第23話 服を買う
僕たちは礼拝堂の入り口で女の人と会う。
ダンネとドロップが頭を下げる。
「お世話になりました」
「また何かあったら気軽に来てね。ここはいつでも開いているから。ところで、その子もお友達?」
女の人がニャーを見下ろす。
「ニャーだニャ!」
僕は咄嗟に口を塞ぐ。椅子に座っている人たちが僕たちに顔向けてすぐに正面を向く。
「ここで大声出しちゃ駄目」
「ありがとう」
僕たちは大聖堂の外へ出る。そして僕はドロップを見る。本当に下に何も履いてないのか? 確認しようとして手を伸ばしてめくろうとする。
「何してるの! やめてよ!」
ドロップが両手に杖を握って僕から離れる。
「いや本当に履いていないのかと思って」
「履いていないよ! 気づいたらこの服装だったから、あまり気にしなかったけど」
「なので私たちは今から服を買いに行きます」
「ニャーはお腹が空いたニャ!」
「ご飯は大使館に戻ってからです! とりあえずガウル乗って」
ダンネが僕の前でしゃがんで背を見せる。
「何してるの?」
「ガウル人混みで動けないでしょ?」
「もう慣れたよ」
ダンネが立ちあがって僕に振り返る。
「慣れた?」
「うん。慣れたよ」
ダンネが僕に疑いの眼を向ける。
「じゃあ、とりあえずドロップの服を買いに行きましょう」
「どこ行くの?」
「そうね……中央商店通りでいいかも。お店も多いし露店も多いから。なんでも売ってる」
「ご飯も売ってるニャ?」
「ご飯は売ってるけど、ドロップにちゃんとした服買いたいし高くなるかも。大使館の請求にしましょう」
ドロップがダンネに近づく。
「それ良いの?」
「大丈夫! なので出来ればキツネの服屋さんに行こう!」
ダンネが歩き始めて僕たちはついて行く。
ニャーがダンネの尻尾を指さす。
「尻尾がフワフワしてるニャ」
「ダンネはキツネだから。両耳ペタンも見ていて面白いよ」
ダンネが足を止めて振り返る。すごい僕を睨んでいる。
「私が怒られているときに私の耳を見て楽しまないで! まったくもう!」
ダンネがまた歩きはじめる。すごい怒られた。
「怒られたニャ」
「怒られた」
僕たちはダンネを追う。
中央商店通りはすごい人がいっぱいいた。皆なんか小さな小屋で物を売ってる。気をつけないと人に蹴られそうなほど人がいっぱい歩いてる。間を僕たちのような子供も歩いている。人が多い! 道の先が見えない! とりあえず怖いのでドロップに抱きつく。
「また……離れてちゃんと歩いてよ!」
ダンネが僕に振り返る。
「何してるの?」
「怖くなると僕に抱き着くんだ! 離れてよガウル!」
「やっぱり慣れてないじゃない。頑張ってドロップ」
ダンネが歩きはじめる。
「助けてよ!」
「まったくもう」
ダンネが僕をドロップから引き剥がす。
「さっさと人混みになれるニャ」
ドロップは服を軽くはらって直す。
「ニャーは人混み大丈夫なんだ」
「ニャーは平気ニャ。でも人多いニャ」
ダンネが僕の前でしゃがむので、僕はダンネの背に乗る。またダンネが軽々と立ちあがる。
「確かに人が多いので商店街を抜けよう」
「ガウルは情けないニャ。それでも男の子かニャ」
「だって人が多いんだもん」
「男の子なら強く生きるニャ!」
僕はちょっとニャーの声がうるさく感じる。
「ニャーニャーニャーうるさいニャー」
「なにがうるさいニャ! ガウルが人に慣れてないのがいけないニャ!」
「やかましい! さっさと付いてきて!」
ダンネが僕を背負ったまま歩きはじめる。
「怒られたニャ」
「怒られた」
ダンネが人混みを掻きわけ進む。
「なんかあっちから美味しそうな臭いがするニャ」
「ダンネ! ニャーが違う方向に」
「引っ張って来て!」
ドロップがニャーを説得しながら必死に引っ張る。ダンネが商店通りの道から外れて建物の多い場所へ入る。そしてひとつの建物の扉を開く。何かがカランコロンと鳴る。中はすごい綺麗だ。ピカピカの床、机の上に綺麗に畳まれた服、棚のひとつひとつに服が重ねて置いてある。
「やっと着いた」
僕はダンネから降りる。皆店の中を歩き回る。店の奥から背が高くて服が綺麗なキツネの男の人がやって来た。
「おや、これはお嬢。無事のお帰りで」
「こんにちは。ドロップ、この白い子供に服を買ってあげたいの」
「ご希望はございますか?」
ダンネがドロップを眺める。
「あの下何も履いていないんだって。上下白でいいと思う」
「かしこまりました。それと、よろしければオオカミの方の服もご用意しますか?」
「ガウルの?」
「僕?」
僕はダンネと眼を合わせる。ダンネは僕の上下を見ている。
「そういえば村からずっと同じ服ね」
僕は自分の服を見る。服だ、茶色の上下の服だ。ちょっと汚れている。
「実は大使館の方が来られまして。二日後に晩餐会を開かれるそうで、恐らくお嬢が王国に来たので挨拶をさせようという。まあハリスさんの考えそうなことですね」
「私が出るの?」
「既にお嬢の服はオーダーを受けています。恐らくお嬢の家出を逆手に取って、逆らえない状況を利用する魂胆なのでしょう。あの方は隙あらば骨の髄まで利用するお方なので」
