第35話 フォクシネル共和国
長い道のりを歩いて、遠くに雪景色の街が見える。あれがフォクシネル共和国か。ドギルス王国と違って城壁が無い。ダンネの故郷を眺めながら大量に積もった雪を必死に掘り進めていく。ニャーも別の場所で必死に掘り進め、ドロップは雪玉を転がしている。そんな僕たちをダンネが睨む。
「いい加減にしてよ! いちいち雪で遊ばないで! ドロップも!」
「見てダンネ。雪玉転がすと大きくなるよ」
「知ってるわよ! 私はここで暮らしているのだから! ねえお願いだから歩いてよ! 」
僕は穴を掘るのをやめてダンネに振り返る。
「もしかして怒ってる?」
「怒ってるわよ!」
「怒られちゃった」
僕は穴を必死に掘っているニャーを引っ張る。ドロップも転がしていた雪玉に飛び乗って破壊する。
「いい! 付いてきて!」
怒っているせいかダンネが足早に歩いていく。僕はニャーを引きずりながらダンネを追う。横を歩くドロップが嬉しそうに歩いている。
「どうしたの?」
「雪玉作りが楽しかった。ガウルも穴掘り楽しかった?」
「楽しかった」
ダンネについて行き先を歩く皆に追いつく。歩き続け僕たちはフォクシネル共和国にたたどり着いた。緩やかな登り坂、丸太で組まれた茶色の家が雪道の両脇に建ち並んでいる。
「いやあ、やっと着いたね。相変わらずこの土地は寒い、僕は王国のほうが好みかも」
ハリスの言葉に大人たちが笑っている。ハリスが振り返って僕たちに笑顔を見せる。
「ようこそ雪に囲まれたフォクシネル共和国へ。じゃあ皆そのままダンネに付いて行くんだ。僕たちは先に立ち寄るべきところがあるからね」
ハリスは大人たちを連れて雪道を歩いていく。隙をついてダンネのママが、ダンネを軽々と抱きかかえた。
「さあ、あなたたちはパパの元へ行きましょう。皆もついて来てね」
抱きかかえられたダンネの両耳がペタンとなる。ダンネのママの後をついて行く。大人ということもあって尻尾がダンネよりモフモフしている。ふと僕は立ち止まり振り返る。
ニャーとドロップが立ち止まる。
「どうしたニャ?」
「なんか」
誰かに見られている気がする。とても普通の気配だ、物陰に誰かが潜んでいる。
「どうしたの?」
両耳ペタンのダンネを抱いている、ダンネのママが僕と同じ方向を見る。
「あー、誰かに見られてる?」
僕はダンネのママに顔を上げる。
「分かるの?」
「全部で何人いるか分かる?」
「八人」
なんとなくそんな気がした。
「ちょっと鬱陶しいかもしれないけど、気にしなくていいわ。全員あなたを守るための護衛よ。ついてきて」
「うん」
ダンネのママが振り返って歩きはじめる。一瞬見えた横顔が母さんに似ている。やっぱり雰囲気も似てる気がする。僕はダンネのママの背後を見ながら首を傾げる。ドロップが僕をじっと見ている。
「どうしたの?」
「なんでもない」
僕たちはダンネのママを追う。雪を踏みつける音を楽しみながら街を眺める。屋根に少し雪が積もっていて、トゲトゲがいっぱい付いてる。地面にも雪が積もっている。雪だらけだ。僕はトゲトゲを指さす。
「ねえあれなに?」
「あれはつららよ。危ないから気をつけてね」
つららは危ないのか。気をつけよう。
「それ!」
僕らと同じ子供たちが雪を掴んで投げ合っている。皆毛色がバラバラだ、ダンネの様に茶色い子もいれば、黒い子もいる。その内のひとりが白い髪をしている。その子を見て何故か軽く頭痛が起きる。僕は逃げるように顔を背けて歩き続ける。なんだろう、雪を見てから「白」に何かが反応している。それが何を意味しているのかが分からない。僕はただダンネのママについて行く。ゆるい上り坂を歩き続ける。ドロップの息がちょっとずつ早くなる。
「どうして坂道ニャ?」
「それは私に聞かれても困るわね。なんせ産まれたときからこうだったから。この国はちょっと小高い丘の上に領主の館があるの」
僕はドロップに顔を向ける。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「嘘だ」
「え? あ、そうだね。ガウルに嘘はつけないんだった。思ったより坂道が長くて」
ニャーがドロップを指さす。
「ドロップは運動不足ニャ」
「そうかもしれない」
抱えられているダンネがひょっこり顔を出す。
「ガウルが背負ってあげればいいんだ」
「うん」
僕はドロップの前にしゃがみ、ドロップが僕の背に乗る。とても暖かい。
「やっぱりガウルは暖かいね。雪で冷えたのかな?」
「そうかもね」
僕はドロップを背負ってゆるい坂道を上がっていく。
「ここが領主ことパパのいる屋敷」
建物は大きいけど、お城とは違う。大きい三階建ての家だ。
「お城じゃない」
「共和国にお城は無いのよ。ついてきて」
僕たちはダンネのママについて行く。
「ガウル、もう大丈夫。ありがとう」
僕はドロップを背から降ろす。
「ママ、私も降ろして」
「黙りなさい」
「はい」
どうやらダンネは降ろしてもらえない様だ。僕はダンネのママの横まで駆けて、ダンネを見上げる。僕は初めてフォクシネル共和国に来た。近くない、とても遠かった。ダンネは僕の住む島まで家出してきた。すごい距離だ。
