第3話 ダンネとドロップ
口が生臭いので僕は川の水を飲む。食べた魚は美味しかった。
「ねえお腹大丈夫?」
ダンネも魚を食べ終わったのか、魚が刺さっていた木の棒を焚火に放りこむ。
「美味しかった」
「本当に大丈夫なんだ」
ところでこの、キツネのダンネは一体どこの誰だろう? 山向こうの子供かな?
「向こうの村の子供?」
「え? あ、うん。 そうだよ」
嘘だ。ダンネは嘘をついてる。
「最近引っ越してきたから、どこがどこだか分からなくて」
これも嘘だ。なんで分かるかのか自分でも良く分からない。僕は首を傾げる。
「なによその首?」
「どうして嘘をついてるの?」
「う! 嘘じゃないもん! 山向こうの村に引っ越して来たんだもん! それで散歩してたら遭難しただけだもん!」
遭難したのは嘘じゃない。でも引っ越してきたのは嘘。なんでそれが分かるんだろう?
「お魚ありがとう! じゃあ私は家に帰るから」
ダンネが足早に歩いていく。これも嘘だ。
「家に帰らないよね?」
ダンネが足を止める。振り返ると顔が怒っている。
「なんで私が嘘をついてると思うの! 証明できるの!」
「しょうめい?」
「私は嘘ついているのをどうやって分かるの?」
「なんとなく?」
僕は首を傾げる。ダンネが僕に指をさしイヌの子供に顔を向ける。
「あの子、本当に大丈夫?」
「ぼ、僕に聞かないでよ」
「ひとりは記憶喪失でひとりは何考えてるか分からないし。そうだ! じゃあ私が嘘をつくから嘘か本当か当ててみてよ! それであなたが見破れなかったら私は嘘をついていない! いい?」
「わかった」
ダンネが足元から石をひとつ拾う。
「ルールは簡単! 私がこの石を右手に握っているか握っていないか! 後ろで石を隠すから私が嘘か本当か当てて!」
「わかった」
つまり、本当のことを言えばいいのかな? ダンネがにやにやしながら両手を後ろに回す。そして右手を突き出す。
「私はいま右手に石を持っています!」
「持ってない」
「む」
ダンネが右手を開く。そこに石はない。イヌの子供がダンネの手を覗く。
「へえすごーい!」
「まぐれよまぐれ!」
ダンネはまた両手を後ろに回す。そしてまた右手を突き出す。
「はい! 私はいま右手に石を持っています!」
「うん。持ってる」
ダンネは悔しそうに右手を開く。石は右手にしっかりある。
「すごいすごい!」
イヌの子供がはしゃいでいる。
「ちょっとルール変えるわ。片手だからまぐれなのよ」
ダンネはまた両手を後ろに回してから、今度は両手を前に突き出す。
「私は今左手に石を握っています!」
「握ってないね」
「なあ!」
ダンネの左手には石がない。
「僕もやる!」
イヌの子供が足元の石を拾う。ダンネと同じようにして両手を前に突き出す。
「はい! どっちに石があるでしょうか?」
「分からない」
「あれ? 分からないんだ」
「うん、分からない」
ダンネがイヌの子の手を指さす。
「たぶんそれ質問が悪いのよ。あなたが本当か嘘か言わないと」
「あーそうか。ごめん。じゃあ僕は右手に石を持っています」
「持ってないね」
イヌの子供が嬉しそうに笑う。
「すごいすごい! どうして分かるの!」
「分からない」
ダンネが歩み寄ってくる。
「私はお嬢様で成績優秀。文武両道で皆の憧れの的。どこが嘘か見破れる?」
「嘘ついてないよ」
ダンネはイヌの子供に近づいて腕を引っ張り連れて行く。
「私ちょっと怖いんだけど。あの子変だよ、なんで分かるの?」
怖がらせてしまった。
「僕も分からないよ。助けてもらったの昨日だし」
「ちょうどいいからあなたも変な嘘ついてみなさいよ」
「分かったよ」
ふたりが戻ってくる。イヌの子供が手を上げる。
「じゃあ僕は今から嘘をつきます!」
「わかった」
「僕はその……記憶喪失じゃありません!」
イヌの子供は僕の答えを待っている。僕は驚いている。イヌの子供は記憶喪失じゃないと言った。そして嘘をついていないことも何故か分かる。それはイヌの子供が記憶喪失だから? そもそも記憶喪失って嘘つけるの? 僕は何が何だか分からなくなった。
「うーん」
僕は分からな過ぎて頭を抱える。
「ぼ、僕嘘ついたよ! なにその反応!」
「流石に記憶喪失は難しいんじゃない? 嘘偽る元がちょっとデカすぎるのかも」
「そうなんだ。ごめんねガウル」
「じゃあ私はそろそろ家に帰る」
「それは嘘だ」
「こんの!」
ダンネがすごい怒っている。イヌの子供のことは考えても分からない。
「結局、ダンネはどこから来たの?」
「教えない!」
「そう。じゃあ僕たちそろそろ帰る」
「え? 聞かないの?」
「お魚美味しかった」
僕は村に向かって歩きはじめる。
「ねえガウル」
イヌの子供が腕をを引っ張る。
「なに?」
「き、聞いてあげなよ」
ダンネを見るとちょっと離れた場所に座って耳がペタンとなっている。
「何してんの?」
「聞いて欲しいんだよ、聞いてあげなよ」
なんかちょっと面倒くさい感じがしてきた。
「ダンネ、僕たち帰るけど一緒に帰る?」
ダンネの耳が立ち急いでこちらに駆けてくる。
家に帰るまでの間、ダンネがしゃべり続けている。
