第27話 癒しの力
僕は両脚にズキズキとした痛みを感じている。両脚にはいっぱい紫色の手型がある。両手の指先も傷らだけ。僕が見た夢は夢じゃない。怖すぎて僕は涙を流しながら泣き続ける。
「痛いよう」
ダンネは僕の両脚を見て何もしない。
「ドロップを呼んで来て」
僕は無意識に言葉を口にした。
「ドロップ?」
「うん。呼んで来て」
ダンネが急いで部屋を出ていく。両手と両脚が痛い。それよりも僕は頭がおかしくなりそうだ。僕はドロップを呼んでいない、誰がドロップを呼んだの? 僕は怖くなって布にくるまり泣きながら震える。僕の体が違う人の体のように思えてくる。
ダンネとドロップが駆け足で部屋へやってくる。
「ガウル! 足見せて!」
ダンネが布を剥ぎ取る。僕の両脚の紫の手形が僕に手を伸ばすようにゆらゆら動いている。
「なにこれ!」
ドロップが杖を両手に持って震えている。
「夢の中で誰かに掴まれてこうなった」
「ぼ、僕はどうすればいいの?」
「杖を両脚に向ければいい……さっきから誰が喋ってるの!」
僕は両手で頭を掴む。
ダンネが僕に手を伸ばす。
「ねえ、大丈」
その手に怯えてダンネの手を振り払う。
「僕に触るな! 誰だお前!」
「誰って」
「フォクシイはどこいった! あいつはどこへ消えた!」
「フォ……フォクシイって誰よ!」
「いいからさっさと俺に杖を向けろ! 僕の中で誰かが叫んでる!」
ドロップは震える手で机を僕に向ける。白く輝く光が部屋全体を照らす。僕の両手と両脚から痛みが消えていく。ゆらゆら動いていた紫色の手形も消えていく。痛みは完全に消えた。それなのに僕は不安でしょうがない。
「フォ、フォクシイって誰なの?」
ダンネとドロップに聞いても誰も答えられない。
ダンネが僕と眼を合わせて、僕から眼をそらす。
「ガウルは私のこと見てフォクシイって言ったよね?」
僕は首を横に必死に振る。
「僕は言ってない! 誰かが言ったんだ!」
「私、その名前知ってる」
「知ってるの?」
「うん、キツネで知らない人はいない。フォクシネル共和国建国の母よ」
「どうして知らない人の名前を僕が呼ぶの?」
ダンネは僕と眼をしっかり合わせる。
「ひとつ聞いていい? 私が誰だか分かる?」
「ダンネ。ダンネだよ」
「ふうむ」
ダンネがそう言ってドロップに顔を向ける。
「流石に訳が分からない」
「ぼ、僕も言われるままに杖を向けただけだから」
「ニャン」
突如、ベッドの下からニャーが飛び出して来た。僕たち全員驚いて声をあげる。ダンネがニャーの頭を歩く叩く。
「驚かさないでよ!」
「なんか大変そうだったから隠れてたニャ。魔力の気配を感じたニャ」
ニャーが両足を動かして床を滑りながらドロップの杖に近づく。
「やっぱりこの杖は強い魔力を帯びてるニャ」
ドロップが「そうなの?」と尋ねる。
「ニャットが言ってたにゃ。魔力と治癒は別と言ってたニャ」
ニャーは今度は僕に向かって滑ってくる。そして片手を軽く握って僕の脚を物凄い速さで叩いて来る。でも痛くはなかった。
僕は涙を拭う。
「なにしてるの?」
「ここからも何か感じたニャ! とりあえず叩いているニャ!」
「叩かないでよ」
ニャーは両耳を横にして、すごい睨みつけながら僕の両脚を叩き続ける。そんなニャーにダンネが近づく。
「ニャーはなんというか……今の状況がなんなのか分かる?」
ニャーがダンネを睨む。
「分からないから叩いてるニャ!」
ニャーはずっと僕の両脚に素早く拳を叩きつける。痛くないけど。
「やめてよ」
ニャーは僕の脚を叩くのをやめた。
ダンネがそっとドロップの杖に右手を伸ばす。
「私のも治ったりする?」
ダンネの右手がアザになっていた。それは僕が振り払ったからだ。
「ごめん」
無意識に出た言葉は僕の言葉だ。何故かダンネが振り返って笑う。
「こんなアザひとつどうってことないもん! ポチの打撃のほうがきつい」
「打撃?」
「ポチは格闘の先生もやってるの。もちろん手加減してくれてるけど、年齢不問!」
「へえ。だからダンネは強いのか」
「私がテストで満点取れないのは私が未熟者だからよ!」
ニャーがまた僕の脚を叩いて来る。
「ガウルはダンネの見習うニャ!」
「叩くのやめて」
僕はニャーに叩かれながら黒いズボンを履く。
「見て! 私の怪我も治った!」
ドロップの杖から光が消えて、ダンネは右手を振り続ける。ドロップが杖を持ちなおして先を見る。
「ねえ、これって病気も治せるの?」
「知らないニャ。ニャーは長話は好きじゃないニャ。ニャン」
と、言いながらニャーはベッドの下に潜っていく。
「ニャーは眠いから寝るニャ。ガウルも寝たほうがいいニャ」
僕は怖い夢? を思い出す。
「僕寝たくない」
「大丈夫ニャ。ニャーはガウルの下で寝てるニャ」
「ニャーがいたところ別に大して役に立たないと思う」
ニャーの拳がベッドの下から伸びて来る。僕を叩こうと必死に動かしている。
ドロップがしゃがんでニャーの拳を見る。
「ベッドの上で寝たほうがいいと思う」
「ニャーは明るいところで寝られないニャ! だからこうして暗いところで寝るのニャ!」
