第36話 手掛かり
僕たちはダンネのママとパパがいる部屋まで戻る。
「あら? ダンネは?」
「ひとりにしてって」
「そう、流石にもう家出はしないでしょう」
「すごい怒ってた」
「そうね、パパが余計なことを言ったから」
ダンネのパパは椅子座って片手で頭を触っている。
「確かに言葉を選ばなかった僕も悪い。ただしダンネの発言も酷いものだった」
「ダンネはなんて言ったの?」
「能力の低い教師を外すべきだと言ったんだ。ダンネにはちょっと悪い癖があってね。自分の頭の良さを過信しすぎるときがある。能力というのは人それぞれで良かれ悪かれど人は人だ。ダンネの希望に叶わないからと言ってダンネに人事権がある訳じゃない。だから……子供の分際で何様だと」
「そしてダンネは家出したのよ。パパのせいよ」
「悪かったよハスタ、まさか王国から南に行って船に乗るとまでは思わなかった。報告の手紙を貰ったとき驚いたよ。まさか南の島まで行くなんて」
「その南の島でダンネたちが出会ったのが、この子たち」
「娘よ仲良くしてくれてありがとう。それで流石に気になっているのだが」
ダンネのパパはニャーに顔を向ける。
「ネコですって」
「ネコ?」
「この話はハリスの口から聞いたほうがいいと思う。とても理解出来る話じゃないわ」
部屋の扉が開かれてハリスが笑顔で姿を現す。
「やあタリヌ帰ったよ。おや、ダンネの姿が無いね」
「ひとりで家に帰りました」
「なら帰っておやりよ、君たちは残ってくれ僕がタリヌに説明するから」
「ありがとうございます」
ダンネのママは部屋を出ていく。
「さてタリヌ! 実に興味深い話がある君にも協力して欲しい!」
ハリスがここまでのことをダンネのパパに伝える。全部聞いたダンネのパパは身動きひとつせず僕たちをただ眺めている。
「すごい話だろ?」
「理解できませんな。ただ」
「おや? 何かあるのかい?」
「オオカミとキツネとイヌとネコ……そしてガウル」
ダンネのパパが椅子から立ちあがる。
「身に覚えが?」
「今聞いた話と……前に見た何かがそっくりなんだ。僕の勘違いかもしれない。ただガウル。ガウルという名に見覚えがある。僕はそれをいつ見た?」
ダンネのパパが歩きはじめる。
「僕はガウルという言葉に身に覚えもないし聞き覚えもない。でもタリヌはあるんだね?」
タリヌがハリスに指をさす。
「それだ! ハリスは小説が好きじゃない、作り話が好きじゃない。僕は小説をたまの趣味に呼んでいる」
「ちょっと待って、まさかその小説の登場人物の名がガウルという訳じゃないよな? それだけじゃ弱いぞ」
「それに加えてネコ……そうネコが出てた! 最初ネコはなんだと……子供のときだ! そうだ思い出した! 子供のときに見た本にネコが出ていた! そうだ小説にネコがいた! 理だなんだは出てきていない! ただしガウルという登場人物がいて、そこにネコもいた!」
「書籍名は思い出せるかい? この際で全書籍を調べようか」
「ガウル……ガウル……ガウルの何かがだった気がする」
ダンネのパパが僕に近づいて来る。
「申し訳ないが自己紹介してくれないかい?」
「自己紹介?」
「そうだ、何が好きで何が好物か。なんでもいい」
「僕は」
自分のことを思い出す。そしてよく星空を眺めていたと思う。
「星空をよく見上げていた」
「星空のガウルだ! 間違いない! 星空のガウル! それが題名だ!」
「僕はちょーっと本屋へ行ってくるよお」
ハリスが部屋を出ていく。ダンネのパパは部屋をグルグル回り始める。
「問題はそれをどこで見たかを思い出せない。子供のとき僕はそれをどこで見た?」
僕たちはダンネのパパがグルグルしているのをただ見続けている。そしてダンネのパパが立ち止まる。
「そうだ星空のガウル! 星に導かれた主人公ガウルが皆を助け導く話だ! その本を僕はどこかで見たのかを思い出せない! 一体どこで見たんだ?」
ダンネのパパは床に座り込む。そして僕たちに気づいて笑顔を見せる。
「あーすまない、ひとりで興奮して。娘の友人を放置していたなんて知られると怒られてしまう」
ダンネのパパはゆっくりと立ちあがる。ドロップが杖を握りしめて前に出る。
「僕もっとお話聞きたいです! 僕記憶喪失だから何も思い出せなくて」
「そうか。なら場所を変えよう。とっておきの場所があるぞ」
僕たちはダンネのパパについて行く。
そしてダンネの家に着いた。ここがダンネの家かあ。僕の家より大きい。階段がある、二階建てだ。
「ダンネは出かけていなきゃ二階の部屋にいるだろう。君たちは娘の大事な友人だ。良かったら泊っていくという」
「ご飯出るニャ?」
「もちろんさ」
「ダンネのパパは良い人ニャ!」
「そう言ってくれて嬉しいよ。暖炉の前で暖まるといい。いま暖かい飲み物でも出すよ」
奥へ行くと立派な暖炉がひとつあった。すでに火は灯っていた。丸太づくりの立派な家、敷物すらもふかふかで温かい。ニャーが床に倒れて背伸びをする。そして寝始める。
「すごい立派な家だね」
ドロップが家じゅうを眺める。
