第22話 鐘の鳴るほうへ
僕はニャーを改めて見る。やっぱりトゥビラに似ている。トゥビラに耳と尻尾はなかったけど、人型のトゥビラに似ている。
「なに見てるニャ?」
「バカラスやヒキコウモリ、トゥビラって知ってる?」
「知らないニャ」
知らなかった。
「ガウルはここで何してたニャ?」
「すごい大きい音がしたから逃げてきた」
「大きい音ニャ? どんな音ニャ?」
ニャーはニャーニャーニャーニャーちょっとうるさいな。声がちょっと高い。
「なんかゴーンみたいな大きい音が鳴ったんだ」
「よく分からないニャ。とりあえずニャーはガウルについて行くニャ」
「僕に?」
「そうニャ! いきなり知らない世界に飛ばされたニャ! そしたら偶然ガウルと出会ったニャ! ニャーは何も分からないニャ! だからガウルに付いて行くニャ!」
「でも僕は道を覚えていない」
「そういうときは尋ねればいいニャ!」
ニャーはきょろきょろと辺りを見る。
「誰もいないニャ」
「うん」
「じゃあっちに行くニャ。人の気配が多いニャ」
ニャーは細長い尻尾を揺らしながら歩いていく。僕はニャーについていく。ニャーの真っ黒な服が着になってしょうがない。ドロップが白ならニャーは黒。みたいにすごい似た服で全身を包んでいる。
「ねえ、ドロップって知ってる?」
「知らないニャ。人がいたニャ」
ニャーは軽やかにイヌの男の人に駆けていく。音もなく跳ねるようにかなりの距離をすぐに駆け終える。ニャーがイヌの男の人の前に出て見上げる。
「ゴーンみたいな大きい音ってなんにゃ?」
「ゴーン? ああ、白薔薇協会の鐘か?」
「そこに行きたいニャ!」
「それなら方角的にあっちだよ、人伝いに聞いていけば分かるよ」
「ありがとうニャ! あっちニャ!」
ニャーは指さした方向へ駆けていく。僕はニャーを追いかける。
「なあ、君種族は」
「ニャーはニャーだな!」
ニャーは男の人に返事すると音もなく物凄い速さで角を曲がる。僕が慌てて角を曲がるとニャーはもういなかった。またひとりになっちゃった。僕は知らない道を歩きはじめる。
ふと、強烈にニャーの気配を感じる。怖いほどにニャーが僕をどこかで見ている。透き通るような紅い眼で僕を見ている。そしてそれが僕を呼んでいると本能で悟った。知らない道、なのにニャーが呼んでいる場所が分かる。少し真っすぐ歩いて右に曲がる。左に曲がってまた真っすぐ。そうしたら今度は左に曲がる。真っすぐ、右、左と迷うことなく歩き続け人の多い大通りに出る。人の声と気配が酷い。なのに、ニャーの呼ぶ声だけが僕の頭を完全に支配する。人混みの中、真っ黒い服のニャーを探す。そして僕は人影を見つけた。ニャーが人混みの中を駆けていく。だから僕は必死に追いかける。もはや人混みが気にならなくなっていた。ニャーを見失っちゃいけない。そんな気がした。
とても大きい建物、白薔薇協会大聖堂に戻ってこれた。僕は高くにある白い薔薇の画、ガラスを眺めると同時に背後にニャーの気配を感じて咄嗟に振り向く。ニャーは僕の背後で透き通った紅い眼をしていた。
「ここが大きい音が鳴った場所ニャ」
僕はニャーを眺める。どうしてニャーはここが分かったのだろう?
「ニャーはここに来たことがあるの?」
「ないニャ。さっきの人が方角教えてくれたから着いたニャ」
「あれだけで分かるんだ。すごいね」
「たまに間違えるニャ。迷子になるニャ」
「そうなんだ」
「そうニャ」
「いたあ!」
ダンネの声がした。僕とニャーは振り返ると、ダンネが僕の腕を掴んで強引に引っ張っていく。すごい力で僕は素直について行く。
「ガウルがどっか行ったあとドロップが体調を崩したの! どこ行ってたのよ! ドロップは急に体調が悪くなるし、ガウルはどっか行っちゃうから私身動き取れなかった!」
ダンネが礼拝堂に入ると静かになる。僕は引っ張られながら背後を見る。ニャーの姿がなかった。どこ行ったんだろう?
