第20話 すごい怒られるダンネ
泣き叫ぶダンネをポチが抱えながら階段を昇っていく。変な形の階段だ、真ん中に階段があって左右に別れている。ハチが左に行くので僕もついていく。
「二階と言ってもどの部屋だ?」
皆で廊下を歩いていると、ひとつ扉がゆっくり軋む音を奏でながら開いていく。
「あそこだな」
「嫌だあ! 誰か助けてえ!」
「お前がすべきは謝罪だ。まあ……頑張ってくれ」
開いた扉の前でポチがダンネを降ろす。部屋の中には笑顔を見せるキツネの男の人と、すごい冷めた目でダンネを見ているキツネの女の人が両腕を組んで立っていた。
「ハチ! 俺たちは逃げ……飯を食いに行こう!」
「食い放題飲み放題だぜ! おいガウルとドロップ! お前らも飯行くぞ」
僕はハチに付いて行こうとした。
「ガウルはこっち」
ダンネが僕の腕を掴んで部屋へ引きずる。ドロップはダンネについて行く。ポチがすぐに扉を閉めた。
「とりあえず俺たちだけで飯食うか」
「おいガウル! お前にはまだ用事があるからな!」
部屋の外の足音が遠ざかっていく。僕とドロップは振り返るけど、ダンネは扉に向いたまま振り返らない。
「お帰りダンネ。友達が出来たのかい?」
男の声にダンネの両耳がペタンとなる。面白い。
「返事は?」
女の声に僕とドロップは咄嗟に顔を向ける。子供の僕でも分かるすごい怒っている。
「で、できました」
僕はダンネの袖を引っ張る。
「ねえ、この人たち誰?」
「そうだよダンネ。僕たちを紹介してよ」
笑顔の男がそう言う。
「えっと……ママと共和国で金庫番をしているハリスさん」
僕とドロップは同時に「ママ?」と言って、ダンネのママを見上げる。本当だよく見ると似ている。そして僕は首を傾げる。似ている。ダンネのママの足元まで首を左右交互に傾げていく。ダンネのママは僕を見下ろす。
「どうしたの?」
「お母さん?」
「ん?」
ダンネのママも首を傾げる。
「私はあなたのお母さんじゃないわよ。キツネだし」
僕はドロップに顔を向けてダンネのママを指さす。
「ママにそっくり」
「ガウルのお母さんに?」
ドロップはダンネのママと目を合わせる。
「あー……似てるかも」
「へえ、そっくりさんがいるのね。私はハスタ。そこにいる家出した娘の母親よ。ダンネ、いい加減にこっちを向きなさい怒るわよ」
僕とドロップは壁に逃げる。
「はい」
ダンネがゆっくりと振り返る。ちょっと震えている。ハリスがそれを見て笑う。
「そんな怯えないでよ。怒ってないから」
僕は初めてとてつもない嘘と言うのを見たかもしれない。慌ててダンネに近づいて両手でダンネの体を力いっぱい揺する。
「ちょっと、なに?」
「あの人すごい怒ってるよ!」
ダンネがゆっくりとハリスに顔を向ける。ハリスは笑顔だ。
「大丈夫。怒ってないよ。ところで盗んだお金をどうしたんだい?」
ハリスはすごい怒っている。怖いのでダンネから離れてドロップに抱きつく。
「ちょっと離れてよ」
「あの人すごい怒ってるよ」
ドロップは僕を引きずりながら、もう少し皆と距離を取る。
「そ、その……食事したり宿で寝ました」
「なるほど。とりあえず無事で良かったよ」
ハリスは細長い棒を手にして何かしている。
「さて、一フォック単位でどこで何をしたか話してごらん」
「はい」
ダンネがどこで何したのかを話し始める。どこで何を食べたか、どこで寝たかとか。そんなこといちいち覚えているダンネがちょっと気持ち悪かった。トゥビラが何か言っていた気がする。記憶力がすごいとかなんとか。
「以上です」
「ふむ、流石は優等生、記憶力がすごいね」
ダンネのママが静かにため息を吐いた。
「まあ盗まれる場所にお金を置いた僕にも管理不足の責任はある。ただし、ダンネ。手が届くところにあるからと安易に手を伸ばしてはいけない。僕の言っていることは分かるね?」
「はい、すみませんでした」
僕はダンネの両耳ペタンを眺める。
「ドロップ、ダンネの耳がペタンとしてる」
「いま喋らないほうがいいよ!」
ドロップに小さい声で怒られた。
「そしてひとつ質問させてくれ。これは僕がただ聞きたいだけさ、答えなくてもいいよ。国の外を見た感想は?」
ダンネの両耳がしかりと立ちあがる。
「何かと大変でした」
ハリスが笑う。
「どんな風に大変だった?」
ダンネが今まで起きたことをありのまま話す。
「うーん……なるほど。ダンネが嘘をつく子じゃないのは分かる。それが本当だとしても僕の頭じゃちょっと理解が追いつかないなあ。なんというか不思議な世界だ。しかし」
ハリスはドロップに顔を向ける。
「白薔薇協会となると話の筋が通るかもしれない」
ドロップが僕を引き剥がしてハリスに近づく。
「何か知ってるのですか?」
「白薔薇協会は極稀に人じゃ説明できないことをしている。怪我を治した病を治した。医学を駆使せずそれをやってのけるという噂を耳にすることがある。そしてその……原初の花というのかな。それが杖に宿っているとなると」
ハリスは両手をあげる。
「いやあ駄目だね。僕が理解できていないのだから説明できる訳がない。そしてガウル」
