第17話 真っ黒な剣
俺はトゥビラがいる場所へと向かう。また腰まで水に浸かる。そのまま下へ引きずられそうになるので水中を斬って水を全て振り払う。思ったより深かった。底にある扉を蹴り破ってベッドの降りる。相変わらず全てが溶けた部屋だ。ちょうどいいのでここから順に破壊していこう。真っ黒な剣を宙で軽く振る。溶けていた部屋が歪み、全体的に少し握りつぶしたような状態になる。部屋がじゃない、全ての物がだ。
俺は廊下へ続く捻じ曲がった扉をそっと開け、扉の隙間から廊下の先に立つトゥビラを眺める。あの人型は偽りだ、だから俺はお前を斬りに行かなくちゃいけない。考えていることの意味は分かるだろう?
「やはり僕の考えは正しかった、君は正真正銘の異物だ。もはや人の領域を超えている」
「俺を呼んだのはお前じゃないか。俺に頭痛を起こさせて宿屋に誘ったのはお前だろ?」
トゥビラは何も答えない。どうもあの真眼は偽りと見える。俺は少し挑発してみることにした。
「自らの真眼で己の存在が間違いと気づいたか?」
自己崩壊して自責の念で世界を壊す理なんぞこの世に必要ないもんな。
トゥビラが震える左手で頭を抑える。赤黒い眼からはもはや綺麗に敵対心を越え殺意を思わせる。
「人の分際でほざいたな」
周囲に全てに赤黒い眼が大小現れと俺に鋭い眼光を向けて来る。俺は右手にある真っ黒剣を高く掲げてそっと下に降ろす。目に見える全ての物が少し潰れ始めて止まる。
「その真っ黒な剣はなんだ?」
どうやらトゥビラは少なからず好奇心を抱いたようだ。
「抱くに決まっている。それはバカラスを退いた剣だ。そして僕の世界を何故歪められる。崩壊した空間のときが止まり僕の手中から離れていく」
「へえ、そんな感じなのか。よく分からずに振っていた」
「僕は君を好きではない。実に頭が弱い」
「そりゃご縁が無いことで」
トゥビラの背後の宙にちょっと傾いた扉が現れそれが開く。トゥビラは回りながら吸い込まれ扉が閉まり消えていく。逃げた訳ではなさそうだ。ダンネとドロップは大丈夫かと思ったが、ぐっすり寝ている気配を感じる。トゥビラがあのふたりを襲うことはないようだ。どうも俺の、この真っ黒い剣で良いのか。これを異物と捉えているらしい。異物と名指しで批判されたところで、俺自身がこの仕組みを理解していない。とりあえずトゥビラを斬りに行こう。奴を倒せば出られるだろう。と、足を一歩踏み出せば狭い場所に閉じこめられる。
周囲六角形の部屋、全てにの壁に扉が一枚ずつ合計六枚。どれが正解、なんて優しい話はないだろう。容赦はせん。俺は奴の言葉を思い出す。恐らく全て罠だろう。俺は右手に持つ真っ黒な剣を見下ろす。思い切って振ってみるか。正面両手に構え目の前の扉を斬る様に降り下ろす。狭い六角形の部屋が歪み潰れ始め、俺自身が歪み共に潰れていく。別に痛みや違和感はない、至って普通の感覚だ。潰れた部屋が戻り始め俺もまた元に戻る。六枚あった扉は一枚になっている。正解の扉が無いなら強引に道を作るまでだ。と思いつつ、これが正しい扉なのかと俺は悩む。俺は仕組みを理解していないのだから。そっと扉を開けて隙間から覗く。
そこは外だ、トゥビラにクッキーをもらった外だ。俺はゆっくりと扉を開いていく。とても大きな三日月に満点の星空、遠くまで見える草原に青白い光が地表で草を照らす。池がひとつ緑の葉覆い茂る木が一本。そして風が心地よい。
全てが偽物だ、前はそれに気づかなかったが今なら分かる。視覚的美はあれど本質的な美を感じず。偽物、紛い物、少々不愉快だ。少し離れた場所に一枚の扉が現れ開く。トゥビラが姿を見せる。
「この空間は外にしてに外じゃない」
「そこまで分かるのはすごいね。じゃあここはどこだい?」
「どこでもない、お前が勝手に作って繋げた場所さ」
地表を揺らめいていた青白い光が真っすぐトゥビラの曲がりくねった杖に飛んで行く。杖の先で巨大な青白い光となる。本能が察した、あの光はまずいな。俺は右手にある真っ黒い剣を強く握りしめる。バカラスも何かと危なかったがその比じゃない。隙あらば俺を消そうとする感覚が突き刺して来る。俺はトゥビラの背後にある小屋へ目を向ける。奴の本体はそこだ、本体を斬らない限り折れたいする攻撃は終わらないだろう。
