第33話 止まらぬ思考
フォクシネル共和国までの道は遠い。歩いてすぐ、なんて距離じゃない。何かの荷物を運んでくれた人たちが白い布を広げたと思えば。紐を通して骨組みを建てテントを作ってくれた。僕は手伝うこともなく腰降ろし、ずっとドギルス王国での出来事を思い出す。前の僕なら覚えることも出来なかった。でもなぜか今はしっかり覚えている。やっぱりシルケだと思うたれ耳のイヌ、その男の人が杖で僕のことを整理してくれたんだ。そのときのことはしっかり覚えている。振り続ける雨が完全に止まっていた。覚えることが出来るようになっても、やっぱり僕に理解が出来ない。それでもつい考えてしまう。答えなんか見えるはずないのに、両目なんか力強く瞑ってしまう。一生懸命考えているのに、ニャーが僕を登り始め肩車をする僕。僕は眼を開ける。
「そこで何をしているの?」
「ガウルが一生懸命何か考えてるニャ」
「そうだよ、僕は一生懸命考えているんだ。ニャーも考えてよ」
「ニャーは難しい話分からないニャー」
ニャーが左右に動くので、僕は咄嗟にニャーの脛を掴む。
「危ないよ!」
ニャーはゆっくりと動きを小さくしていく。そもそも、ニャーがここにいるのもおかしな話だ。別の世界から来た。そういえばバカラスもヒキコウモリもトゥビラも「自分の世界」があって。やっぱりニャーも理なのかな?
「ねえニャー」
「なんニャ?」
「ニャーって理なの?」
「ニャーはニャーだニャ」
「ニャーの世界ってどんな世界?」
「皆ネコだニャ。皆ダラダラ暮らしてるニャ」
「その世界に理っている?」
「ニャーは知らないニャ、難しい話は覚えられないニャ」
僕はもうちょっと踏み込むことにした。
「ねえ、赤い眼をして……人を弱らせることが出来るネコっているの?」
僕は王国、白薔薇協会礼拝堂の階段と図書館で見た赤い眼を思い出す。そだけでも気も悪くなる。
「皆出来るニャ」
「え?」
「ネコは魔力があるから皆出来るニャ。でもそれしたら校長にすごい怒られるニャ。ご飯抜きにされるニャ」
「校長?」
「ニャーの学校の校長ニャ。ニャリスは魔力で刺して来るにゃ、ニャットは難しいことばっかり言っててよく分からないニャ」
「そのネコの国の帰り方が分からないんだよね?」
ニャーが僕の頭を軽く叩き始め僕は両手をあげて抵抗する。
「そうだニャ! 誰も迎えに来ないニャ! どういうことニャ!」
「僕に聞かれても困るよ! ふん!」
僕はニャーの両手を力強く掴む。ニャーが「シャー!」と僕を威嚇する。そこにダンネが尻尾をモフモフ動かしながら近づいて来る。
「そこで何をしているの?」
「どうして誰もニャーを迎えに来ないニャ!」
「私に聞かれても困るよ! ところでそろそろご飯だけ」
「ご飯ニャ!」
ニャーが僕の両手を振りほどいて飛び降りる。そしてテントへ駆けていく。
僕は立ち上がりながらお尻の土を軽くはらう。周囲を見るとドロップの姿が見えない。
「ドロップは?」
「ちょっと離れたところにひとりでいる」
「なんで?」
「その……たぶん混乱しているから……」
歯切れの悪いダンネをつい睨んでしまう。
「ダンネも変だよ、どうしたの?」
「その……今までのガウルと明らかに様子が違うから」
僕は呆れてため息を吐き両腕を組む。
「僕だってよく分からない」
つい胸を張る。それを見てダンネが笑う。
「何がおかしいの?」
「なんかちょっと間抜けなのは変わらないなと思って」
「ひどいなあ。僕だって訳の分からないなか必死に考えてるんだぞ! それでドロップは?」
「あっち」
ダンネが指をさす。本当にちょっと離れたところで腰を降ろしている。僕とダンネはドロップに近づいていく。ドロップの背後に着いてもドロップは僕たちに気づかない。
「何してるの?」
「うわあ!」
ドロップが驚いて前へ倒れる。
「驚かさないでよ!」
「別に驚かせてないよ。何してたの?」
「ちょっと考え事、それで何か用?」
「何考えてたの?」
ドロップをは僕から眼を離す。明らかに何か考えていた。ただそれを言いたくないなら聞く気もない。
「言いたくないなら言わなくていいよ。ご飯だって」
僕は先にテントへ向かおうと歩きはじめる。
「僕は」
ドロップが何かを言いかけて僕は足を止める。振り返っても何も言わない。こちらに眼を向けず杖を必死に両手で抱えている。
「なに?」
つい催促する。
「僕は本当に誰なのかって思って……エドさんもハリスさんもすごい驚いてた。僕がシルケ……ガウルを助けてくれた人と僕がそっくりなことに。僕は何も思い出せないんだ、だからその……どうしていいか分からなくて」
ドロップはくだらないことを考えすぎている。
「ついて来い」
「え?」
「ご飯だ、ついて来い」
「うん」
僕はテントへ少し歩いてまた振り返る。
「ふたりに言っておこうと思って。僕はその……どちらの僕でもドロップとダンネとしてきたことは覚えてるんだ。それで僕自身よく考えてもよく分からない。ということは、僕は今までの僕と言うことさ。いいふたりとも普通にしてね。なんか変に緊張してて嫌」