僕はハリスと目を合わせる。
「いまいちど確認させてくれ。君の名はガウルで合っているね?」
「うん。僕ガウル」
「そうか」
ハリスが笑顔を見せる。視線が気になってダンネのママを見上げる。目が合った。
「さて。ひとまずは一件落着かな。ハスタ、僕はドギルス王国に来たからには方々に挨拶をしていかなくはいけない。あとのことは任せるよ」
「承知しました」
「それじゃあ諸君、僕はこれで失礼するよ」
ハリスは部屋を出ていく。
「ダンネ、こっちに来なさい」
「……はい」
ダンネの両耳がペタンとなって、ダンネがママに近づいていく。
「あなたたちふたりはポチを探して、私はいまからダンネに説教するから」
「わかりました」
ドロップが部屋を出て行こうとして、僕はダンネの耳がペタンとなっているのを眺める。
「行くよガウル!」
僕はドロップに引きずられていく。ふたりで部屋を出て辺りを見渡す。
「これうめえ!」
ハチの大声が下から聞こえてくる。僕とドロップは階段を降りていく。
「この階段、変な形してる」
「そう? 僕は気にならなかったよ」
「どっち行っていいか分からなくなる」
「そう言われるとそうかも」
1階に降りて美味しそうな臭いを感じて勝手に足が動く。廊下の奥へ進むと、机に知らない料理があってハチが椅子に座って手掴みで食べている。ポチも椅子に座っているけど立っているハリスと何か喋っている。ハチが僕に気づく。
「おいお前たち! こっち来ていなりを食え!」
僕は何か食べ物が貰えると足早に机に向かう。
「まあそういうことだね。皆ゆっくりしていってね」
ハリスが笑顔で去っていく。
「ほらガウル、口を開けろ。あーん!」
ハチに振り向いて口を大きく開ける。
「えい」
何か口に放り込まれた。甘くて美味しい。
「ドロップ食べろ。いなりずしだ」
「いなりずし……て、なんですか?」
「米だ!」
「アホ。米を酢で炊いて油揚げで包むんだ」
「ほら食ってみろ」
「あ! これ美味しい!」
「だろう? 何でも飲み食いしていいぞ! そう言ってたもんな!」
「言われた通りに全部飲み食いしたら馬鹿だぞ」
「いいじゃねえか! ダンネを見つけてここまで届けた分ぐらい!」
「それはあるな」
僕はいなりずしを飲み込む。美味しかった。
同時にダンネのママが足音を立てずにやってきた。僕はすぐに机に背伸びして、いなりずしを取ろうとする。でも手が届かない。
「ハリスは?」
「外行ったぞ」
ハチが皿をそっと僕のほうへ寄せてくれた。僕はいなりずしを手に取って口に入れる。美味しい。
「ありがとう」
「お! 家出娘のお帰りじゃないか! 相当怒られたな。いなり食うか?」
「いらない」
「これで懲りたら二度と家出するな。距離がおかしい。お前は頭が良いのにたまに大馬鹿をやらかす」
「以後気をつけます」
「と言う訳で、俺はまあダンネと一緒に共和国に帰るけど。お前たちはどうするんだ?」
「俺はとりあえず、ガウルを医者に診せてから帝国に行こうと思う。こいつ刀欲しがってたし」
「あ、私まだ帰らない」
「そらまたどうしてだ?」
「ドロップがどこの誰か分からないの。記憶喪失だから」
僕はいなりずしを飲み込む。美味しかった。ふと見るとダンネがいる。両耳がペタンとなっている。耳がペタン。
ハチがいなりずしをひとつ口に放り込む。
「それって初耳じゃないか?」
「まあ俺も急いでる訳じゃないしな。ダンネひとつだけ条件がある。次逃げたら首に縄をつける。まあ身を隠さなきゃいい」
「分かった!」
「三日ほどあれば大丈夫だろ。ハスタに伝えて来い」
「分かった!」
ダンネの両耳ペタンが駆けていく。なので僕も追う。ダンネは辺りを探して窓を見る。外にハリスとダンネのママがいた。
ダンネの両耳ペタンが外へ行くので僕も追いかける。
「激動の時代というのは日常ふとした瞬間に来るものだが、流石の僕でも驚いたね」
「下で動きましょうか?」
「よろしく頼むよ。ただしことは繊細だ。調べものだけに留めておいてくれ」
「はい」
「ママ!」
ダンネの声にハリスとママが振り返る。僕は両耳ペタンを眺めている。それがピコッと立つのでちょっとガッカリする。面白かったのに。
「実はドロップが記憶喪失なの。だからポチに相談したら三日ぐらい王国に残って調べてもいいって。ただし条件があって私が二度と行方をくらませないことと、ママに伝えて来いって」
「あなたは自分の立場が分かってるの?」
ダンネの両耳がペタンとなる。僕はそれが面白いので眺める。
「いや、良いんじゃないかな?」
「ですが」
「ダンネは王国に来るのは初めてだろ? 国は直で見ないと何も理解できない。ことの発端は宜しくなかったが、ドギルス王国を見て回れるいい機会じゃないか。やらせてごらんよ」
「分かりました」
ダンネの両耳がピコッと立つ。僕はガッカリする。
「ただしダンネ、僕からもひとつ条件を出す。このフォクシネル共和国大使館を上手く使え。まあ君のことだ。説明はいらないだろ?」
「分かりました!」
ダンネが元気に返事をする。また両耳ペタンとならないかな。