男の人がダンネに笑顔を見せる。ニャーがそこに近づいていく。
「なんでお嬢ニャ?」
「お嬢、ダンネ様はフォクシネル共和国領主の娘です。国の代表者のひとり娘になりますので、皆敬意を込めてお嬢と呼び始めました」
「つまり偉いのニャ?」
「少々違いますね。国の代表者としての領主であり、特別な権限はあまり持っておりません。そうですね……私よりハリスさんに尋ねたほうが確実と思われます。私はいち服屋の店主でございます」
ニャーがダンネを眺める。
「よく分からないニャ」
僕もよく分からなかった。僕はダンネに近づく。
「ねえ、どういうこと?」
ダンネが無表情な顔を僕に向ける。
「ハリスさんに尋ねたほうが確実だと思う」
男の人が笑う。
「そうですね、やはりハリスさんに尋ねるのが確実です。あの方は言葉を選ばれる方なので。してお嬢、お許し頂ければ仕立てさせて頂きますが」
「じゃあお願い。あ、ちょっと人が苦手だから、それっぽいサイズの服を渡して着てもらったほうがいいかも」
「承知しました。当店は全てのサイズをご用意しておりますのでご安心ください。それにしても綺麗な銀髪でございますね。少々お待ちください」
男の人が軽やかに歩いて棚から服をひとつ取る。また移動して別の棚から服を取る。そのままドロップに近づきながら服を二枚取っていく。ドロップは杖を両手に持って棚の服を眺めている。
「もしや白薔薇協会の方ですか? でしたら白の上下がお勧めですよ。サイズはこちらがお似合いかと」
男の人が笑顔で白い服を渡してドロップが片手で受け取る。
「ありがとうございます」
ニャーがいないと思ったら窓際で横になって寝ていた。
男の人が僕に服を差し出す。黒と灰色の服だ。
「こちらよろしければお試しください。試着室はあちらになります」
「しちゃくしつ?」
ダンネが僕を引きずっていく。
「こっち。ドロップも来て」
ニャーを置き去りにして、僕たちは店の奥のしちゃくしつにやってきた。ダンネが僕を中に入れてドロップも中に入る。入口の布を広げて外から見えなくする。
「ここが試着室。服を着替えて置いてある鏡を見るの」
「かがみ?」
振り返ると一枚の鏡があった。そこには俺が映っていた。同時に鏡がひとりでに割れる。
僕は驚いてドロップに抱き着く。ドロップも驚いて鏡から離れる。
「割れちゃった」
「何がありましたか?」
外から男の人の声が聞こえる。ダンネが入り口の布を開く。
「鏡が割れちゃった」
「おや、大変申し訳ありません、こちらの不手際になります。お怪我ございませんでしょうか?」
「私たちは大丈夫」
「ここは私にお任せください。試着室はもうひとつございます。こちらへどうぞ」
男の人が隣の試着室へ腕を伸ばす。
「ちなみに鏡は置いてあるの?」
「ございます。片づけましょうか?」
「お願いします」
「承知しました」
ダンネがそっと入り口の布を閉める。そして僕とドロップに振り返る。
「そう言えばトゥビラに鏡を見ちゃ駄目とか言ってなかったっけ? これってそういうことなの?」
僕はダンネが何を言っているのかが分からない。
「どういうことなの?」
「知らないわよ私に聞かないで!」
ダンネが小声で僕に怒った。
「鏡を移動させました。こちら鏡の破片がございます、どうぞこちらへ」
ダンネが入り口の布を開く。
「ありがとうございます! じゃあふたりはそっちで着替えて」
僕はドロップに抱き着いたまま、ドロップが一生懸命歩いて隣の試着室にたどり着く。ダンネが入り口の布を閉めて僕たちは服を脱ぐ。ふとドロップの尻尾が見えた。すごい短い。
「尻尾が短い」
「僕の尻尾はこの長さだよ」
ドロップが白い服を着始めるので僕も真似てして黒のズボンと、灰色の服を着る。違う臭いがするのでちょっと嫌だ。でも体にピッタリだ。ドロップは白い布を全身に纏いなおす。
「ちょっと暖かいかも」
「へえ」
「でもなんだろう? ガウルが抱き着いて来たときのほうがしっかり暖かいんだよね」
「それは僕も思った」
「僕の体冷えてるのかな?」
「服着てなかったら肌寒い言ってた」
「そうだね。早く相談すれば良かった」
僕とドロップは試着室を出る。ダンネが僕たちを眺める。
「ドロップは上から被ってるからそのままだけど。ガウルがちょっとカッコよくなってるのが嫌」
「僕もダンネのこと嫌い」
「なんでよ!」
「僕はダンネに勝てない」
「勝てない? あーあのときの。とにかく服はこれで大丈夫!」
「実にお似合いでございます。請求は大使館でよろしいですか?」
「お願いします!」
「承知しました。ところでお嬢、ひとつ心配なことがございます」
「なに?」
「ハリスさんのことです。あの方は頭の回転が速く、人を動かす才をお持ちです。私が烏滸がましく申しますと、お嬢にかなり無理をさせてしまう可能性があります。大人の思考と動きは子供には到底追いつかないものです」
「私は子供だけどちゃんと勉強できるもん!」
男の人は笑顔を見せる。
「それは国中の者が存じております。ただし晩餐会となると貴族も出て来るでしょう。どうかご無理をなさらぬよう」
「大丈夫!」
ダンネが僕の腕を引っ張る。
「私には秘策がある」




