第31話 交差する思惑
さて、元に戻ることなく夜になってしまった。今のところハチしか俺に気づいていない。ハリスとハスタ、数名のキツネに連れられ、ダンネ、ドロップ、クロネコのニャー、俺の順で夜道を歩き始める。流石に気になったことがあって、どうしてこの場にクロネコがいるんだ? まあ何か事情があってのことだろう大して気にする必要はない。ドロップは相変わらず記憶喪失のままだし、ダンネは綺麗な服を着てさてこれから晩餐会。
「そうだダンネ。君は頭が良いから相手に敬意を払って愛想笑いが出来るだろう。今回それはしなくていい。相手は慣れた方々だ、君の素直さで挨拶してくれ」
「わかりました」
俺はハリスの背を若干睨む。こいつ相当数殺してるな。ハチの比ではない、ただし人望厚く見える恐怖政治と言う訳ではない……暗殺か処刑人の類か。このハリスにだけは警戒しておこう、頭の回転が非常に速い。俺が今までと違うことをやれば俺に悟られる可能性がある。
そんなことを考えているとクロネコが俺に顔を向けてくる。
「なに?」
今まで通りの言葉で返す。クロネコの口がゆっくりと歩き始め、瞳孔が丸くなっていく。悟られたか? 仕方ない先手を打つか。
「何か美味しい物食べられるといいね」
ニャーが口を閉じる。
「いっぱい食べるニャ!」
ニャーは細長い尻尾を動かしながら歩いていく。とりあえずこのクロネコはこれでいいだろう。次に、ドロップの背を眺める。ちゃんと動いているところを見れば大丈夫そうだ。その先にいるダンネも厄介だ。俺は本当にキツネが大嫌いだ。口うるさくて頭が良い。ハリスには劣るが警戒しておこう。それと三人が背後の物影からこちらを眺めている。ダンネの護衛と言ったところだろうか。ふたり不慣れでひとり達者だ。まあキツネだろう、気にすることはない。
俺は誰にも自分を説明することなく夜道を歩く。
晩餐会の会場についた俺は早速「ふむ」と、間抜けな声を漏らしてしまう。高級感漂う宿屋の一室だ。部屋も広いが天井が遥か彼方の高さではない。中央の大きく正方形の枠に並べられた机、白いテーブルクロスに汚れも皺も無く。高価な銀色の皿に果物があり、白い皿たちには色とりどりの料理。等間隔に置かれた蝋燭が部屋を照らすと同時に、四隅に置かれた丸いテーブル。そこも白いテーブルクロスが敷かれ、三又の燭台には白い蝋燭が綺麗に三本刺さっている。小規模な晩餐会だ、それに対して少々人が多い様にも見える。入口に甲冑を来た槍持つ衛兵ふたり、部屋の中央横の壁にふたり、隅に控えている給仕がふたり、綺麗なドレスを着ている垂れ耳のイヌ、愚痴を静かに零しているエドとそれをなだめている笑顔のドラス。ハリスを見て殆どの人が笑顔を見せる。綺麗な偽りの笑顔だ。
「お待たせて失礼しました。どうしても皆様方にご挨拶させたい子がおりまして。以前にご説明したフォクシネル共和国、領主の娘ダンネでございます。とある事情で王国に訪問致しました。此度は、どうかお手柔らかにご挨拶をさせて頂きたく」
皆が笑い声をあげる。俺はそんな話し上手のハリスを見る。恐らくこの場を既に支配しているのはこの男だ。本人が既に説明した通り、皆がハリスに警戒をしている。それをダンネの挨拶で紛らわす。そしてハリスが何かの交渉で譲歩をするのだろう。利害の一致さえあれば人は利に流れる。末恐ろしい男だ。
「さて、ハスタとダンネは僕と挨拶しに行こう。ガウルとドロップとニャーは、料理を楽しんでいてくれ」
ニャーが素早く動くのでドロップが慌てて追いかける。俺も追いかけようとしたとき「ガウル」と声を掛けられた。
「この場の嘘は基本気にしなくていい、表の言葉に裏の思惑がある。何も気にすることはないよ」
「わかった」
俺はニャーを追いかける。既にふたりはいなり寿司を手にして食べている。他の料理もあるだろうに、それほどいなり寿司が美味しかったのだろう。俺もいなり寿司を手にして口に入れる美味しい。
「これ美味しいね」
俺は顎動かしながら「そうだな」と言ってしまう。そして顎を止める。ドロップが無表情で俺を見ている。
「こっちも美味しそうにニャ」
