第19話 大都会の渦
僕たちは宿を出た。一瞬皆で宿から眼を離して道の先を見た。
ダンネが振り返って「宿が無い」と言う。僕とドロップも振り返れば宿は消えていた。
「行こう」
ダンネとドロップが僕に顔を向ける。数歩進むとダンネが「あ!」と声をあげる。うるさい。
「どうしたの?」
「忘れてた! 私はポチより先に王国に付かないといけないんだ! 走って! 皆走って!」
ダンネが駆けていく。僕とドロップはダンネを追いかけるけど、やっぱりドロップが追いついて来れない。僕がドロップを背負ってダンネを追いかける。
「ガウル、無理しないでね」
「うん」
僕は段絵を追いぬいていく。
「待て!」
ダンネが僕を追いかけてくる。
僕はドロップを背負ったまま広大な畑を見渡す。すごい広い畑。道を真ん中にして右も左もすごい畑。キャベツが育っている。キャベツがいっぱい。眺めているとダンネがやっと僕に追いついて来る。少しだけ息を切らしている。ダンネがキャベツを見下ろす。
「キャベツ」
「キャベツいっぱい」
「ここの畑は反国王派の貴族たち営んでるの。革命をウルガ帝国に阻止されて、首を斬り落とすか畑を耕すかの二択を迫ったら、皆畑を耕すことになったの。それでここの農作物は半数以上をウルガ帝国に運んでいるの」
途中から話がよく分からなくなった。ドロップが杖を両手にもって怯えている。
「ねえ、ウルガ帝国って怖い国なの?」
ダンネはゆっくりとドロップに顔を向ける。
「すっごい怖いオオカミの国」
ウルガ帝国って怖いんだ。怒られるの嫌だ。
「とにかく、ここまで来ればドギルス王国がほらあそこ」
ダンネが道の先を指さす。すごい大きい街が見える。遠くからでも見て分かる大きいトゲトゲした建物。僕はそのトゲトゲを指さす。
「あのトゲトゲなに?」
「トゲトゲ? あー、あれはお城よ。王国の偉い人たちが一杯いるの」
「へえ」
「そしてドギルス王国には白薔薇協会があるの。ドロップがどこから来たのかついに分かるかもしれない」
僕はドロップを見る。
「じゃあまず白薔薇協会に行くの?」
ダンネは首を横に振る。
「私は共和国の大使館に行く! そうしないと大変なことになる!」
「じゃあ皆で大使館に行こう。僕とドロップはドギルス王国が分からないし」
ダンネが僕の顔を見て何も言わずに瞬きをしている。
「なに?」
「ガウルちょっと変わった気がする」
「そう?」
「なんか喋りなれてきた感じがする」
「そうなんだ」
「うん、そう。とにかくドギルス王国に行きましょう」
僕たちはキャベツを眺めながらドギルス王国へ歩いていく。
壁が高くて大きい。僕は何も考えずただ見上げる。ダンネが壁を指さす。
「これ城壁。国を外敵、外の敵から守るための物だけど。あんま意味ないわね、外に敵がいないから」
「へえ」
「道の先にある入り口を見て」
僕は道の先にある壁の穴を見る。
「あれがドギルス王国の入り口。南門はあそこから入るの」
「へえ」
「ついてきて」
ダンネが先に行くので僕とドロップは後に続く。南門に近づくにつれ人が多くなってくる。荷車にキャベツ一杯積んだ荷車を垂れ耳の、イヌの人々が運んでいる。そうかと思えば背の高いオオカミの男の人が紙を見ながら立っている。キツネの二人組が畑を指さして何か喋ってる。人がどんどん増えて行く。僕の村より遥かに多い。港街も人が多かったけど、人がそれ以上に増えて行く。僕はダンネの袖を強く引っ張る。ダンネが足を止めて僕に振り返る。
「なに?」
「人が多いよ」
「当たり前じゃない、国なんだから」
ダンネが眼を細める。
