第92話
「貴様、なぜ母を置いて行った」
他の同胞に追いついた二人だったがさらに同胞の数は減っていた。少女は声を低くして静かにその同胞に尋ねた。
「お前の母親が望んでいたことだからだ」
「私は望んでいなかった!!」
少女は鋭い眼光で同胞の胸ぐらを掴み飛び掛かった。
「私と貴様、二人なら母を運んで逃げることもできただろう!貴様と私で戦っていれば勝てたかもしれないだろう!」
「それができたら初めからそうしていた!それが無理だと判断した!それ以上何がある!」
「やってみなければ分からないだろう!」
「俺はともかくお前もか?それこそ俺もお前もお前の母親も全員、今頃殺されてるぞ!」
いがみ合う少女と同胞の一人であったがいつまでも突っかかってくる少女に対し同胞の堰が切れた。
「なぜお前の母親がお前に助けを求めず置いて行くように言ったか分かるか?分からないようなら教えてやるよ!それはなぁ!」
「やめんか」
残った同胞たちの中で彼らのいがみ合いは注目の的となっていたがその中で一番威厳のある族長らしき者がそれ以上しゃべらすまいと発言を制止させた。
だが族長の制止にかぶさるようにして同胞の言葉が少女に降りかかった。
「それはお前が弱いからだ。お前がいたところで何もできないと分かっていたからだ。お前が強かったら母親も助けを求めたろうな。だからこの結果はお前が弱かったことが招いたんだ。自分でも分かってるんだろ?だからそうやって八つ当たりしかできないんだr」
「やめろと言っておるだろう!」
止まる勢いの見えない同胞の一人の言葉をぴしゃりと声を荒げて族長は彼を咎めた。その上で少女に諭すように優しく頭を撫でた。
「数で対抗しようと人数を集めようとしてもそもそも我々の味方になる者などいないし我々の数は減っていく一方だ。向こうの数には到底及ばない。我々が確実に生き残るには逃げるしか方法はないんだよ。」
現状を再確認するように、自分たちの立場を理解させるように残った同胞たちを統べる立場の者として族長は疲弊している様子の同胞たちを見渡した。
「力でも、数でも勝てない中で無理に戦う必要はないのだ。これ以上、一族を失うのは見たくないのだ」
「しかし、逃げてばかりでは現状と何も変わらない」
この状況で、そして神妙な空気感で横槍を入れるような発言は少女の幼さ故なのだろうか。
「かつて自分の恋人、家族、親友の仇をとりに向かって言った同胞は誰一人として帰ってくる者はいなかった。私には止める義務があったにもかかわらず彼らの目を見ると止めることはできなかった。これ以上同胞を失うのが怖いのだ」
少女は何も言い返せなかった。族長の悲愴な目をそして周囲の涙を流す同胞たちの姿は少女の脳裏に静かにそして痛烈に焼き付いた。
自分だけが悲しいのではない、皆大切な者を奪われてきたのだ。皆湧き上がる復讐心を押し殺していたのだと理解した。
少女は自分たちがこの世界で絶対的な弱者であるとようやく認識した瞬間だった。
だが後にこの少女が特異な存在と言われる所以は他でもなく生への執着であろう。
さらに言うのであれば涙する同胞たちの姿を脳裏に刻むと同時に少女の中に別の感情が沸き上がっていた。
この世界は弱肉強食、強い者が生きる。弱いものは死ぬ。加えて襲撃の度に数を減らしていく同胞たち、圧倒的にその戦力差は広がっていくだけだ。
全ては数なのか?数が多ければ生きるのか?私は、同胞たちは勝てないのか?
数で負けているこの世界でどうすれば生きていけるのか。逃げる?私はすでに逃げた。母を置いて逃げた。逃げずに生きるために私は何をしたらいい。簡単なことだ。
私が強くなればいい。どんなに数を集めても一人で殲滅できるほどの強くなればいい。
数の暴力を圧倒的な個々の強さでねじ伏せるのだ。