「つまり私は大陸から船に乗ってやってきたの。それで船に乗って大陸に戻ろうとしたら台風のせいで帰らなくなった訳! ちょうどいいからこの島を探索しようとしたら遭難したの。 でもやっぱり私、流れ星も流星群も見ていないと思う」
ダンネが嘘をついていない。だから僕は分からなくなってきた。僕はしっかり見たし、流れ星が落ちてイヌの子供に当たったことも知っている。それに変な夢のことも覚えてる。周りが炎に包まれて、枯れた古い木から真っ黒な腕が。思い出しただけでも気持ち悪くなってきた。
「ガウル!」
ダンネに呼ばれてちょっと驚く。
「私の話聞いてる?」
「聞いてなかった」
ダンネがすごい怒った顔を見せる。
「この子に何か仮の名前をつけたほうがいいんじゃないのって話!」
ダンネの声が高くて大きくてうるさい。自然と目を力強く閉じる。
「あ、あんまり大きい声駄目だよ」
「このぐらい普通じゃない?」
「ちょっと大きいかな」
「そう? 分かった気をつける。それでこの子に名前よ」
僕はイヌの子供を眺める。確かにイヌの子供と思っているのもおかしい気がしてきた。
「イヌ?」
「最低ね」
なぜか怒られてしまった。
「ねえ、自分の名前も思い出せないの?」
「う、うん」
僕はイヌの子供に変な気持ち悪さを感じている。自分の名前を思い出せない。嘘はついていない。じゃあ記憶喪失じゃないのが嘘じゃないのはなんなんだろう? 本当によく分からなくなってきた。
「あーでも私この服知ってる」
ダンネはイヌの子供の真っ白な服を掴む。
「これきっと白薔薇協会だよ」
イヌの子供が自分の服を見る。
「そうなの?」
「なにそれ?」
「手を取り合って助け合いましょう。みたいなことをしている協会。最近うちの国にも出来たんだ」
「うちの国?」
「大陸の東にフォクシネル共和国というキツネの国があるの。私はそこから来たの」
「へえ」
「何その返事?」
やっぱり山向こうの村に引っ越してきたのは嘘だった。
「ねえダンネ。そこはどんな国なの?」
イヌの子供は興味をもったらしい。
「小さい国なんだけど雪が毎日降ってて綺麗なの! あと山奥に温泉もあるの!」
「行ってみたい!」
「でも本当に遠いの。それに嵐のせいで船が出ないから帰れない」
「そうなんだ」
「でもあなたの服なら、大陸にある白薔薇協会に行くべきだと思う」
僕はあまり興味がない。ちょっと離れたところに、お婆さんがリンゴの入った籠を背負って歩いている。重そうにして歩き今にも転びそうだ。ダンネが急いで駆け寄ってお婆さんの籠に手をかける。そのあとをイヌの子供が追いかけ。僕は歩いて近づく。
「あーごめんなさい、流石に重かったわね」
運んでいるのは村のお婆さんだ。ダンネが籠を支えてイヌの子供も支えようとしたが杖が邪魔で片手で支えている。
「あら可愛らしいキツネさん」
お婆さんはダンネを見て笑顔を見せる。お婆さんはキツネを知っているんだ。
「お婆さんはキツネを知ってるの?」
「ええ知ってますよ。この島は大陸からの移住者だからね」
「いじゅうしゃ?」
お婆さんが籠を降ろして、ダンネが籠からいくつか林檎を取り出す。
「移り住んだってこと」
そうか大陸から移り住んで来たのか。ところで「しま」や「たいりく」がなんのことだが分からない。
「しまとか、たいりくとかってなに?」
ダンネが林檎をひとつ落とす。そしてゆっくりと僕に顔を向ける。
「あなたもしかして、自分がどこに住んでるか分からないの?」
「村に住んでる」
「それは合ってる。とりあえず林檎を持って、はい持って」
ダンネがいっぱい林檎を渡して来る。僕は落とさないように林檎を両手で抱えていく。その上にまたダンネが林檎を重ねていく。
「あ」
イヌの子供が林檎をひとつ落とす。片腕で林檎を抱えて追いかける。やっぱりもう片方の手で持っている杖が邪魔なんだ。両手が塞がってるからしゃがんで林檎を取ろうとすると抱えた腕から林檎がひとつ落ちる。
「大丈夫よ、そんな無理に拾わなくても」
お婆さんがイヌの子供に言うけど、イヌの子供は一生懸命に林檎を拾うとして全部落とす。林檎が道を転がっていく。
「あー林檎が」
それを追いかけるイヌの子供。ダンネが「ドロップ」と指をさす。
「ドロップ?」
「あの子の名前ドロップにしよう」
イヌの子供の名前はドロップになった。ダンネがドロップに駆けていく。
「ドロップー」
ドロップがしゃがんで林檎を拾う。ダンネもいくつか林檎を拾う。
「あなたの名前は今からドロップ」
「僕の名前?」
「そう! 名前がないと不便だしあなたは今からドロップ! 本当の名前を思い出すまでの仮名ね」
ふたりは林檎を持って戻ってくる。お婆さんはゆっくり背中を伸ばしている。かなり重かったんだろう。ダンネとドロップが拾ってきた林檎を籠に入れる。
「ガウル、代わりに背負って」
僕たちは抱えている林檎を籠に入れると背負う。やっぱり思い。
「悪いわねえ手伝わせちゃって」
「任せてくださいガウルが運びます!」
ダンネが元気に言う。ドロップを見ると嬉しそうな顔をしてる。
「嬉しそうだね」
そう言うとドロップの顔は少し赤くなる。