「そんなに自分に自信が無いのか? 紛い者め」
トゥビラが曲がりくねった杖の先を俺に向ける。青白い光が大きくなっていく。それが俺に放たれていると気づくのが遅れた。咄嗟に姿勢を下げて光が頭上をかすめる。同時にトゥビラを見て高揚感が爆発する。あれは俺の獲物だ、俺が斬ると決めた敵だ。笑みすら零して地面を蹴る。地面が一瞬で水に変わる。それでも俺の高揚感は抑えられない。両足の動きが極限まで早め水面を蹴る。水の上を駆け足が陸地についた瞬間に一気に速度を上げる。トゥビラの足元に青白い光の球が浮かび上がってくる。その光がまた杖をの先に集まり始める。杖を俺に向ける前に俺が駆け抜けながら剣を振る。もちろん手応えはない、これが本体じゃないからだ。それが分かっているので堂々と斬り倒した。トゥビラの体が地面に倒れるまえに消えていく。同時に綺麗だった景色が溶け始めていく。小屋が俺に向かって突っ込んでくる。正確には景色の場所が消えていく。
気づけば俺は廊下に立っており、小屋の扉が一枚の扉として存在している。綺麗な景色は全てが嘘。本当はただのひと部屋という真実。俺は扉を開けて中へ足を踏み入れる。暖炉がひとつあって火が灯っている。不自然に大きい釜戸だろうか。レンガ造りの大きい釜戸があり、その横に大量に焼かれたであろう扉の形をしたクッキーが山積みになっている。俺は改めて部屋を見渡す。そこまで広くない、確かにトゥビラの気配はここからした。なのに気配がない。暖炉から少し離れた薄暗い場所に一枚の扉が壁に立てかけられている。
なんというか不自然だ。俺は扉に近づく。そして扉の表面に大小様々な瞼が現れ同時に全てがゆっくり開く。俺は右手に力を入れ真っ黒い剣を構えようとして手の力を抜く。開かれた眼は全て白く濁っている。さっきまで見続けた赤黒い眼はひとつもない。全ての眼が俺を見ることなくただ虚空を見つめている。これがトゥビラの本体で間違いない。ただこれはどう見たって。
「死にかけてるな」
俺の言葉にトゥビラは全ての眼を瞼を閉じる。我ながら対応に困る。明らかに別人と出会った気分だ。俺を閉じ込め殺そうとしたトゥビラの姿はどこにもなく。あるのは死にかけた扉が一枚……興が冷めた。俺は扉の横で腰を降ろす。
「あれ? 斬らないの」
「斬る気が失せた」
「そっか」
暖炉に灯る火が薪を鳴らす音しか聞こえない。いっそのこと尋ねてみるか?
「何を?」
「ちょっとした相談。ダンネとドロップじゃ絶対に分からない」
「言ってみてよ」
自分で言って置いてどう説明していいか分からない。
「とりあえず言ってみなよ」
「なんというか……俺がふたりいる気がする」
「ふたり?」
「難しいな。体験と記憶……と言うのか? それをふたりで共有……じゃなくて。俺が僕で僕が俺なんだ。僕の知らない過去が俺を通して漏れ出すことがある」
「ぬああ! それだ!」
急にトゥビラが口が無いのに大声を出す。
「ビックリした!」
「ああ、ごめん。それが君を始めて部屋に案内したときの言わば不具合だ。部屋の全てが形を成していなかった。それは何故か? もしガウルの言ったことが正しいとするなならば、ふたつの部屋が同じ場所へ生成された。つまりひと部屋しか存在を許されていない場所に、ふたつの部屋が現れたことになる」
俺はやっぱり頭が弱いのか理解ができない。
「これは君の頭の弱さの問題じゃない。世の人智を遥かに超えている。君に分かりやすく伝えるなら、口の中一杯にクッキーを詰め込むんだ息もできないぐらい。この時点でもう大変だ。そこに同じ量のクッキーを口の中に詰め込んだならどうなる」
考えるだけで大変なことだ。それぐらい俺にも分かる。