「もしかして人多いの駄目?」
「駄目なのかな?」
「そうね、たぶん駄目ね」
「駄目なのか」
「とりあえず、私に付いてきて」
「分かった」
僕はダンネについて行く。城壁を見上げながら正門をくぐろうとする。すると変な格好している人が気になって足を止める。右手には長い棒を持っている。
「ダンネ! ガウルが止まったよ!」
ドロップがダンネを呼び戻す。
「あー。この人は衛兵さん。門を守っているの。それでこれは甲冑」
「おや、王国は初めてかい?」
衛兵さんの頭がパカッと上に開く。僕は驚いて後ろに下がる。ダンネが衛兵さんを見上げ指さす。
「ただ鎧を着ているイヌの男の人よ。そういう服というか防具なの」
「服なのか」
「そう服。これ結構手間かかりそうね」
僕は気配を感じダンネの袖を引っ張る。
「ダンネ、ダンネ」
「なに?」
「ポチが来た」
「おやこれは可愛いキツネのお嬢さんだ、ちょっと俺とお茶しない?」
体の大きいポチが笑顔を見せている。その後ろでハチがお瓶に入った、たぶんお酒を飲んでいる。ダンネが冷や汗をダラダラと流し始め皆でダンネを見る。咄嗟に駆け出そうとしたダンネをポチが片手で捕まえ素早く腕に抱える。
「離せえ! 私は自主するんだあ!」
「俺から二回も逃げてもう許さん。来い! 一緒に大使館に行こうじゃないか!」
「嫌だあ!」
ダンネがポチに連れ去られていく。ハチがお酒を飲みながら僕を見下ろしている。
「お前、たぶんこの国に入りたくないだろ?」
「うん嫌だ」
「人が多いからだろ?」
「そうなのかな?」
「まあそうだろうな。なので俺はお前を抱えていく」
僕はハチの片腕に捕らわれてしまった。ハチはドロップに顔を向ける。
「お前は大丈夫だろ?」
「大丈夫です」
「たぶん三人の中で一番まともなのがお前だな。よしポチを追うぞ」
僕はハチに抱えられ門を越える。家がすごい大きい。
「家が大きい!」
「そうだな。基本ドギルス王国は二階建てが殆どじゃないか? 北のスラム街はボロッちいけどな」
「スラム街?」
「子供が行くところじゃねえのは確かだな。治安が悪いが俺は嫌いじゃなかったな。でも絶対に行くな」
「分かった」
僕は足元の道を見る。岩がいっぱいで気持ち悪い。
「なんでこんなに岩がいっぱい道にあるの?」
「そういう作りなんだよ。土だと雨でグチャグチャになるからな」
「へえ」
ダンネを抱えたポチが賑わっているほうへ道を曲がる。ハチもそれに続いていく。すごい人の数と声だ。僕は動く人すべてに眼を向けていく。とても追いきれない。
「ガウル、おいガウル」
「人がいっぱいだ!」
「まあそうだろうな。両手で眼を隠せ」
「うん」
僕はハチに言われるまま両手で眼を隠す。真っ暗で何も見えないけど、音で誰がどこにいるのか分かる。音が多すぎてうるさい。
「もうちょっと安くならないか?」
「これ以上はまけられないよ!」
「最近はキツネが市場にまで出来たな」
「あいつらの商売は流石だよ、こちらに影響出ない範囲で抑えている」
「出来れば帝国に市場を拡大させたいのだが」
「お客さん駄目だよ! あの国は怖いよ!」
皆が色々なことを喋っている。音だけなのに気持ち悪くなってきた。
ハチが笑う。
「いずれ慣れるさ。まあ今は辛抱だな」
「あの、ガウルこの前風邪引いたばっかりなんです」
僕がその場に止まった。ハチが足を止めたんだと思う。
「風邪?」
「はい。だからまだちょっと心配で」
「それはちょっと心配だな。おいポチい!」
ハチが大声を出した! 僕は怒られたと思って両手足をバタバタさせる!