「ニャー?」
「なに言ってるの? いいからついてきて」
ダンネが声を小さくして僕を礼拝堂の奥へ引っ張っていく。
「奥行っていいの?」
「ドロップを休ませてもらってるの」
礼拝堂の奥にある扉を開けると外に出る。花がいっぱい咲いている広い庭、白い壁の建物がいくつもあってドロップと同じ服を着ている垂れ耳の人たちがいっぱい歩いている。なんだろう、とても穏やかな気配だ。
ダンネはまっすぐひとつの建物に入る。小さい部屋にベッドがひとつある。そこにドロップが上体を起こして僕とダンネを見る。
「あ、ガウル心配したよ。どこ行ってたの?」
「走ってた」
「うん、それは知ってるよ」
ダンネが僕の腕を捨てるように離す。
「体調はどうなの?」
「なんかすごく良くなったよ。僕も人混みに寄ったかもしれない。もう気持ち悪くないんだ」
ダンネが僕に振り返って睨んでくる。そして僕に人差し指を向ける。
「いい! 今度勝手な行動しないで! ドギルス王国は大きい国なの! ひとりでどっか行ったら迷子になって帰って来れないんだから!」
ダンネが人差し指を横に向ける。そして無表情になる。
「ん?」
「ニャ?」
僕は隣を見る。いつの間にかニャーが立っていた。
「誰!」
「ニャーはニャーだな!」
ダンネの人差し指が僕に戻って来る。
「誰なの?」
「ニャーだよ。ここまで案内してくれた」
「テレポーニャの事故で知らない世界に来たニャ。そしたら偶然ガウルと合ったニャー だからガウルに付いていくことにしたニャ!」
狭い部屋なのでニャーのニャがすごいうるさい。
「ニャーニャーニャーうるさいな」
ニャーがすごい僕を睨みつけて両耳を横に傾ける。
「何がうるさいニャ! 誰のせいでここにいると思ってるニャ! ガウルが帰るところが分からないからここまで連れてきたニャ!」
「ちょっと待って!」
ダンネが両手をかざして割って入る。
「誰なの? というか……種族はなに?」
「ネコだニャ」
「ネコ」
「ネコの国のネコだニャ。そこでテレポーニャの実験をしたら違う世界に飛んできたニャ。そのうち校長やニャットやニャリスが迎えに来るニャ」
ダンネがニャーに眼を細める。
「別の世界? あなたもしかして理のひとり?」
「理ってなんニャ?」
僕はダンネに顔を向け、ダンネも僕に顔を向ける。
「バカラスとか皆のこと知らなかった」
「分からないこと聞かれても分からないニャ。当然ニャ」
ダンネがニャーに顔を戻す。
「じゃあその……ニャーはネコの国から来たのね」
「そうニャ! ネコの国から来たニャ!」
「その、テレポーニャ? というのはなに?」
「ニャットが作った樽型のテレポート装置ニャ。大丈夫大丈夫! 事故は起きないからと言うからニャーがワクワクで試したら大失敗ニャ! でもガウルと合えたなニャ!」
「テレポート装置?」
「樽に魔力を込めて点と点を線で繋げるらしいニャ。説明長くてよく分からなかったから聞いてなかったニャ」
「魔力……魔力?」
僕はダンネを眺めている。難しい話についていけるダンネがちょっと困っている。それがとても珍しかった。
「魔力ってその……本とかに書かれている魔法とかそういう」
「ニャ」
ニャーが軽く跳んだ。ニャーは落ちることなく宙を浮いたままクルクルとその場で前転を始める。僕たち三人はただニャーを眺めている。
「学校で魔法について話してたけど、長いから聞いてないニャ。でもこんな感じニャ」
ニャーは前転をやめ宙を舞ってドロップに近づく。ドロップは怖がって布を少し被る。
「この真っ白も魔法使えるニャ。魔力がすごいニャ」
ダンネが「え?」と口にする。
ニャーは壁に立てかけてある杖へ舞う。
「これニャ! この杖ニャ!」
ニャーが杖を両手に持って嗅ぎ始める。すごい勢いで嗅ぎ始める。
「そ、それ僕の杖」
ドロップが恐る恐る口にするけど声が小さい。
「すごい純度の高い原初の花の香りがするニャ。良い香りニャ」
ニャーはドロップの杖が原初の花を吸っていることを見抜いた。
ダンネがニャーに歩み寄る。
「原初の花を知ってるの?」
「ニャットが涎を垂らして探してたニャ。研究材料に出来るらしいニャ。確か見ちゃいけない本に書いてあったとか言ってたニャ」
「そのニャットって誰なの?」
「ニャーのクラスメイトニャ。弱い振りしてイジメて来た人を攫って、程よく魔力の実験に協力させてるニャ。ニャリスは魔力で刺してくるニャ痛いニャ。間合いに入れば物理で攻撃してくるニャ痛いニャ」
僕はニャーの話を聞いていて思ったことがある。なんか皆怖い気がする。僕は尋ねてみることにした。
「ニャーは何かしたことあるの?」
「体育館吹き飛ばして怒られたニャ! 吹き飛ばす勢いでと先生に言われたから吹き飛ばしたら怒られたニャ! 大人はずるいニャ!」
「そうよ! 大人はズルいのよ!」
何故かダンネとニャーが握手をする。
「真っ白。これ返すニャ」
ニャーがドロップに杖を伸ばして渡す。
「ありがとう。ドロップは杖を手にする」
僕はドロップとニャーを交互に見る。やっぱり同じ服だ。
「同じ服だよね」
「ニャ?」
「ドロップとニャー、同じ服してる」
ダンネもドロップとニャーも交互に見る。
「本当だ! 色違うけど同じ服してる!」
「ネコの国は皆同じ服装ニャ。皆同じ格好ニャ」
僕は気になっていることを聞くことにした。
「その下どうなってるの?」
「ジャージニャ」
「ジャージ?」
ニャーが全身を包んでいる黒い布を脱ぎ捨てる。上下真っ黒の服だ。
「通気性が良くて動きやすいジャージニャ。皆同じ格好ニャ」
ドロップが「へえ」と声を漏らす。僕はドロップの服を見る。
「じゃあドロップもジャージなの?」
「僕? この下は何も履いてないよ」
僕とダンネが同時に「え?」と声を漏らす。
「だからちょっと肌寒いんだ」
ダンネがベットに両手をつく。
「どうしてそういう大事なこと言わないの!」
ドロップがベッドの隅に逃げる。
「だ、だって。これが僕の正しい服装だと思ってたし」
ニャーがドロップを指さして僕を見る。
「あの子、ちょっと変わってるニャ」
「ドロップだよ。記憶喪失なんだ」
「記憶喪失ニャ。ニャットに見つかると大変ニャ。記憶の実験されちゃうニャ」
「記憶の実験」
僕は何か思い出そうとして思い出せない。
大きい鐘の音が部屋に響いてい来る。僕はもうそれが気にならなくなっていた