ニャーのひと声でドロップの注意は別の料理へ向く。それを眺めながら俺はゆっくりと顎を動かす。味がしない。俺はひとつの選択を模索し始める。説明すべきか? 説明して子供のこいつらに理解出来るか? ガウル自身がそれに耐えられるか? いなり寿司を飲み込んでも考えが纏まらない。ニャーが手で黄色い何かを手で取ろうとしてドロップに叱られている。身近にあったお皿とスプーンを手にし自分の皿に盛る、ふたりで仲良く何かを食べ始める。それを食べたドロップが俺に近づいて来る。
「大変だガウル、こっちへ来て」
ドロップに案内されて黄色い何かの前まで来る。
「これを食べてよ」
「うん」
俺は皿を手にしてスプーンを使って皿に盛る。掬って口に入れると一気に甘みと香りが鼻に届く。美味しすぎる。
「美味いなこれ!」
「でしょう! これすごい美味しい」
俺たち三人は無言で黄色い何かを食べ続ける。
「それはカボチャだ」
皆で顔を見上げれば、既に疲れが顔に少し出ているエドが立っていた。
「疲れてるね」
俺はカボチャを食べながら口にしてしまう。
「俺はこの場に身分不相応だからな。まあ……邪魔しない程度に隅にいさせてもらうよ」
この男は素直だな、ハリスや貴族たちと違って思惑の類を感じない。俺は素直に尋ねることにした。
「シルケは見つかった?」
エドは首を横に振る。
「情けないが無理に近い。改めて見直しても手掛かりが無さすぎる。国を出ている可能性も考えている」
「誘拐されたとか?」
エドは片手を振る。
「いや、その類は除外した。何かと治安が良くなってね。実は犯罪という犯罪はあまり起きていない。あって食べ物を盗む。程度だな。今は食事を楽しんでくれ、俺の気晴らしに付き合わせて悪かった」
「うん」
エドが俺たちから離れ少し歩くと、知らない貴族がふたりエドに近づいて挨拶される。エドは一生懸命笑顔を見せている。大変だな。その奥に見える窓、外の柵に誰かが立っていた。俺はカボチャを皿に盛って外へ続く扉を探す。扉は部屋の奥のほうにあった。
「どこ行くの?」
「ちょっと外。食べてなよ」
「うん」
ニャーが静かだと思ったら次から次に料理を食べている。
外へ続く扉は部屋の奥だった。そっと開けば人がおらず涼しい。とても良い場所だ。カボチャを食べならら近づくとドラスがいた。
「何見てるの?」
俺の声にドラスが少し驚く。
「驚かさないでくれよ! 僕は帝国の大使だからエドより立場が悪くてね。ダマルも来てるけど裏方に回っているようだ。まあハリスがいるのだから当然か」
帝国は確かオオカミの国だったはず。
「なんでイヌのドラスが帝国の大使なの?」
「お、良い着眼点だ。実は子供のときに帝国方面で捨てられてね。そこをとあるお方に拾って貰ったんだ。その恩返しに一生懸命勉強したら、イヌということもあって大使に任じられたって訳」
「へえ」
ということはこいつも頭が良い類か。気をつけよう。
「ところで僕のお母さんとお父さん知ってるんでしょ。教えてよ」
「それは後のお楽しみだよ、お父さんの楽しみを取っちゃうから」
「僕の母さんに牙は無いよ、じゃあお父さんが長一族だ」
「ほう」
ドラスの眼が力強く俺を見下ろす。実に良い眼だ。俺はカボチャを食べる。美味しい。
「ガウルは頭は良いほうかい?」
「僕頭良くないよ」
「そうかなあ、僕の見立てなら頭良く思えるけどなあ。ガウルはお父さんと会ったことがあるのかい?」
「ないよ」
「お母さんから牙の話は聞いたかい?」
「ないよ」
「じゃあどうして牙が長一族の特徴と知る? どこでそれを知った?」
俺は返答に困った。しまった、辻褄が合わない。ドラスに牙を見られただけで、それが長一族の特徴と一致するという繋がる点が今までに存在していない。内心焦る俺にドラスが笑顔を見せる。
「それが答えだよ。君は気持ち悪いね、兄さんそっくりの頭の良さだ」
「兄さん」
「そ、意地悪してごめんね。僕は捨てられた場所から兄さんに引きずられて、兄さんと一緒に長に育てられた養子だね。あ、もし長に会う機会があったら僕が養子と言っていたことを絶対に言わないでくれ。以前それですごい怒られた」
「なんで?」
「息子当然のように育てた、養子とは何事だと。すごい怒られたんだよ。まあ隠すこともない。君は見た目と雰囲気はお母さんにそっくりだよ。でも話の素振りはお父さんそっくりだ。君のお父さんは頭が良い」
