第39話 臆病者のカーリー
ドロップの背後にカーリーが隠れている。僕とニャーはそのカーリーを見る様に、睨んでくるドロップと眼を合わせる。
「どうして知らない子を怖がらせるのさ!」
「怖がらせてないよ。カーリーが僕のことを勝手に怖がってるんだ」
「そうだニャ。カーリーは朝、美味しいうどんを零したニャ」
「とにかく! 知らない子を怖がらせないで!」
「怒られちゃった」
「怒られたニャ」
ふと、僕は気配を感じた。通路の奥を見ると物陰からキツネがひとり覗いている。何か小声で呟いている。
「頑張りなさいカーリー、あなたはちゃんと立派な子よ」
僕はその人に指をさす。
「あの人誰?」
皆が僕が指さした人を見る。
「あー、カーリーのお母さんよ。隊……シウェルさんと言って、ガウルをつけていた内のひとり。ハリスの奥さんでカーリーのお母さん」
「初めまして、私がカーリーのお母さんよ」
カーリーがカーリーのママに駆けていく。そして脚にしがみついて背後に隠れる。カーリーのママは笑顔でカーリーの頭を撫でる。
「そんなに怯えないの、あの子はあなたを食べないから」
「見るからに臆病ニャ、臆病すぎるニャ」
僕がカーリーに近づこうとするとドロップが僕に抱き着いてくる。
「どこ行くの!」
「もうちょっと近くで見ようと思って」
「怯えているから行かないで!」
カーリーのママが僕たちに笑顔を向ける。
「邪魔したわねハスタ、息子は預からせてもらうわ」
「はあ」
「さあこっちにおいでカーリー」
カーリーのママがカーリーを連れて行く。ドロップが僕を解放する。
「まったくもう! 知らない子に飛びつかないで!」
ニャーが僕を指さす。
「ガウルは怖がると人に飛びつく癖があるニャ」
「本当だよ。重いから抱き着かないで!」
僕はドロップに怒られてしまった。ダンネのママが手を叩こうとして叩くのをやめる。
「それじゃあ図書室はこれぐらいでいいかしら?」
ドロップが手を上げる。
「僕もうちょっと図書室を見たいです。ここにもしかしたら星空のガウルがあるかも」
僕はその名を聞いて図書室を睨みつける。
「ここには無いわね、学校の図書室は学生がしっかり管理しているから。空想の小説の類は置いてないのよ。共和国の本屋は恐らくハリスがひっくり返しているわ。見つかれば私たちのところへ来るはずよ」
「そうですか」
ドロップが少し落ち込んだ様子を見せる。ドロップはドロップで自分の手掛かりを探すのに必死だ。でも僕は星空のガウルを握りつぶしたい。そう、星空のガウルを握り潰すだけでいいんだ。僕はニャーに見られていることに気づいてニャーと眼を合わせる。
「なに?」
「なんでもないニャ、ただ見てただけニャ」
「そう」
僕は逃げるように図書室の本を見に行く。ニャーが僕の後を付けているのが分かる。
「じゃあもう少し図書館を見ていきましょうか」
ドロップは僕たちと違う方向へ向かう。僕は本を眺めながらニャーから逃げ続ける。
図書室の案内を終える頃には僕とニャーは睨み合っていた。僕はしっかりと赤い眼を睨む。ニャーも両耳を横にしてしっかり僕を睨んでいる。
「その眼はなんニャ?」
「ずっと僕をつけてた」
「見てただけニャ!」
僕は両手を前に出してニャーもそっと両手を前にだす。ふたりして間合いを取り合うよにゆっくり手を動かす。
「ねえ何してるの?」
ドロップの声に僕たちは同時に両手をゆっくり下げていく。
「ニャーがずっと僕をつけてた」
「ガウルが睨んできたニャ」
「訳の分からない喧嘩しないでよ」
「じゃあ次は食堂を案内するわね」
ダンネのママの言葉にニャーが僕から眼を離し、ダンネのママに顔を向ける。
「ご飯ニャ!」
僕はニャーから眼を離す。僕はダンネに続きニャーも嫌いかもしれない。よく分からない。
「ごめんなさい、ここの食堂は学生しか食べれないの」
「そうなのニャ。ガッカリニャ。でもニャーの学校も同じニャ」
「あらそうなの?」
「給食の残り者は全部校長が持ち帰って後で食べるニャ。だから部外者は食べちゃ駄目なのニャ」
「それは……そういう学校なのね」
「校長が校長のために作った学校ニャ。自分でそう言ってたニャ」
「聞かなかったことにしておくわ。なら食堂とは別のところへ行きましょうか」
「食堂に行くだけでも大丈夫ニャ! 香りもちゃんと頂くニャ!」
もうニャーの食に対する執念とでも言うのか。あれだけドロップと一緒にジャガイモを食べ続けたのに、もうお腹が空いてそうに見える。
「もしかしもうお腹空いてる?」
ニャーが僕にゆっくりと顔を向ける。
「空いてるニャ!」
「そう」
やっぱり執念だ、そして僕は「執念」という難しい言葉を知らない。あとでダンネに聞こう。
「じゃあ食堂に行きましょう」
図書館を出て少し歩く。白い服と黒い服ねキツネたちが皆同じ方向へ歩きながら僕、殆どがニャーを眺めていた。ドロップも大量の視線に怯えて僕に近寄って来る。
「すごい見られている」
「そうだね」
「ほらほら、あまり子供を見ないの」
ダンネのママが注意してくれて皆気になりながらも顔を反らす。
「皆珍しいのよ、大半の人は国から出ないからね」
「そうなの?」
「国外で活動するというのは何かと必要要素が多いのよ。だから確かにネコは珍しいけど、若い子からしたらオオカミもイヌも珍しいの。ここにいる学生は何人か国外の活動を目指している人も多いわ」
「へえ、皆ダンネより頭がいいの?」