「ああわりい! 大丈夫だ大声出して悪かったよ!」
僕がどれだけ暴れようとハチは力強く僕を片腕で抱えている。
「なんだ?」
「ガウルが風邪引いたんだと。出来れば医者に見せたい」
「それならいっそキツネの大使館だろう。あそこには立派な医者もいるだろうさ」
「そもそも入れるのかよ?」
「手紙は先に走ってもらった」
「あんたオオカミなのにキツネと仲いいよな。何してんだよ?」
「いやなに、気づいたらキツネの国にいたってだけだ」
「へえ」
ポチとハチが話しながら道を進む。人が多い場所から離れていくので僕は眼を隠していない。ダンネはまだ必死に両手をバタつかせている。
「あーあ、やっとついたよ」
ポチがため息を漏らす。ダンネは諦めたのかだらりと首と両手足を下げている。
「私怒られるんだ」
「そうだ怒られろ」
二階建ても大きいのに、目の前にある家はもっと大きい。横に大きい。
「でも入り口が無いよ」
僕がそう言うとポチとハチが大声で笑う。
「確かにそうだな! これは柵と言うのさ」
ポチがそっと柵を押すと隙間が出来て中に入れるようになった。ハチが僕を地面に降ろして僕の頭を撫でる。
「なあガウル、俺たちを付けているのは何人だ?」
「ふたり」
「正解」
ハチは無邪気な笑顔を僕に見せる。ドロップはきょろきょろと辺りを見渡す。
「僕たち誰かに付けられてたの?」
「うん、あそこ」
僕は誰もいない物影を指さす。見えないけどそこにふたりいるんだ。僕たちをじっと見ている。なんで分かるんだろう? 僕はハチを見上げる。
「ねんなんで分かるんだろう?」
「さあな、俺に聞かないでくれ」
ポチとハチが先を進むので僕たちも後に続く。
建物の中に入るとすごい綺麗だった。壺とか絵とかいっぱい飾ってある。階段が真ん中にある!
「お嬢、やっとお帰りですか心配しましたよ」
垂れ耳のイヌの男の人が近づいて来る。ハチがその男の人の周りを回り始める。
「イヌ? キツネが出てくるもんだと思ってた」
「ハチ! そいつはフォクシネル共和国の大使でダマルだ。種族は確かにイヌだが共和国の代表者だ、あまり失礼をするなよ」
「これはとんだ失礼を」
ハチは軽やかに大使から離れる。ダマルは笑顔で手を振る。
「いえお気になさらず! 生まれも育ちも共和国なんですが、私の父が王国にお茶の商売を伸ばしたくて。その手伝いをしてお陰様でご縁もあり大使に任命されました」
「へえ立派じゃないか」
「自分はただの庶民ですよ。そして申し訳ないのですが僕は帰ります」
ポチがダンネをダマルに向ける。
「こいつはどうしたらいいんだ?」
「二階の部屋でお待ちです! 大使館職員は皆帰りました! 怖いので僕も帰ります! 冗談じゃない!」
ダマルは笑顔でそう言った。
「やっぱり怒られるんだ」
僕に皆が顔を向ける。
「二階の部屋でハリスさんとお嬢のお母さまがお待ちです。もう好き放題してください! 好きな物飲んで食べてください! 首がいくつあっても足りはしませんよ! 僕は帰ります帰りますからね! ハハハ!」
ダマルがすごい満面の笑顔で手を振りながら外へ出ていく。僕は外へ続く扉へ向かって歩きはじめる。するとハチに捕まってしまう。
「お前はどこに向かう気だ」
「怒られるから僕も帰る!」
「帰れる訳がないだろう! それに安心しろ、怒られるのはダンネだけだ」
僕はダンネを見る。冷や汗がすごい。
「僕は怒られないの?」
「まあどう考えてもお前を怒る理由はないな」
「そうか、良かった」
僕は安心した。
「何が良かったよ! 私は今から地獄を見るんだあ!」
ダンネが大声で泣きはじめる。