「そ、そうなんだ」
「きつねうどんも食べたしお腹いっぱいニャ! だから今すぐ」
ニャーの拳が動かなくなる。
「ニャー?」
ドロップと僕はベッドの下を覗き込む。ニャーは寝ていた。
「ねえガウル」
ダンネの声に僕とドロップは振り返る。
「嫌な言わなくていい。怖い夢のこと教えて」
「うん」
僕は隣にいたドロップに抱き着いて話始める。ドロップは黙って話を聞いていた。僕が全て話終わるとダンネが「すごい気持ち悪いね」とハッキリ言う。
「僕もう絶対白薔薇協会に行きたくない」
「でも私思うの。ガウルは両手を怪我してたよね。本当に」
「もうこれ以上話したくない」
僕は咄嗟に会話を遮った。ダンネは「わかった」とひと言口にした。
「私今のことハリスさんに話してくる。それはいいでしょ?」
「うん」
「じゃあドロップはガウルを見てて」
「分かった……お願いだからすぐ戻って来て」
「わかった!」
ダンネは部屋を出ていく。ドロップはそっと杖を僕に向ける。そして軽く振り続ける。
「何してるの?」
「もう大丈夫かなと思って」
「うん。もう大丈夫」
「寝なくていいから横になったほうがいいよ。ニャーはベッドの下で寝てるし、僕もいるから」
「うん」
僕はベッドで横になる。するとダンネがハリスさんを連れて戻って来た。
「ダンネから話は聞いたよ。フォクシイの箇所だけ話がしたい。その他については何も聞かない。まず僕からベラベラ話させてもらうよ。なぜ子供の君からフォクシネル共和国建国の母の名が出てくる。何も考えなくていい、気軽に答えてくれ。君はどこだけでフォクシイの名を目にしたか耳にしたか?」
僕は首を横に振る。
「相当、かなり昔の時代の話だ。ドギルス王国、ウルガ帝国、フォクシネル共和国は同時期に建国を宣言している。実は残っている最古の記録がここまでなんだ。それ以前の歴史についてはあまりにも曖昧すぎる。文献、本としての記録がまったく無いんだ。三カ国にいる学者は血眼で、それこそ喉から手が出そうなほど欲しい知識だ。聞けばキツネは全員建国の母の名を口に出来るだろう。授業で寝ていなければ。問題はここに来て君の口からフォクシイという名が出たことだ。本当にあまりにも、あまりにもその名は古すぎる。歴史書最古の知識と言えよう。他に何か覚えていることはあるかい? これも深く考えなくていい、気軽に答えてくれ」
僕はちょっと考える。
「きつねうどんより、いなり寿司のほうが好きかもしれない」
ハリスが笑う。
「そうか。それは覚えておこうか。さて僕はどう動こうか」
ハリスはその場を行ったり来たりする。ハリスは何も嘘をついていない。僕は純粋に疑問に思った。
「どうして僕を疑わないの?」
「変な話をしているから?」
「うん」
「その答えは単純さ、ダンネが君を信用しているからさ。そしてこの件に関して僕は確実に無力だ。誰に相談すべきかと人物リストを延々回しているが見つからない。ここに来て建国の母、フォクシイという名に僕は鳥肌どころか尻尾の気も逆立てていたかもしれない。ダンネは一語一句伝えられる子だ。フォクシイはどこへ行った。あいつはどこへ消えた。君が言っていないという説明は受けている。そして僕はひとつの答えを導き出した。ガウル、君はダンネと僕たちと一緒にいちどフォクシネル共和国に来るべきだ。建国の母の名を口にした以上、フォクシネル共和国に何か手掛かりがあるかもしれない。問題は非常に寒いということだ」
ハリスとダンネが両腕を組んで険しい顔をする。ドロップが首を傾げる。
「そんなに寒いのですが?」
ふたり同時に「寒い」と口にする。ハリスが咳払いする。
「とにかく今日はゆっくり休んでくれ。ダンネ、ことによっては晩餐会をとりやめる」
「でもそれじゃあ」
「ダンネに挨拶させようとしたのは本心さ。ただこの状況で気が気じゃないだろう。僕は子供を悪用するほどまだ落ちぶれてはいない」
僕はつい手をあげる。
「ん? なんだい?」
「ばんさんかいってなに?」
「本来は夕食を皆で味わう場なのだが、少々無理を言って軽めの物にしてもらった。大人はお酒が入るが、軽く挨拶をして軽く食事をして。まあ気楽なお食事会と言ったところだ」
「そこっていなり寿司出る?」
「いや出ないよ」
「そっか出ないんだ」
僕はちょっとだけ両耳を下げる。美味しいのに。
「もしかして君は晩餐会に出ようと思っているのかい?」
「ダンネが行くなら付いていかないと」
ダンネがベッドの横に来る。
「その状態で行ける訳ないでしょ!」
「いや待て」
ハリスが僕をじっと眺めている。
「ガウルはいなり寿司があれば晩餐会に行きたいかい?」
「行きたい!」
「よし。じゃあガウルのためにいなり寿司を用意してあげよう」
ダンネが「でも」と声を出す。
「逆だよダンネ。病気怪我の類じゃないのであれば、今は気分転換をさせてあげるべきだ。ドロップもニャーも来るといい。ところでニャーはどこ行ったんだい?」
「ベッドの下で寝てる」
僕はまたいなり寿司が食べられることをもう楽しみにしている。
「とりあえず明日は図書館へ行こう。ガウルが大丈夫なら」
僕は頷く。