キツネの人たちが少し足早に歩いていく。
「ダンネはこの学校で二番目に頭が良いの、一番目はさっき見たカーリー」
「さっきの臆病は頭が良いのニャ?」
「えー、試験は全て全問正解。だからあなたたちと同じ子供なのに飛び級して黒い服を着ているの。ダンネも最初飛び級の話があったけどあの子が蹴ったのよ。二番だからって。あの子の前で二番の話しないでね。すごい気にしてるから」
ダンネは二番であることを気にしてるのか。でもやっぱりダンネは頭が良いんだ。
「ここが食堂になるわ、大きなお店と言えば分かりやすいわね」
中に入ると話し声がたくさん聞こえてくる。かなり遠くまで見える空間に長い机が並べられている。右の奥から美味しそうな匂いが漂って来る。これは僕でもお腹が空く。
「良い匂いニャア」
「すごい美味しそうだね」
ニャーとドロップは匂いを楽しんでいる。確かに良い匂いだけど、僕はちょっとふたりに驚いている。あれだけジャガイモ食べたのにもうお腹空いてるんだ。意外とドロップも食いしん坊かもしれない。僕と同じ様にダンネのママもふたりを眺めている。
「流石にこの香りを嗅がして食べられないは可哀想ね」
「あの」
知らないキツネのお兄さんたちが三人やってきた。皆黒い服を着ている。
「何かしら?」
「すみません、流石に我慢できなくて。そこの黒い子は種族はなんですか?」
「ネコだニャ」
「ネコ?」
「テレポーニャの事故で元の世界に帰れなくなったニャ!」
「別の世界……」
キツネの三人は顔を見わせる。
「ごめんなさい、私も実はよく分かっていなくて」
「いえ! ありがとうございます! 助かりました!」
キツネの三人が去っていく。
「別の世界だってよ」
「つまり僕たちのいる世界とは別に知らない世界があるということか?」
「そんなことあり得るのか?」
「でもあの子の容姿は見たこと無いぞ、筋は通っているんじゃないか?」
「テレポーニャの事故で帰れなくなったと言っていた、つまりこちらからも別の世界に行けるんじゃないか?」
「ちょっと待って、それは不可能よ。事故でこちらの世界に来たと仮定するなら、こちらの世界に来たのは間違いそのものの可能性があるわ」
「間違いでも来れたのは事実だ。つまり間違いであろうと片道だろうと来れたことに間違いない。つまり僕たちは別の世界がある可能性は高い」
「しかしそうなると言語の問題はどうなる? こちらの言葉が理解出来るなら、それはこの世の存在じゃないのか?」
「そもそも世界が違うから何故違う言語を使うと仮定する。元を見れば僕たちだってどこから生まれどこから来たのか理解出来ていないじゃないか」
「それは理論が飛躍しすぎている。ここは別の世界があうかどうかに限定して話し合うべきだろう」
キツネの人たちが食事を放置して皆同じことを話始めた。会話が広がっていき皆が興味を持って率先して意見を述べていく。僕たちはもちろん話が難しくてついていけない。
「あまり気にしなくていいわよ、この国はこういう国なの。曖昧さを嫌う」
「ハッキリしないと気がすまない」
俺は無意識に言葉を言った。誰かが良く言う口癖だ、気に入らん。
「そうね」
ハスタが笑った。
「ハースター」
遠くの席でカーリーの母であるシウェルが手を振っている。俺を見たカーリーがは怯えてシウェルに隠れようとするが、シウェルの手が優しくそれを許さない。ハスタがシウェルに向かうので俺たちも続く。
「なんでしょうか?」
「折角だから食べて行きなさいよ」
「しかしこの子たちは部外者なので」
「固い! あなたはいつも固いのよ! そういうのは大人の融通でどうにかしなさい。それに試食と称して食毒の味を知って貰える良い機会じゃない。その機会を逃さないで」
「承知しました」
俺はシウェルを眺めてしまう。その視線に気づいたシウェルが俺に笑顔を見せる。
「なあに?」
「ハスタと仲が良さそう」
夫婦揃って血の臭い来い。ハスタはさっき「隊」と言いかけたな。その手の部隊か? シウェルは笑い声を上げる。
「私たちは夫婦円満よ。気が合うから。それに可愛い息子もいるし」
カーリーが俺から顔を反らす。やっぱり怯えている様に見える。そんなにオオカミが怖いのか?
「そんなに怖いか?」
「ごめんなさいね、この子人見知りなの。とにかくこれで好きな物を買って来なさい」
シウェルはポッケからお金を取り出した。
「ここは私が」
「良いのよハスタ。大丈夫だから」
「ありがとうニャ!」
ニャーはお金を全部手にして匂いのほうへ駆け始める。
「待ってよニャー!」
それをドロップが慌てて追いかける。俺はシウェルをまだ眺めている。
「まだ何か?」
「シウェルさん強そう」
「あらどうして?」
「一番尾行が上手かった」
「私を褒めても何も出ないわ」
笑顔を見せるシウェルというこの女、残りの七人はダラダラと尾行しているから丸わかりだったが、ひとりだけ恐ろしく上手いひとりがこのシウェルだろう。気配で分かる本能で分かる。
「ガウル、いま何人があなたをつけている?」
俺は広い食堂を眺める。そしてシウェルに顔を戻す。
「七人いたけどふたり減って五人になっている」
「正解、あなた冴えてるわね。私好きよそういう子。さてガウル、あなたも早く選んで来なさい」
それはそうだ。このままじゃニャーが好き放題買ってしまう。
「お金ありがとうございます」
「いいのよ気にしなくて!」
俺は急いでニャーを追う。