「そうだね」
僕は腰を降ろす。ニャーがちょっと邪魔なのでちょっと押しどかす。僕の隣にドロップが座る。ふたりして暖炉の火を眺める。
「星空のガウルだって」
「言ってたね」
「僕は星空の空から落ちて来たんだ」
「そうだね」
ドロップは次を言わなかった。僕はただ暖炉の火を眺める。
「でもそうなると……なんて言うのかな。ちょっと難しいかもしれない。ダンネがいれば分かるかもしれないけど」
「ダンネは二階にいるよ」
「でも今怒ってるよきっと」
「なんで怒ったんだろう?」
「さあ」
僕たちは黙って暖炉の火を眺める。
「ダンネいないし話してよ」
「うん……星に導かれた主人公ガウルが皆を助け導く話。ならなんというか……僕がガウルの場所へ落ちたのは偶然じゃない気がして」
「そうなの?」
「僕も分からないよ! ただ、たまに思うんだ。どうして僕が落ちた場所にガウルがいたんだろうって」
「星空が綺麗だったからそれで……」
僕はドロップが落ちて来たときのことを思い出す。
「誰かが僕を呼んだんだ、ガウルって呼んだんだ。絶対に誰かが僕を呼んだんだ。呼ばれた方向にいたらドロップが倒れてた。でも呼んだのはガウルじゃない。誰に呼ばれたのか分からないんだ」
ひとつだけ分かっていることがある。その手を取れと言ったのは俺自身だ。ただそれじゃ話がおかしくなる。なぜ自分に訴えかける必要がある。これは紛れもない俺の体だ、俺自身だ……なのに俺の中で何かが崩れている。すでに崩れ去っている。こうして暖炉の前で味わる暖かさよりも凍てつく寒さを好んでしまう。そして俺は「白」に反応している、そこに来て「星空のガウル」というふざけた書の存在。
ガウルの名は消さねばならない。なぜ未だこの世にその名が残っているのか。そして俺はまたひとつ気づいたことがある。ガウルの名を全て消すにはこの体も含まれてしまう。俺はそっと目を瞑る。今は俺に繋がる手掛かりを消すことだけを考えよう。タリヌが見であろう「星空のガウル」は確実に消す。
「フォクシ」
言いかけて口を閉ざす。違うその名じゃない。
「ドロップ、悪いがダンネを呼んでききてくれ」
「でもいま怒ってるよ」
俺はゆっくりドロップに顔を向ける。
「俺が呼んでいると伝えてくれ、聞きたいことがある」
ドロップが俺の言葉を聞いて少し驚いた表情をする。
「わかったよ」
ドロップがきょろきょろしながら階段を上がっていく。ニャーを見るとよく眠っている。こいつに悩みなんて者は無いんじゃないか。つい頬を指先で突いてしまう。起きる気配すらない。二階から複数の足音が聞こえてくる。いまだ怒ってる足音だ。階段を降りてダンネとドロップが暖炉の前に来る。
「聞きたいことってなに? なんで皆いるの?」
「星空のガウルという本に聞き覚えは?」
「ない」
俺はダンネを睨みつける。
「本当だな?」
ダンネが怯えて眼を反らす。
「うん。本当に知らない」
「そうか」
「で、でも! それが僕の手掛かりかもしれないんだ! 中に何が書いてあるか分からないけど。ダンネも僕たちと一緒に探そうよ」
「私は」
「この場で決めろ、残るか去るか」
俺は少々腹の立つこともあり強めに尋ねる。
「行く、私も行くけど。ドロップちょっと杖貸して」
「え、いいけど」
ダンネが杖の先で俺の頬をゆっくりと押す。俺はダンネを睨み返す。
「何してる?」
「こっちのガウル怖いから嫌」
「杖を押し付けてどうにかなるのか?」
「あなた顔が怖いのよ」
その言葉に強烈な頭痛がする。ダンネの声とは別の声が重なった。思い出そうとして記憶が焼き消されていく。
「杖で顔をほぐそうとしてるのか?」
「そうよ。たまには笑ってみなさいよ」
ふざけた話に僕はつい笑ってしまう。
「あ、本当に笑った」
僕は杖を手でそっとどかす。
「僕の顔を杖で押し付けないで」
ダンネはドロップに杖を返す。
「この際だから、聞いていい? 星空を眺めていたのは俺よね?」
「そうだね」
「でも今のガウルは僕でしょ?」
「うん」
「その……変わる切っ掛けは何かあるの?」
実はある。過去を思い出そうとすると思考が大きく変化する。どちらも僕自身なんだ。それがとても気持ち悪い。
「今は……言いたくない」
「と、とにかく! 星空のガウルを探そうよ! 絶対に手掛かりになるんだから!」
「その星空のガウルというのは何?」
「ダンネのパパが以前に読んだ本だよ。あとダンネ、ひとつ伝えておきたいことがある」
「なに?」
「ダンネはもうちょっと素直になるべきだよ」
ダンネはきっとママとパパが好きなんだ。嘘がそれを証明している、ただダンネが意地っ張りなだけなんだ。
「それってどっちの発言?」
「どっち? 前にも言ったよ。どっちも僕なんだ」
僕は無心で暖炉の火を眺めつづける。穏やかに揺らめく炎とは反対に、僕の決意が歪に固まっていく。
なんとしてでも星空のガウルをこの手で握り潰す。
それは皆と違う考えだ。もしその作者もいれば共に握り潰そう。
一体いつ誰が「ガウル」の名を用いたのか、確実に殺してみせよう。