「ダンネはよくこんな遠くの所から家出したね」
ダンネは怯えて、ダンネのママが笑顔を見せる。
「そうね。一体どうやったらあそこまで家出しようと思うのかしら?」
ダンネのママが抱えているダンネを睨む。ダンネは顔を反らし、怖くなった僕はドロップに駆けて抱き着く。
「抱き着かないでよ、離れて!」
僕は恐怖でずっとドロップに抱き続ける。
「ガウルは怖がりニャ」
ドロップが必死に僕を引き剥がそうとする。
「ニャーも手伝ってよ!」
ニャーが僕を掴んで引っ張る。僕はふたりに引き離されドロップから離れる。
「いい加減に僕に抱き着くのやめて!」
「だってダンネのママがすごい怒って怖かったから」
「皆ついてきなさい」
ドロップとニャーが僕を押し始める。
「ほら前に行くニャ」
「ガウルが先だよ」
何故か僕が先頭になってダンネのママを追う。扉を開けて階段が少し横にある。その階段を昇り続けて三階まで上がる。一瞬、ダンネが逃げ出そうと試みるがダンネのママが逃がさない。ちょっと狭い廊下を歩いて両扉の部屋を開ける。広い部屋でひとり机に向かい椅子に座って羽ペンを走らせているキツネの人がいた。
「今日は誰とも会う予定は無いぞ」
「帰ったわ」
ダンネのママがそう言うと、キツネの人が手を止めて顔を上げる。
「やっと帰ったか」
ダンネのママがダンネを降ろして、キツネの人に手を伸ばす。
「紹介するわね。フォクシネル共和国の領主で名をタリヌ。ダンネのパパ」
あの人がダンネのパパか。そう言えば似ている。
「さあタリア、まずあなたが謝りなさい」
「え?」
ダンネが驚いてダンネのママを見上げる。
「私が謝るんじゃ」
「黙ってなさい」
「はい」
ダンネのパパがため息を吐いて。机の前まで移動する。
「酷いこと言って済まなかった」
誰も何も喋らない。
「ダンネはダンネで謝りなさい、どれだけ心配させたと思ってるの」
「ご、ごめんなさい」
ダンネが嘘をついた。だから僕はダンネに近づいて袖を引っ張る。ダンネが僕の手を振りほどく。ダンネのママが僕を見下ろす。
「何してるの?」
「ダンネが嘘をついたから袖を引っ張ってるの」
ダンネがすごい僕を睨んでくる。
「つまり……謝る気はないのダンネ?」
ダンネがダンネのパパを睨む。
「私はパパに謝らないもん! 子供の分際でなんて言われてどうして私が謝らなくちゃいけないの」
「ダンネ、それは悪かった」
「嘘よ! ガウル! パパを見て!」
僕はダンネに強引に前に出される。
「パパは嘘をついてるのよ! そうでしょ!」
「嘘ついてないよ」
ダンネのパパは嘘をついていない。ちゃんと謝ってる。ダンネのパパがママに顔を向ける。
「ちょっと待て。さっきから嘘をついてるついてないという話はなんだ?」
「それは後からハリスの説明を聞いたほうが早いわ。今はあまり気にしないで」
ダンネのパパが僕を見る。僕はダンネに掴まれているから動けない。僕はダンネに振り返る。
「ダンネはパパのこと大嫌いなの?」
「大嫌いよ!」
「嘘だ」
ダンネが僕を睨んで突き飛ばす。
「もう知らない! 私帰る!」
「待ちなさいダンネ」
ダンネは部屋を出て行った。ドロップが扉と僕を交互に見る。
「追いかけようよ!」
「うん」
僕たちはダンネを追いかけることにした。階段を駆け下りるダンネを見つけて僕たちも階段を降りる。ダンネが外に出てすごい速さで雪の上を駆けていく。だから僕はダンネを必死に追いかけて追いついて飛びついた。ダンネと僕は雪の上に倒れる。ダンネが顔をあげて首を振って雪をはらう。
「なにするの!」
「ドロップが追いかけようって」
「飛びつかないでよ! 足だけは速いんだから!」
ダンネがゆっくりと立ちあがって体についた雪をはらう。
「なんで逃げたの?」
「逃げてないもん! パパの顔なんか見たくない!」
「また嘘ついた」
ダンネが僕を睨んで突き飛ばす。僕は雪の上に倒れる。そこにドロップとニャーが追いついてくる。ニャーは平然としてるけど、ドロップの息が切れている。
「み、皆足速すぎるよ」
「ドロップが運動不足なだけニャ」
ダンネが両手で髪を必死に掻く。
「頭痒いの?」
「うるさい!」
「怒られた」
「怒られたニャ」
ダンネが頭を掻き終えて深く大きく深呼吸をする。
「とにかく! 私はパパの顔なんか見たくないの! だから自分の家に帰る! ついて来ないで!」
ダンネがひとりでに歩きはじめる。でもそれは嘘だから僕はついて行く。ニャーとドロップも僕に続いてダンネについて行く。
「ついて来ないでって言ってるでしょ!」
「だって嘘」
「うるさい! ガウルは私の嘘を見破らなくていいの!」
「わかった。僕ダンネの嘘を見破らない」
「ふん! 分かったらついて来ないで!」
ダンネが歩くので僕たちはまた歩いていく。
「だから! なんでついて来るの!」
僕たちは顔を見合わせて首を傾げる。
「だってダンネが嘘ついてるから」
「私の話をまともに理解できる人はいないの! ひとりにして! ついて来ないで!」
ダンネはひとりで歩いていく。僕たちは知らない国で取り残されてしまった。