「そう大変なんだ! 僕は君を異物と称した、それは人が持ち合わせることのない力を手にしているからだ。バカラスを退けた、そんな馬関ことはありえない。僕らは理、人が介入できる存在じゃない。そうなるとやはり縛りの契約、呪いの保護だ。君に何者かが通常ならざる力を与えた。つまりそれは何者かが君に介入したことを意味する。しかして君はこの世から排除されることなく、いまこうして僕の隣に座っている。つまりそれは介入と認識されたのではなく、この世の意思として認識されていることになる」
まったく話が分かりません。つい敬語になってしまうほど理解できない。
「そしてここからが重要なんだ。バカラスとヒキコウモリと僕はこの世の存在ではない。別の世界の理として世を育てたが共に世界を失った身。その責全うできぬのであればただ消されるのみ。しかし僕らは消されなかった、理由は定かにされていないが、僕らは許されこの世の片隅でヒッソリと暮らすことを許された」
「誰にだ?」俺は純粋に尋ねる。
「いまガウルに明かさないでおこう。前も言ったが人の許容量を大きく超える。さらにガウルはいま張り詰めた状態にある。まあ僕がそっと引き剥がしたの原因ではあるが、逆に引き剥がして良かったと思う。君の体は確実に普通のそれを越えている、異常、特別、最悪僕らに近い。そう君はまさに理に近い存在となっている。その真っ黒な剣がそうだ」
俺は右手に持っている真っ黒な剣を目にする。
「君は何も知らずに剣を振ったろう。ぼくの世界を握り潰すように歪み崩壊させ、ときの流れを止めた。ときを止められ僕の空間は僕の手を離れた。つまり君は疑似的ではあるが世界を破壊する力がある。バカラスは自分の世界を破壊した。黄金の果実を守るための全てのものを滅ぼした。そしてその真っ黒な剣は君が死に直面した瞬間、君の手に現れる。そのときの君は恐らく僕ではなく、俺なんだ」
ちょ、ちょっと待ってくれ。
「つまり君の言っていることが正しいかもしれない。君にはふたつの人格ではなく、ふたりの意識がひとつとして認識されている。そしてふたりとも体験したことや記憶はしっかり覚えている。そして君は不可解なことを口にした。僕はガウルにこの記憶を見せたくない! これは僕の意識でありながら俺の意思。つまり俺は僕が知らない記憶を保持していることになる」
俺は頭痛を感じて頭を抑える
「おっと。ひとりで盛り上がって申し訳ない。真眼の扉として僕自身が知らない真実が目の前に現れた。これほど楽しいことはない。そして君は嘘を見破れるね?」
俺はトゥビラに顔を向けて頷く。
「それは便利なように見えて呪いだよ。君は複数の呪いをかけられた可能性がある。ひとつやふたつという話じゃない。緻密で複雑な何人も解明できないような構造のような呪いをかけれた。僕らと同じ許された理がもうひとりいる。名をノロインと言う。以前は人に呪いをかけて苦しむさまを眺める理さ。世界が崩壊したあとにノロインも僕たちと同じようにこの世の住人となった。君はノロインと会うべきだ、ただしノロインはいま姿を消している。本来であるならばすぐに居場所を掴めるけど、ノロインの気配がどこにもないんだ。ガウルが僕の前に現れてノロインの気配が消えた、こんな偶然ありえる訳がない。バカラスは詳しいことを話さなかっただろう。ガウル、北へ向かってノロインを探すんだ。ただし容易に見つけられないだろう。そして君は君のことを一番大事に取り扱うべきだ! 君は明らかに崩壊しかかっている。右腕を見てごらん」
俺は真っ黒な剣を握る右腕を見る。右手から黒い血管のようなものが腕の中で伸びている。気持ち悪い。
「僕と約束してくれ、もっと言えば君にひとつの呪いをかける。その眼を持ってして絶対に鏡を見るな! いちどたりとも鏡を見るな! もし鏡が目の前にあるならばすぐに割れ!」
俺は唾を呑み込む。初めてトゥビラに恐怖を感じた。俺に向けた殺意よりも怒りが強すぎるからだ。
「鏡を見るとどうなる?」
「真眼を持って鏡を見れば自己崩壊が始める。それはこの世の存在が耐えられる代物ではない。しかし君はこの世の存在なんだ! 僕はこの眼を持って自己を見返してしまった! 理の僕が耐えられない状況を君が耐えらえるはずがない!」




