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ガウル  作者: キヌミタロ
第5章 東へ
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第33話 止まらぬ思考

 フォクシネル共和国までの道は遠い。歩いてすぐ、なんて距離じゃない。何かの荷物を運んでくれた人たちが白い布を広げたと思えば。紐を通して骨組みを建てテントを作ってくれた。僕は手伝うこともなく腰降ろし、ずっとドギルス王国での出来事を思い出す。前の僕なら覚えることも出来なかった。でもなぜか今はしっかり覚えている。やっぱりシルケだと思うたれ耳のイヌ、その男の人が杖で僕のことを整理してくれたんだ。そのときのことはしっかり覚えている。振り続ける雨が完全に止まっていた。覚えることが出来るようになっても、やっぱり僕に理解が出来ない。それでもつい考えてしまう。答えなんか見えるはずないのに、両目なんか力強く瞑ってしまう。一生懸命考えているのに、ニャーが僕を登り始め肩車をする僕。僕は眼を開ける。

「そこで何をしているの?」

「ガウルが一生懸命何か考えてるニャ」

「そうだよ、僕は一生懸命考えているんだ。ニャーも考えてよ」

「ニャーは難しい話分からないニャー」

 ニャーが左右に動くので、僕は咄嗟にニャーの脛を掴む。

「危ないよ!」

 ニャーはゆっくりと動きを小さくしていく。そもそも、ニャーがここにいるのもおかしな話だ。別の世界から来た。そういえばバカラスもヒキコウモリもトゥビラも「自分の世界」があって。やっぱりニャーも理なのかな?

「ねえニャー」

「なんニャ?」

「ニャーって理なの?」

「ニャーはニャーだニャ」

「ニャーの世界ってどんな世界?」

「皆ネコだニャ。皆ダラダラ暮らしてるニャ」

「その世界に理っている?」

「ニャーは知らないニャ、難しい話は覚えられないニャ」

 僕はもうちょっと踏み込むことにした。

「ねえ、赤い眼をして……人を弱らせることが出来るネコっているの?」

 僕は王国、白薔薇協会礼拝堂の階段と図書館で見た赤い眼を思い出す。そだけでも気も悪くなる。

「皆出来るニャ」

「え?」

「ネコは魔力があるから皆出来るニャ。でもそれしたら校長にすごい怒られるニャ。ご飯抜きにされるニャ」

「校長?」

「ニャーの学校の校長ニャ。ニャリスは魔力で刺して来るにゃ、ニャットは難しいことばっかり言っててよく分からないニャ」

「そのネコの国の帰り方が分からないんだよね?」

 ニャーが僕の頭を軽く叩き始め僕は両手をあげて抵抗する。

「そうだニャ! 誰も迎えに来ないニャ! どういうことニャ!」

「僕に聞かれても困るよ! ふん!」

 僕はニャーの両手を力強く掴む。ニャーが「シャー!」と僕を威嚇する。そこにダンネが尻尾をモフモフ動かしながら近づいて来る。

「そこで何をしているの?」

「どうして誰もニャーを迎えに来ないニャ!」

「私に聞かれても困るよ! ところでそろそろご飯だけ」

「ご飯ニャ!」

 ニャーが僕の両手を振りほどいて飛び降りる。そしてテントへ駆けていく。

 僕は立ち上がりながらお尻の土を軽くはらう。周囲を見るとドロップの姿が見えない。

「ドロップは?」

「ちょっと離れたところにひとりでいる」

「なんで?」

「その……たぶん混乱しているから……」

 歯切れの悪いダンネをつい睨んでしまう。

「ダンネも変だよ、どうしたの?」

「その……今までのガウルと明らかに様子が違うから」

 僕は呆れてため息を吐き両腕を組む。

「僕だってよく分からない」

 つい胸を張る。それを見てダンネが笑う。

「何がおかしいの?」

「なんかちょっと間抜けなのは変わらないなと思って」

「ひどいなあ。僕だって訳の分からないなか必死に考えてるんだぞ! それでドロップは?」

「あっち」

 ダンネが指をさす。本当にちょっと離れたところで腰を降ろしている。僕とダンネはドロップに近づいていく。ドロップの背後に着いてもドロップは僕たちに気づかない。

「何してるの?」

「うわあ!」

 ドロップが驚いて前へ倒れる。

「驚かさないでよ!」

「別に驚かせてないよ。何してたの?」

「ちょっと考え事、それで何か用?」

「何考えてたの?」

 ドロップをは僕から眼を離す。明らかに何か考えていた。ただそれを言いたくないなら聞く気もない。

「言いたくないなら言わなくていいよ。ご飯だって」

 僕は先にテントへ向かおうと歩きはじめる。

「僕は」

 ドロップが何かを言いかけて僕は足を止める。振り返っても何も言わない。こちらに眼を向けず杖を必死に両手で抱えている。

「なに?」

 つい催促する。

「僕は本当に誰なのかって思って……エドさんもハリスさんもすごい驚いてた。僕がシルケ……ガウルを助けてくれた人と僕がそっくりなことに。僕は何も思い出せないんだ、だからその……どうしていいか分からなくて」

 ドロップはくだらないことを考えすぎている。

「ついて来い」

「え?」

「ご飯だ、ついて来い」

「うん」

 僕はテントへ少し歩いてまた振り返る。

「ふたりに言っておこうと思って。僕はその……どちらの僕でもドロップとダンネとしてきたことは覚えてるんだ。それで僕自身よく考えてもよく分からない。ということは、僕は今までの僕と言うことさ。いいふたりとも普通にしてね。なんか変に緊張してて嫌」

