第88話
その目を見て金縛りが解けたように冒険者たちは動いた。殺された仲間を侮辱するようなエラスティスの視線は彼らの怒りを増大させるのに十分すぎた。
怒りに身を任せ一斉にエラスティスに飛び掛かった。
だが彼らの攻撃はエラスティスに当たることはなかった。
冒険者たちが視界に捉えていたエラスティスが急に90度反転した。
「「「「えっ……」」」」
そして自身の身に何が起きたか理解する間もなく彼らの意識は途切れていった。
「へぇー、二人生き残ったか、名前を聞いてもいいかな?」
エラスティスは機嫌よくそう言った。
「ブースだ……」
エラスティスうんうんと頷くと隣に視線を移し促した。
「……マシロだ」
「ブースにマシロか、他の人間たちと違って少し丈夫だったみたいだ。」
「貴様……許さん!絶対に許さんぞっ!!」
感心したように言うエラスティスに青筋を立ててマシロは激昂した。
「許さない?意味が分からない、あの人間たちが弱くてもろかったからあんな簡単に斬られた。」
「なんだと!!」
さらにエラスティスの言葉はマシロとブースを血が沸騰するように激情させる。
「私が強く奴らが弱い、ただそれだけだ。首を斬ろうが燃やそうが生きている私がすべてだ。」
ブースとマシロ以外の冒険者は死んだ。
無情にも首から下を失った冒険者たちの亡骸が落下していく中で冷徹なエラスティスの言葉がブースとマシロに投げかけられた。
一人の冒険者が黒い業火に焼かれ、ブースたち以外の冒険者数名の首が一瞬にして刎ねられた光景を見たエイミーは言葉を詰まらせていた。自分を無言で引き止めるマーニの心意をようやく理解した。
圧倒的な力の差を。
だがその力の差を見せられ、仲間が無残に殺されても冒険者二人はエラスティスの前に立ち塞がる。幼い頃憧れた冒険者の姿を思い出し決して諦めることなくその勇敢な胸の灯が消えることはない。
マシロは両手を真横に広げた。その両手には魔法陣が展開されていた。同時にエラスティスをはさむ形で空中に二つ魔法陣が現れた。
「潰れやがれ!!」
マシロはそう叫びながら広げた両手を勢いよく閉じた。その瞬間空中の二つの魔法陣から石柱が飛び出した。
そのまま両側からものすごい勢いで石柱は伸びエラスティスを両側から押しつぶさんと迫る。
だがエラスティスはいたって平然としている。猛然と標的めがけて伸びる石柱がエラスティスに勢いを殺すことなくむしろ加速したまま衝突した。
「……!?チッ」
粉塵が舞い灰色の煙が広がるが煙の中の影を見てその場の多くが息をのんだ。
石柱はエラスティスから50cmほど離れた位置で黒い羽根によって阻まれていたからだ。
「これで終わりじゃねーけどな」
マシロはさらに力を込め石柱でエラスティスを潰そうとする。
「無駄なことを」
エラスティスが何かをするでもない。ただ二方向から己を潰そうとする石柱を受け止める漆黒の羽根はビクともする気配はない。
だがエラスティスが何かを感じ取ったのか上空に視線を向けた。その視線の先には天に向け手を掲げるブースの勇ましい姿があった。
その頭上には大きな魔方陣が現れ魔法陣から小さな光点が出現した。そのわずかな光点から火花を散らせるように稲妻がバチバチと散った。
「言ったろ、これで終わりじゃねぇって」
やがてその光点は紫色に変化しその変化に伴い光点は大きな雷のようにその形を変形させていった。
「紫雷霆!!」
ブースは上空からエラスティスに向かって大きく振りかぶった。
紫色の落雷の勢いは激しさを増し槍のように細長く先端が三叉に分かれた矛のように形作られた。
マシロの攻撃はあくまで囮、本当の狙いはこのブースの攻撃だったのだ。
だがやはりブースの攻撃すらもエラスティスには届かなかった。
エラスティスの周囲は黒い羽根で球状に覆われことごとく紫色の雷を退けた。代わりにマシロの出した石柱はブースの攻撃によりボロボロに崩壊していった。
「俺たちの連携技も効かないだと、、何なんだよこの魔族は!」
仲間も失い彼らの仇、そして都市の住民を守るために立ち上がった自分、そしてブースとの連携も通用せずマシロは自棄になった。無謀だと内心思っていてもとにかく敵に向かって行くことで自分を保とうとした。勝てないのではないか?という疑念が大きくなってエラスティスの存在に、脅威に動けなくなってしまう前に叫び、抗う、それしかできなかった。
「くそったれがあぁぁ!!」
芽生えかけた恐怖、そして絶望を踏みつけようと吠えるように雄叫びを上げながらエラスティスに向かっていった。
「待て!マシロ!」
ブースの言葉を無視してマシロは猛進した。
「哀れな、マシロよ」