ダンネが「うん」と言いドロップが「わかった」と言う。
「じゃあご飯を食べに行こう」
僕は全力でテントへ駆けていく。
「あ! 待て!」
ダンネが僕を追いかけてドロップが後を追って来る。テントの中央に来るとニャーは木の皿に入った粥を睨みすぎている。両耳を横にしてすごい睨んでいる。
「どうしたの?」
「熱くて食べられないニャ。冷めるまで待ってるニャ」
「大変だね」
「大変ニャ」
知らないキツネの人が僕にお皿とスプーンを渡して来る。
「ありがとう」
僕は粥の入った皿を受け取り息を吹きかけて冷ます。程よく冷めたところで食べようとスプーンで粥を掬う。それをニャーがすごい睨んでいる。もの凄い睨んでいる。なので僕はニャーの粥と自分の粥を交換して上げた。ニャーは嬉しそうに粥を食べ始める。
「ごめんね、熱いのが駄目と知らなくて」
ハリスが笑顔で謝罪して来た。僕はついニャーを指さす。
「このクロネコはあまり気にしなくていいです」
ニャーは僕の言ったことなど気にせずお粥を食べ続けている。ダンネとドロップも粥の入った皿を受け取る。
「ところで各自何か考えてたね。何か気づいたことあったかい?」
「僕はなんだか頭がスッキリした」
「そうだろうね、雰囲気も。いや、話し方がとてもハッキリしてきたね」
「僕大丈夫かな?」
少しの不安は僕にだってある。そんな僕にハリスは笑い声をあげる。
「大丈夫だよ、君はガウルだ。と、僕が言っていいものか分からないけどね」
ハリスは粥を口に入れる。僕も粥を食べようと白い粥を眺める。そして二羽の白い鳥を思い出した。
「あ、そうだ。僕、二羽の白い鳥を追いかけたんだ」
「鳥?」
「うん。僕に言ったんだ。ガウル、パンを取ってくるんだって。それでパンを上げたあとに……」
僕はその先が思い出せない。なんでだろう? 僕はあのあと何した? 手が無意識に動いてスプーンで粥を掬う。それを口に運んでも必死に思い出そうと考える。何かが抜けている気がする。
「ガウル」
「そのあとシルケだと思う人が僕を助けてくれて、僕に杖を向けて」
「ガウル」
ハリスに呼ばれたことに気づいてその顔を見る。
「今は考えないほうがいい。実は面白いかな、思考が毒になるときがある」
「毒?」
「そう毒だ。人言うのは何かと迷うものでね。ふとした考えや長年考えた末のことが実は間違いだった。なんてことは日常茶飯事さ。それに気づけるならまだいい、問題は思考が毒となった場合、それは自分自身を滅ぼす思考。毒なのでそのことに気づかない。ガウルはいま一生懸命考えて思考を巡らせているけど、結果は恐らく分からないことだらけだね?」
ハリスに反論すら出来ず僕は頷く。
「これはダンネにも当てはまるよく聞くんだ。常時思考を走らせて良い結果はひとつしてない。まあ。肩の力を抜いて今は気楽に休んで欲しい。考え纏めようというのは素晴らしい心掛けだが、今は休むべきだよ」
ダンネが手を上げる。
「なんだい?」
「そうしたら私はカーリーに点数で勝てますか!」
キツネの皆が笑う。カーリーとは誰だろう?
「それは……お手やわからにお願いしたい」
僕はダンネに顔を向ける。
「カーリーって誰?」
「ハリスさんの息子で私たちと同じ歳の子供なの。カーリーがいつもテストで満点取るの! だから私はいつも二位なの!」
あまり気にせず粥を食べる。ダンネより頭の良い子供がいるのか。ちょっと気になるな。
「どんな子?」
「ビクビクしてる」
「ビクビク?」
「ちょっと臆病なの」
ハリスが顔を抑える。
「僕の可愛い息子はなんというか。人が苦手でね。もうちょっと良くなって欲しいなとは思っているんだ」
ダンネが僕にスプーンを向ける。
「ドギルス王国に来たばっかりのガウルみたいな感じだよ」
「へえ」
「そこにドロップを足した感じがたぶんカーリー」
粥を食べていたドロップが顔を上げる。
「僕?」
「そう、すごい臆病なの。ビクビクしてるけど頭がすごい良いの! 私は打倒カーリーを掲げているの!」
またキツネの人たちが笑う。
「打倒カーリーだって」
「ハリスさんも大変だ」
「ダンネ、お願いだからお手やわからに頼むよ」
「任せてください! 次こそ一位を取ります!」
ダンネのママがお粥を飲み込む。
「あなたはまずパパに説教されるのよ」
キツネの人たちがまた笑う。ダンネの両耳がペタンとなっていく。僕はダンネの頭に手を伸ばして頭と両耳を撫でる。そしてダンネの首がゆっくりと動き僕を睨む。
「いま何をしたの?」
「いやつい両耳ペタンが面白くて」
「いま何をした!」
僕とダンネはお皿を置いて駆けっこを始める。足だけなら僕のほうが早い。それを見て皆が笑っている。ドロップも笑っていた。僕とダンネは飽きるまで駆けっこを続けた。僕は以前に……誰かとくだらない駆けっこをした記憶がある。そんな気がした、でもそんな記憶は僕にはない。だから気のせいなんだ。
ダンネと駆けっこしながら少し不安になり足を止めてしまう。
「とう!」
ダンネが僕に飛びついて捕まってしまう。