ダンネが「うん」と言いドロップが「わかった」と言う。

「じゃあご飯を食べに行こう」

 僕は全力でテントへ駆けていく。

「あ! 待て!」

 ダンネが僕を追いかけてドロップが後を追って来る。テントの中央に来るとニャーは木の皿に入った粥を睨みすぎている。両耳を横にしてすごい睨んでいる。

「どうしたの?」

「熱くて食べられないニャ。冷めるまで待ってるニャ」

「大変だね」

「大変ニャ」

 知らないキツネの人が僕にお皿とスプーンを渡して来る。

「ありがとう」

 僕は粥の入った皿を受け取り息を吹きかけて冷ます。程よく冷めたところで食べようとスプーンで粥を掬う。それをニャーがすごい睨んでいる。もの凄い睨んでいる。なので僕はニャーの粥と自分の粥を交換して上げた。ニャーは嬉しそうに粥を食べ始める。

「ごめんね、熱いのが駄目と知らなくて」

 ハリスが笑顔で謝罪して来た。僕はついニャーを指さす。

「このクロネコはあまり気にしなくていいです」

 ニャーは僕の言ったことなど気にせずお粥を食べ続けている。ダンネとドロップも粥の入った皿を受け取る。

「ところで各自何か考えてたね。何か気づいたことあったかい?」

「僕はなんだか頭がスッキリした」

「そうだろうね、雰囲気も。いや、話し方がとてもハッキリしてきたね」

「僕大丈夫かな?」

 少しの不安は僕にだってある。そんな僕にハリスは笑い声をあげる。

「大丈夫だよ、君はガウルだ。と、僕が言っていいものか分からないけどね」

 ハリスは粥を口に入れる。僕も粥を食べようと白い粥を眺める。そして二羽の白い鳥を思い出した。

「あ、そうだ。僕、二羽の白い鳥を追いかけたんだ」

「鳥?」

「うん。僕に言ったんだ。ガウル、パンを取ってくるんだって。それでパンを上げたあとに……」

 僕はその先が思い出せない。なんでだろう? 僕はあのあと何した? 手が無意識に動いてスプーンで粥を掬う。それを口に運んでも必死に思い出そうと考える。何かが抜けている気がする。

「ガウル」

「そのあとシルケだと思う人が僕を助けてくれて、僕に杖を向けて」

「ガウル」

 ハリスに呼ばれたことに気づいてその顔を見る。

「今は考えないほうがいい。実は面白いかな、思考が毒になるときがある」

「毒?」

「そう毒だ。人言うのは何かと迷うものでね。ふとした考えや長年考えた末のことが実は間違いだった。なんてことは日常茶飯事さ。それに気づけるならまだいい、問題は思考が毒となった場合、それは自分自身を滅ぼす思考。毒なのでそのことに気づかない。ガウルはいま一生懸命考えて思考を巡らせているけど、結果は恐らく分からないことだらけだね?」

 ハリスに反論すら出来ず僕は頷く。

「これはダンネにも当てはまるよく聞くんだ。常時思考を走らせて良い結果はひとつしてない。まあ。肩の力を抜いて今は気楽に休んで欲しい。考え纏めようというのは素晴らしい心掛けだが、今は休むべきだよ」

ダンネが手を上げる。

「なんだい?」

「そうしたら私はカーリーに点数で勝てますか!」

 キツネの皆が笑う。カーリーとは誰だろう?

「それは……お手やわからにお願いしたい」

 僕はダンネに顔を向ける。

「カーリーって誰?」

「ハリスさんの息子で私たちと同じ歳の子供なの。カーリーがいつもテストで満点取るの! だから私はいつも二位なの!」

 あまり気にせず粥を食べる。ダンネより頭の良い子供がいるのか。ちょっと気になるな。

「どんな子?」

「ビクビクしてる」

「ビクビク?」

「ちょっと臆病なの」

 ハリスが顔を抑える。

「僕の可愛い息子はなんというか。人が苦手でね。もうちょっと良くなって欲しいなとは思っているんだ」

 ダンネが僕にスプーンを向ける。

「ドギルス王国に来たばっかりのガウルみたいな感じだよ」

「へえ」

「そこにドロップを足した感じがたぶんカーリー」

 粥を食べていたドロップが顔を上げる。

「僕?」

「そう、すごい臆病なの。ビクビクしてるけど頭がすごい良いの! 私は打倒カーリーを掲げているの!」

 またキツネの人たちが笑う。

「打倒カーリーだって」

「ハリスさんも大変だ」

「ダンネ、お願いだからお手やわからに頼むよ」

「任せてください! 次こそ一位を取ります!」

 ダンネのママがお粥を飲み込む。

「あなたはまずパパに説教されるのよ」

 キツネの人たちがまた笑う。ダンネの両耳がペタンとなっていく。僕はダンネの頭に手を伸ばして頭と両耳を撫でる。そしてダンネの首がゆっくりと動き僕を睨む。

「いま何をしたの?」

「いやつい両耳ペタンが面白くて」

「いま何をした!」

 僕とダンネはお皿を置いて駆けっこを始める。足だけなら僕のほうが早い。それを見て皆が笑っている。ドロップも笑っていた。僕とダンネは飽きるまで駆けっこを続けた。僕は以前に……誰かとくだらない駆けっこをした記憶がある。そんな気がした、でもそんな記憶は僕にはない。だから気のせいなんだ。

 ダンネと駆けっこしながら少し不安になり足を止めてしまう。

「とう!」

 ダンネが僕に飛びついて捕まってしまう。

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