自暴自棄になり迫るマシロとは対照的にエラスティスは静かだった。
それまでエラスティスをあらゆる物理攻撃から防いでいた黒い羽根が風に乗ったように群を成して一直線にマシロへと舞って行った。
マシロへと向かう数多の黒い羽根はマシロを物色するように彼の周囲をグルグルと旋回した。
「!?」
自分の周りを旋回する黒い羽根が一筋の線のように連なり鳥籠に捉われた小鳥のごとく進行を妨げられたマシロだったがそれを強引に突破した。
尾を引くように黒い羽根はマシロに纏わりついていたが気にも留めずにエラスティスめがけて魔法陣を展開させながら突き進んだ。
エラスティスの目の前まで迫り魔法陣から取り出した大型のハンマーを両手で掲げ後ろに体を反って力任せに振り下ろそうとした。
マシロの強靭な肉体にとって相性抜群の高火力のハンマーはマシロの身体強化に加え武器にオーラも纏って物凄い迫力だ。
だが頭上に掲げたハンマーは振り下ろされることなくマシロの手からずり落ちた。マシロの両腕はプルプルと小刻みに震えていた。
マシロは自身の体に異変を感じ頭上の腕を見て小さく悲鳴を上げた。当の本人のマシロだけではなくブース、周りの受付嬢、そしてシバたちも自分たちの目を疑った。
マシロの両腕は骨に皮を張り付けただけのように干からびていたのだ。
だがそれ以上に皆が驚きを隠せなかったのははち切れんばかりの筋骨隆々の肉体を一瞬にして干からびさせた黒い“生き物”だろう。
エラスティスを幾多の攻撃から守りマシロを取り囲んだ数多の黒い羽根はまるでその原型をとどめていなかった。今、その場にいるのは羽根ではなく蝙蝠を彷彿とさせる小さな魔物だったのだ。
さらに魔物たちは次々とマシロの肉体に噛み付いた。やがてマシロの全身は貪るように小さくうごめく黒い魔物たちで見えなくなってしまった。
マシロの絶叫が鳴り響くがだんだんとその叫びは力なくか細くなりとうとう一切聞こえなくなった。
バサバサという羽音を気味悪くはためかせマシロから魔物たちは離れるとそこには全身が干からびたようにやせ細ったマシロが見え力なく落下していった。
それを受け止めようとブースがマシロのもとへ向かって行ったが数匹の蝙蝠のような魔物が彼の左腕に噛み付いた。
ブースは魔物を振り払い一目散にマシロのもとへ行きまるで別人のような姿に変わり果ててしまったマシロを抱きかかえた。
「おい!マシロ!しっかりしろ!今治癒魔法をするからな!」
ブースは魔法陣を展開させた手をマシロに向け治癒魔法を施したが優しい淡い黄緑の光がマシロの全身を包むも一向にマシロの状態は変化しない。
「なんで!治癒魔法なのに!回復しないんだ!」
「む、むだ、だ、」
わずかに残った意識と力を振り絞り焦点の合わない目でマシロは呟いた。
「どくだ、、かいせきしないと、、ちゆできな、い、」
マシロは枝のように細い手でブースの左腕に触れた。魔物に噛まれたブースの左腕は毒々しい紫色に変色し気色の悪い斑点も多々見られる。その変色は肘から肩にかけて進行していた。
ブースは魔眼を発動し毒の解析を瞬時に試みたが何種類もの魔法が組み込まれている毒で純粋な医療、治癒魔法では処置の施しようがないことが分かった。さらに一つずつ毒を解析していけば対処できるがその数は多く完全に解析し終えるころには毒は全身に冒されてしまうのだと。
「ぶ、ぶーす、はやく、しないと、どくが、」
「僕の心配よりお前の方だろうが!」
「わかって、いるはずだ、おれは、もう、、むりだ、」
ブースも魔眼で解析した時に、いやそれよりも早い段階でもしかしたらという考えが頭によぎっていた。だが同じ志の冒険者の仲間として共闘したマシロを信じたかった。だがやはり現実は辛いものだ。
「おまえは、かてる、おれたち、ぼうけんしゃの、にんげんの、えいゆうに、なれ、」
マシロはそれ以降何も声を発することはなかった。
ブースは受付嬢たちに視線を向けた。それを察した受付嬢たちはブースのもとへ駆け寄りマシロの亡骸を受け取った。
その間に魔物が受付嬢たちに襲い掛かることはなった。エラスティスのマシロに対しての弔意の表れだろう。
ブースは肩まで変色した左腕を何のためらいなく右手の魔力の手刀で切り落とした。治癒魔法で血は止まったが腕が再生するまでには至らなかった。恐らく毒の影響があるのだろう。
だがそれも我関せずといった様子でエラスティスと同じ高さまで上昇した。
「お前が僕たちに対して敬意や追悼の意を持ったとしても僕はお前を許さないし彼らもお前を許さない。僕がここでお前を食い止める!それでこの都市の英雄になってやる!」
冒頭部分を後から付け加えました。