「ハリスとどっちが頭が良い」
「それは難しく怖い話だね。それを僕は聞かなかったことにする! 僕は何も聞いてないぞ!」
「もちろん僕のほうが頭悪いぞ」
気づけば笑顔のハリスが立っていた。ドラスが「げ」と言う。
「ちょうどガウルもいるし、話をしようじゃないかドラス」
眼を輝かせるハリスにドラスの顔が曇って行く。俺はカボチャを食べる。美味しい。
「実は」
ハリスはダンネが説明したことに加えて、王国で何があったのかをドラスに説明する。
「それを僕に信じろって?」
「そう返して来るのは想定済みだ。ただし事実だ。そのためガウルの保護と手掛かりを探しに行くため共和国にいちど来てもらおうと思って」
「待て、それなら帝国に行くのが先だろう。誰の子だと思っている?」
「君のお兄さんの子だろう。恐れ多いことは重々承知している。ただこれはガウルにとっても良いことだ。王国を見る、共和国見る。これは後のガウルのために必ず良い影響を与える。後々の地位を考えれば、早めに友を作るのは最良の選択だと思うが。もちろん身の安全は保障する、我々が確実に帝国までご案内しよう」
「相変わらずそれっぽく言って、影ながら自己の利益を優先するか」
「いや、いま説明した異常な状況はダンネの口から出た紛れもない事実だ。僕はこの件をかなり重く受け止めている。自分でも言うのもなんだが、僕は今回純粋に子供のために動かせてもらうよ。その証明に、文政長との揉め事からこちらが手を引いても構わない」
ドラスがかなり驚いた表情を見せる。
「それ本気で言ってるのか?」
「それほど今回の件は譲って欲しい。この王国はいまガウルに取って危険だ。僕如きでは説明できないが、今すぐにでも王国から出すべきだ。そしてこの件に協力を申し出たい」
ドラスは外を眺め考え始める。俺はハリスを見上げる。
「揉め事ってなに?」
ハリスが画顔で俺を見下ろす。
「直下の部隊同士が揉めてね、どちらが責任を取るかで喧嘩中。それで今回は僕側が頭を下げようと言う訳」
「大変だね」
「大変だよ。僕は少々怒られるだろうね。あ、ちなみに」
ハリスがドラスに手を開く。
「この帝国大使のドラスは気をつけてね。帝国の上から数えて三番目に偉い人になるから」
俺はドラスを見上げる、ハリスをこれでもかと睨んでいる。
「下手なこと教えるのだけはやめてくれ」
「長が直に言ったならそうじゃないか、もう少し自信を持つべきだ。ドラスはそれに相応しい努力をしている」
「よし、なら俺もガウルにひとつ教えておいてやろう。良いか、この王国ではエドを頼るんだ。あいつら嫌々言いながら仕事をそつなくこなす」
「それは間違いない」
ハリスが手を伸ばしてドラスは笑顔で握手をする。
「ではそういうことで」
「書面で寄越せ、ハリスの名で」
「もちろんさ! ガウル、料理を楽しんでいてくれ」
「うん分かった」
ハリスとドラスが去っていく。俺はかぼちゃを食べる美味しい。
柵に見慣れない白い鳥が二羽降りて来る。なんて鳥だ? ちょっと大きくて静かに驚いた。二羽が俺に顔を向ける。
「ガウル、パンをくれ」
挙句の果てに喋り始めた。今さら驚くことまない、バカラスの類か?
「誰だ?」
「パンを持ってきてくれたら教えてやろう」
「兄さん、二個頼んで二個」
「そうだガウル、パンを二個持ってこい」
「分かったよ」
とりえあず、中に戻って丸いパンをふたつ手にする。それを柵にいる白い鳥にひとつずつ渡そうとする。二羽が翼を広げかぎ爪でパンを掴み飛んで行く。
「パンは貰っていくぞカウル!」
「じゃあねガウル!」
「おい! お前たちが誰か」
俺の脳裏にふたりが笑顔で駆けていく画が見えた。俺は咄嗟にその鳥を追う。会場を駆け出して外へ出る。既に小さくなっている白い鳥二羽を全力で追い始める。
「待て! 待てよ!」
思い出そうとすればするほど、何故か記憶が焼かれていく。既に脳裏に浮かんだ画も思い出せず、何故俺は飛んでいる白い鳥の二羽を追っていたかすら思い出せない。入り乱れる記憶に頭痛が襲い掛かって来る。皆のところへ戻ろうとして振り返る。
見える道は知らない街並みと知らない道。俺はその場でグルグルと周り始める。
「ここはどこだ?」




