に寄り掛かる。誰かが近づいて来て無言で本を差し出して来る。ちょっと厚めの本には建国の母フォクシイという題字があった。俺はそれを無言で受け取る。立って読むには不便な暑さだ。本を弄びながら知らないキツネを見上げる。

「静かなところで読める場所を知ってるか? 人がいなければいないほどいい」

 知らないキツネは顎をクイっとして歩き始める。俺は黙ってついて行く。




 なんてことはない、ただの民家だ。知らないキツネがそこに入っていくので俺もお邪魔する。民家と思えば酒場を思い出させる内装をしている。奥にカウンターがあって、丸い机の周りに椅子。俺をここまで案内したキツネ、それと中であちこちに散らばっているキツネが六人の合計七人。俺を尾行していた連中だ。椅子に座って寝ているキツネ、編み物をしているキツネ、お酒を飲んでいるキツネ、掃除をしているキツネ、グラスを磨いているキツネ、俺に軽く手を上げるキツネ、俺は軽く手を上げ返す。俺をここまで案内してくれたキツネは窓に近い椅子に座って小さな本を取り出して読み始める。

 俺はすぐ近くの椅子に腰を掛ける。そして渡された本を読み始める。その本には建国の母フォクシイの歴史が記されていた。余計な箇所があまりも多くてページを早く送ってしまう。この土地で何を始めたか、この土地で何をしたか。そんなことばかり書いてある。そして俺はとある一文を見つけて指を文章にあて撫でる。

「重度の肺炎で死亡……馬鹿が」

 あれほど煙草をやめろと言ったのに。アホみたいに吸っているからだ。強烈な頭痛がして両眼を力強く閉じてしまう。あいつがタバコを吸っている画がすぐに焼き尽くされていく。同時にその記憶がすぐに戻って来る。それは目の間にこうして建国の母フォクシイという現在の記憶として残されているからだ。そして最後のページには若かりしフォクシイの画が描かれている。俺はそっとその画を手でなぞり静かに涙を流してしまう。そうか、お前はここにいたのか。俺は少しだけ記憶の蓋をそっと開ける。現実の記憶にそれを刻むために。

 俺がもっとも信頼する友だった。だからこそ俺はフォクシイに全てを託した。あいつなら上手くやってくれるだろうと。それなのに「星空のガウル」という手掛かりがこの世に残っている。フォクシイは失敗した、ただ俺はそれを責められる身分ではない。そしてフォクシイはもうこの世にいない。ならばフォクシイに託した俺の願いは俺自身で行わなければならない。俺に関する全ての記述と手掛かりを全て消す。それこそ俺がフォクシイに託した願いだ。そしてその著者は恐らくもうこの世にいないだろう。俺はそっと本を閉じて考え込んでしまう。

 とてもまずい予感がしている。俺の記憶が僕を食いつくそうとしている。以前にあった崩壊と話が違う。自然と俺の記憶が僕に上書きされてしまう。なぜ俺はこの世にいる? それこそ俺が開けてはいけない記憶。それを幼い僕は悟ってしまうだろう、俺が一部の記憶に蓋をしていることに。

「俺は一体何をすればいいんだ?」

 とても小さな声で悲鳴を上げる。誰も分からぬ答えを闇雲に探しても分かる訳がない。わざわざ届けたくれた本を机に置いてこの場を去る。椅子に座っていても考えが纏まらない。寒さ恋しくて外に出る。防寒着という少し集めの服を着ていてもやはり肌寒い寒さ。知らない街の雪景色を見、俺の足は目的地なく歩きはじめる。

ただここに来て「星空のガウル」が気になり始めているのも事実。もしそこに俺の求める答えが書いてあるのなら一読すべきだろう。その後に握り潰せばいい。一体誰が書き残した? なんの為に。星に導かれた俺が皆を助け導く話……異常なほどの頭痛が俺を襲う。高速で流れいく記憶を地獄の業火が容赦なく焼き尽くして行く。逃げるように人気のない路地に入って、積もりに積もっている雪に正面から倒れ込む。体が冷えれば強烈な頭痛が治まる訳でもなし、俺はただ雪の上で体を丸めてしまう。

気づけば本を持ってきてくれた知らないキツネが俺を見下ろしている。

「それは流石に死んじゃうな」

 男の話す一語一音ですら頭痛に拍車をかける。

「頭が痛いんだ」

 キツネの男が俺の腕を掴んでそっと起き上がらせてくれる。

「医者に診てもらおう」

 俺は男の善意の手を振り払ってしまう。

「これは病の類じゃない、気にしないでくれ」

「何か出来ることは?」

「忘れない内に伝えておく。タリヌとハスタに休暇を取らせろ、そしてダンネと数日一緒に過ごせと伝えろ。それがダンネの望みだ。あの馬鹿は素直じゃないからな」

 知らない男は静かに笑う。

「お嬢は素直じゃない」

「それとひとつ尋ねたい。フォクシイの墓はどこにある?」

「それは白蛇山温泉街にある」

「そうか。ありがとう」

 体が冷えたせいか急激な睡魔が俺を襲って来る。

「お目覚めのご希望はどちらで?」

「ダンネの家でいい。その頃には戻っているだろう」

 俺はそっと目を閉じる。




「へっくち!」

 くしゃみをして僕は眼を覚ます。ちょっと頭痛がする。難しいことを考えすぎたかもしれない。思考が毒ではなく、僕の半身が毒に侵されている気がする。彷徨い歩く亡霊が僕を操り人形の如く動かしている。知らない記憶が僕の記憶に日々重ねられていく。それも気づかない内にではない、自分で重ねて行っているんだ。知らない記憶を知っている、知らないはずの記憶なのに僕の記憶だと自覚している。僕の思考はグチャグチャになっていく。頭痛は愚か吐き気まで感じて来る。そんな僕をそっと白い輝きが照らしていく。混乱している思考と記憶が少しずつづ整理されていく。顔を上げるとドロップが僕に杖の先を向けていた。

「あ、起きた?」

「うん」

「その……これで合っているのか分からなくて」

「合ってるよ。ねえドロップ」

「なに?」

「具合悪いところない?」

「え? 僕はないけど」

「そうか。それなら良かった」

 僕は温かな光に被っている布を自分の体に引き寄せる。

 とても心地よい光だ、全てを忘れて温もりだけを感じる。

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